温かい食事
そんなに遅い時間でもないので、ふつうに屋台で食い物が買えた。
エディオスは辺境とは言っていたが、大通りには色とりどりの屋台がいくつも並び、活気に溢れた夜の街が広がっていた。
飲み食いしているのが、いかつい冒険者だらけというのはご愛嬌だろう。
食糧事情は良いと感じる。様々な料理の屋台が並び、品数も豊富で値段も手ごろだ。というか、日本人の感覚からすると、メチャ安い。焼き鳥一本四十円、バットみたいなバゲット一本が百円ぐらいだ。
市井で使われる貨幣の種類は四種類。低い順に鉄貨、銅貨、銀貨、金貨だ。鉄貨一枚は二十円ぐらいか、それよりも低い感じだ。
野菜売りの露天商もそれなりにいるし、発酵食品も品揃えが豊富だ。
農業も畜産も発達しているのだろうが、それを支える流通の充実があるはずだ。昼に歩いた街道の整備っぷりを見ても、インフラに十分な資本が投下されていることが分かる。大きさの揃ったコンクリートブロックで舗装され、中央がわずかに盛り上がった合理的な街道は、現代の道路に通じるものがある。というか、召喚勇者の入れ知恵なんだろうな。
神さまは近世と近代の間ぐらいと言っていたが、かなり近代に足を突っ込んでいると思う。
ガラス窓は当たり前。紙はそこらじゅうにあり、万年筆もある。鉄はいたるところに使われており、農具も当たり前のように鋼製だった。
ただ、やたら明るい街灯は原理が分からない。電気がないのは辺りを見れば一目瞭然だし、電線の一切が見えないので、オイルランプかと思っていた。だが、まるでLEDのごとく真っ白で揺らぎのない光が溢れ出ているので、何かを燃やしているわけではないのだろう。
石炭石油やガスみたいな化石燃料を使っている様子はない。屋台の燃料は例外なく木炭だった。蒸留酒は普通に売っていたが、もっぱら飲むだけだ。燃料としてのアルコールはポピュラーではないようだ。
たぶんだが、この世界、化石燃料が存在しない。今までさんざん送り込まれているはずの召喚勇者が掘らないわけがないのだ。俺だって掘る。なのに、目に付かないということは、存在しないと考えるほうが自然だ。
それに、神さまは異次元収納スキルの説明で「ゲームバランス」という言葉を吐いた。俺の予想でしかないが、神さまは火薬と石油を大量投入する近代戦を望んでいない。あくまで「剣と魔法」の世界にとどめたいのだろう。
いやまあ、都会と言われる王都を見てないので、なんとも言えないけども。
屋台で美味そうな食い物を買い込み、大通りを街の外へと歩く。
賑やかな街の中心から離れ、城壁にくっついている衛兵隊の詰め所は静けさが際立った。
暇そうな当直の衛兵に、酒場で買ってきたエールの小樽を差し入れる。
何かと世話をかけたし、ミーシャを預かってもらっているというのもある。そもそも、治安維持担当の方々と仲良くするに越したことはないのだ。
「よ、ご苦労さん。皆で飲んでくれ」
「お? スキル喰いの兄ちゃんか、悪いね」
当直の衛兵の言葉に、一瞬ひやりとする。
「スキル喰い……って?」
「そりゃおまえ、一人でスキル持ち三人をやった凄腕なんだから、それぐらいの二つ名ついちまうってもんよ」
「そういうもんか……」
「そういうもんだ」
まさかユニークスキルのことがバレたのかと思ったが、なんのことはなかった。
「あの子は地下の牢だ。鍵はかかってないぞ。ゴロツキ共とは別の並びだから安心してくれ」
「世話をかけるね」
「可哀想な子だ……俺らができることなんてたかがしれてる。大事にしてやってくれよ」
どこか憐憫を感じさせる目をして当直の衛兵がそんなことを言う。
大事にとか言われても困る。
そもそも、買い戻される可能性はあるし、本人の意思がどうなのかも分からない。
階段を降りると、見張りの衛兵が二人いた。
