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ハラペコ人狼は――

 執事の言葉に、カオスは苦笑いを浮かべて肩をすくめた。


「まぁ……コストが激安だったからねぇ……」

「コスト、って何です……?」


 俺が首を傾げると、カオスが指を上下に動かした。


「召喚勇者ってさ、召喚する人の魂の輝きで、召喚コストが上下するんだー。アタシは、安いコストで数をぶっこむタイプ。逆に秩序の神なんかは、厳選した英雄クラスを百年に一回ねじ込むタイプ」


 これ、神さまゲームのプレイスタイルの話か。


「そんでまあ、激安勇者って、だいたいクソか屑なんだー」


 激安勇者って何だよ……。

 それはもう、勇者ではなくモブなのでは?


「……でしょうね」

「ただ、仕様上の利点があってね、モブみたいなクソ屑でも、勇者スキルは引けちゃうし、恩寵も二つ貰えるんだよね」

「なるほど……化ける可能性があるわけだ」

「そうそう! たいがいハズレなんだけどね……あ、でもうちの執事はクソでも屑でもなくって、単純に『運』が低すぎてコストが安かったんだけどね」


 執事がとてもとても大きな溜息をついた。


「ハァァァ……いや、マジでほんと、運がない……死んでからも、このザマだからね」

「ふーん? 輪廻の輪に還る?」

「いえ。約束ですから。お嬢様が飽きるまで、お傍にいさせていただきます」

「アハッ、マジで運がないねー、だったら未来永劫アタシの執事だよー?」

「……しょうがないですね」


 と、執事は肩をすくめた。

 ミーシャは頬を赤らめて「ほわわー」と二人を見つめている。

 執事が超絶不幸体質だとは分かったが、顔を赤くする要素なんかあったかな。


「ま、そんなわけで、あの屑野郎――こっちだとヴァリドだっけ? が、アタシの網に引っかかったんだー。んで、一目見て分かったね、こいつクソオブクソだーって」


 ヴァリドの所業を遡って見たことでさらに驚き、亜佳梨の存在に気が付いたという。

 ミーシャをじっと見つめたカオスは、


「アキちゃんの好きそうな子だなーって。んで、やっぱりアキちゃんがこの子に入れ込んじゃってさ。でも、実はもう一人キーパーソンが居るなって分かって……」

「それが俺だったんですね?」


 カオスは頷き、


「ケイちゃんに声かけたんだー。そしたらさ、なーんか君に執着しちゃってね。顔もちょっと自分好みに微修正してるしー。いやまあ、皆気づいてるけど、言わぬが花……ていうか、武士の情け? アタシもいろいろやらかしてるから、人のこと言えないんだよねー」

「やらかしてる自覚、あったんだ……」と執事がボソッと言った。


 ミーシャがポンと手を打って、


「あ、やっぱり……」

「やっぱりって何ですか、ミーシャさんや?」

「前のご主人様って、もうちょっとふんわりしてたと思うんですよ。今はなんというか、シュってしてます」


 マジか……。

 正直、自分ではよく分からない。違うと言われればそんな気もするが、どこがどう変わっているとは言えない。その程度だ。


「……前の方が良かったか?」

「いいえ。今の方がカッコイイです。破壊の神と好みが似ているようですね……ちょっと腹が立ちますけど」


 なんか不穏な空気を感じるんだが、だが?

 神さまと喧嘩なんかしてほしくないなぁ。


「神さまたちって、俺たちに感覚が近いですよね。世俗的というか、人間っぽいっていうか……」


 俺がそう言うと、カオスはにへらっと笑って、


「デヘヘ、そりゃ、アタシらって煩悩の塊だし。そうだねー、例えるなら……漫画とその作者。漫画の中のキャラクターから見たら、作者は神じゃん? でも、作者自身は人間なわけ。当然、作者の友達は作者の頭をはたけるし、ご飯だって一緒に食べにいける。でも、漫画の中のキャラクターじゃ、それは無理。作者は作品に好きなように介入できるけと、その逆はありえない」

