第32話 ついにこの時が……頑張れるか俺!?
「テシリア……」
俺は囁くようにテシリアの名を呼んだ。
その時柔らかく風がそよぎ、月光に輝くテシリアの金色の髪が、まるで星を散りばめたかのように輝いて見えた。
「あなたも呼ばれたの、ノッシュ?」
再びゆっくりと歩み寄りながらテシリアが言った。
「は、はい、アリス様に」
「やっぱり……アリス様は?」
周囲を見回しながらテシリアが言った。
「えと……たった今消えてしまいました」
「そう」
テシリアは俺のところまで歩いてくると、近くの木に寄りかかった。
俺も隣の木に寄りかかる。
ドクン!
(い、今だよな!これはアリス様がお膳立てしてくれたんだよな!)
ドクン!!
(今日は妙に暑くね?いやいやついさっきまではそんなことはなかっただろ!)
ドクン!!!
(や、やばい、心臓が口から飛び出してきそうだ)
「ねえ、ノッシュ」
「は、はひぃ」
(声が裏返ったぁーーはひぃってなに!?)
「ふふ」
「え……?」
「もしかして、ノッシュ、緊張してる?」
テシリアを見ると横目で俺を見ている。
心持ち微笑んでいるように見える。
「ははい、ききき緊張してまっす!」
震える声でなんとかかんとか俺は返事をした。
「よかった」
「え?」
「私も緊張してるから」
(とてもそんなふうには見えません!)
「そんなふうに見えないとか思ってるでしょ?」
「な、なんで分かるんですか?」
「うーーん、なんとなく、かな」
テシリアは下を向いてつま先で地面を突いている。
そして下を向いたままチラッとこちらを見た。
(くっ!か、かわいいーー!)
「あ、あの、て、テシリア」
「なに?」
「お、お話しがあるんですけど」
「うん」
「えと、その……」
「……」
(うう、喉がカラカラだ、オエッてなりそう……)
「あ、あ……」
「ノッシュ?」
「は、は……」
俺が青息吐息状態で口をパクパクさせていると、テシリアは俺が寄りかかっている木に寄ってきた。
そして俺の右方向を向くように同じ木に背を預けた。
「ノッシュ、しばらくはこのままでいましょうか?」
そう静かに言った。
「……は……はい」
(深呼吸だ深呼吸……)
俺はゆっくりと息を吸い込み、そして吐き出した。
そして、俺の呼吸が整うまでふたりは何も話さないでいた。
「ねえ、ノッシュ?」
しばらくしてテシリアがそっと俺を呼んだ。
「……は、はい」
「前にノッシュが言ってたこと……あなたの前世のことを聞かせてくれる?」
「ぜ、ぜ前世……?」
「あ、話してもいいって思うことだけでいいわ、ゆっくりね」
「は、はい……」
俺の緊張を|解そうとしてくれているのか、テシリアは静かで優しい声で言ってくれた。
(深呼吸をして……ゆっくりと……)
俺はゆっくりと息を吐いて、ぽつぽつと話し始めた。
十二、三歳の頃から自分の容姿が悪いことが気になりだし、友達からも誂われるようになったこと。
そのせいで、女子に話しかけることに気後れするようになってしまい、不自然な態度のせいで女子から嫌悪の目で見られることが常態化してしまったこと。
大人になってからもそれは変わらず、というより一層ひどく女子の冷たい態度や視線を怖がるようになったこと。
時には意を決して、好意を抱いた女性に話しかけようとしたこともあったが、結果は睨まれたり、しかめっ面をされたり、嫌悪の目で見られたりということばかりだったこと。
そうこうしているうちに中高年になり、結局はそのまま恋愛を経験することなく一生を終えてしまったこと。
「このことは十八歳の誕生日の日に思い出したんです」
テシリアに前世のことを話し聞いてもらえたことで、多少は俺の気持ちも落ち着いたようだ。
「私達が初めて会った日ね」
「はい」
「いまのノッシュはその前世の時と同じ顔なの?」
「全く同じかは分かりませんが……髪と目の色以外は大体こんな感じだったと思います」
「そうなのね……」
そう言うとテシリアは少し考えて、
「今思えば、あの日のノッシュは私のこと怖がってたように見えたわ」
「はい、怖かったです」
「随分とはっきり言うのね」
「ご、ごめんなさい!」
ツンとした言い方のテシリアに、俺は癖で電光石火謝罪をした。
「それにすぐ謝りすぎ」
「あ、ご、ごめ……」
俺は慌てて手で口を塞いだ。
「それで?」
「はい……?」
「今はどう思ってるの?まだ私が怖い?」
テシリアはそう言うと真剣な眼差しで俺を見た。
「今は……今……は」
ドクン!