欠伸を隠すこともなく、大口を開けている。
「よう、スキル喰い、あの子は右側な」
「差し入れのエールを上に置いてきた。休憩の時にでも飲んでくれ」
「そいつぁ、ありがてえ!」
「あいつが独り占めしねえように釘刺しとかねえとな」
緊張感のない二人は早々にエールのことで頭がいっぱいのようだ。
地下牢は階段の下で、左右に分かれていた。
言われた通り、右側を行く。
空っぽの牢が続き、最後の四つめの牢の中にミーシャがいた。
中は牢屋らしからぬ物で溢れていた。
山のような毛布。小さなちゃぶ台とカンテラ。そして、何冊かの本。
ミーシャは毛布に埋もれて、寝転がりながら本を読んでいた。
なんというか、堕落した女子高生の部屋を見てしまったかのような、いわれなき罪悪感を抱いてしまった。
ミーシャと目が合った。
「…………」
そっと目を閉じて、寝息らしきものをたてはじめた。
いまさら狸寝入りかよ、と思わなくもないが大人な俺は見なかったことにする。
「……ミーシャ、起きてくれ」
「はい……おはようございます」
ぱちっと目を開き、毛布の山の上で身を起こして立ち上がろうとする。
俺はそれを手で制すと、ミーシャは毛布の上に正座した。
この世界でも正座ってするんだなあ。
「よく眠れたか?」
「はい、衛兵の皆さまによくしていただいて、感謝してます」
衛兵たちの素朴な心遣いは、この牢を見れば分かる。
「その本は、何だ?」
「この領地の法と、判例集ですね。お借りして読んでました」
そんなものを読んでいたのか。
というか、衛兵隊の詰め所にある本なんてそんなものか。
一冊を手に取って、ぱらぱらとめくってみる。
紙はそこそこの厚みがあるが、しっかりとした本だった。
漂ってくるインクのニオイに、どこか懐かしさを感じた。
紙面には綺麗なフォントが並び、かすかに文字が凹んでいることから活版印刷によるものだろう。
知らない言語のはずなのだが、読めば意味が分かる。
夫婦喧嘩における正当防衛の範囲……みたいなことが読み取れた。
「ミーシャはこの本の内容を理解できるのか?」
「はい……」
やはりミーシャの教育レベルは高いと思う。
それからしばらくの間、ミーシャにこの世界の基本的なことを教わった。
言語のこと、歴史のこと、地理のこと。
ミーシャの知識は膨大で、俺の質問に「まったく分からない」ということがなかった。いったい、どれほどの教育を受けてきたのだろう。
だがその時間は、唐突に終わりを告げた。
ミーシャの腹から鳴った時計のアラーム音で。
「……ですから、深淵の森のさらに南側には別の国がですね」
顔を赤くしながらも、何も聞こえなかったといわんばかりに言葉を続けるミーシャ。
「すまん。すっかり忘れていた。ミーシャにお土産があるんだった」
俺は脇に置いていた紙袋をミーシャに渡す。
ミーシャは驚いた顔を俺に向け、
「わたしのような下賤の者に、過分な施しをありがとうございます」
「施しではないよ。君はいまのところ俺のモノらしいから。言うなれば、主人の義務だ」
俺の持って回ったような言葉に、ミーシャは首を傾げながらも頭を下げる。
ま、今の俺は施しができないからな。秘密だけど。
「……? ありがとうございます」
中身は屋台で買ったブリトーっぽいものだ。
トウモロコシと小麦の粉を合わせて作った薄焼きパンで様々な具材を包み込んだ料理なので、ブリトーと言い切っても問題がないような気はする。
現代日本のスーパーで売っているトルティーヤよりは分厚い薄焼きパンで、自分で具材を選んで包んでもらうというスタイルだった。
それを面白いと感じた俺は、あれやこれやと買ってしまい、気が付けば十個も袋に入っていた。
袋の中から出てきた美味そうな匂いに、ミーシャの時計は再びアラームを鳴らした。
スヌーズかな?
