血戦
俺はヴァリドに向け一歩を踏み出す。
ミーシャは距離を開けて、俺の斜め後ろから援護できる位置へと下がった。
『勇者スキルは、ご主人様の予想通り〈反射〉です。それと、〈接触型精神干渉〉に〈魅力向上〉。さらに〈片手武器修練〉が3です』
ミーシャの小声が俺の脳内に聞こえてきた。
ヴァリドを鑑定した結果なのだろう。
種族がエルフで、名前がヴァリドということは、転生をしたということだ。
〈反射〉を最大限に注意しつつ、〈接触型精神干渉〉というスキルにも気をつけないといけない。〈魅力向上〉というのはパッシブスキルだろう。あのイケメンっぷりも納得だ。
〈片手武器修練〉が3ってのは、後から生えたということか。転生特典で貰うと10だからな。とはいえ、楽観視はできない。俺ですらまだ3なのだから。
俺は一気に踏み込み、奴の左腕を狙って黒斧を振るう。
奴は防ぐ気がないのだろう、棒立ちだ。
刃が腕に食い込んだ瞬間、すぐに黒斧を引き戻すと、俺の左腕に血が滲んだ。
予想通りだ。
服の袖が一文字に切り裂かれ、そのすぐ下の皮膚も薄く切られていた。
構うことなく、左腕を振るって、奴の右脚を狙う。
奴の太股に刃が食い込んだ瞬間、再び黒斧を引き戻す。
俺の右脚に浅い切り傷ができた。
これも半ば予想通りだ。
俺は再び右腕を振るって奴の左手を狙う。
「……ッチ」
ヴァリドが舌打ちしつつ剣を振るった。
ガキンと音が鳴って、俺の黒斧が逸れる。さほど力を込めていないので、ヴァリドの軽い剣でも弾かれてしまう。
(二回……)
頭の中でそう反芻しつつ、再び速度重視で黒斧を振るう。
ヴァリドの剣とぶつかるたびに火花が散り、奴の体に刃が触れるたびに俺の体に切り傷が増えていく。もっとも、軽い切り傷など、ほんの数秒で塞がってしまうので少々痛いのを我慢するだけだ。
休みなく攻撃し続けたおかげで、奴の〈反射〉スキルの特性も概ね掴めてきた。
スキルのクールタイムは十秒から二十秒。そして、一度かけておけば、攻撃を受けないかぎり効果が消えることはないのだろう。連続で二回反射されたのは、最初だけだったからだ。
奴の剣は、前と同じく幅広のグラディウスだ。ただ、妙に白っぽい輝きが気になる。
斬撃の回転は明らかにヴァリドのほうが早いが、一撃の速度と重さは俺の方に分がある。
俺の作戦はシンプルなものだ。
ヴァリドがへばるまで、ひたすら軽い斬撃を放ち続けるだけ。
スキルをバンバンぶっ放さなければ、体力はほぼ無限と言ってもいい。少々切り傷が増えるが、強烈な自動再生持ちの俺なら血が流れ過ぎることもない。
意表を突いて蹴りの一つも入れてやれば、奴がへばるのも早くなるだろう。
あとは隙をみて、ちょいと切り傷でもこさえてやれば、スキルを奪っておしまいだ。
俺の黒斧に弾かれた奴の剣が大きく跳ねた。
チャンスと思い、奴の腕を狙って黒斧を振り下ろそうとしたところで、ヴァリドの左手が俺に向かって伸びてくることに気づいた。
――接触型精神干渉。
そうだった、こいつはむしろ超近接戦闘の方こそ危ない。
慌てて黒斧を引き戻し半歩下がろうとすると、ヴァリドは左手を止め、逆に剣を突き出してきた。
フェイントに引っかかってしまった。
奴の突きを受けそこない、左腕を斬られてしまう。
「……っ」
斬られた傷に違和感を感じた。
少々の切り傷なら、あっという間に塞がってしまうはずなのに、塞がる気配すらない。
「銀……?」
その違和感が隙になったのだろう、奴の踏み込みに反応が遅れた。
思わずカウンターで黒斧を振り下ろしそうになったが、慌てて止める。ここで振りぬいたら反射される。
ヴァリドの突きを黒斧を寝かせて腹で受ける。
ギャリっと硬い音が鳴り、微かに火花が散った。
斬られた傷はまだ塞がっていない。だが、奴の剣の硬さは鋼のそれだ。
一歩バックステップをして、距離をとる。
「……銀メッキか」
俺の呟きにヴァリドがニヤリと笑った。
「人狼相手にすんの分かってんだ。準備ぐらいするっての。バカみたいに金がかかったけどなぁ」
