第15話 目の前の幸福を求めたくなる
デルクが高らかに宣言した言葉に俺は身構えた。
俺の手を握り直すリアの手からも緊張が感じられる。
そんな俺達を余裕の表情で見ながらデルクは続けた。
「とはいえ物事には順序というものがあるからね」
そう言うとコハナとロウタを見た。
「今日はタヤマダ=コハナくんとマダヤマ=ロウタくんにとっても特別な日なのだよ」
(どういうことだ?)
「今日は卒業が決まった彼らの結婚式なのだ!」
「「結婚式!?」」
リアと俺はあまりにも意外な展開に唖然とした。
そんなおれたちのことなど意に介さずデルクは続けた。
「それではタヤマダ=コハナくんとマダヤマ=ロウタくん、前へ」
「「はい!」」
コハナとロウタが前に進み出た。
そして、デルクの言葉に呼応するように、机の後ろの真紅の幕が左右にさぁーっと開いた。
開いた幕の先はまるで礼拝堂のような空間だった。
左右には鮮やかなステンドグラス、天井には聖画が描かれている。
「「わぁーー!」」
コハナとロウタは小さな歓声を上げて礼拝堂に向かって何歩か歩み寄った。
そして、晴れやかな笑顔で見つめ合うと手を取り合って奥の祭壇へと進んで行った。
「君たちも二人を祝ってやってくれ」
そうデルクに言われたが、俺もリアもいきなりの展開で何をどうしたらいいのか分からなくなっていた。
「リア……」
俺が小さく声をかけながらリアを見ると、
「うん……」
リアは小さな声で答えて頷いた。そして、俺達は手を取り合ったまま奥へと進んだ。
礼拝堂の中央の通廊を歩き始めると、後ろから見たときには気づかなかったが、左右のベンチには隙間なく学園の生徒達が座っていた。
(いつの間に来ていたんだ……)
と不思議に思いながらも空いている席があるか探してみたが、俺達ふたりが座れる余地はなさそうだった。
既にコハナとロウタは祭壇の前まで進んでいる。
俺達はベンチの列が切れる辺りで立ち止まった。
祭壇の向こう側にはデルクが分厚い書物を手に立っている。
「病めるときも健やかなるときも、死がふたりを分かつまで、愛し敬い慈しむことを誓いますか?」
デルクが新郎新婦への問いかけの言葉を朗々と読み上げている。
「誓います」
「誓います」
コハナとロウタは神妙な声で答えた。
「それでは誓いの口づけを」
デルクが言うと、少しの間コハナとロウタはお互いを見つめ合い、ゆっくりと口づけをした。
それに合わせて、集まっていた生徒たちが一斉に立ち上がり、
「「「おめでとう!」」」
と口々に言いながら、割れんばかりの拍手でふたりを祝福した。
「「ありがとう!」」
コハナとロウタは心持ち恥ずかしそうに頬を染めて、拍手をする生徒たちに感謝の言葉を言った。
俺たちからすれば、いきなりの出来事だ。だが、当然のことながらコハナとロウタはあらかじめ結婚式のことは聞かされていたのだろう。
(ふたりとも嬉しそうだな)
ふたりの様子からは、この先も明るく幸福な人生が待っていると信じているのがはっきりと見て取れた。
そんなふたりを見ていると、リアとこの世界で結ばれるのもアリではないかと思えてしまう。
横にいるリアを見ると、彼女はやや頬を上気させて、コハナとロウタが嬉しそうに生徒たちに手を振る姿を見ている。
彼女は俺の視線に気がついてこちらを見た。
俺を見てやや恥ずかしげに微笑むリアの表情からは、この光景を好ましく思っているのが伝わってきた。
俺の心は揺れた。
ついさっきまでは、こんな怪しいことはないと猛烈に嫌な予感がしていた。
そしてそれは、リアも同じ思いだっただろう。
なのに今、コハナとロウタがこれから先の幸福を心から信じて嬉しそうにしている姿を見ていると、
(いつか俺とリアも……)
という気持ちが段々と膨らんできてしまうのだ。
俺を見つめるリアを見ても、つい先程までの不安な様子は和らいでいる。
言葉こそ交わしていないが、その表情は彼女も俺と同じ気持ちでいるのだろうと俺に実感させた。