「い、いただきます……」
ますます顔を赤くしながらも、ミーシャは薄い黄色をしたブリトーにかぶりついた。
パンに包まれていたおかげか、具材は未だ暖かく、ほかほかと湯気を上げて濃厚なトマトの匂いが漂ってくる。『キノコ入りベーコンのトマトソース煮』が入ったブリトーのようだ。
デザートとして、『カスタードクリーム』が入ったブリトーも用意してある。
それは俺も興味があったので二個買ってあるのだが……。
「おいしいれふ、おいしいれふ……」
泣きながら、はふはふ食べるミーシャに自然と頬が緩む。
不意に、やっつけオムライスを食べる女子高生を思い出してしまった。
トマトの香りが記憶を引き出してしまったのだろう。苦い記憶ではあるが、嫌な思い出ではない。
気が付けば、紙袋は空になっていた。
「このカスタードクリーム入りのブリトー、美味しいです!」
両手にカスタードクリーム入りのブリトーを手に、ミーシャが幸せそうな笑みを浮かべた。マジでブリトーと呼ばれていたようだ。
てか、ミーシャさんや、それ俺も食いたかったんだが……。
「お、おう……満足してくれてなによりだ」
「あ……」
ミーシャはすべてのブリトーを食い尽くし、紙袋が空になっていることにようやく気付いた。そして、一人ですべてを食い尽くしたことに、衝撃を受けていた。
頭の良いミーシャだ、あの分量が一人分でないことに、すぐに気づいた。
今まで見た中で、もっとも顔を赤くしたミーシャが土下座をした。
相変わらず、美しい土下座をする。
「申し訳ありません……目先の欲望にかられ、大変な失態をおかしてしまいました。お許しください……」
特に腹が減っているわけでもない俺は苦笑いだ。
「何も問題はないぞ。ミーシャのために買ってきたものだからな。美味かったか?」
「はい、とても!」
あれだけの量の食い物がよくもまああの小さい体に入ったものだ、と半ば感心しながらミーシャを見る。
ミーシャはハッとして毛布で腹周りを隠す。
「お許しください……お許しください……」
必死に「見ないでくれ」と懇願する目を俺に向けて、そんなことを弱弱しく言った。
思わず笑みがこぼれる。
昨晩のガラス玉に比べれば格段に人間味に溢れた目を向けてくれるミーシャを見れば、助けてよかったなとは思う。
雨露がしのげる家と温かい食事は、やはり人間にとって必須のものなのだ。
「そういや、ドワーフって大食らいで大酒飲みって噂があるけど、あれって本当なのか?」
「……そんなことは、ありません、よ……? ただ、ちょっとお酒が好きで、ちょっと食いしん坊なだけなんです。ちょっとですよ、ちょっと……ほんとですよ?」
斜め下を見ながらそんなことを言われても、誰も信用しないだろうな。
痩せ細ったミーシャの体を見ながらそんなことを思った。
痩せた体……で、不意に思いだした。
確か、栄養失調状態でいきなり大量の食事をとると、臓器不全を起こすんじゃなかったか。リフティングとかリフィーディングとか、そんな名前がついていた症状のはずだ。有名なのは、秀吉の兵糧攻めだろう。
「大丈夫か……? どこも具合悪くないか?」
「……? いえ、なんとも。お腹いっぱいで、とても幸せな気分です」
「そうか……」
「はい。ドワーフは体もお腹も頑丈なので。それに、毎日食事は与えられていましたから……」
それもそうか、と思い直す。
せっかく仕入れた商品を飢え死にさせるわけはないよな。
ただ、ミーシャの姿を見れば、十分な食事でなかったことは確かだ。しかも食事が不味かったのだろう。すごく嫌そうな顔をしている。美味い物をたらふく食った後なので、余計にそう感じてしまうのかもな。
「あの…………召喚勇者は、成すべきことがあるのでしょうか?」
唐突にミーシャがそんなことを聞いてきた。
その目はどこか、すがるようなものを感じる。
「神さまからは、破壊の限りを尽くせと言われはしたけど……具体的に何かをしろとは言われてないな。むしろ、好きに生きろと言われたよ」
「好きに……では、これから何を?」
「うーん、特に考えてないんだよな。興味のあることを気ままにやるつもりだ。やらなきゃいけないこともないし。神さまから貰った恩寵のおかげで、俺一人生きていくだけなら、多分どうとでもなる」
