第12話 リアとふたりで音楽祭
(そういえば俺、やってたんだよなぁ前世で……)
はるか昔、俺がリガ王国に転生する前の日本人の若者だった頃に、ギターを掻き鳴らしていた時期があった。
街の広場で聴いた曲のコード進行も聴き覚えがあるものだった。
(今でも弾けるかなぁ……)
なんと言っても数十年も前のことだ。思い出せなくもなさそうだが、手指が言うことを聞いてくれるかどうか。
「……オ、ノシオ!」
隣を歩いているリアが大きな声で呼びかけてきた。
「はっ……!」
「は、じゃないわよ!」
「ごめんなさい!」
昼休みに前生徒会長が「リアと俺に音楽祭に出るように」との言伝を伝えに来た日の放課後、リアを始めとする生徒会役員四人は生徒会室に集まった。
「じゃあ、リアさん、ノシオくん、頑張ってね」
「期待しています」
と、一通り音楽祭関連の確認をした後、アリスとオオベから形通りの励ましの言葉をもらった。
そして今、俺とリアはアリス達と別れて中庭をゆっくりと歩いている。
「もう……ボーッとして何を考えてるの?」
「えっ?あ、えっと……」
俺は自分の世界に入り込んでいたせいで、とっさに答えられずにドギマギしてしまった。
「音楽祭の歌をどうすればいいか考えなきゃいけないのに」
と、頬をふくらませるリア。
「私、歌なんて小さい頃に教会で歌ったことくらいしかないわ」
手を後ろで組み、小石を蹴飛ばしながらリアが言った。
「ノシオは?」
「俺は……俺もそんな感じです」
(俺がギター弾くって言っても変じゃないかなぁ……)
リガ王国には吟遊詩人が弾くリュートはあったが、ギターはなかったはずだ。
「あの……」
俺は恐る恐るリアに聞いた。
「なに?」
「学園にギターってあるでしょうか……?」
「ギター?」
いきなりの俺の言葉に、リアは意表を突かれたようだ。
「え……ええ、街で観た楽団はギターを伴奏に歌うという形式が圧倒的に多かったので」
「ギターって、あのリュートみたいな楽器よね」
腕を組みながらリアが考え込んだ。
「……音楽室にならあるんじゃないかしら」
そう言うとリアは俺を興味深げに見た。
「ノシオはそのギターに興味があるの?」
「はい、少しくらいなら弾けるかもしれないかなと……」
何十年も前の記憶を引っ張り出して、頭の中でギターを弾くシミュレーションをしながら俺が言った。
「そうすればリアの歌の伴奏ができそうなので」
「本当に?すごいじゃないノシオ!」
リアにとっては俺がギターを、というか楽器を弾けるということが予想外だったらしく、驚きながら俺に寄り添って肩に手を乗せた。
「い、いえ、準備期間が一週間しかないのでどこまでできるかはわかりませんが……」
「それでもいいわ。私ね、この前街で見た二人組が素敵だなって思ってたの」
街で見た男女二人組のユニットのことを思い出しているのであろう、リアは期待を顔いっぱいに現している。
(あそこまではできないと思うけど……)
冷静に考えれば、全くの未経験から一週間で曲が弾けるようになるなんてあり得ないのだが、今のリアはそこまで考えは及ばないようだ。
(いつかは話さなきゃだよな……)
秘密にしている訳ではないが、前世の記憶があるなんて言っても信じてはもらえないだろうし、それどころか頭がおかしいと思われてしまうだろう。
「曲はどうするの?」
「この前聴いた曲を真似て似たような感じでやってみるというのはどうでしょう?」
「いいわね!私が歌でノシオがギターの伴奏ね!」
「はい」
ということで、善は急げとばかりに学園の音楽室にとって返し、準備室を漁って古ぼけたギターを見つけた。
「どう、弾けそう?」
その場でギターを構える俺を見てリアが言った。
大雑把にチューニングを合わせて鳴らしてみる。
「ええ……なんとかなりそうです」
弦は古そうだがクロスで拭けばなんとかなるだろう。
(切れなければいいのだが……て、やべぇこれフラグか!?)
などと、余計なことを考えてしまった。
『ギター借ります』
と、リアと俺の連名のメモを書き置いて俺達は準備室を出た。
とりあえず、今夜のうちに曲を思い出して明日から練習を、と約束をして寮の前でリアと別れた。
寮の部屋に戻ると、早速俺は曲を思い出しながらコード進行や歌詞をメモしていった。
実を言うと、街で聴いた曲に似せてとリアには言ったが厳密にはそうではない。
(あの曲、なんか聞いたことある気がするんだよな)
そう、前世の日本人の頃に聴いた曲にかなり似ていたのだ。
つまり、若かりし頃に聴き覚えた曲をやろうということだ。
コード進行はだいたい覚えていたが、歌詞のほうは怪しかった。
(まあ、この世界の人は知らないから、うまい具合にアレンジすればいいか)
こうして、夜中過ぎまでかかって、なんとか通し練習ができる程度には思い出せた。
(明日からリアと練習だ!)