コハナとロウタは、祝福してくれている生徒達に笑顔で手を振りながら祭壇脇のベンチへ向かうと、ふたり並んて腰掛けた。
それに合わせて、デルクが手を上げて生徒たちの拍手を止めた。
「さて」
そう言いながらデルクはリアと俺に目を向けた。
「君達に、私から提案があるのだが」
デルクがまるで今思いついたかのような調子で言った。
「「……?」」
横目でコハナ達を目で追っていたリアと俺は無言で正面からデルクを見た。
「実はね、今回の君たちの素晴らしい実績を讃えて、特別に卒業をさせてあげようかと思うのだよ」
「「卒業?」」
(一体何を言い出すんだ、この人は)
「卒業って、今すぐにではないですよね……?」
驚きから立ち直ってリアが口を開いた。
「もちろん今すぐにだよ」
そう言うとデルクは祭壇の下から二本の筒を取り出した。
(卒業証書まで用意してたのか)
「さあ、ふたりとも前に来てくれ」
俺達の気持ちなどお構いなしといった調子でデルクが言った。
「でも、卒業しても……その後は……」
リアの声には不安がそのまま表れている。
「なぁに、それなら心配することはない」
サラッと言うデルク。
「心配ない、とはどういうことですか?」
俺が聞くとデルクは、さも当然の事実を告げるように言った。
「卒業したら君たちも結婚すればいいのだよ」
「結婚!?」
リアが半ば悲鳴のように言った。顔を青ざめさせて口に手を当てている。
「いきなり結婚と言われても、その後はどうするのですか?」
俺はすぐさまデルクに返した。
「街で暮せばいい。君たちなら広場で歌と演奏を披露して、楽しく幸せに暮らしていけるのではないかね?」
肩をすくめながら、何も心配することはないという表情でデルクが言った。
(リアと結婚……)
様々な思いが俺の頭の中を交錯する。
ゴールデンカップルの話を聞いた時に、いずれそういう話も出てくるのではという予感はあった。
だが、今この場で出てくるとは全くの想定外だ。
「ノシオ……」
リアが小さな声で俺の名を呼びながら寄り添ってきた。
彼女は不安と期待が入り混じっているような潤んだ瞳で俺を見つめている。
リアは俺に判断を委ねようとしている。俺はそう感じた。
不可思議で怪しいこの世界だが、リアと過ごした時間は楽しく充実したものだった。
売店での遭遇から、放課後や夜の中庭でのふたりの時間。
アリスやオオベの登場でドタバタはしたものの、なんだかんだありながら賑やかに過ごした時間は楽しい思い出と言っていい。
街に出かけた日にふたりで一夜を過ごしたことは、リアと俺の距離が一気に縮まったという意味で最も思い出深い出来事だ。
そして、音楽祭でのペアユニットでの演奏。短い準備期間でありながらも想像以上の成功をあげることができた。
そんな、絵に描いたような眩しい思い出が次々と俺の頭に浮かんできた。
(もし、リアと結婚してこれからもこの世界で過ごしていくとしたら……)
具体的なことは少しも浮かんでこないにも関わらず、何故か根拠もなく幸福に暮らしていけそうに思えてしまう。
リアとの幸福な生活という考えは俺にとって強烈な誘惑だ。
今ここで一步踏み出せば、その幸福が手に入る。
「さあ、アルハ=リアくん、ノルタ=ノシオくん、前へ」
デルクが急かすように言った。
そのデルクの呼びかけを聞いた時、
(違う、俺達は……!)
それまで不安や迷いで揺れに揺れていた俺の心がスッと落ち着いた。
俺はリアの手を握り直しながら再び彼女を見た。
俺を見つめ返すリアの目からも不安や迷いは消え去っていた。
その代わりに、その目には彼女本来の前向きで迷いのない光が宿っていた。
俺は小さく頷いた。
彼女も小さく頷き返してくれた。
ふたりの心が通じ合った。
俺は顔を上げてデルクをまっすぐ見据え、大きく息を吸い込んで答えた。
「せっかくですが、お受けできません」




