カオス
銀騎士との騒動から二日が経った。
別に何がどう変わったとかはない。俺が召喚勇者だとルフリンの街の人全員に知られた程度。俺が人狼だという噂は真実であったが、それ以上のオマケがくっつくことで街の人に受け入れられたのだ。
――狼に変身する召喚勇者さま。
見た目は人狼だけど、正義の味方。そんな評価を受けている。
当日の夜はあれほどの嫌悪の目を向けておきながら、正体が召喚勇者だと知れたとたんに掌クルーだ。
若干の腹立たしさはあるが、人間なんてそんなもんだよな……。
そもそもルフリンで人狼に殺された人はいないし、被害があったという話すらないのだ。手首をくるくるするのに抵抗はないのだろう。
むしろ、俺が間接的に助けた人たちが、自慢気に「自分は召喚勇者に助けられた」と吹聴するものだから、いらぬ尾ひれがっくっついて英雄扱いである。
特に商人からの評判が良い。盗賊を狩りまくったし、奪われた物を取り返したりもしたしな。もっとも、竜鱗のようなレアモノを掘り出した際に、一枚噛ませて欲しいなあ……という思惑も透けて見えるのだが。
あと、目に見えて女性がにじり寄ってくるようになった。
街を歩けば、獲物を狙う猛禽類の視線がそこかしこから突き刺さってくる。正直言うと、怖い。
ヴァリドから奪った〈魅力向上〉スキルが余計な仕事をしているにちがいない。
ただ、俺の両隣にはいつも大きいのと小さいのが侍っているので、はるか上空を旋回しているトンビぐらいの脅威度でしかない。
大きいの――ディアーネが口を開いた。
「んで、ナポサ村? ってとこに行くんだよね?」
「アルバを故郷に返してやんないとな……勝手についてきて、そのまんまだし」
小さいの――ミーシャが頷いて、
「心配しているでしょうね……ん? むしろ安心ですかね。ご主人様の隣にいるんなら」
「ああ、ね……」
さしあたってのやることといえば、その程度だ。
ルフリンダンジョンは制覇したし、クソ共は綺麗さっぱり始末したし、特にやりたいこともやらなきゃいけないこともない。マイルを稼がないといけないが、締め切りとかあるわけでもないし。
ゆるゆると日々の細々としたものを片付けつつ、ちょいとした小旅行だ。とはいえ、長い旅をかけるわけにはいかない。一か月半後に、竜鱗のオークションが控えているからだ。
当事者の俺たちがルフリンに居ないというのはさすがに不味い。侯爵を軽んじていると思われてしまう。
その流れで、明日は侯爵に謁見しないといけない。なんだかんだで顔を合わせないようにしていたが、さすがにもう無理だ。侯爵にはかなりケツを拭いてもらっているしな。オークションのこともそうだが、供述調書で俺を救ってくれたエディオスの親分なのだから、不義理はできない。
侯爵に謁見すれば、ワドワ連合王国の貴族がこぞって接触してくるだろう。もしかしたら連合王国の女王が出張ってくるかもしれない。間違いなく、囲い込みにくるだろうな。
なんか、お腹がいたくなってきた……。
「はー、面倒だなー」
「身から出た錆」
ディアーネが冷たい。
「人狼の姿や召喚勇者だということを秘密にする必要がなくなったので、開き直ってもいいんじゃないですか?」
ミーシャの前向きな意見を採用することにした。
「んだな、お気楽にいこう」
女子二人に引っ張りまわされて、ルフリンのあちこちを回った。
俺の意見? そんなものは、はなっから求められていませんとも。仮に言ったところで「却下」をステレオで聞かされるだけだ。
でもまあ、悪くない……というか、楽しい。
義務やタスクに追われることもなく、のんびりと街を歩く。社畜時代には味わったことのない解放感。
我ながら、もったいない時間の使い方をしていたものだと思う。あくせく働いて得られたものはわずかばかりのお金だけ。バイクでも買えばよかったかな……。馬乗りたいな、馬。馬乗って遠出とかしてみたい。
「……そうだ、馬を買おう」
「え!?」
とミーシャが驚き、ディアーネはウンウンと頷いている。
「いいかもね。ルフリンなら月極の厩舎あるし」
あるんだ、月極。
お値段はかなりお高く、金貨五枚らしい。
そりゃ、生き物預かるんだから、それぐらいかかるか。
「ディアーネは乗馬できんの?」
「できるけど?」
さすがお貴族さま、当たり前のように返された。
「ミーシャは……うん、俺の後ろだな……」
ちんまいドワーフが乗れる馬って、ポニー……ファラベラかな?
