静寂の中、扉は開く
『シンデレラも連れていきたい』
という、義姉とそれを制止する継母を見送りながら、シンデレラは、継母に言われた仕事の他に、不備がないか頭の中で、確認をする。
(お継母様に言われた、薪割りはあの後、少し多めに割っておいたし、再度汚れた靴が置かれてないか、確認しながら部屋に戻りましょう)
と、刺繍を再開するため、部屋に戻るのだった。
一針一針、丁寧に刺した刺繍がやっと完成する頃には、月夜が明るい夜となっていた。
(たしか、継母と義姉の食べ残しがあったはず)、と今晩の晩御飯を思い出しながら、片付けをし、部屋を出る。
(きっとお継母様達が帰ってくるのは、深夜だろうから早めに休んでおかなくちゃ)
と、シンデレラは、食事を済ますと、早々にベッドに横になるのだった。
誰かが自分を呼ぶ声で、うつら、と目を覚ました。
まだ、辺りは真っ暗だ。
もう継母達が、帰ってきたのだろうか。
それにしては、静かだ、と、シンデレラは、半覚醒の重たい身体を起こして、寝衣のまま、おぼつかない足取りで階下へと降りた。
『⋯⋯ラ。シンデレラ』
自分を呼ぶ声がする。
朧気な声に導かれるまま、シンデレラは扉の前に立ち、静かにドアを開けたのだった。
月光を背に立つ、ひとりの老婦人の姿が、そこにはあった。
夜闇色のローブに身を包み、柔らかく笑んでいる。
「初めましてだね、シンデレラ」
微笑む表情は、月の光のようだった。
しかし、シンデレラは女性に面識はなく、
「え⋯⋯、どなた様、ですか⋯⋯?」
と、問うた。
戸惑うシンデレラを見つめる女性が、ふと、痛ましげな表情に変わる。
女性の視線を辿ると、継母に執拗に扇でぶたれ、腫れて青アザへと変色した寝衣から覗く手足だった。
「あっ⋯⋯」慌ててシンデレラは、両腕を隠した。
足はどうしようもない。
「首にも⋯⋯」
悲しそうな様子で、女性は、シンデレラのサラサラと落ちる金髪を優しく払い、首元にヒタリと手をやった。
そのまま、女性の手はシンデレラの、頬へ。
いつの間にか、両手で包まれていた。
女性の手のひらは、ひんやりと心地よい。
「可哀想に⋯⋯。顔もアザになってるね。シンデレラ、生みの親を恨まないでやっておくれ。あの子はね、ずっとお前のことを気にかけていたよ⋯⋯。ただただ、お前の幸せだけを願っていた」
そういうと、女性は、懐から杖を取り出し、夜空に向けて軽く振ると、シンデレラを包み込むように光り輝いた。
継母に打たれて、ジクジク痛む箇所が消えていく。
不思議な気持ちでシンデレラは、星降る光の数々を見つめるのだった。
「そら、綺麗になった」
女性の言葉に、シンデレラは反射的に両腕に視線を落とす。
先程までの青あざが、すっかりと消えていた。
「え⋯⋯っ、すごい⋯⋯」
目を丸くして驚くシンデレラに、女性は得意げに、微笑むと、「まだまだこんなもんじゃないよ」と更に杖を振った。
またもや、シンデレラを包むように辺りは、発光し、気付いた時には、寝衣は、見たこともない見事なドレスへと変貌していた。
――流石に、目が覚めた。
「え!?あの、これ⋯⋯っ」
戸惑うシンデレラに、満面の笑みの女性、いや、魔女はこう答えた。
「舞踏会へお行き、シンデレラ」
魔女の言葉は、唐突だった。
シンデレラは、逡巡したが、意を決して口を開く。
「⋯⋯あの、お気持ちは大変有難いのですが、私、舞踏会よりも、今は睡眠をいただきたく⋯⋯」
「えぇっ??」魔女が、頓狂な声を上げた。
「なので、せっかくのドレスですが、元の寝衣に戻してもらえないでしょうか⋯⋯?」
申し訳なさそうにシンデレラは、魔女を見るのだった。
すると、魔女は、
「年頃の娘は、みんな舞踏会に参加するのを夢見てるってのに⋯⋯」
と、一層悲しげな表情になり、パチンと指を鳴らした。
シンデレラは、これで、元に戻る、と安心したが、寝衣に戻らず、ドレスのまま。
いつの間にやら、小間使い風の女性が、魔女の後ろに控えており、「あちらに」と、魔女を案内する。
⋯⋯どうやら、指鳴らしは小間使風の女性を読んだに過ぎないようだった。
少し離れたところに、裏の畑で育てているカボチャと、ネズミが数匹いた。
訳も分からず、その様子を見ているシンデレラ。
魔女が杖を振ると、あっという間に、カボチャとネズミは馬車へと変わった。ちゃんと馭者もいる。
「わぁ、すごい⋯⋯」
シンデレラは、その光景に感嘆の声を上げた。
「さあ、乗りなさい。シンデレラ」
ニッコリ笑っているが、有無を言わさぬ魔女の気迫。
「え⋯⋯、あの、でも⋯⋯」
と、戸惑うシンデレラをよそに魔女は、
「あぁ、そうだったね。これが必要だったね」
と、またしても小間使い風の女性が、魔女になにかを捧げている。この女性は、とても影が薄い。
魔女は、それを受け取ると、シンデレラに
「これを履いて、お城へ参っておくれ」
と、言うのだった。
魔女が手にしているのは、ガラスの靴。
「でも、おばさま、私⋯⋯」と、食い下がるシンデレラに
「後生だから、『参る』と、言っておくれ。お城には、見たこともないご馳走もあるよ。たらふくあるよ。お腹いっぱい食べられるよ」
と、魔女をよく見ると、必死なのか、目に涙まで溜めており、シンデレラが頷くまで、解放する素振りが無さそうな様子。
渋々、ガラスの靴を受け取り、
「魔法使いのおばさま、ご親切にありがとうございます。なるべく早く帰ってきます」
と、シンデレラは、馬車に乗り込むのだった。
その姿を見て、「うん、うん」と満足そうに頷く魔女。
魔女に見送られ、シンデレラを乗せた馬車は、お城へと目指す。
馬車の中では、シンデレラは、眠気でウトウトしながら、
(魔法使いのおばさまも、あぁ言ってたし、せっかくだから、お城でしか食べられない、食べ物をいただこう)
と、思いながら、目を瞑るのだった。