「今は……今も恐いという気持ちは……あります、けど」
「けど?」
「それは、俺があなたの婚約者に相応しくないんじゃないか、と思うと怖くてしょうがない……ということなんです」
「そう」
テシリアは短く答えると、俺から視線を外して再び夜空を見上げて口を閉じた。
(これでいいのか?今ので俺の気持ちを伝えたことになるのか?)
いつの間にか汗でびっしょりになった体に夜風が涼しい。
(違う、俺の気持ちは、テシリアに伝えたい俺の気持ちは……!)
「テシリア……!」
俺はゴクリとつばを飲み込むと、体をテシリアに向けて彼女の名を呼んだ。
「なに?」
テシリアも俺の方を向いて、落ち着いた表情で答えた。
ドクン!ドクン!!
「テシリア、あなたが……好きです、だ……大好きです」
「……」
「心の底から……あ、愛しています」
ドクン、ドクン!!ドクン!!!
「……」
テシリアは無言でジッと俺を見て目ている。
(だめか……だめだったのか……)
「やっと」
俺から視線を外し、下を向きながらテシリアが呟いた。
「ふぇ?」
俺が間の抜けた声を出すと、テシリアは顔を上げた。
「やっと言ってくれたのね」
「は、はい……」
「はい、じゃないわよ、もうーー」
「ごめ……」
また条件反射で謝りそうになった俺をテシリアが目で制した。
「私もあなたが好き」
輝く笑顔でテシリアが言った。
「大好きよ、ノッシュ」
テシリアの笑顔は、月明かりを受けてさながら月の女神かと思ってしまうほどに眩しく思えた。
「あ……あ……」
何か言わなくてはとは思うのだが、感激と感謝と感動がごっちゃ混ぜになって言葉にならなかった。
しかも、心なしか目もうるみ始めてしまっている。
(だめだ、こんなところで泣いたりしたら全てが台無しに……!)
「あれ?もしかしたらノッシュ、泣きそうになってる?」
テシリアが悪戯っぽく微笑みながら、俺の顔を覗き込むようにして言った。
「い、いえ、そそそんなことは……ズズーー」
(て、洟すすってるんじゃねぇーーーー!)
「ふふふ」
テシリアは楽しそうに笑い声をあげると、
「よくできました」
と言って、俺の頬に軽く口づけをしてくれた。
「!!」
(限界だ!心臓が爆発する!!脳みそが吹っ飛ぶ!!!)
その時、俺たちから少し離れた林の中が仄かに光った。
「「?」」
俺とテシリアが同時に振り返って見るとアリスがそこにいた。
「「アリス様!」」
俺とテシリアは同時に叫び、アリスに歩み寄った。
「どうやらうまくいったようね」
アリスが微笑みながら言った。
「は、はい……」
俺がテシリアを見ながら曖昧な返事をすると、
「ええ、というかずっと見てらしたんですか、アリス様?」
そう聞くテシリアの目がジト目になっているのように見えるのは俺の気のせいだろうか?
「え?べ、別に盗み見るつもりではなかったのよ」
(ということは盗み見てたのか)
「恥ずかしいです、アリス様」
頬を染めながらテシリアが抗議した。
「た、立場上、そのへんのことはしっかりと確認しておかなくてはいけないの!」
と、やや強引な論法で押してくるアリス。
「その代わり、私からあなた達に贈り物をあげようと思うの」
素早く女王の笑みに切り替えてアリスが言った。
「「贈り物?」」
「ええ、あなた達の将来のためになるもの、かしらね」
そう言ってアリスは俺とテシリアの間に立つと、それぞれの手を握った。
「二人とも目を瞑っていてね」
アリスに言われ俺は目を瞑った。
その直後、足の下に地面を感じられなくなり、体が浮くような感覚に襲われた。
『目を開けないでね』
思わず目を開けそうになった俺の頭にアリスの声が響いた。
数秒後、俺は足の下に地面を感じた。
「もう、目を開けてもいいわよ」
アリスの声に俺は目を開き横にいるアリスとテシリアを見た。
アリスは当然のことながら落ち着いている。
だがテシリアは、正面を向いて驚いたように目を大きく見開き、何かを言おうとして途中でやめたかのように口を開いている。
疑問に思いながら俺も正面を見た。
(こ、これは……!)
