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召喚勇者だ!

 俺たちと銀騎士の間にエディオスが割り込んできた。

 衛兵たちの前だからだろう、胸を張って偉そうにふんぞり返っている。いつものやる気のない引きこもり感はまるでない。

 後ろには大量の衛兵。こんなにいたのかと思ったが、半分は見慣れない重装備なので、たぶん領兵だろう。


「我々は銀騎士団である! 人狼の駆除を行っているだけだ!」

「ほざくな! そんな依頼は出していない。街中での行動許可も与えていない!」


 銀騎士団で小隊長と呼ばれていた男が愕然とした顔を向ける。


「……そんな馬鹿な。我々は(オーダー)の正式な命令で……」


 エディオスの隣に、進み出てきたダニエルが立った。


「銀騎士団はいつから傭兵に鞍替えしたのかな? 言いたくはないけども、銀騎士団は金の流れをしっかりと洗わないとダメだね。すぐに帰って主計官を逆さに吊るすべきだよ」

「なんだ、貴様……なんの権限があって――」


 小隊長の言葉を遮るように、ダニエルが懐から銀色に輝くペンダントを取り出して掲げた。

 そのペンダントは十字架のような剣を六本集めて、鍔で円を描くように組み合わされたデザインをしていた。

 怪訝な顔でそのペンダントを見た小隊長がギョッとして、


「……? 十字六剣!? まさか……ラウンズの騎士なのか?」


 慌てたように隣の副官らしき騎士に目配せすると、


「ほ、本物です! 序列三位『銀の拳』ですっ!」


 鑑定でもしたのだろう。そう断言して、瞠目している。

 愕然とする銀騎士たちを尻目に、ダニエルはエディオスの背をポンと叩き、「あとは任せたよ」と言って一歩下がった。

 銀騎士たちは、毒気を抜かれたように茫然としていた。


「銀の拳って、お父さん……だよな?」


 俺が小声でディアーネに訊くと、ディアーネは苦笑いを浮かべて小さく頷いた。


「アレ、お父ちゃんのペンダント……お父ちゃんの顔を知ってる人って、現場の騎士にはもうほとんどいないと思う……」

「……あー、いつものダニエルさんの手口ですねコレ」とミーシャ。


 今回はさすがの俺でも分かった。

 親父さんの名声で黙らせたのだ。そして、当のダニエルは身分的なことは何も言っていない(・・・・・・・・)

 たぶん、金の流れを洗えってのは本当なんだろう。ヴァリドが銀騎士を呼べた不自然さの裏に、賄賂的なものがあると踏んだのだ。

 そして、この場でそれを確認するすべはないし、序列三位の騎士の言うことを突っぱねるのもまた難しい。

 あわよくば、このまま回れ右して巣に帰ってくれ――そんなところか。


「だ、だが、目の前に人狼がいるのだ! 現にそこの男は人狼に殺されている。駆除しないわけにはいかない!」


 と、小隊長が食い下がった。

 ま、そりゃそうだよな。びっくりするぐらい目撃者多数だし。知らぬ存ぜぬはさすがに通らないだろう。

 とはいえ、うまい具合にダニエルが流れを止めてくれた。今すぐ銀の剣を振り回して大立ち回りを演じるようなことにはならないだろう。

 この隙にミーシャ抱えてトンズラすべきか――。


「あん? どこに人狼がいるって? それに、そこでくたばってる奴は、重罪人で賞金首だ。死んだところで何の問題もない。そいつを狩った人間は、むしろ称賛されるべきだな」


