第23話 気持ちを伝えるのがこんなに難しいとは
(よく眠れなかった……)
昨日、ボーロとニルに言われたことが気にってなかなか寝付けず、翌朝はダラダラと寝過ごしてしまった。
ノロノロと着替えを済ませて食堂に行くと、いたのはテシリアだけだった。
彼女は既に食事を終えたようで、ゆっくりとお茶を飲んでいる。
「おはよう、ノッシュ」
テシリアは食堂に入っていった俺を見てティーカップを置いた。
「おはようございます、テシリア」
「随分とのんびりなのね」
「昨夜なかなか寝付けなかったので……」
「そう」
テシリアは特に気にしている様子はなさそうだ。
「マリル様はどちらに?」
「ダンジョンに行かれたわ」
「ダンジョンに?」
「訓練生の街道警備訓練の付き添いですって」
(よかった、いつものテシリアだ)
昨日はかなり元気がなさそうで心配した。だが、マリルが出かけたということはもう心配することはないということなのだろう。
「お母様は朝早くにうちのお屋敷に戻ったわ」
「そうなんですね」
「ええ、だから私も一緒に帰ろうと思ったんだけど……」
「ええ!?」
テシリアが帰ると聞いて思わずでかい声がでてしまった。
「な、なによ、大きな声を出して」
「ごめんなさい!」
(もう少し、いやもっとずっといてほしい)
などと言ってしまいそうになったがぐっと堪えた。
「『大森林』の街道の警備が手薄になってしまってるらしいの」
「魔物が出たんですか!?」
驚いて俺が聞くと、
「いいえ、魔物は『大森林』や魔王国国境あたりに残党がいたんだけど、警備隊が殆ど片付けたらしいわ」
「それはすごいですね」
俺は素直に驚いた。
俺が戦った魔物は相当の強さだった。一体に対して一般の警備兵が二〜三人がかりでないと倒せそうになかった。
「お母様の話だと、魔王を封印したあとは魔物も弱体化したみたいなの」
「そういうことですか」
「なので魔物退治自体はそれほど苦労はなかったみたいなんだけど」
「?」
「魔物退治に人員を割いていたら街道の警備に手が回らなくなってしまったらしいの……」
「なるほど……」
アルヴァ公爵領は広大だが人口はそれほど多くはない。
三十年前の魔王国戦争で荒廃した土地の回復が思うように進んでいないのが一番の理由だ。
「一時的に魔物が『大森林』に増えたせいで出なくなっていた野盗が、また街道に増えてきたらしいの」
テシリアが魔物に拐われてしまった時だ。おそらく魔王が魔物を活性化させていたのだろう。
(しばらくは公爵領内の警備と治安のために人員を増やさないと……)
俺は頭の中で将来のアルヴァ公爵領の防衛計画を考えてみた。
そうしているうちに、
「俺が公爵家に入ったら……」
と考えていることがつい声に出てしまった。
(はっ!)
「え、何!?」
テシリアは俺の独り言を聞き逃さず鋭く聞き返してきた。
「い、いえ、なななにも」
「うそ!今何か言おうとしたでしょ?」
テシリアは身を乗り出して俺の目を真正面から見つめた。
「あ、あの、えっと……」
顔が熱い。きっと俺の顔は真っ赤だろう。
そんな俺をテシリアはじっと見つめて、俺の答えを待っている。
『アルヴァ公爵家に入ったら』ということは、つまり俺とテシリアが結婚して、俺が婿としてアルヴァ公爵家に入るということだ。
(どうしよう……)
俺はテシリアの婚約者だ。
ただそれは、アルヴァ公爵家とノール伯爵家が決めた政略的なものであり、俺とテシリアの意思は一切反映されていない。
とはいうものの、昨日ボーロから言われたことでもあるが、貴族同士が正式に決めた婚約である以上、よほどのことがない限り俺とテシリアは結婚できるだろう。ふたりの意思とは関係なく。
ほんの僅かな瞬間に、俺の頭の中で様々なことがせめぎ合った。
俺の意思はどうなのか。
それを今言葉にすべきなのか。
その前にテシリアの意思を聞くべきではないのか。
俺は言葉を発しようとして口を開いた。
その時、
ガチャリ……
と、扉を開く音が聞こえた。
俺はビクッとして固まってしまった。
「ノッシュ、やっと起きたのね。私とノルデンはこれから……」
母メリアがそう言いながら入ってきた。
「あら?」
母は俺とテシリアの様子に気づいて立ち止まった。
「やだ、私、邪魔をしちゃったみたいね」
「いいえ、そんなことはありませんわ、メリア様」
テシリアはにこやかに言った。
「でも、なにか真剣な話をしていたのでしょう?」
母は困惑顔だ。
「ええ、ノッシュが私になにか話があるみたいだったのですけど」
「?」
「なかなか話してくれないので諦めかけてましたの」
「あら、もうノッシュったら、だめじゃないの!」
母は眉間にシワを寄せてお説教モードになった。
(うぅ、やぶ蛇……いやそうでもないか……)
俺の頭の中はごちゃごちゃになっていた。
「私達は大市の視察に行ってくるわね」
母は俺にそう言うと、
「テシリアさんはいつまででもいてもらって構わないからね」
とテシリアに笑いかけた。
「ありがとうございます、メリア様」
テシリアもにこやかに返した。
「それじゃノッシュ、テシリアさんをしっかりおもてなしするのよ」
そう言い残して母は食堂を後にした。
気まずい沈黙が訪れた。
母の登場で、にっちもさっちもいかない状況は一旦は回避できた、ように見えた。
だが、そうでないことは俺にも分かった。
(この後どうしよう……)
テシリアを見ると、再び腰を下ろしてお茶を飲んでいる。
『それじゃ、また後で』
と言って部屋に戻ろうかという考えが頭をよぎる。
(いやいや、ダメだろ!ダメすぎる!!)
俺は汗ばんだ手を握りしめて、大きく息を吸い込んだ。
「あ、あの、テシリア……」
「なに?」
「天気もいいので、その……」
「……」
テシリアは真剣な目で俺を見ている。
「に、庭を散歩しませんか……!」
俺は目を瞑ってテシリアの返事を待った。
一瞬の間があった。
「いいわよ」
テシリアが普通に答えるのが聞こえ、俺は目を開けてテシリアを見た。
彼女は静かな表情で俺を見ている。
いつぞやのように、
『いいんですか?』
と、答えてしまいそうになった。
だが、すんでのところで踏みとどまることができた。
「お庭の散歩がそんなに嬉しいの?」
と表情を和らげてテシリアが言った。
(は……!)
俺はその時初めて自分が笑顔になっていることに気づいた。
「は、はい、嬉しいです」
俺は顔の火照りを痛いほど感じながら答えた。
「そう、じゃあ行きましょう」
テシリアはそう言って立ち上がると、俺に小さく微笑みかけてくれた。
(よし、俺の気持ちを伝えよう……!)
未だ顔の火照りも収まらず、胸の鼓動も速くなる一方の情けない自分に発破をかけるように、俺は心の中で念じた。




