恋と噂と、灰の従者
「シンデレラー!シンデレラー!」
屋敷に響き渡る声が、シンデレラの耳に届いた。
この声の主は、義姉だ。
急いで、シンデレラは仕事を片付け、義姉の元へと向かった。
「お呼びでしょうか、お姉様。」
男装姿は、こんな時、便利だ。駆け足でたどり着ける。
しかし、義姉は不満顔だ。
「もうっ!私が呼んだ時は、もっと早く駆けつけてよねっ!」
頬を膨らませ、ご立腹の義姉には、この表情と文句を口にしなければならない。
「そんなに、子リスのように頬を膨らませても、ただ、可愛らしいだけですよ」
シンデレラは、自分の声の中でも低音を意識して、困ったように小首を傾げ微笑んだ。後ろでひとつに束ねた金髪がサラサラと揺れる。
「⋯⋯っ!もーっ!シンデレラったら、ナマイキね!」
口を尖らせて、文句を言う義姉だが、頬には赤みが帯び、嬉しそうだ。
「ねぇ、シンデレラ!私、街に行きたいの!モチロン、貴方も同行よ!」
キラキラ瞳を輝かせ、義姉はそう言い放った。
「まち⋯ですか?」
(なにか買い物だろうか⋯)シンデレラは、義姉の次の言葉を待った。
「えぇ!最近、政策が変わったでしょ?
過去20年以内に亡くなった貴族には、国から、遺族年金が支払われるって!
だからね、お母様がね、ドレスなら一着買っても良いって!
でも、オーダーメイドはダメなんですって!!
仕方ないから、普段着のドレスをね、買おうと思ってるの。うふ。だから今日のお買い物はね、あなたがぁ、あたしにぃ、ピッタリのドレスを、ちゃ〜んと選んでよねっ!」
義姉が、普段着にドレスをシンデレラに選ばせるということは、そのドレスを義姉が着る度に、義姉に対して歯の浮くようなセリフを口にしなければならない。
義姉には、そう強く、命令されているのだ。
シンデレラと義姉を乗せた馬車は、程なくして街へと辿り着いた。
シンデレラが先に降り立ち、義姉をエスコートする。
義姉が、降り立つと同時に『きゃっ!』と、バランスを崩した。
いつものことだ。
シンデレラは、慣れた様子で、頭一つ小さな義姉を、ふわりと、抱き支えた。
「お怪我はございませんか、お嬢様。」
街へ降り立つ際は、シンデレラは、義姉を“お嬢様”と呼ぶ。
従者のように従えと、継母からそう命じられているためだ。
「ええ、大丈夫よ。でも、街は危ないわ。ちゃんと私を守ってよね。」
義姉が、キュッとシンデレラの腕を掴む。
「ええ、この命に代えても。」
そう、シンデレラが決まった文句を口にすると、義姉は満足そうに頷くのだった。
シンデレラは、露天の品物の値段交渉を耳にしながら、義姉をエスコートした。
「最近、手に取りやすい品物が、増えてきましたね?」
そう義姉に話しかけると、義姉は『あぁ、』と言い、続けてこう言った。
「王子様でしょ!あのお城での舞踏会の日、ずーっと1人の女と一緒のいたやつ!
なんでも貧困層で暮らす、貧乏な娘みたい!
王子様は、その子に夢中で、近々嫁入りさせるために色々、支援してるって話!」
義姉がプリプリ不機嫌そうに、そう言った。
「貧困層の娘?」
シンデレラが聞き返す。
義姉は、
「そうみたい、もっぱらの噂よ!あの女嫌いの妖精王子を夢中にさせるなんてね、」と言うと小声になり、シンデレラに耳打ちした。
「きっと、男相手に商売している女よ、間違いないわ。」
義姉の含みのある言葉の真意が理解できず、シンデレラは、
「とても綺麗な女性だったのですね。」
と、答えた。
義姉は、シンデレラの言葉に、失笑した。
「あはっ!やだ!もう!
そうね、貴方にはこの話は、早すぎたわね。」
何が可笑しいのか、分からないが義姉は、クスクスと笑うのだった。
義姉の言葉を聞いてシンデレラは、こう思うのだった。
(私が去った後に、もっと素敵な女性に、出会えたに違いない。)
国中の女性が招待されているのだ。きっと、そうなのだ。
しかし、何故かそう思うと、途端に胸が苦しく、呼吸が乱れた。
(意識せずともしていた呼吸が、何故⋯。)
義姉の話し声が、遠くに聞こえる。
街を行き交う人々のうわさ話が、何故だが、よく聞こえた。
「王子様に会いに、うちの娘が舞踏会に行ったんだけどよぉ、別世界に尻込みして一歩も踏み出せず、帰ってきちまったんだよ。」
「そら、勿体ねぇなぁ〜!もしかすっと、おめぇん処の娘が、次期王妃になれたかもしれねぇってのに!」
「か〜っ!!!そりゃ、世も末、だな!」
「「ガハハハ!!」」
「それにしてもよぉ、あんな別世界に、よく貧困層の娘が行ったもんだな!なかなか肝が据わってらぁなぁ!」
「そりゃ、王子を手練手管で誑し込んだとくりゃあ、そんじょそこらの娘じゃねぇよ!」
「なんでもそろそろ、貧困層に、迎えに行くって話だぜぃ」
「おっ!噂をすれば、だぜ。」
シンデレラは、耳に届いた声の主たちの目線を追った。
馬車が近づいて来ていた。 豪奢な馬車だ。
民衆でもひと目で分かるよう、馭者に馬、筐体を飾る煌めく印は、王家の紋章。