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帰るべき場所

本日は、複数話投稿しております。

前話をお読みでない方は、前話もお読みいただきますよう。



 剣呑な雰囲気をまとった騎士たちに俺は囲まれてしまった。


 ヴァリドの本命は銀騎士団だったのだ。

 どうりで息を潜めてダンジョンにこもっていたわけだ。どうやって呼びつけたのかは分からないが。

 銀騎士団に俺が人狼だという情報は伝わっているだろう。

 俺はギルドに呼び出され、銀騎士団とご対面。銀のナイフで刺されて紫の煙があがれば、合法的に排除できるというわけだ。暴れてくれれば儲けもの。ルフリンは人狼と銀騎士の戦いの場となる。

 そのどさくさに紛れて、ルフリンから逃げおおせるつもりだったのか。

 ヴァリドは俺が召喚勇者だと知らなかったはずだ。マジもんの人狼だと思っているのだから、そう考えても不思議はない。

 だからどうした、という話でしかないが。


 俺を半包囲している銀騎士たちが、クロスボウを俺に向けた。


「灰は灰に、塵は塵に!」

「人に仇なす夜の住人を、聖なる銀の輝きをもちて、土にかえさん!」


 いつぞや聞いたセリフを口々に唱える銀騎士たちが、トリガーに指をかけ、


「撃てっ!」


 知らない男の号令で、一斉にボルトが放たれた。

 不吉な銀の輝きを放つ短い矢が俺に殺到し――。


「〈氷鎧〉」


 一瞬にも満たない時間で、俺の身体が透明な氷の鱗に覆われた。

 硬い氷に滑ったボルトが逸れていき、氷の鱗に突き立ったボルトは砕けた氷と共に抜け落ちて転がった。


「なっ!?」


 無傷で立つ俺を見て、銀騎士たちにざわめきが走る。

 腰を抜かしたままのヴァリドは一瞬ポカンとしたが、すぐに銀騎士団に向かって喚いた。


「……は? お、おらー、助けろよ! 高ぇ金払ったんだ、早く助けろよっ!」


 銀騎士が慌てたようにクロスボウを巻き上げ、穂先が銀に輝くボルトを装填していく。

 俺は溢れ出る怒りを声に乗せ、


「ガアアアアァァァッツ!!」


 手加減なしで、〈威圧〉を放った。


「ひぃっ!」


 目の前のヴァリドが後ろにひっくり返り、俺を取り囲んでいた連中が、水面に広がる波紋のように次々と石畳の上に尻餅をついた。持っていた武器を取り落とし、石畳の上で硬い音を鳴らした。


「銀騎士なんざ関係ねえ……お前は、ここで、死ぬんだよ!」


 腰を抜かしたままのヴァリドの頭を、狼の手で鷲掴みにする。


「まて、まっ……アガ、アガガッ!」


 俺の手の中でヴァリドの頭が弾けた。


「オオオォォォォォッ!!」


 奴の返り血を浴びて、腹の底から勝利の雄叫びが溢れ出た。


「ば、抜剣ッ――!」


 銀騎士団の指揮官らしき男の声が響いた。

 腰を抜かしていた銀騎士たちがヨロヨロと立ち上がり、剣を抜く。

 ゲロを吐きそうなニオイを発する剣だ。


 遠巻きに俺を見ている街の人の目には、恐怖と嫌悪の色。

 剣を向ける銀騎士たちの兜の奥に光る、激しい憎悪の色。

 感情の乗ったニオイが、俺の鼻へと届く。

 生まれてこのかた、これほどの嫌悪と憎悪を向けられたことはなかった。


 ――そんなに俺が嫌いなのか。そんなに俺が憎いのか。


 街の住人の顔が、かつて俺をイジメていた同級生の顔に変わった。

 銀騎士たちの顔が、かつての父親と同じ顔に変わった。

 嫌悪と憎悪の眼差しが、心の奥底に押し込んでいた憎しみの熾火に風を送り込んだ。

 

 だったら、お前ら全員――食ってやる!

 

「狩リノ時間ダ!!」


 俺が眼前の銀騎士に飛びかかろうと腰をかがめると、


「だめですっ!」


 小さく柔らかな肉の感触。

 ミーシャが俺の腰にしがみついていた。


「い、一般人が……! 小隊長!?」

「まて、まて! くそ、どういう状況なんだこれは……」


 銀騎士の動揺を無視して、俺は腰にしがみつくミーシャを見下ろす。

 狩りの始まりを邪魔されたことで、獣が唸り声をあげた。


「ジャマを、スルな……」


 お前は俺のモノだ。俺に逆ラウナ。

 逆ラウというのナラ、お前から食らってヤロウ。

 腹が減ってシカタガないノダ。

 前々カラ食いたくてたまらなかったノダ。


 狼の手でミーシャの頭を鷲掴みにする。


「ご主人様には、いっぱい救ってもらいました。差し伸べてくれた手に、優しいまなざしに、どれほど救われたことか。今度はわたしがあなたを救います」


 頭皮に食い込んだ爪に眉をしかめることもなく、真っ直ぐに俺を見上げてくる菫色(バイオレット)の瞳に恐怖はなかった。


「……タワゴトを」


 救ワレタイなどと思ってはイナイ。

 ただ、狩りを楽しみたいダケダ。獲物の血潮を浴びたいダケダ。

 