 エディオスがとぼけたように言った。

 そういや、エディオスは俺が狼変身できることを知らないはずだが……。


「は……? 賞金首? し、しかし、その男が獣の姿をしていたのは間違いはないのだ!」


 と言って、ビシィっと俺を指さす小隊長。


「ああ、こいつな、こいつは召喚勇者だからな。獣に変身するぐらい、ワケないぞ」


 エディオスが何でもないという感じで軽く言った。


「「はぁ!?」」


 俺を含めて、この場のほぼ全員が間抜け面を晒した。

 エディオスの後ろで、ニヤニヤと悪い笑みを浮かべているダニエルと目が合った。

 これ、ダニエルが描いた絵か。


「ふ、ふざけるな! そんな戯言を信じられるとでも!?」

「神が認めてもか?」

「な、に……?」


 エディオスの言葉に、小隊長が動きを止めた。


「私はルフリン衛兵隊隊長、エディオス・バランスク。契約の神の名の元に、嘘偽りのない証言をここに記すものである!」


 朗々とそう宣言したエディオスが俺の前までやってきて、


「冒険者、オガミ・ジンに問う! この場で訊かれたことに、偽りなく答えると誓うか?」


 エディオスが何を狙っているのか理解できた。

 〈契約の神印〉スキルを使って、俺が「嘘を言っていない」と神のお墨付きを得るつもりなのだ。その様をこの場に居る全員に見せるつもりなのだ。

 この世界で、神が認めたものを人が覆すことは不可能だ。

 俺が召喚勇者であると世界に宣言するに等しいが、この窮地を後腐れなく脱するにはこれ以上ないカードだ。


「誓おう!」


 俺の宣言に、ざわめきが巻き起こった。

 気が付けば銀騎士の後ろに街中の人が集まっていた。


 エディオスが慣れた手付きで、バインダーにとめられた紙にサインをして俺に手渡してきた。

 バインダーには一枚の白い紙。かなりちゃんとした紙だ。

 冒頭に『供述書』と活字で印刷されており、「嘘偽りなく証言することを約束する」と書かれていた。

 てか、これ、まんま調書じゃねえか。


「これが俺の本業なんだよ。どんな稀代の詐欺師だろうが、俺の前じゃ嘘は一秒で暴かれる」


 エディオスが笑いながら、小声でそう言った。


「なるほど……筋肉少ない男が隊長やれるわけだ」

「うるさいわ。あと、変な手紙書くんじゃないぞ」

「侯爵に感謝の手紙を書いてやるよ」


 俺がサインをして返すと、


「我が神よ、ここに契約が結ばれたことを示します。公正なる天秤の証をこれに……『神印』!」


 シュボっと音が鳴って、調書に天秤の形に似た紋様が黒く浮かび上がった。

 エディオスが神印の押された調書を銀騎士の小隊長に見せると、隣に立つ副官が頷いた。


「……本物です!」


 エディオスは銀騎士の小隊長と並び、調書が銀騎士たちにも見えるように掲げ、俺に顔を向けた。


「この神印は、偽りなくば沈黙を保つ。だが、ひとたび嘘を吐けば、赤く染まりその罪を明らかにするであろう!」


 緊張感をまとった静寂がその場に満ちた。


「では問おう。オガミ・ジン、お前は召喚勇者なのか?」


 俺はスゥっと息を吸って、


「俺は、破壊の神の使徒……召喚勇者だ!」


 調書に押された神印は何の反応も示さない。


「真!」


 エディオスが叫ぶと、銀騎士の背後から歓声が巻き起こった。


「おおお!」

「うおおおおおおぉぉ!」

「召喚勇者ーッ!」

「ルフリンに、召喚勇者だ!」

「勇者っ! 勇者っ!」

「キャー! 結婚してー!」


 街の人が大喜びをしていた。なんで喜ぶのか謎だが、悪い気はしない。

 対して銀騎士たちは、たいそう困惑していた。

 信じたくないし、認めたくないが、神が「本当だよ」と認めてしまった以上、「嘘だ!」と叫ぶわけにはいかない。


「で、では、私から質問してもよろしいか、勇者どの?」と小隊長。


 俺が頷きを返すと、


「狼に姿を変えたのは、いかなる理由であるか?」

「そういう恩寵だ。俺は狼に変身することで、高い身体能力を得るんだ」


 小隊長がチラっと調書を見る。当然、神印に変わりはない。

 愕然とした顔で、何度も神印と俺の顔を見返した。


「……何故、人類の敵たる人狼などに変身するのだ?」

「そう言われてもな……俺は異世界で生まれ育った。この世界で人狼が駆除対象であるとは知らなかったんだ」


 なんら変化のない調書をガン見していた銀騎士たちから溜息が漏れた。

 「ほんとに異世界人なんだ」とか「マジもんの召喚勇者かー、あとで握手してもらお」だの「知らないんじゃしょうがない……」と、憎悪の気配が霧散して諦めの空気が漂っていた。