「神さまがちょいちょいポンコツなのって、人間だからってことですか」

「アハハハハ、ポンコツって言われたー! まあでも、正しいよ。アタシたちの次元に立てば、アタシはただの小娘だしね」


 執事がボソッと、


「例えだからな。俺らの考える人間の枠には収まってないからな……」


 腕を組んだカオスは、満足そうにウンウンと頷いた。


「言いたいことはだいたい言えたかなー。いっぱい予想外があって、とっても面白かったよー」

「それはなにより、です……?」


 微妙に引っかかるが、まぁ結果オーライだ。


「アタシたちが最初に見た未来予測だと、この結末を迎えるのは五年後だったんだよ。ミーシャの記憶が戻ることはないけどね。それでも、君はヴァリドの正体に気づいて、屑の首を刎ねるんだー」

「ずいぶんと、すっ飛ばしたみたいですね」

「まったくの別ルートだよ? すごいことだよー、神の予想を超えたんだからさー、誇っていいと思う」


 カオスの言葉に、ミーシャは何度も頷いていた。

 少しばかりこそばゆい気がするけど、悪くない気分だ。


「なので、頑張ったキミたちには、混沌の神の祝福をあげよう。レベル1だけど……それ、ぱっぱ~」


 カオスが塩を撒くように手を振ると、白と黒の粒子が俺とミーシャ、ついでにディアーネにも降り注いだ。


「塩コショウじゃないんですから……」と執事。

「効果はスパイスぐらいだし、ちょうどいいでしょ」


 他の神から祝福を貰ってもいいものなのだろうか?

 いやまあ、ダメなら我が神がすっ飛んでくるだろうし、いっか。


「ちなみに……どのような効果が?」

「場が乱れやすくなるとか、ないわーってことが起こったり……あとは、部屋が片付かなくなる?」

「呪いじゃねえか!」

「キャハハ、そうとも言うね。でも、祝福も呪いも本質は同じだからねー」


 いつのまにか、ケタケタ笑うカオスのすぐ後ろに移動していた執事が耳打ちをしていた。


「……気づかれました。逃げましょう」

「ゲッ……じゃーねー! また来世でね!」


 唐突に立ち上がり、俺たちに手を振ったカオスと執事が一瞬で消えた。


「…………なんだったんでしょうね?」とミーシャ。

「まあ、最後のお節介。アフターケアってところかな。半分は、からかいにきたってことだろうけど……」


 突然、さっきまでカオスが座っていた椅子が劫火に包まれた。

 激しい火柱が庇を突き抜けて遥か上空にまで立ち昇る。


「「わあああ!」」


 いきなりすぎて、俺とミーシャもドびっくりだ。


「あーもー、逃げられたーっ!」


 破壊の神が椅子の後ろに立っていた。

 俺と目が合うと、破壊の神は顔を真っ赤にして視線を逸らした。

 

「……質問は受け付けない。ここで聞いたことを忘れなければ、ゾウリムシの刑に処す」

「サー、今すぐ忘れます、サーッ!」


 直立不動で答えるしかない。

 かなりヤバイ。ミジンコからさらに単細胞生物まで落ちている。

 破壊の神は、何かを言いたそうにしばらく口をパクパクしていたが、


「……っ……っっ……忘れろっ!」


 と叫んで消えてしまった。

 俺とミーシャも何と言えばいいのか分からなかった。


「「…………」」


 そして時は動きだした。

 劫火に包まれていたはずの椅子は、何もなかったかのように元の姿のまま座面を空けていた。


「んー、おいちいぃ……! って、なんでアンタたち立ってんの?」


 スプーンを手に持ったディアーネが呑気にそんなことを言った。

 お前も混沌の神の祝福もらっちゃってるからな、気を付けろよ。



    ○



 茜色の夕日を受けて、ミーシャのピンクブロンドの髪が深い赤に染まっていた。

 俺たちは仲良く宿への帰り道だ。

 

