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神とは愛である シリーズ3部作  作者: makubes


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3/3

海と愛

 日曜日の午後が、ゆっくりと過ぎていった。


 カーテンの隙間から光が差し込んでいて、埃が浮いているのが見えた。

 見ないようにして、寝返りを打った。起き上がってコーヒーを淹れ、飲みながら何かしようと思って本を開いたが、活字が頭に入ってこなくて閉じた。

 スマホを触って、意味のない画面を上にスクロールして、下にスクロールして、やめた。


 そういうことが、何度か繰り返された。


 ため息をついた、とかではない。ただ、またか、と思った。

 続けられない自分を責める気力もなく、確認するように、ああそうか、と思うだけだった。


 部屋の中が静かだった。亮が死んでから一年と少しが経つ。

 関係があるのかないのか、わからない。ただ、部屋が静かだった。


 片付けようと思って本棚の前に立ったが、背表紙を眺めているだけで何も動かせなかった。

 隣の棚に手を伸ばして引き出しを開けたとき、手が止まった。


 ノートだった。大学のころに買った、何でもないキャンパスノートで、引き出しの奥に押し込んだまま何年も触っていなかった。

 表紙を見ると、亮の字で「やりたいことリスト」と書いてあった。


 開いた。


 俺の字と亮の字が交互に並んでいた。くだらないものが多かった。

 ラーメンの食べ比べ、徹夜で映画を見る、草野球の大会に出る。線が引いてあるものもあった。

 やったやつだ。草野球は俺がエラーばかりして、亮にさんざん笑われた。

 徹夜映画は途中で二人とも寝て、翌朝お互いに見ていたふりをした。

 たいていは亮が言い出して、俺が引っ張られた。亮がいなければ、俺はどれもやっていなかった。

 くだらなかった。くだらなくて、よかった。


 途中で手が止まった。


 「海に飛び込む」


 亮の字だった。その下に、俺の字で「堤防から」と書き足してあった。線は引いていない。

 いつ書いたんだったか。笑いながら書いた気がした。

 亮が先に書いて、俺が足して、二人で少しふざけていた、そんな感じだった。

 どこの海でもよかった、具体的な場所すら決めていなかった。いつかそのうち、と思っていた。


 そのうちは、来なかった。


 亮が死んだのは去年の春で、俺はその連絡を終業後の電車の中で受けた。

 座席に座って、ぼんやり窓の外を見ていたときだった。

 画面を見て、何が書いてあるのかすぐにはわからなかった。俺はそのまま終点まで乗り続けた。

 突然だった。突然すぎて、何も間に合わなかった。

 お見舞いにも行けなかった、最後に会ったのがいつだったかも、もうよく思い出せない。


 ノートを閉じた。捨てられなかった。引き出しにも戻せなかった。

 テーブルの上に置いたまま、コートを取った。



 電車はがらがらで、オフシーズンの海沿いの線は乗っている人間もまばらだった。

 窓の外に海が見えてきたとき、何も考えていなかった。ただ揺られていた。


 駅を降りると風が冷たくて、砂の匂いがした。堤防まで歩くあいだ、誰ともすれ違わなかった。

 波の音だけがしていた。海は冬の色をしていた。


 堤防の端まで行って、下を見た。想像より高かった。水面がゆっくり動いていた。

 飛べない高さじゃない。でも足が動かなかった。風が吹いてきて、コートの裾が揺れた。


 なんで来たんだろう、と思った。答えは出なかった。

 亮に見せたかったのか、亮の代わりに来たのか、それとも俺がただ来たかっただけなのか。

 わからなかった。わからないまま、ここまで来ていた。


 ふと、言葉が浮かんだ。


 神とは愛である。


 どこかで聞いた言葉だった。なら俺は何だ、と思ったが、答えは出なかった。


 考え始めると止まる。


 飛んだ。


 一瞬、何も聞こえなくなった。


 次の瞬間、全身が水に叩かれた。冷たいというより、痛かった。

 足から入ったはずなのに、どこが上でどこが下かわからなくなって、泡だけが見えた。

 耳の奥で低い音がした。


 浮き上がった。


 空が見えた。冬の青い空だった。


 亮、俺はここにいるぞ。


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