 俺に頭を掴まれたままのミーシャが腕を伸ばし、俺の顔を両手で包み込む。


「あなたは一人じゃない。一人にさせません、わたしが! たとえ穢れた女と嫌われようとも、亡国の悪女と罵られようとも、わたしはあなたのそばを離れません。どれほどの悪行を行なおうとも、どれほどの人を殺めようとも、わたしはあなたを赦します。天国でも、地獄でも、わたしはついていきます。わたしはどこにもいきません。ずっとあなたのそばにいます。わたしが居る場所は、あなたの隣だから。あなたが帰ってくる場所は、わたしの腕の中なのだから!」


 今まで感じたことのない苦しみが胸を締め付けてくる。


「オレに帰ル場所ナドない。アリはシナい」

「作りましょう。二人で。お互いの帰る場所を……」

「女の言葉ナド信じられるモノカ!」


 飽キタ服のように簡単に夫を捨て、子を捨てていけルノダ。

 信じるホウが馬鹿を見ルノダ!


「あなたが信じなくとも、わたしはあなたを信じます。いつまでも」


 これ以上俺の心をかき乱すな。


「ダマれ……」


 爪を振り下ろす。

 柔らかくもしなやかで強靭な肉に遮られた。


「アンタ、そんな男じゃないでしょ」


 ディアーネだった。

 俺の爪を腕でガードするように受け止めていた。


「カッテに、オレをキメるな!」


 ディアーネの腕に爪が食い込み、血が滴る。


「ううん、今は獣に引っ張られてるだけ。早く帰ってきなさいよ、私に美味しいご飯を食べさせなさいよ。約束したじゃん!」


 アイスブルーの瞳から、透明な(しずく)(こぼ)れた。

 一瞬だけ、その美しい輝きに心を奪われた。


「ご主人様……」


 ピンクブロンドの髪を自らの血で赤く染めながらも、ミーシャは俺から目を逸らさなかった。

 額から流れる血がその目に入っても、血の赤が菫色の瞳を濁らせようとも、まっすぐに俺を見上げてくる。

 愛情だの、同情だの、そんな感情を感じさせない。恐怖すらない。

 ただ、俺を見つめてくる。

 我が身のことなど考えない、純粋なる願いを込めた目を。

 言葉は聞こえない。だが、伝わってきた。


 ――帰ってきて。


 一瞬だけ、ミーシャの顔と亜佳梨の顔がダブった。


「待ってます」


 いつか聞いた言葉。聞きたかった言葉。

 叶えられなかった願いが、魂の叫びが、心の奥底から浮かび上がり獣の心を押しのける。

 オレは……俺は、何を、何をしていたんだっけ?

 ああ、そうか、家に帰らないと。

 あの子が待ってる。


「……転狼……解除」


 血にまみれた黒の剛毛が空気に溶けて消えていった。

 俺の頬を涙が伝った。

 死んでから初めて流れた涙だった。


 人間に戻った俺の手の中にはミーシャとディアーネ。

 俺は二人をまとめて抱きしめた。


「……ただいま」

「お帰りなさい」

「まったく、世話の焼ける弟なんだから……」


 周りから戸惑ったようなざわめきが聞こえてきた。


「は……?」

「人狼が……え?」

「小隊長、これは……いったい」

「……人に、戻った、だと……?」


 そういや銀騎士に囲まれているんだったな。

 正直、ケツまくって逃げるぐらいしか対策が思いつかない。

 人狼状態で頭をパーンしたヴァリドの死体が足元に転がっている以上、何を言っても無駄なような気がする。


「……逃げるか」

「それしか、ないですね……」

「うーん、うーん、兄ちゃんに何とかしてもらえ……る? 無理かなぁ……」


 お互いどうするべきか、どう動くべきか決めかねている。そんな空気が漂っていた。

 そのとき、背後から笛の音が聞こえてきた。

 聞き慣れた音――衛兵隊の警笛だ。


「双方動くな! ルフリンの街中で好き勝手できると思うなよ!」


 いつになく低い声を響かせ、エディオスが現れた。



お読みいただき、ありがとうございます。

面白い! と思っていただけたら、★ボタンを押してもらえると幸いです。

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