「オークションが終わったら、どうします?」

「稼いだあぶく銭で豪遊三昧……といきたいとこだが、マイル稼ぎだな。『白紙の神薬』もらわないと」

「そうですね。連合王国だけで見ても、未踏破のダンジョンはいっぱいありますし。案外、すぐに貯まってしまうかもですね」

「それならそれで。馬でも買って、外国でも行ってみるかー」


 俺がお気楽にそう言うと、ミーシャも楽しそうに口を開く。


「お米のお酒が飲みたいです~」

「こっちの世界の海も見てみたいなー」

「温泉につかりたいです~」

「……願望がオッサン臭くね?」


 愕然とした顔を俺に向けるミーシャ。


「ダメ……ですか?」

「いや、ミーシャらしくていい。酒に温泉に……刺身と寿司……ありそうだな」

「ありそうですね。もちろん、連れていってくれますよね?」


 と言ったミーシャがギュッと俺の手を握ってきた。


「そりゃ連れていくさ……てか、痛い痛い」


 握られた手をプルプルと振るも、ミーシャの手はガッチリ俺の手を掴んで離さない。


「ご主人様が手を離しても、わたしが離しません。ご主人様は呪われました。諦めてください、わたしはもう外せません」


 俺はミーシャの目を見て、はっきりと言ってやる。


「そりゃ奇遇だな。俺もミーシャを逃がさないと決めたからな。狼は得物を逃がさないぞ。どこまでもどこまでも追いかけて、必ず仕留める」

「え…………」


 顔を真っ赤にしたミーシャは俯いたが、すぐにスンとした顔を上げた。


「……やり直し!」

「まさかのダメ出し!?」


 せっかくカッコ良く決めたのに、台無しである。

 というか、この期に及んでカッコつけてんじゃねえよ、ってことなんだろうなあ。


「えーと……その……これからも一緒にいてほしい」

「どうしてです?」


 ニッコニコのミーシャがこてんと首を傾げた。

 これ、明らかに俺を追いこんでるよなぁ。まるで狼のようだ。

 とはいえだ、俺も自分の気持ちを打ち明けるしかない。


「正直に言うと、分からないんだ。それでも、一緒にいたいと思ってる。ダメかな?」


 我ながらダメダメだ。男としてどうなんだ、カッコ悪すぎやせんかと思う。

 そんな俺を見上げるミーシャは、大きく目を見開いてつっと涙を流した。

 泣くほどダメでしたか!


「……嬉しいです。やっとご主人様が本心を言ってくれて」

「そ、そうか……」


 女心はマジで分からん……。

 ミーシャは涙を流しながらも笑みを浮かべ、


「でも、変身してるときのほうが、本心出てますよね?」

「うん? そうだっけ?」


 まあ、本性剥き出しのケダモノだしなあ。


「あの……わたしを食べたくてしょうがないんです、よね?」


 心当たりのあるセリフがミーシャの口から飛び出した。


「まって……それ、どこで聞いた?」

「銀騎士に囲まれたときに……わたしの頭をガッて掴んで……」

「口に出てた、のか……?」


 こくりと頷いたミーシャは、モジモジしながら上目遣いで俺をチラチラと見上げてくる。


「……食べても、いいですよ」


 このまま抱きしめて押し倒したいという欲求。

 それと相反する、恐怖とまではいかないまでも、足を後ろに引きたくなる衝動がかすかにあった。


「まだ……無理かなぁ……。それより、早く宿に帰って飯にしようぜ。腹ペコなんだ」


 ミーシャは一瞬だけぷっと頬を膨らませたが、


「もうっ。でも……待ってます」


 と言って、花咲くような笑みを浮かべ、俺の腕にしがみついてきた。

 俺は夕日を受けて赤く染まったミーシャの頭を、くしゃくしゃと掻き回してやった。

 うちの子が自分を食べさせたがって困る。


 ハラペコ人狼は――――赤ずきんを食べられない。




 〈完〉



最後までお読みいただきありがとうございました!

ひとまず完結とさせていただきます。

後日談をいくつか書きたいなとは思ってます。


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