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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

君を祀る日

作者: 結鷺ことり

少しだけホラーかもしれません。耐性のない人はお控えください。

 8月28日。

 じっとりと張り付く服。視界に広がるひまわりが目に痛い。露出している肌をジリジリと焼くような暑さ。

 俺と勇也は麦わら帽子を被りながらひまわりの周りにある雑草をむしっていた。

「あっち〜!」

 勇也は腕で額の汗を拭いながら大きな声で不満を口にした。

「今年の夏やばいよな…」

 俺は同調する形で返答した。近くに置いてあった水筒を一つ勇也に手渡す。

「ありがとう…うえ、ぬるっ。俺ぬるい麦茶だめなんだよな…」

 一口だけ飲んで返してきた勇也に対して俺は不満げな顔をしながら、渡さんかったらよかった、と呟いた。

「そもそもお前が勝手に手伝うって言ったんだから、文句言うなよ」

 そう言う俺に対して、気にしていないように返答をした。

「だって、ずっとあんなところいたら気ぃ狂うだろ…」

 そんな勇也の軽い言い方に俺は、思い出さないようにしていた感情を想起し、ゆっくりとまた心の奥底にしまった。

「まあ、そうだな…」

 俺の気持ちが勇也に伝わっていないか、少し気を遣いながら答えた。

 遠くで大人たちの呼ぶ声が聞こえる。

 ああ、もう気づかれてしまったのか。

「俺、もう帰らな!」

 勇也は明るい声で大人たちの声のする方向へ走っていった。

 しばらくすると、大人たちの声は消え、蝉の声だけが俺の耳に残った。







 俺と勇也は幼馴染だった。村には俺含めて10人ほどしか子供がいなかったので、その全員と知り合いだった。中でも勇也は顔が怖いと避けられていた俺とよく遊んでくれた。今でもその明るさと優しさは変わらないが…。

 俺たちが9歳の頃、神妙な顔をした知らない大人が、勇也の前に現れてこう言った。

「君は20歳までうちで預かることになったから」

 そうして勇也は連れて行かれた。その後から勇也とあまり遊ばないように、と忠告を受けるようになった。大人たちは俺たちに隠し事をしているようだったから、夜、両親が出かけた時に後をつけた。両親が向かった先は隠れたところにあった小さな神社だった。そこに野菜や果物を置いて家に帰った。しばらくするとその中から、あの時の知らない大人が出てきてお供物を回収した。

 後日俺が泣きながら両親に説明を求めたところ、母親がこっそりと教えてくれた。

 曰く、いずれ村に来る災いのために、300年に一度、生命力のある若者を神様に捧げる風習があるらしい。勇也は幼い頃に両親を亡くし身寄りがないため、その生贄に選ばれたのだと。信じられなくて、嘘だと俺が言うと、母は神様のいるという滝に案内してくれた。

 そこには複雑な形状をした半透明な4mはある化け物がいた。

 手足は判別できないほど無数についており、身体中に目がついていた。

 その化け物はこちらに気がついて体を向けた。

 怯えていた俺に向かって、ただ、深々とお辞儀をした。


 その時、理解した。

 ああ、本当のことなんだ、と。


 勇也は連れて行かれた日以降も明るく振る舞っていた。

 基本的には神社の敷地外に出てはいけないようで、俺が会いに行くことが多く、たまに勇也がこっそりと抜け出すことがあった。

 俺も暗い気持ちにならないように、勇也の前では明るく振る舞っていた。

 19になった今では、その当時の記憶や感情は薄れ、過去のことになった。昔見た化け物は夢だったのだと。ただ厳しい家の人に引き取られたのだと。そう思い込むようにしていた。


 ああ、でも。

 もうすぐ、勇也の誕生日が来る。



 8月29日。

 勇也の誕生日の前日。相変わらず神社から抜け出した彼は、背の高いひまわりに紛れて1人で隠れんぼをしていた。無邪気で、何も変わらない様子で、勇也は何も知らされていないのだろうか。いや、


 俺だけがおかしいのかもしれない。


 そう思うと、ふと気が楽になった。あの日のことは全て俺が見た幻覚で、きっと明日も日常が続いていく。それでも少し怖くて勇也の腕を引っ張った。

「うわ!お前力つよ!」


 引っ張った腕の感覚、日差しに晒されて暑くなった皮膚の温度、少し低い位置にある彼の透き通るような茶色の瞳。その全てが本物で、今の自分の輪郭をはっきりとさせた。


 やっぱり、俺だけがおかしかったのだ。


「ごめん。そこ下に芋虫おる」

 そういうと勇也は後ろに飛び跳ねた。

「ぎゃー!!!ほんとにおる!!」

 心拍数を落ち着けるように勇也は深呼吸を繰り返した。

 何気ないやりとりはいつも通りで。そして、俺は笑いながら言った。

「明日、誕生日だっただろ。超高いケーキ買って持ってってやるわ」

 勇也は驚いたのか、その言葉に目を見開き、そしてにっこりと笑って答えた。

「……おう!俺チーズケーキがいいな」












 8月30日。

 勇也は俺の前に現れることはなかった。











 8月31日。

 俺はチーズケーキを持って神社に向かった。

 勇也はいなかった。











 9月1日。

 消費期限の切れたケーキを持って、滝に向かった。

 化け物はあの時より少し大きくなっていた。



 透き通るような茶色の瞳が、こちらを見つめていた。













「おはようございます。9月3日。午前7時のニュースをお伝えします。〇〇県××市の△△町で謎の生物が発見されました。突如として村からの連絡が途絶えたと言う通報を受け、警察が確認に向かったところ、建物が倒壊しており、住民は全員行方不明となっていました。その後の調査により、村の中心に瞳が一つだけ抜き取られた状態の、4m越えの生物の死骸を発見。現在この事件との関連性について調査中です。次のニュースです……」


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