異能覚醒
「ねえ、ノル。ひとつ聞いてもいい?」
「……うん」
「十二年前、私がいた時代では、こんな若い子がハンターになることなんて、ほとんどなかった」
ノルは首を傾げる。
「どうして?」
「帝国軍が魔獣を狩っていたから。もちろん、各地域の領主も私兵を派遣していたけど、十分とは言い難かったの。賢帝と呼ばれた先帝は、私の進言を入れて、軍を各地に配備してくれた。結果として民は安心して暮らせたし、魔獣が出ればすぐに駆除された。だからハンターは、軍の届かない僻地でしか必要とされなかった」
リリスは淡々と語りながら、今まで感じていた違和感を口にした。
「なのに、少年少女が魔獣のいる森に入る?ダークウルフ一頭にすら、軍なら最低でも6人編成で当たるはず。……どうして、こんなことになってるの?」
ノルは俯いたまま、掠れた声で答えた。
「……軍なんて、見たことないよ。カシルの街にも、周辺の村にも、一度も来たことがない。だから自分たちで守るしかないんだ。最近、魔獣がすごく増えてて……ハンターの仕事が、どんどん増えてる」
リリスは眉を寄せた。なるほど。賢帝の死後、政権中枢は腐った。いや、腐らされた。リリスの脳裏に、処刑当日に笑みを浮かべていた男の顔が浮かぶ。誰かが、民を盾にして私腹を肥やしている。十二年の空白で、帝国はここまで堕ちたのか。
そのときだった。背後の茂みが激しく揺れた。低い唸り声が響く。二頭目のダークウルフが、朝もやの中から姿を現した。昨日よりも明らかに大きい。鼻にしわを寄せ、怒りに瞳をぎらつかせている。
「なんで、こんなところにダークウルフがまた!?」
ノルが剣を探すが、エレナの剣は墓標だ。
手元にあるのは、短剣一本だけ。リリスはノルの前に一歩出た。
「ノル、いい? 異能に呑まれちゃダメ」
「……え?」
「あなたの中にある力は、怒りや悲しみに反応する。でも、それだけじゃ暴走してしまう。自分の名前を、ちゃんと胸に刻むの」
「わかった」
ノルは短剣を握りしめたまま、ダークウルフの突進を真正面から受け止める気でいた。だが、リリスが静かに手を上げて制する。
「待って。まだ説明が終わってない」
「でも、もう来てる!」
「だからこそ、今教えるの。力ある異能は『使い方』を知らないと、自身を食い殺すから」
リリスはノルの手を両手で握る。ノルの首筋の刻印が一瞬、青白く瞬いた。
「いい?異能の制御は、三つの層で成り立ってる。まず、自身の『核』を決して手放さないこと。昨日、君は『エレナを殺された』という怒りに呑まれた。あれは確かに力を引き出したけど、同時に君という器を壊しかけた。だから、常に自分に問いかけるの。『自分は誰?』『何のために戦う?』その答えが曖昧な瞬間、異能は暴走する」
ノルは唇を噛み、呟いた。
「ノル・スターク……。エレナの分まで、生きる」
「そう。それでいい」
刻印が一瞬強く光り、ノルの瞳に落ち着いた意志が宿る。リリスはそれを見て頷く。
「次は呼吸。異能は『血』を媒介にしてる。血が沸騰する→力が爆発する→暴走する。これを防ぐには、血の流れを自分でコントロールするの」
リリスはノルの左手を掴み、自分の胸元に押し当てた。
「なっ!?」
リリスの突飛な行動に慌てたノルだったが、すぐ雑念を振り払った。小さな手の下で、規則正しい鼓動が伝わってくる。
「感じて。吸うときは血を心臓に集め、吐くときは全身に巡らせる。吸って、吐いて。吸って、吐いて。波のように、一定のリズムで」
ノルは目を閉じ、言われた通りに呼吸を整えた。
ドクン、ドクン。
心臓の音が大きく、穏やかに響く。赤黒いオーラが、まるで潮の満ち引きのように静かにうねり始めた。
「最後に、鍵。異能は常に君の中で眠ってるわけじゃない。必要なときだけ、意識的に『開く』」
リリスはノルの右手を握り、彼自身の首筋に触れさせた。冷たい指先に、ノル自身の刻印がぴたりと重なる。
「ここに触れて、こう唱えるの。『解放』」
ノルは戸惑いながらも、小さく呟いた。
「……解放」
瞬間。
刻印が青白く燃え上がり、赤黒いオーラが一気に収束した。爆発寸前の炎が、鋭い一振りの剣に凝縮されたかのようだ。ノルの短剣が、オーラの色を映し、血の色に染まったように赤く揺らめく。
「これが……制御?」
「そう。暴走は『勝手に開いた扉』。君が自分で鍵を握れば、力は君のものになる。今度は、頭に浮かんだ異能の名前をつけて『解放』と唱えれば君の力は解放される」
リリスは微笑み、ノルの肩を軽く叩いた。
「もう大丈夫。行って、ノル・スターク。君が守りたいもののために、扉を開いて」
ダークウルフが咆哮し、地面を蹴った。ノルは短剣を構え、静かに息を吸った。
吸う――血が心臓に集まる。
吐く――全身に巡る。
そして、意識して鍵を回す。
「血鬼解放」
赤と黒の混じったような光がノルを包み込む。と、同時に肩、腕、脚から手足の指先にかけて感覚が研ぎ澄まされていくのを感じた。柄を握る指先をほんの少し動かすだけで、神経の伝達から周辺の筋繊維一本一本の動きすらリアルタイムに感知できる。




