沈黙の帷が落ちるとき
「ここの者は、娘が一人⋯?」
使者が尋ねた。
継母は、お辞儀をした後、姿勢を正し、にっこりと微笑んで答えた。
「ええ、左様でございます。この子の上に、もう一人いましたが、年頃で。嫁ぎましてよ」
「そうでしたか、では、この子に例のものを。と、申し訳ない。どこか座れる場所を⋯」
使者が、キョロキョロと辺りを見渡す。
「まぁ!気が利かず、申し訳ございません。さ、こちらに。お部屋へご案内いたしますわ」
継母は、使者たちを案内する。
義姉は、緊張した面持ちで、実母の後を追う。
実母の背中から並々ならぬ、気迫を感じる。
まるで、『失敗は許さない』と語っているようだ。
応接室に着いてしまった。
母に肩を押され、座らされてしまった。
目の前には、使者の一人が恭しく持ってきた、ガラスの靴。
「さっ!お履きになって下さい」
にっこり微笑んだ、使者が言う。
恐る恐る、ガラスの靴に足を入れた。
ぎむっ。
途中でつっかえてしまう。
ガラスの靴を目にした時に、なんとなく、気付いてはいたが、あと少しが入らない。
「ちょっと、今日だけ、足が浮腫んでいるのかしら?」
母の声が怖い。
すすすっ、とガラスの靴に近付いた母が、足首と、ガラスの靴を持ち、ぐぐぐっと押さえつけてきた。
「あぅっ!痛い!痛いわ!お母様!」
あまりの痛さに声が出た。
「あ!そんなに強く、力を入れてはいけません!今は殿下の持ち物です!丁重に扱って下さいませ!」
使者が慌てて、止めに入った。
「はぁ、ここの家もダメか〜」
使者が、目に見えて落胆して、屋敷を後にした。
「ごめんなさい。お母様⋯」
義姉は、怒られる前に母に謝った。
「あなたが選ばれなかったことは、残念ですが、これで良いのです。使者は出ていきました」
実母は、満足そうに笑んだ。
使者一行がゾロゾロと門をくぐると、路上に棒立ちしている行商人がいた。
「なにかあったのかね?」
使者たちは、一応、出向いた先の近辺の様子も報告するように、と命令されているので、変わった様子には、調査するようにしている。
「へぇ、あの」と、声がする方に振り向いた行商人が、王家の紋章を身につけた一行に、ギョッとして平身低頭した。
「あぁ、そんなに畏まらずとも良い。なにか、困っている様子とお見受けしたが?」
親切そうな表情を崩さず、使者が問う。
「へぃ、あの、ここに、この屋敷に召使いのお坊ちゃんがいるんですがね、いつまで経っても出てこないんですよ。いや、いつもならね、この時間には、もう出てきてるはずなんですがねぇ〜⋯」
困ったように、行商人は、ボリボリと頭をかいて、ハッとして慌てて、頭に置いていた手を下ろした。
「通いのものでは、無いのか?」
使者が、問う。
「へっ?いいえ〜。それは、ないと思いますぁ。このお屋敷を一人で管理してるってね、たしかに前に言ってたと思いやすよ。前に見かけた時は、そりゃあ、忙しそうに働いてやしたし。いや、あのお兄さんは、いっつも忙しそうだったなぁ〜。いやね、大体、私がここに来る日は、庭の掃除をしてるんですよ。ここ、この広さ。これを一人でみてるっていうから、大したもんですやぁねぇ〜」
行商人は、そう言うと感心したように頷いた。
「年の頃は、いくつぐらいだろうか」
使者が、問う。
「とし?えーと、私が初めてここに来た時は、こんくらいだったから、いくつぐらいだろうなぁ〜?」
うーん、と手振りを添えて、生真面目に考える行商人に、
「大体で、良いのだ」
と、助け舟を出す使者。
「じゃあ、お城の王子様より下ぐらいですわな!綺麗な顔したお兄さんなんで、年齢不詳なんですわ!初めて会った時は、女の子の格好でしたし!」
その言葉に、ピクリと反応した、使者。
「ちょうど服が無かったんですかね?何回かその格好の後は、ずーっと、従者の格好ですわ!」
