表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/25

夢の途中で、さよならを



 近衛に案内された場所は、月夜が明るいテラス席。


 給仕からは、そっと飲み物や、食べ物の数々が置かれ、舞踏会の喧騒けんそうも、微かにしか聞こえない静かな場所。


 楽団の音だけが、どこか遠くから聞こえてきていた。


「落ち着かれましたか?」


 シンデレラが王子様を気遣う。


「あ、あぁ、すまない。なんだか、先程から其方そなたには、失態ばかり見せているな⋯⋯。ふ、ふ、普段はこうじゃないんだ⋯⋯っ!えと、あの、あ、食事、そう!先程の肉だ、遠慮なく食せ⋯⋯っ!」


 そう、しどろもどろの王子様に、シンデレラは、微笑みながら口を開く。


「⋯⋯一人では気が引けます。殿下がよろしければ一緒に、どうですか?」


「⋯⋯いっしょ⋯⋯む、うむ!そうだな、いただくとしよう!」


 言うが早いか、給仕から、シンデレラが皿に盛った料理の数々と同じものが、王子様の前に置かれた。



 先程まで、王子様の頭の中は、聞きたいこと言いたいことで、いっぱいだったのに、今は料理の味も分からない。なにを話したかったも分からない。


 シンデレラの所作から、料理を運ぶ口元まで、彼女の瞳も、長い睫毛もキラキラして。


 夜だと言うのに、眩しくて、目が、逸らせない。


(どうして、初めて会ったというのに⋯⋯、何故こんなにも彼女に、僕の感情は、揺さぶられるんだろう⋯⋯)


「とっても美味しいです、殿下。私は、今まで生きてて、こんなに美味しい料理は、食べたことがありません」


 にっこり微笑みながら、そう話す彼女の首元の細さに目がいった。


「そうか、⋯⋯その、厳しいのか、生活が⋯⋯、」


 つい、聞いてしまった。


「そうですね、毎日、生きていくのが精一杯では、ありますね。今宵こよい、夢のようなこの場所にいられるのが、信じられないほどです」


「私のこの格好も普段では、お目にかかれない物にございます。とある親切な方が今日のためにと、私をお城に送り出したのです」


「そうなのか⋯⋯」


「ええ。幼い頃、絵物語で読んでいた、王子様と、こうやって会話をするだなんて、夢のような時間でございました。感謝申し上げます」


「礼を言うほどではないし、私は、わ、私は、其方と、こ、今宵の事を、夢で終わらせるつもりは、毛頭にない⋯⋯っ」


 仮面の下の王子様の目は、どこかすがるようで。


「殿下⋯⋯、」


 シンデレラは、なんて答えて良いのか、分からなかった。


 王子様の縋るような瞳に、自分が応えられるのか、シンデレラには分からなかった。


 その時、遠くの喧騒から、奏でる曲に聞き覚えがあった。


 義姉に付き合わされて、よく踊ったダンスだった。


「私は、殿下に、想われるような人ではございません。ダンスひとつも、女性のパートすらも知らないのです」


 シンデレラのその言葉を聞くや、殿下はシンデレラの手を掴み、


「ここには、其方と私しかいない。心のままに、踊ればい」


と、シンデレラを導くのだった。


 月明かりにふたつ、重なる影。


「ダンスは、嫌いじゃないんです。むしろ楽しいと言うか⋯⋯、あの殿下、怒らないで下さいませね?」


と、言うがいなや、男性パートで王子様をリードするシンデレラ。


(なんだ、これは⋯⋯っ)


 自分より細身の女性が、しっかりとした足さばきで、王子である自分をリードする。


「ははっ!これは、愉快⋯⋯っ」


 花嫁選びの憂鬱だった気持ちなんて、彼方に飛んだ。


 シンデレラと王子様のダンスは、ただただ、楽しかった。


 王子様は、ダンスで身体が火照ほてったのか、汗を拭う際、あんなに人前に出るのを嫌がっていたあかしの仮面は、迷いなく放り投げだされ、シンデレラとの踊りに興じた。


 時間の経過なんて、感じない。


 まるでそこだけは、時が止まったかのように、二人は夢中になって踊った。


 だが、時は有限。


 今宵の終わりを告げる鐘が、鳴り響く。


(え!?十二時!?)


 踊るシンデレラの脳裏に、翌朝からの仕事が、雨のように降り注ぐ。


「申し訳ございません、殿下!」


 踊りながらも動きは焦り気味だ。


「私は、もう行かなければなりません!」


 王子様はその手を取り、まだステップを刻みながら必死に言葉を繋げる。


「待って!もう少し、君と──!」


 止める王子様を、男性ターンでリードしていたシンデレラが、抱きとめる。


「今宵のことは、私、忘れません。また、どこかで⋯⋯」


 会える可能性なんて、無きにひとしいのに、そう言ってしまった。


「待って、待って!」


 少女の名前を知らないことに、これほど後悔したことがあるか。


 慌てて追いかけようと、現実に引き戻された王子様の耳には、舞踏会に来た来場者の気配。


 放り投げた仮面を拾い、目元を隠し、振り向いた時には、少女の姿は、既に無かった。


 一日中、ひとり屋敷の掃除に明け暮れ、バケツに入った水もこぼさず、階段を昇降するシンデレラの脚力と体幹は凄まじく、あっという間に馬車の中。


 ドレスをひるがえし、風のように去った少女の目撃情報を元に、追跡した際、ガラスの靴の片方のみが王子の手元に残っただけだった。


「なんとしても彼女を見つけたい⋯⋯」


 切なく、別れの言葉を口にした彼女の顔を思い出しながら、そう王子様は心に誓うのだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