それは一見すると大きい木造建築物だった。それもとてつもなく高い建築物だ。
視線を上げていくと、それはどこまでも高くそびえ、天辺は雲の上ではないかと思えるほどの高さだった。
「これは……樹なのですか?」
俺がそう思ったのは遥か上方に枝が広がっていて、緑の葉が茂っているのが見えるからだ。
「ええ、そうよ。あなた達の教会の教えでは【妖精の樹】と呼んでいるものよ」
「【妖精の樹】、聞いたことあります」
テシリアが遥か上方を見上げながら言った。
「私達はただ【樹】って呼んでるけれどね」
アリスはそう言ってテシリアに寄り添って一緒に【樹】を見上げた。
改めて見ると、巨大な幹にはテラスのような通路があり、明るい色のローブを着た妖精達がゆったりと行き来していた。
幹の幅はざっと見ても五十メートル以上はありそうだった。
「まるで城……いえ巨大な塔という感じですね」
呆然と【樹】を見上げながら俺が言うと、
「そう見えるかもしれないわね。中は何階層もあって部屋もたくさんあるわ」
「私達も中に入れていただけるのですか?」
憧れの表情でテシリアが聞いた。
「ええ、いずれね」
「いずれ?」
「そう、いずれ、あなた達が結婚する時には、ここで式を挙げなさい。その時に中に入れてあげるわ」
「本当ですか!?」
テシリアは両手を胸の前で握りしめて、夢見るような表情で言った。
「ええ、本当よ」
アリスはテシリアの肩を抱き寄せながら言った。
(結婚……!)
俺の頭に言葉がぐるぐると巡って回った。
(そうだ、俺とテシリアは婚約してるんだ、いずれは結婚する、できるんだ……!)
さっきまでとは違う新たに沸き起こった期待で、俺の心臓はドクンドクンと鳴りだした。
「聞いた、ノッシュ?」
テシリアが嬉しそうに俺に聞いた。
「は、はい」
(もう、期待で胸がはち切れそうでっす!)
「じゃあ、お願いね!」
「はい……て、お願い……?」
(お願いされるまでもないけど……)
ついさっき気持ちを伝え伝えられ、お互いの想いを確認できた。相思相愛になれた。
これで俺とテシリアはうわべの形式だけではなく、気持ちの上でもお互いを婚約者と認め合う仲になれたのだ。
とはいえ、
(やっぱ貴族社会の結婚というのは面倒な手続きが多いのか……?)
と、新たな不安が湧いてきた。
「そうよ、期待してるからね」
「期待、ですか?」
「ええ」
(万全の準備をしておけってことか……マキス兄さんに相談しよう)
「ねえ、テシリアさん」
「はい、アリス様」
「ちゃんと分かってないみたいよ、ノッシュくん」
「ええ!?」
テシリアは驚いて俺の顔を覗き込んだ。
「はい?」
「分かってるわよね、ノッシュ?」
「はい、式の準備の詳しいことは分かりませんが、マキス兄さんに相談してできる限りのことをやります」
(それでいいはずだ、あ、あと母さんにも相談したほうが……)
などと俺が考えをめぐらしていると、
「「……」」
アリスとテシリアが俺のことをじぃっと見ている。
「あ、あの、他にも気をつけなければいけないことがありますか?」
確認のため俺は二人を見ながら聞いた。
「やっぱりわかってないみたいね」
「そうですね」
アリスとテシリアはジト目で俺を見ている。
「え……え?」
「結婚の前にすることがあるでしょ?」
テシリアは腰に両手を当ててプンスカしている。
「そうよねえーー」
アリスも何故かがっかりした顔をしている。
「えと、何をするのでしょう……」
俺は頭がごちゃごちゃになってしまっていた。
「はぁ……もう、決まってるでしょ、プロポーズよ、プロポーズ!」
「え?でも、それはさっき……」
「さっきのは告白でしょ?」
「はい……そうです」
(って、告白とプロポーズは違うのか?)
「私達は相思相愛の恋人同士にはなれたけど、結婚の申込みは別でしょ?」
「は、はい……そうなんですね」
「そうなの!」
テシリアは完全にご立腹である。
俺は思わず謝ってしまいそうになったが、ここで謝ったら火に油を注ぐことにもなりかねないのでなんとか踏ん張った。
「私、待ってるからね!」
「はい」
「でも……」
「でも?」
「あまり早すぎないでね」
「というと、どのくらいがいいのでしょう」
「そんなこと、今聞かないで!」
「ええーー?」
(やばい、脳みその回路が焼き切れてしまいそうだ)
「もう私達は恋人同士なんだから、お付き合いをしながら見極めてほしいの」
「はい」
「プロポーズの仕方もしっかり考えてね」
「は、はい……」
(てか、プロポーズの仕方って、どうすればいいんだ?)