「ほう?」
嘘が無さそうな、行商人の言葉に、使者は、なにかが引っかかった。
「では、私が代わりに呼んでこよう。なに、これも人助け。気にすることはない」
使者一行は二手に分かれ、ひとつは行商人と共に待つように言い、先程来た道を戻った。
突然の、使者再訪に、驚愕する継母。
「ど、どうしたのですか?なにか、我が家に⋯。もう用は済んだと思いますが⋯」
驚愕で表情が作れない継母は、ぎこちない表情で、そうやんわりと抗議した。
「いや、まだ済んでいない。先程、ここを通りかかった者の聞くところによると、ここは、三人で住まわれているそうだな?」
使者は、じぃっと継母の様子を見て問うた。
「なにかの聞き間違いでは?私と娘、二人だけに、ございます」
引きつるように笑みを浮かべ、継母は、答えた。
「ならば、問おう。身の回りのことは、主に二人でか?」
「はい、親子二人、慎ましく⋯」
継母は、落ち着いてきたのか、恭しい態度をとりだした。
「炊事などは?」
「それは、通いのものが」
「通いのものがいない時は?」
「多めに用意しておりまりますので、あまりそういう機会は⋯。
ございませんが、その時は、娘と二人で」
継母の、恭しい態度は、変わらない。
「ならば、用意しろ」
使者が言い放った。
「は?」
つい、継母は、聞き返してしまった。
「我らは、王子の代理でここに来た。様々な家で、様々な歓待を受けた。茶の一杯も出さない家は、ここが初めてだ」
初めて来訪に来た時と違って、えらくぞんざいな態度で、使者は言う。
「も、申し訳ございません。なにぶん緊張をしておりまして⋯」
継母は、頭を下げた。
「なに、良い良い。これから受けるのだから、な?」
使者は、継母を見据え、言い放つ。
継母は、震える声で、
「あの、その、歓待したい気持ちはいっぱいなのですが、なにぶん食材がございませんので⋯」
継母の、精一杯の言い訳だった。
「それなら、ちょうど良い。そこに行商人が来ているのでな。そこから、買うとしよう。金のことは心配するな。慎ましく暮らす母子への、国からの援助だと思え」
使者が言いながら片手を上げると、もう一人の使者が外へと出ていった。
「ひぁー!こんなこと人生で初めてでさぁ!さすが、王族ともなると、買う規模が違いますぁねぇ!」
屋敷に呼ばれた行商人が、続々と品物を持って屋敷と外を往復しながら歓声をあげた。
全ての荷物を荷台から下ろすと、「まいど!!」と、行商人は笑顔で去っていった。
玄関ホールに、荷台いっぱいにあった、山のような食材を目の前にし、継母は、呆然とした表情でただ、食材を見つめ、佇んでいた。
使者は、その様子をチロリ、と見、
「母君は、あまりの量に言葉も出ないようだな。娘、この荷物を運ぶ手伝いをしたい。案内してくれるか」
と、使者たちは荷物を移動するのだった。
継母の頭の中は、この難を乗り切る事で、頭がいっぱいだった。
応接室に使者たちを放り込んで、その隙に、シンデレラを連れてきて、料理を作らせるのが、一番手っ取り早く感じた。
しかし、思い描いたとおりに行動しようとしたが、なかなか事は、上手く運ばない。
「母子二人で消費するには、ちと量が多すぎたな。昼餉も兼ねて、皆で食そう。手伝いのものも、ここに置いておく」
と、使者一人を置いて、その場から出ていった。
使者は扉の前で立っており、まるで監視者だ。
調理場から出てきた使者が、残りの使者たちを集め、こう命じた。
「扉の鍵が、かかっている部屋を探せ。地下、屋根裏、抜かり無くな」
その言葉を聞き、使者たちは素早く散った。
程なくして、一人の使者が耳打ちしてくる。
「なに?屋根裏部屋とな?」
案内されるまま、使者は屋根裏部屋を目指した。