ミーシャは首を傾げ、
「なんだか失礼なことを考えてませんか……? 後ろはイヤです。前に乗せてください。だったら、買ってもいいです」
と言って、何故だかニヤニヤしはじめた。
「……重いドワーフと二人乗りってどうかなぁ。かなり大きい馬を買わなきゃだし、馬も可哀想。ミーシャ用の背の低い馬を買ったほうがいいと思うケド?」
ディアーネが冷ややかに言えば、
「重くないですー、大柄なディアーネなんかより、よっぽど軽いですー」
「そうかなぁ? ミーシャって、いろいろ無駄なお肉がついてるしー」
青筋を立てつつ睨み合う女子二人が俺を見上げ、
「どっちが重いか……」
「比べてもらおうかな」
と言って、二人して俺の腕にぶら下がった。
「…………どっちも重い」
ローキックとボディブローを喰らった。
○
しばらく街をぶらぶらした後に、中央通り沿いのカフェに入った。
綺麗に舗装された石畳の道路に面した、カラフルな煉瓦を外壁にもつ店舗だ。軒を連ねる店はどこも小奇麗で、透明度が高く平らなガラスで覆われたショウウィンドウの奥に、着飾った人形が見える。
カフェの外にはキャンパス生地の庇が大きく張り出しており、小ざっぱりしたデザインのテーブルと椅子が並んでいる。
この一角だけ写真に切り取れば、現代の風景としても通用する。それぐらい垢ぬけていた。
テクノロジーのみならず、デザインにおいても召喚勇者がやらかしているのだろう。やはり召喚勇者がもたらす知識はチートだ。地球において数百年の研鑽の末に獲得した「結果」だけをいきなり持ち込むのだから。
もっとも、見てくれは現代風ではあるが、物の値段はかなりいびつだ。特に、嗜好品がバカ高い。
俺が飲んでいるカフェオレ――驚くことに、マジもんのコーヒーは、一杯銀貨一枚。日本円換算で二千円ぐらいだ。牛乳はめちゃくちゃ美味いけど。
ちょっと茶色い角砂糖は、一個で銅貨一枚。一個だぞ、一個。一個で二百円だ。冒険者ギルドの酒場で飲むエール一杯と同じ値段なのだから、ビックリである。
エールはルフリン産だが、砂糖は連合王国の北部から輸送しているそうだ。たぶん、てんさい糖なのだろう。国土の南端にあるルフリンに運ぶだけで、とんでもないコストがかかっているはずだ。
女子二人は、お向かいに座ってニコニコ顔でスプーンを口に運んでいる。
二人が食べているのはプリンアラモード的な大盛りスイーツだ。プリンにソフトクリーム、色とりどりの果物が丼のような器に盛られている。
お値段は、言うまい……。
幸せそうな女の子の笑顔はプライスレスだ。
そこで俺は、ふと気づいた。
ついさっきまで、誰も座っていなかったはずの席に、誰かが座っている。
俺たちは外のテラス席、四人掛けの丸テーブルの席についていた。男一人に、女二人。三人のはずだった。
白と黒の髪をした少女だった。
俺を興味深そうに見つめる瞳の色は赤と青。
うなじの毛が総毛立つ。
まったく気づけなかった。今も見えてはいるが、実在しているのかすら怪しい。
存在感も魔力も何も感じない。匂いもしない――というか、この少女、息をしていない。
――化け物だ。
思わず腰に吊っている黒斧に手が伸びたが、柄頭を誰かに押さえられた。
恐ろしいほどの力だ。軽く手を添えているようにしか見えないが、コンクリートで固められたかのようにびくともしない。
慌てて振り向くと、いつのまにか俺の後ろに男が立っていた。
黒髪黒目で、ひょろっとした優男にしか見えない。
だが、只者ではない。気配の無さも尋常ではないが、膂力が物理法則を無視している。
「何もしないから、安心してくれ。ていうか、アレは斬鉄剣でも切れないから」
印象通りの優し気な声だったが、気になる単語があった。
「斬鉄剣……? あんた日本人か」
「元……だけどね」
『混沌の神――!』
ヒムロの悲鳴のような声が脳内に聞こえたと思った瞬間、回線が切断されたかのように唐突に途切れた。
そして、世界のすべてが静止した。
肌を撫でる風はピタリと止まり、音も匂いもしない世界。
ディアーネは幸せそうな顔をして、スプーンを咥えたまま止まっている。