眠い目をこすりながら、リアと二人で練習する様子を想像しながら、ひとり俺はニヤニヤした。
次の日からリアと俺は、昼休みと放課後は曲の練習に明け暮れた。
「誰かに聴いてもらうのも練習だから」
というリアの提案で、アリスとオオベも練習に参加してもらった。
「もう、なんか妬けちゃうわね、素敵すぎて」
リアと俺の演奏を聴いて、アリスはプンスカ顔をしながら賞賛してくれた。
「ありがとう」
そんなアリスにリアは嬉しそうに答えた。
「でも、聴いてるうちに私も覚えたから、もしリアさんの調子が悪くなったら私が代わりに歌うわね」
と、付け加えることをアリスは忘れなかった。
「大トリはお二人にお願いしますので、大いに盛り上げてください」
と、実質的な音楽祭実行委員長のオオベがにこやかに言った。
そして音楽祭の日がやってきた。
会場は学園の中庭に設置された即席のステージを中心に行われた。
リアと俺のようにギター伴奏と歌というユニットもいたが、参加者の多くはピアノを伴奏にして歌う合唱やソロだった。
飲食部門も盛況で、音楽を聴きながら料理や菓子、飲み物をというアイデアは大成功と言えた。
そして、会場の盛り上がりも最高潮に達し、大トリであるリアと俺の出番がやってきた。
「さあ、いきましょう」
「はい」
リアの言葉に俺は頷き、ふたりで即席のステージに登った。
大勢の生徒の視線が俺達二人に集まる。
(すっげえ緊張するーー!)
人前で演奏するなど、前世の日本で十代だった頃以来である。
リアを見ると、頬を上気させてはいるものの緊張しているようには見えなかった。
リアと目が合い、アイコンタクトで曲を始めた。
僕の全ては――♫
君のために――♫
リアの力強い透き通った歌声が会場に響き渡る。
いつでも―――♫
いつまでも――♫
そして、曲がエンディングを迎え歌声の余韻が残る中、観客からの割れんばかりの拍手と歓声が歌い手のリアを包みこんだ。
リアの横でギターを抱えている俺はリアを見た。
準備期間わずか一週間、覚えたての曲を全力で歌い上げた彼女の顔は、喜びと充実感にほんのりと上気している。
「どうもありがとうーー!」
リアが手を振りながら、観客の拍手と喝采に応える。
ステージを降りると、アリスが駆け寄ってきて、
「もう、最高に素敵だったわ!」
と言いながらリアに抱きついた。
「ありがとう、アリスさん……」
感極まったからか、リアの声はくぐもって、目も潤んでいるようだった。
「ノシオさんのギターも素晴らしかったですよ」
オオベがいつも通りのにこやかさで言った。
こうして、音楽祭が大成功のうちに幕を閉じた翌日、またもや前生徒会長と副会長がやってきた。
「こんにちは、アルハさん、ノルタくん」
いつものキリッと笑顔のコハナが挨拶し、ロウタはいつも通り後ろでニコニコしている。
(この二人いつも一緒だな……まあ、リアと俺も人のことは言えないが)
「こんにちは」
リアが快活に答える。
「音楽祭でのお二人の演奏は素晴らしかったわ」
大げさな仕草で言うコハナ。
「ありがとうございます」
「それでね、そんなお二人に賞が贈られることになったの」
「「えっ!」」
リアと俺はコハナの言葉に心底驚いて、驚きの声を上げた。
「あの……賞は他の人達にも贈られるの?」
驚きから立ち直ってリアが聞いた。
「いいえ、あなた達だけよ」
当然でしょ、という顔でコハナが言った。
「でもそれでは……」
リアが言葉を継ごうとしたが、
「それじゃ、明日の朝に迎えに来るから」
「迎えにって、どこに行くんですか?」
「決まってるでしょ、理事長室よ」
そう言うと、コハナはロウタを引き連れて颯爽と立ち去った。
「理事長室……」
俺が呟くと、リアは俺を見た。彼女の目は心から不安そうだ。
(一体どういうことだ……)
リアの前で不安な顔はしたくなかったが、多分俺の顔も不安でいっぱいだったろう。
そんな顔をリアに見られたくなかったからか、無意識のうちに俺はアリスを見た。
アリスなら、前と同じように微笑みを返してくれるだろうと思ったのだ。
だが、その時のアリスは、それまでに俺が見たことがないほどに静かで真剣な表情をしていた。
そして、
「大丈夫よ」
と、落ち着いた声音で言った。
その声を聞いた時、この世界ではリアや俺と同年齢のはずのアリスが、豊かな知性を備えた年長の女性に見えた。




