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声なき者が遺した温もり



 一ヶ月も経てば見苦しくなる枝を見越して、シンデレラは無心に剪定せんていし続けた。


 しかし、いくら男装をしているからと言っても、身体の作りは肉体労働に適した男の筋肉とは違う。


 毎日、労働をこなして、筋肉が付いてるからといっても、女の細腕では、何をするにも時間がかかるのだ。


 しかし、腕と足さえ動かしていれば、いずれは終わる。


 ただ、ひたすらシンデレラは枝や余分な木を切っていった。


 朝から何も食べず、休憩も取らず、ひたすら腕を動かしていたが、疲労も蓄積し、太陽が高くなるにつれて、次第に動きが鈍化していく。


(どうしよう⋯)


 腕を動かしながら、内心焦るシンデレラに、声を掛ける者がいた。

「あの、すみません⋯」


 ふり向くと、そこには、従者の格好をした少年が、バスケットを持ってたたずんでいた。


 来客だろうか。シンデレラは、動きを止め、少年に近付いた。


「お忙しいところ、申し訳ございません。あの、とある方が、貴方あなたにと、差し入れをお持ちしました」


 少年は、そう言うと、バスケットの蓋を開けた。


 中にはパンや果物、甘い焼き菓子が小さな布に丁寧に包まれ、涼しげな飲み物の瓶も添えられていた。


 シンデレラの瞳が、一瞬輝いたが、


「お気遣いを、いただきありがとうございます。しかし、受け取れません。気持ちだけ、ありがたくお受けいたします」

と、断った。


 だが、少年は引き下がらず。


「本当は、僕のあるじ、自ら行きたがっていました。でも、あの方はどうしても目立つから⋯。僕、主から、貴方が食べるのを見届けるまで、戻ってくるな、と言いつけられてここに来ました。僕のため、と思って、いただいてもらえないでしょうか」


 少年は、バスケットを下ろすと、手を拭き、ナプキンを取り出し、サンドイッチをひとつ包み、掴みあげ、少し、ちぎって口に放り、嚥下えんげした。


「毒見も済ませました。さあ、受け取って下さい。あ、その前に手を洗いましょう。水も持参しております」


 一旦、サンドイッチをバスケットに戻すと、まだ、返事をしていないシンデレラを手招きし、木陰へと招いた。


 なかなか、強引な少年だ。


「ここなら、見つかりません。安心して下さい」


 シンデレラの手を洗わせ、少年は、ハンカチを草むらの上に敷くと、「さぁ」と言って、シンデレラを座らせ、手にはサンドイッチを持たせた。


(早く、用事を済ませて、帰りたいようね)


 シンデレラは、少年に協力することにした。


「じゃあ、遠慮なく、いただきます」


 人に見られながら、食事をするのは、舞踏会のあの夜以来だ。


 あの時の、食事も、信じられないぐらいの美味しさだったが、今、口にしているサンドイッチもそれに負けないぐらいの美味しさだ。


(しかも、なんだか、不思議と疲れが取れていくような⋯)


 何故か、咀嚼そしゃくし、嚥下えんげすれば、するほど、疲労が取れていくかわりに、力が満ちてくる、不思議な感覚に陥った。


「僕の主は、あの夜、あなたを舞踏会に行かせた者です」

と、少年は言った。


「え、あの魔法使いの⋯」シンデレラは、声をひそめて確認をした。


 それに少年は、静かに頷き、


「これは、少しでもあなたの力になれるように、主、自らあなたの事だけを考え、あなたの幸せを願って、作られておりました」


「そう、でしたか⋯」


 サンドイッチを見つめる。自分のために作ってくれた料理なんていつぶりだろう。


 幼い頃の記憶が、遠い向こう側のような、微かな記憶となって蘇る。


(昔は、料理人がいて、使用人がいて、みんな笑顔で、お母様もお父様も笑っておられて⋯)


 視界が揺れた。サンドイッチの上に、ポタリっと雫が落ちる。


「あ⋯っ。ごめんなさい。せっかく作っていただいたものに⋯」


 謝るシンデレラを、少年は、遮る。


「いえ、それは、全てあなたのものです。お気になさらず」


 片手で涙を拭ったシンデレラは、ふと、思い出した。


「私、もうひとつ、謝らなくてはいけないことがあるんです。

お借りしていた物を片方、失くしてしまって⋯」


「あれは、主が貴方のために、と作らせたものです。どうかそれもお気になさらず」


 少年は、そう言うと、「バスケットと、ハンカチはまた取りに来るので、そこに置いたままにして下さい、中身は残っていると主が哀しみます。それ、日持ちもしますので、ご協力くださいね」と告げ、にっこり笑うと去っていった。


 シンデレラは、魔法使いのおばさまのご厚意を無駄にしてはいけないと、飲み物を飲み、果物を少しかじると、すっかり疲れが取れて軽くなった身体で作業を開始した。


 作業が終わる頃には、深夜になっていた。



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