第16話 理事長の化けの皮が剥がれた
俺の言葉に一瞬その場の空気が固まり、時間が止まったかのようになった。
「え、ええと、もう一度言ってくれるか?」
デルクは俺が言った言葉が信じられないようだ。
「この話はお受けできません」
もう一度はっきりと俺は言った。
「ま、まあ、いきなりのことで君達も動揺しているのかもしれないね」
そう言うデルクのほうがよっぽど動揺している。
「別に今すぐに決めなくてもいいのだよ、ゆっくり考えて明日にでも……」
「いいえ、俺達の考えは変わりません」
早口でまくしたてるデルクに俺は最後まで言わさずに答えた。
リアを見ると真剣な眼差しで頷いている。
そんな俺達を、デルクはぽかんと口を開けて信じられないという表情で見ていた。
やがて彼は、小さくため息を付くと一旦俺達から視線を外して下を向いた。
そして、再び正面を向いて俺たちを見た彼の顔は、今しがたまで見せていた社交的で紳士然とした顔とは似ても似つかない容貌をしていた。
肌も今までよりも浅黒くなったように見える。
「まったく」
そう吐き捨てるように言うデルクの目は釣り上がり、酷薄そうな薄い唇はめくれ上がり、口角は耳元まであるのではないかと思えるほどだった。
「「……!」」
あまりにも変貌したデルクに俺もリアも声が出なかった。
今目の前にいるデルクを形容するとしたら『邪悪』の一言に尽きる。
リアは俺の手を握っていた手を離し、俺の腕にしがみついてきた。
俺は何かあったらリアの盾になれるように、自分の位置取りを頭の中で計算した。
(……っても今の俺にできることなんてなにも無いけどな)
「おとなしく言うことを聞いていればいいものを、煩わしいことをさせてくれるもんだ」
デルクはそう言うと、俺達を睨みつけた。
そしてデルクの目が赤黒く光ったかと思うと、リアと俺の首にかかったメダルが光りだした。
「もう一度聞くぞ」
静かで低い、しかし何故か抗うことができない強力な声でデルクが言った。
「君たちは今すぐに卒業し結婚する。そしてここで末永く幸せに暮らしていくのだ」
その声は決して大きくないが、まるで耳元で話しかけられているかのように聞こえた。
「ぁ……!」
リアが小さく苦しげな声を出して、俺の腕をより強く掴んだ。俺もリアの腕を掴む。
「さあ、今ここで誓うのだ!」
デルクの圧倒的な声が耳元で響く。
(だめだ……誓っては)
少しでも気を抜くとデルクの言いなりになってしまいそうな心を、俺は歯を食いしばって抑えつけた。
「ち……ち、誓いません……!」
絞り出すように俺が言うと、
「私も……誓いません……!」
リアもチカラを振り絞って言った。
そんな俺達を見て、
「無理をしなくてもいいのだよ」
と俄に声を和らげてデルクが言った。
「君たちは好き合っているのだろう?今ここで誓いの口づけをすればいいのだ。そうすれば永遠の愛と幸福が得られるのだよ」
(誓いの口づけ……永遠の愛と幸福……)
デルクの声にはなにがしかの魔力でも込められているのか、抗おうとすると強烈な苦痛に襲われるような錯覚に囚われてしまう。
(だめだ、このままだと……)
俺はリアを見た。
リアの目には、大きな不安と恐怖、そしてほんの少しの期待が混ざっているような色が浮かんでいた。
(リアと……)
リアの美しく潤んだ瞳を見つめていると、デルクの言葉に屈してしまいそうになる。
リアの瞳に俺の顔が映っている。
(あ……!)
その瞬間俺は思いついた。一か八かの大博打を。
(よし、やってやる!)
「誓いの口づけなどできるわけがない!こんな醜くブサイクな俺に、リアが口づけしてくれるはずがないではないですか!」
俺は意識して大きな声で言った。
(リア、頼む……!)
横目でリアを見ると、案の定リアは呆気にとられたような顔をしている。
だが、俺が下手くそなウインクをすると、その表情に彼女本来の活気が広がっていった。
「そうよ、こんな醜くてブサイクな人と口づけなんて、私は何があっても絶対に嫌ですっ!」
(うおっ!想定以上の強力な拒絶っ!)