告白するのにもあれほどの気力を絞り出したのに、プロポーズとなったらどれほどのものになるのか見当もつかなかった。
「間違っても、地面に頭を擦り付けるようなことはしないでね」
「地面に頭を?」
さすがにそこまではしないだろう、と思っていると、
「さっきね、ボーロがそれをやったのよ」
「え、ボーロさんが!?」
「ええ、多分ノッシュがいなくなった後だと思うんだけど、ボーロがお母様と私とイリーナの前でそれをやったの」
「また何かあったんですか?」
俺が店を出てテシリアが来るまでの間とすれば大して時間は経ってないはずだ。
「ううん、そうじゃなくて、ボーロが今までのことを私達に謝ったの」
「地面に頭を擦り付けて?」
(つまり土下座したってことだな)
「ええ、それでお母様と私はとりあえず態度保留にしたの」
(態度保留か……厳しい気もするけど、仕方ないか)
「それからね、なんとボーロがイリーナに声をかけることを許可してほしいなんて言い出したの」
「ああ……何度か話しかけようとしてましたね」
「そうなのよ、どうも二年前の時からイリーナに目をつけてたフシがあるのよねぇ、ボーロは否定したけど」
「ええ!?」
「失礼しちゃうわよね!あの舞踏会は名目上ではあったけど、私とボーロの婚約発表が目的だったんだもの」
とテシリアは思い出し怒り状態だ。
「テシリアさん、話が逸れてしまってるわよ」
アリスがさり気なく割り込んできてくれた。
「あ、そうだったわ、ありがとうございます、アリス様!」
テシリアは明るく答えた。
「とにかく、頑張ってよね、ノッシュ!」
テシリア腰に手を当ててピシッと俺に指示するように言った。
「はい、テシリア」
こうして怒涛のごとくテシリアに畳み掛けられた後、俺達はアリスにダンジョン裏の林に戻してもらった。
「またね」
という簡単な挨拶を残してアリスは霧のように消えていった。
俺とテシリアはアリスが消えた場所をしばらくふたりで見ていた。
このまますぐに皆がいる食堂に戻るのは、なぜか勿体ない気がした。
(俺とテシリアは今は恋人同士、だよな……!)
テシリアもそう言ってくれた。
テシリアはすぐ横にいる。
今までも彼女と手を触れあったことはある。
だが、それらはいつもテシリアの方からだった。
(よし、いくぞ、いく……ぞ!)
俺は意を決してテシリアの手をそっと握った。
テシリアが俺を見た。
一瞬、ふたりの時間が止まったような気がした。
その凍結した時間を溶かすようにテシリアは微笑んで、俺の手を握り返してくれた。
(やった!やった!!)
――次に生まれてくる時は
――十代で彼女ができて
――二十代で結婚ができる
――そんな人生を歩みたい
俺の前世の末期の願いのひとつは叶った。
十八歳でテシリアという恋人ができたのだ。
もう一つの願いはまだ叶ってはいない。
だがそれは、もう既に「願い」ではなく「目標」になっている。
叶うかどうか分からない「願い」ではなく、実現に向けた行動の「目標」になっているのだ。
もちろん、この後に待ち受けているプロポーズという未知の難関の突破は、俺にとって人生をかけた重大な試練だ。
上手く切り抜けられる自信はまるでない。
自信はまるでないのだが、それはこれまでも同じだった。
テシリアと出会って以来、色々あってなんとか友達以上認定してもらった。
そして、またまた色々あって、しどろもどろであたふたして、どうにも格好が悪い告白をしたにも関わらず、それをテシリアは受け入れてくれて、恋人同士になることができた。
きっとこれからもそうであろう。
不器用で様にならないプロポーズをやらかしてオロオロアワアワする俺を、ため息混じりで眺めるテシリアの姿が思い浮かぶ。
それでも俺にできることは、嘘偽りのない気持ちをテシリアに伝えること、それしかない。
「食堂に戻りましょうか、テシリア?」
俺は彼女の手を握ったまま問いかけた。
「そうね……もう少しここにいてもいい気もするけど」
「ボーロさんの様子も気になりませんか?」
「あ、そうね。ちょっとくらいなら意地悪してもいいかもね」
クスクスと笑いながらテシリアが言った。
「それじゃ」
「ええ」
俺達は手を取り合ってゆっくりと歩き出した。
この先に待ち受けるふたりの未来に向かって。
―――おわり―――
※お読みいただきありがとうございました。
本編はここまでです。
次の話では登場人物紹介をします




