言葉にならない思いの先に
王子様は、あんなに姦しく思えた女性達の声も、耳に入らず、『私を助けた、あの者に、礼をせねば。』と、女性達を制し、少女の後を追った。
しかし、気の弱さのせいもあって、いざ、話しかけようと意識すると、その一歩が踏み出せず、少女が料理を眺めながら、テーブルを回る姿を確認できる位置に移動しては、チラチラ見、少女が移動しては、後を追い、チラチラ見る、のみ。
ちょろちょろちょろちょろと、少女の周辺をうろちょろする、我が息子の様子を見ていた両親(特に王様)からは
『アイツは、なにをやっとるんだ⋯』と、呆れられる始末。
王妃様は、愛息子の様子を、興味深そうに、見守っていた。
自分の後を、まさかのやんごとなき身分の者が、ちょろちょろ追っていることにも気付かず、シンデレラの視線は、テーブルに所狭しと並ぶ、料理の数々に釘付けだった。
(すごい⋯っ!!これが宮廷料理⋯っ!!
お父様がお亡くなりになっても、お継母さま達の浪費は止まらず、お継母さま達の、口に入れるお肉を購入するのもやっとなのに⋯)
シンデレラは、震える手で、一生口にすることは無いだろう、と思う料理から、慎重に皿に盛っていく。
「⋯そそのッ⋯肉料理には、この、ソース、が合おうぞ⋯っ」
と、言葉遣いが、たどたどしい人から声を掛けられた。
シンデレラが振り向くと、そこには、物理的に距離を縮めて来た、王子様の姿が。
「そ、その、あのっ、さっきは、あれだ、た、助けてくれて…、その、れ、礼を言いたかった……。あ、あれは、危なかった……。ええと、それから、こっちの、これも…食せ!⋯あっ、この、これと、これも、美味だぞ! き、君に、ぴ、ぴったりだっ!」
指さす料理は、王子である自分も、よく知らない料理だった。
次の言葉が見つからず、料理を勧めながら、どんどん赤面する王子様を、シンデレラは、不思議そうに眺めていた。
少女の視線を感じ、王子様の心臓は、今にも破裂しそうなほど、バクバクと音を立てる。
少女に出会う前の、凪いでいた自分が嘘のようだった。
(聞きたいことは、あった。あったはずなのに⋯。
其方が何者なのか、名前を聞きたい。もっと知りたい。話がしたい。)
少女に、行かないで欲しくて、料理を勧めて、なんとかその場に少女を留めている。
本当はもっと、聞きたいことなどたくさんあるのに、感情が溢れ出して言葉に出来ない⋯。
羞恥で、仮面の奥の瞳が、じわりと濡れた。
思考がめちゃくちゃだ。
言いたいことは山ほどあったのに、口から出るのは、どれも焦りと混乱の産物だった。
(どうしようもないな、僕は……)
戸惑う王子様に、シンデレラは、礼をし、
「発言をお許しください、殿下。
お勧めいただいた料理の数々を、私も落ち着いた場所で味わえたらと存じます。
ご無礼でなければ、殿下と共に、どこか腰を落ち着かせる場所を案内できれば良いのですが⋯」
と、義姉のわがまま仕込みの麗人然とした憂い顔でそう言うと、 どこからともなく近衛兵たちが現れ、自然と人波を割くように、静かに通路ができ、2人を案内するのだった。