「何だとぉーー!?」
俺とリアの言葉に、デルクは明らかに虚を突かれたようだ。
(よし、クリティカル入った!)
心の中でガッツポーズをする俺だったが、
(でも……ちょっとだけ、いや結構、いやいやかなり悲しいな……)
と、思わずにはいられなかった。
すると、メダルの光が弱まっていき元の状態に戻った。
「くそ、何ということだ……メダルの力が効かなかったのか?」
デルクは悔しそうに呟いた。
(このメダル、何か仕掛けがあるのか?)
俺が自分首から下がっているメダルを掴もうとすると、
「あら、ダメよ触っちゃ、バイキンが着いてるかもしれないんだから」
いつの間にか俺のすぐ横に来ていたアリスが言った。
「そうですよ、未知の細菌でも着いていたら大変なことになりますからね」
これまたいつの間にかリアの横に来ていたオオベが言った。
「お前たち、なんでそんなところにいるのだ」
今しがたのクリティカルヒットから早くも立ち直ったデルクが憎々しげに言った。
「私達も生徒会役員ですもの、当然ですわ」
「そうです、当然の責務です」
アリスとオオベがいつものようにしれっと答えた。
「本当に忌々しい連中だな」
デルクは邪悪な顔を歪めてアリスとオオベを見た。
そして、
「もう一度言うぞ、アルハ=リアとノルタ=ノシオ、これが最後だ。私の言う通りに今この場で口づけをするのだ。そうすれば君たちは幸福を味わうことができる」
「できません」
「嫌です!」
俺に続いてリアもすかさず答えた。
(これは演技だ、リアの本心ではない……はず……多分……)
それにしては言葉に力がこもっているような気がしないでもない。
「そうか」
小さく息を吐いてデルクが言った。
「では、仕方がない」
と言うと同時に、デルクが開いた掌をこちらに突き出した。
(魔術っ!?)
頭にその言葉が浮かぶと同時に、俺はデルクに背を向けてリアを庇うように自らの体で覆った。
礼拝堂が眩しい光でいっぱいになる。
(これで終わりか……)
俺は死を覚悟した。
(せめて、リアだけでも……)
俺の腕の中のリアはじっとして動かない。だが温もりは感じられた。
どのくらい経っただろう。随分と長く感じたが、おそらくは五秒もないだろう。
礼拝堂を覆っていた光が弱まっていった。
(リア……)
俺は抱きかかえるようにしていたリアの顔を見た。
彼女は俺の腕の中で静かに身動ぎをして顔を上げて俺を見た。
(よかった……)
俺の頬が緩み、リアも顔をほころばせた。
その時、
「き、貴様は……!」
背後でデルクが言うのが聞こえた。
(俺のこと、じゃないよな?)
そう思いつつ、俺はゆっくりと頭を起こし後ろを見た。
数メートル先の祭壇の前にデルクが驚愕の表情で文字通り棒立ちしている。
そしてそのデルクと、俺とリアの間に一人の人物、おそらくは女性が立って後ろ姿を見せていた。
(アリスさん……じゃない)
背が高くほっそりとしているその女性の髪は、緑がかった長い金髪だ。
そして纏っているのは真珠色の長いローブだ。
それは光りの加減で虹のような模様が浮かび上がって見える。
そして何よりも特徴的なのは、長い金髪の横に、普通の人間ではあり得ないほど長い耳が出ていることだ。
(あの耳、エルフ……?)
「相変わらず考えなしなことをするのね」
そのエルフの女性は落ち着いた声で言った。
(この声、聞いたことが……)
『この子達が本当の幸せをみつけられるように――――』
そう、あの時、街に出かけた夜にリアと俺がベンチで夜を明かしたあの日、夢現の中で聞いた声だ。
「ふたりをお願いね、オベロン」
エルフの女性がデルクから視線を外さずに言うと、
「お任せください、姉上」
とリアのそばから男性の声が聞こえた。ハッとしたようにリアが動くのが目の端に見えた。
(オベロン?姉上?それにあの声……)
『ええ、僕達がしっかり支えなければ――――』
あの時のもう一人の声だ。
俺の頭の中で様々な事柄が動き回り、ひとつずつ組み上がっていった。
だが、まだまだ分からないことだらけだ。
「さあ、そろそろ終わりにしましょうか?」
エルフの女性が静かに、そして重みのある声でデルクに言った。