 小隊長はどこか空気が抜けたような顔をして、空をぼんやり眺めていた。

 それから銀騎士たちから、いくつかの質問を受けたが、神印はずっと黒いままだった。

 そもそも俺は銀騎士と敵対したことはなく、無辜の民を傷付けたこともない。

 野次馬の街の人たちが「助けられた」とか「悪党をいっぱいやっつけてくれた」だの援護射撃をしてくれたおかげで、銀騎士の雰囲気はかなり良くなっていた。彼らは早々に「人狼ではない」と認めてしまったようで、気の抜けた顔で公開質問ショーを眺めていた。

 銀騎士が口をつぐむと、街の人から質問が飛び出してきたのだが、エディオスはそれを咎めなかった。

 俺が質問に答えるびに、ルフリンの街の人は拍手をしてはやしたてた。


「独身ですかっ?」

「……独身だ」

「恋人はいますかっ!?」

「……いない」

「「「キャー!」」」


 ナンダコレ。

 ていうか、誰だよ「女たらしですか?」とか聞いてきた奴は!

 もちろん全否定した。

 神さまはちゃんと見ていてくれたようで、神印は沈黙を保ってくれた。ちょっとだけ色が変わったような気がしたが、光の加減だな。変わったように見えただけだ。目の錯覚だ。

 あと、ミーシャとディアーネは俺を半眼で見るのをやめるんだ。


 銀騎士の小隊長と副官が何やらゴニョゴニョ言っていたので聞き耳を立てると、


「小隊長、斥候の証言が取れました。『銀の拳』と立会いのもと銀反応を試したところ、紫煙は出なかったそうです……」

「おかしいじゃないか……なんでそんな状況で討伐命令が出たんだ?」


 そう問われた副官は苦々し気に首を横に振った。

 銀騎士たちの後ろにサガットとソニアの姿があった。どうやら、彼らは見た通りのことを報告してくれたようだ。


「ここは引くしかありません」

「……やはり、そうなるか」

「はい、契約の神が召喚勇者と認めていますし、ここで敵対するとワドワ連合王国そのものを敵に回します。むしろ、序列三位の言葉通り、金の流れを洗ったほうが団のためになると思います」

「ラウンズの騎士が嘘を言うはずもないしな……綱紀粛正を計ったとして手柄になるか」

「自分もそう考えます」


 なにげにこの小隊長と副官はいいコンビのようだ。

 ダニエルは銀騎士が納得して帰るための理由を提示したのだ。言うなれば、手土産だ。お仕事をする上で、手ぶらで帰るというのはとても辛いものだ。ピラミッド型の組織ならなおさらだろう。自組織の序列三位が言うのだから説得力もある。どこかでニヤニヤしている序列三位はニセモノだが……。

 そのニセモノが、何食わぬ顔でひょっこりと俺の隣にやってきた。


「予想以上にうまくいったねえ」


 とてもいい笑顔でダニエルがそう言った。


「おかげさまでな……てか、ダニエル、どこまで筋書を書いてたんだ?」

 

 苦笑いを浮かべたダニエルは肩をすくめた。

 

「ほとんどアドリブだよ。まさかこのタイミングで銀騎士が来るとは思ってなかったからね。でも、君が獣の姿を人前に晒してしまったら、エディオスを巻き込もうとは思ってたんだ」


 ダニエルは俺が人狼に変身する召喚勇者だと知ってから、切り抜ける策を考えていたそうだ。

 その辺は抜かりのない男だよな、ほんと。


「……さすがだな。いやマジで助かったよ」

「エディオスに召喚勇者だと明かしておいたのは正解だったね」

「だなぁ……」


 運が良かったというべきなのか……てか、俺ってこんなんばっかだな。

 もう少し脳みその筋肉を減らさないとダメかもしれない。


 翌日、銀騎士団は侯爵から「条件付きの支援をする」との言を受けて、ルフリンの街を去っていった。

 遠回しな「もう来んなよ」というメッセージだ。



お読みいただき、ありがとうございます。

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