涙のあとには微笑みが宿る
お城へ到着すると、謁見の間ではなく、何故か、王子様の私室に通されたシンデレラ。
従者がドアを開けると、そこは寝室で、寝台には、頬が痩けて、目の下には、ひどいクマをつくった王子様が、横たわっていた。
従者に促されるまま、静かにシンデレラは、近づく。
従者が、椅子を用意してくれたので、目礼をして、椅子に腰を下ろした。
(こんなに、面やつれして⋯、ご公務がお忙しかったのかしら⋯)
初対面の頃に比べて、随分と変わり果てた姿の、王子様を見つめて、シンデレラは、胸を痛めた。
「ん⋯、」と、王子様が、身じろぎし、目蓋を震わせ、薄目でボンヤリとシンデレラをしばらく見つめた後、
「あいたい⋯」と、ボソリ、と呟いた。
「え⋯?」シンデレラの声が、つい漏れた。
「きみに、会いたい⋯。会って、はなしがしたい⋯。また、ダンスを踊りたい⋯。夢でもなく、幻でもない、君に触れたい⋯」
そう王子様は、言って、涙を流した。
「殿下、私は、ここに、います」
きゅ、と布団を握る、王子様の手に、シンデレラは、そっと手を重ねた。
「え⋯、僕、死んだの⋯?」呆然と、シンデレラを、見つめる王子様。
「いいえ、殿下は、生きておられます。ずっと、私を探していたと、使者の方から、伺いました。参上が遅くなり、申し訳ございません」
その言葉を聞いて、グワッとまなこが開いた王子様は、シンデレラを、マジマジと見つめたまま、滂沱の涙を流した。
涙で、枕をぐっしょり濡らしながら、王子様は、ただ泣いた。
散々、涙を流した王子様が、落ち着きを取り戻した、と同時に、顔を真っ赤にさせて、シンデレラに「すまない」と謝った。
「其方には、恥ずかしいところばかり見せている。いつもは、こうじゃないんだ。本当に」
言い訳をするように、王子様が、モゴモゴと言う。
シンデレラは、そんな王子様を、愛しく思いながら、くすり、と笑って、
「私は、普段、皆に見せていない姿を、私にだけ、見せてくれるとおっしゃる殿下に、嬉しさと、いとおしさを、感じておりますよ」
そう言うと、にっこりと、微笑んだのだった。
赤を通り越して、赤黒くなってしまった王子様の、赤面を
「ご容赦を」と言い、そっと指の背で触れる、シンデレラ。
「熱が、高くなってきましたね。体調不良のところ、謁見を、お許し下さり、有難うございます」
と、退室の雰囲気を出すシンデレラに対して、王子様は、慌てて、頬に触れているシンデレラの手を、握った。
「熱じゃない!!あ、いや、その⋯熱が、出ているわけじゃないんだ⋯。⋯これは、その、其方がいるから⋯。其方が、私にかける言葉に、どうしようもない嬉しさが、込み上げてくるからだ⋯」
しどろもどろに、王子様は、話し出す。
「こんな時間に、寝台で、眠っていたのは、父が、王と王妃が、眠らず仕事ばかりしている私を心配して、公務を行うことを暫く禁止したからだ⋯。」
とてもじゃないが、言えない。
嫉妬にかられて、寝ずに、歌謡劇の台本を作り、吟遊詩人に歌わせる、歌の構成を考え、歌詞を作り、歌い出す吟遊詩人に、ダメ出しをして、何回もやり直させたことなど。
彼女が見つからない間、愛しい彼女を独り占めしている、女のことを考えると、腸が煮えくり返り、食事も喉を通さぬほどだった、とは。
どんどん世界が、色褪せていく日々を⋯感じて、生きて行くことへの意味を、失いかけていたことなど⋯。
でも、今は、鮮やかに、再び出会えた、彼女の存在が、私に、生きることへの、喜びを与えてくれる。
「其方の名前を、知りたい」
王子様は、ポツリと言った。
シンデレラは、一瞬困ったような顔をして、
「私の本当の名前は、とうの昔に、捨てられ、今は、シンデレラと呼ばれております」と、答えた。
シンデレラの名前の意味を、推察した王子様は、眉をひそめ、口を開いた。
「灰かぶり⋯とな。⋯⋯随分と、苦労してきたのだな」
申し訳なさそうな表情で、シンデレラは答えた。
「いえ、あ、⋯そう、ですね。昔は⋯、亡くなった母を、恨んだことすら、あります⋯」
実母を亡くして、暫くして、父親が、継母と、義姉二人を伴って帰ってきた日は、いつだったか。
父が、亡くなってからは、継母と、義姉達が、シンデレラの持っていた服も髪飾りも、部屋すらも、全て取り上げ、ボロのお仕着せに着させられた。
一つ一つ家事を覚え、屋敷の仕事を、覚えてからは、可愛がってくれていた使用人達も、全て、暇を出されてしまった。
冬の凍てつく寒さに耐えきれず、暖炉で寝てしまった日からは、名前すら捨てられた。
汚いからと、押し込まれた、ベッドのない屋根裏部屋で、体を丸めて寝ていた日々。
枯れ草が、柔らかいことを知って、刈った草を、コッソリと干し草にして、忍び足で、屋根裏部屋に運び入れ、ボロのシーツを被せ、その上に寝転った時は、暖かくて、つい泣いてしまった。
少年のような格好をさせられてから、義姉からの、嫌がらせは、あまりされなくなったけども⋯。
早くして嫁いだ、上の義姉が訪ねてきた際に、少年の格好をしたシンデレラを見て、
「ママったら良い趣味してるじゃない、これならもう少し、可愛がってあげれたのに」と、言っていたことを思い出す。
過去のことが、走馬灯のように、シンデレラを通り過ぎていく。
なぜだか、分からないけど、視界が滲む。
シンデレラの手に、ふいに温かさを覚えた。
見ると王子様が、繋いでいた手をぎゅっ、と握り返していた。
王子様を見る。
舞踏会の時と違って痩けた頬、落ちくぼんだ瞳。
だけど、その瞳は、決してこの手を離すまい、と真摯な炎が灯っていた。
「殿下、⋯私を見つけてくださり、有難うございます」
王子様を見つめ、そう言葉にする、シンデレラの瞳から、一筋の涙がこぼれた。
一年後、王子様と公爵家に養子として迎え入れられていた、シンデレラの結婚式が、盛大に執り行われた。
王子様に立てられた噂話も、その頃には、王子様の努力もあって、素敵な恋物語へと仕立て上げられていたので、国民は大いに喜んだという。
最後までお付き合いくださり、ありがとうございました。