対して、ミーシャは目をぱちくりと瞬かせながら、俺と少女、後ろに立つ男をかわるがわる見つめた。スプーンを咥えたままだが。
少女が口を開き、
「よくも、アタシの使徒を殺したね――?」
と言って、ニッと笑った。
少女からかすかに漏れ出た殺気だけで、俺は転狼しそうになった。
だが、無駄だ――と本能が叫ぶ。
「そういうのいいですから」
と、俺の後ろに立っていた男が面白くもなさそうに言った。
「えー、ちょっとぐらいいいじゃんさー。悪戯だよ、イタズラー」
「神がやったら、悪戯ですまないんです。分かってて言ってますよね?」
「ちぇー」
目の前の少女――混沌の神がケラケラと笑った。
と同時に、少しばかり安堵した。
八柱のうちの一人だ。現世に直接的な介入はしないはずだ。思考を読むことすら禁じられているのだし。
「じゃじゃーん! 混沌の神、カオスちゃんだよっ」
混沌の神――カオスは、赤の目を挟むように横ピースした。
「俺は……まぁ、このおバカさんの下僕」
疲れ果てたように、後ろの男がそう言った。
どう反応していいか分からなかったが、ただの自己紹介だった。
「下僕はないんじゃないかなー?」とカオス。
おバカさんはいいんだ……。
後ろの男が首を傾げた。
「そうですか? 眷属って、使いっ走りですよね?」
「使い走りっていうなら、使徒のほうだよ」
「なるほど、さしずめ俺は執事ってとこですかね」
「いいね、執事! 今から、アタシのことお嬢様って呼んで」
「承知いたしました。お嬢様」
「キャハハッ!」
神とその眷属が、俺そっちのけでくだらない会話をしている。
ていうか、眷属って何だよ。召喚勇者とは違うのか。執事と使いっ走りなら、執事の方が偉いよな?
カオスはニッと笑って、
「どうこうしようって気はないんだー。ケイちゃんはトモダチだしねえ。ちょっとオハナシしたいと思ってさー」
ケイちゃん……我が神だ。
俺が言ったら即ミジンコの刑だが、トモダチならいいんだろう。
「お話、とは?」
「アタシたちのお節介は、これで終わりだよって」
カオスは、俺、そしてミーシャを見つめ、最後に自分を指さし、
「キミはケイちゃん、この子はアキちゃんでしょー、んであの屑野郎はアタシが用意したんだ。三人で面白い復讐劇を演じてもらおうとおもってさー」
と言って、悪そうな笑みを浮かべた。
やはり――と腑に落ちた。
俺とミーシャ、ヴァリドの都合の良すぎる巡り合わせは、全部神の書いたシナリオだったのだ。
「面白い」というのはちょいと引っかかるが、文句を言えるような立場ではない。神の駒となることを呑んで、この世界に来たのだから。
あと、ついでのように、忘却の神の真名(?)も判明した。アキちゃんらしい。
「……お世話になりました、ありがとうございます」
俺がそう言って頭を下げると、カオスはキョトンとした。
「思ってたんと違う……もっとこうさー、えー! みたいな反応が欲しかったんだけど?」
「いくらなんでも、役者が揃いすぎなんですよ。予想されて然るべきでしょ」
と執事が面白くもなさそうに言うと、カオスは「ぶー」と唇を尖らせた。
「あと、悪っぽく言ってますけど、似合ってませんからね。お嬢様は、おバカなのが取り柄なんだから、素直に言ったほうがいいです。そっちの方が断然カワイイです」
「けなされてるはずなんだけど、ちょっと嬉しいって思うのはナンデ?」
カオスが「解せぬ」という顔で腕を組んだ。
ミーシャが噴き出した。
「ぶふっ……すみません、神さまが本当に可愛くて……」
「ほらね?」と執事。
まあ確かにカワイイ。
年齢的には十三、四歳に見える。かなり痩せ型で、胸も尻も小さい。そのおかげか、エロさはほぼない。カワイイに全振りしている感じだ。
執事は軽く肩をすくめて、
「言い方は最悪だったけど、最初にあの屑野郎に目を付けたのはこのおバカさんなんだよ」
次回予告~
今、すべてが終わり駆け抜ける悲しみ。
今、すべてが始まり煌めきの中に望みが生まれる。
――最終回「流s (オレサマオマエマルカジリ
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