納期に追われることもないし、部署の対人関係で頭を悩ますこともない。
生きていくために働く必要はあるが、この世界で銭を稼ぐには十分すぎる力を神さまから貰っている。
実に気楽な身分だよな。清々しいとすら感じている。
神さま様々だ。感謝感激雨あられってやつかな。
「……自由、なんですね」
「そうだな、自由人だな。神さまの紐付きではあるが。ああ、そうそう、この街に慣れたら、ダンジョンに潜ってみようと思ってる。今俺がやりたいことって、そんなもんだ」
ミーシャが食い気味に顔を寄せてくる。
「ダンジョンですか。一人だと大変ですよね?」
「気楽でいいかなって。どうしても踏破したいってなったら、パーティを組めばいいし。その当てはあるしな……」
ダンジョンに潜るなら、あの美人兄妹に教えを乞うつもりだ。
向こうが受け入れてくれるなら、パーティを組んでもいいとすら思っている。
ダニエルはあんな見た目だが、精神はオッサンで俺に近しいものを感じる。ディアーネも当たりはキツイが、実は性格が良い子なのは一緒に酒を飲めば分かる。背中をしばきまわされるのは少々堪えるが、痛みが残るほどでもない。むしろ、嬉しいぐらいだ。俺がドMというわけではなく、「構ってもらえている」と感じるからだ。我ながらキモいとは思うが、友達なんていなかった俺の嘘偽りのない気持ちだ。
そんなことを思いつつ微笑を浮かべた俺に、ミーシャは泣きそうな顔を向けてきた。
「……わたしは……財産なんですよね」
「今は、な。元の持主が買い戻すと言えば、俺には断れない。そういう決まりらしい」
「そう、ですか……」
そう言って、ミーシャは手元の本を撫でた。
○
夜の地下牢は静寂に包まれていた。
ゴロツキ共も牢に入れられてしまえば、飯を食ったら寝るしかない。
ときおり見張りの衛兵が身じろぎして鳴る鎧の音や、欠伸の吐息がかすかに聞こえてくる程度だ。
ミーシャはジンが去ったあとも、一人で領法の書物を読み込んでいた。
「無理、かな……」
力なくそう漏らしたミーシャは本を閉じて、毛布の山に顔をうずめる。
正直臭い。臭いが、運ばれているときに与えられた雑巾のような毛布に比べれば、はるかにマシではあった。
ミーシャの手から滑り落ちた本が、硬い床に転がる。
領法には、明確に「盗品ならびに詐取品の買い戻し権利」が記載されていた。
奴隷の扱いも明記されており、あくまで元の持主の希望が第一であり、奪還した者の権利はその次であった。いわんや、奴隷の発言権などない。
「買い取ってくれないかなぁ……」
その望みが自分には過ぎたるものであると頭では理解しながらも、心は願わずにはいられなかった。
さきほどのジンとのやり取りを思い返してみても、望み薄であると裏付けるだけでしかない。
それでも、あの優しい目に、情に訴えれば、あるいは買い取ってもらえるのではないか、あの大きな体で自分を包み込んでくれるのではないか。なにより、彼は神に選ばれし召喚勇者なのだから――そう思ってしまった。
「なんと、浅ましい……」
ジンの差し入れてくれた大雑把で適当で温かみの溢れた食事は、ミーシャの心を大いに満たし、そして、かき乱していた。
かつて食したどのような美食よりも「美味い」と感じてしまった。
だから、もっと食べたいと思ってしまった。
だから、生きたいと思ってしまった。
だから、あの人が悪いのだ。
だから、責任を取ってわたしを買い取らないといけないのだ。
「……っう、う」
あまりの情けなさに涙があふれてきた。
まだ流れる涙があったのかと心中で驚きつつも、涙を止めることはできなかった。
犯した罪から目を背け、のうのうと生きている恥を甘んじて受け入れてきたが、自死を考えたことは一度や二度ではない。
死に逃げることは許されない。生きて罪を贖え――そう叩きつけられた言葉が己を縛る。
奴隷として生き、罪の意識を抱えたまま死を待つ。未来に何の希望も見いだせなかった。死んでいないだけだ。
だがここにきて、欲が首をもたげた。
召喚勇者の優しさにつけこみ、この先も意地汚くも生を謳歌し、温かい食事を得ようと目論んでいる自分に気づいてしまった。
ミーシャは声を殺し、毛布に顔をうずめて泣いた。
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