背中を追いかけたあの日
以前にサイト『幻想遊戯』で投稿していたものを、加筆修正しています。
小学の何年生の時かは忘れたが、隣町から引っ越してきた二つ上の男の子がいた。人見知りしないし、明るくて近所の子供たちの中にもすぐに溶け込んだ。そして、一番、年長ということもあり良く小さい子の面倒を見てくれたのだ。
「しゃーちゃん! しゃーちゃん!」
後ろを追いかける小さな子供たちに混ざって朱里も走り出した。小さな子供の中でも、一番背が低いので、本当に一生懸命着いていくのがやっとだった。利賀慎也、子供たちには『しゃーちゃん』と言う愛称で呼ばれていた。
公園でサッカーに野球、鬼ごっこにかくれんぼ。山に行ったり川で遊んだり。必ず『しゃーちゃん』は朱里たちの先頭に居た。朱里たちは何時も彼の背中を見て育ってきた。
* * *
しかし、一緒に遊ばなくなったのは彼が高校に入ってからだろうか。遊ばなくなったけど時折、見掛けては声を掛けてくれる。中学も学校が忙しくなって、少しづつ遊ぶ機会が減っていた。
朱里の大好きな幼馴染。丸刈りの姿は高校でも野球を続けている証だった。帰りは遅いし休日も練習に明け暮れた。野球では、弱いけど、ピッチャーをしているって言ってた。試合とか見に行きたいな。
「しゃーちゃん、久しぶり」
「朱里か。勉強頑張ってるのか?」
もうすぐ朱里は高校生になる。その、ために受験勉強を頑張っているところだ。朱里は、慎也と同じ高校に行くつもりでいた。通うのも近いし大好きな人と一緒なら嬉しいことはない。
「うん、大丈夫だよ」
久しぶりに会った幼馴染はちょっと眩しかった。ずっと追いかけていた背中。身長は、朱里よりにずっと伸びて、見上げないと見えない。
「髪、伸びたな」
「あ? うん、変かな?」
「いや」
それだけ言って慎也は黙り込んだ。お互い、言葉が続かない。ふと、慎也が無理やり話題を変えた。夕日に染まる慎也の頬は若干、赤かったが朱里はそれには気付かなかった。
「ああ、そうだ。受験合格したらなんかやる」
「え? 悪いからいいよ!」
「大したもの用意できるわけじゃないから遠慮すんなって。欲しいもの考えておけよ。じゃあな」
そう言って慎也は、駆け出すと、家に入って行ってしまった。見送る背中が夕日に染まっていた。
(私が、欲しいものは…)
心の中でそう呟いて朱里は首を左右に振った。欲しいものを思い描いたがそれをかき消して、また心の中で呟く。
(それは絶対に無理)
朱里も慌てて自分の家の門をくぐった。外まで、夕ご飯の良い香りが漂ってくる。夕日は徐々に傾きつつあった。
* * *
張り出された合格者の張り紙。自分の名前を発見して朱里はほっとする。仲の良い友達と手を合わせて喜び合った合格発表での一幕。
四月からは朱里も高校生だ。慎也と一緒に通える。それが、一年と短くてもだ。それがすごく、嬉しくて。必死で受験勉強を頑張った。
「朱里」
一番に報告したくて朱里は走る。慎也は、合格発表の日を知っていて、部活の勧誘を称して学校に来ていた。慎也は、野球部への勧誘の紙を持って、掲示板よりも少し離れた場所に友人と立っていた。
「しゃーちゃん!」
「お、お帰り」
「合格したよ! しゃーちゃんに一番に報告!」
吐く息がまだ白い二月の半ば。朱里の心はもう春だ。
「そうか、おめでとう」
「うん、ありがと!」
「合格祝い、決まった?」
「ううん、全然」
「しゃーちゃん」
「ん?」
「合格祝いはいらないよ。しゃーちゃんと一緒の高校に通えることがすごく嬉しいんだ。だからそれが合格祝い?」
にっこりと朱里が笑う。それだけで鈍感な慎也も言葉の意味を理解した。「ちょっと、用事出来た」と言って、慎也は手にした紙を友人に渡すと、朱里の手を取って歩き出した。後ろから、友人の冷やかしの言葉が飛ぶが慎也はそれを無視した。
「ああ、じゃあ四月からは恋人同士だ」
「え?!」
「嫌か?」
「ううん、そんなことない。でも、しゃーちゃんは…」
「お前がいいんだよ、俺は」
「うん…嬉しい。ずっと好きだったから」
「ん、俺も」
慎也の告白にどきどきする。『恋人同士』なんてほんと素敵な合格祝いだ。それと、聞き流せない言葉が混じっていた。背の高い慎也を見上げる。
(しゃーちゃんも、私を好きって解釈しても良いのかな?)
「あでも、『しゃーちゃん』はなしな」
笑って慎也は言った。続けた言葉と共に、朱里は頭を撫ぜられた。暖かいその手の温もりに嬉しくなる。大好きな人は、これから恋人になるのだ。
春になったらもう背中を追いかけることはない。だって、大好きな人と一緒に並んで歩くのだ。
幼馴染みが恋人になる瞬間。利賀くんは、『虹の架け橋』で出ていた、主人公麻衣の同級生の健也くんのお兄さんです。朱里は二つ下なので、麻衣と同級生になります。