この世界、メッキ処理できるのか。原理自体は高校の実験でやれる程度だから、召喚勇者がやらかしているこの世界ならできても不思議はない。一般化していないのはコストのせいか。
しかし厄介だ。鋼の硬さと銀の毒。
斬られた傷からポタポタと赤い血が垂れていく。
その様を見て、ヴァリドが嫌らしい笑みを浮かべる。
「ご主人様!」
「大丈夫だ。かすり傷だ」
とはいえ、血が止まらないのはマズい。
じゃあどうすると言われても、傷口をポーションで洗うような暇はない。
ヴァリドの剣技はムカつくことに隙がない。グラディウスは黒斧に比べて回転がかなり早い上に、銀メッキのせいで致命的な武器ときたもんだ。
ここに来て、持久戦を放棄せざるを得なくなった。銀の傷は塞がらない以上、時間をかけるのはこっちに不利だ。
俺は覚悟を決めて目の前のクソ野郎に集中し、速度最優先で黒斧を振るう。
キンキンと硬い音が鳴り響き、パスパスと俺の服に切れ目がついていく。
何度かの応酬の後、ついに俺の黒斧がヴァリドの体に届いた。
だが、硬い音が鳴って刃が止まる。
切れた服の隙間から、鈍色の小さなリングが見えた――奴は服の下に鎖帷子を着こんでいたのだ。
思わず「ずるいぞ!」と叫びそうになった。
鎖帷子は刺突や打撃に弱いものの、斬撃には耐性が高い。鎖帷子を切り裂くほどの威力を乗せるのはさすがに不味い。反射されたら即詰みだ。
救いなのは、重いということだ。当然、重い服を着て動きまわれば体力を消耗する。
こうなりゃ我慢比べだ。
奴がへばるのが先か、俺が失血でダウンするか。
ヴァリドの剣が俺の皮膚を切り裂けば、俺の蹴りが奴の腹にめり込む。
息を止めての応酬を続けるうちに、違和感を感じた。
――反射が減っている。
タイミングをずらされることはあれど、三発に一発は反射されていたはずだ。
それがどうだ、五、六発に一発ぐらいに減っている。
そして気づいた――足元に転がる石ころに。
大きな石ではない。河原で石投げ遊びをするときに放り投げる程度の石ころ。
そんな石ころがビュンと飛んできて、ヴァリドに当たった瞬間、まるで時間が止まったかのようにピタリと止まり、重力に引かれてコロリと落ちる。
ミーシャの「……ぅっ」という息遣いが聞こえた。
ヴァリドの側面に回り込んだミーシャが、手をこちらに向けている。腕にも足にも、そして顔にも赤い腫れがあった。
足元に転がる石ころは、ミーシャの援護射撃だったのだ。
ヴァリドの反射を消費させるために、石をぶつけていたのだ。血が出るほどの威力ではないが、無視できるほど弱くはない打撃。
俺に気遣いをさせまいと声を潜め、じっと自らの放った魔法の痛みに耐えていたのだ。
一瞬だけミーシャと目が合った。
強い光をたたえた菫色の瞳が「大丈夫」と訴える。
俺も目だけで返事をした。
俺たちの戦いはまだ終わってはいない。痛みを分け合って、こいつの息の根を止めない限り終わらないのだ。
実時間で言えばわずか数分のことだが、濃密な時間が流れた。
俺は血まみれ、ミーシャは全身打撲でフラフラ。
そして、ヴァリドはボロ雑巾をまとって、肩で息をしながらゼェゼェいっていた。体こそ鎖帷子のおかげで傷一つないが、頬には腫れが広がり、頭にはたんこぶができていた。
「テメエは……いい加減、くたばりやがれ……」
「そりゃこっちのセリフだ」
俺だっていい加減終わりにしたい。
体力に問題はないが血を流しすぎて、視界が狭くなってきている。ミーシャにしても、ギリギリ立っていられるぐらいだろう。一度でも倒れたら、たぶん起き上がれない。
「クソが、死ねっ!」
ヴァリドが突きを放った。
左腕を振るい下から弾き飛ばすと、ヴァリドのグラディウスが大きく上方に泳ぐ。
グラディウスの腹がキラリと白く輝いた。
俺がすかさず右手の黒斧をグラディウスに叩きつけると、中ほどから折れ飛んだ白刃が宙を舞った。
と同時に、俺の視界の隅から、迫りくる奴の左手が見えた。
咄嗟に奴の左手に向けて黒斧を振り下ろすと、
――俺の左手から血しぶきが上がった。
反射されたのだ。血を失いすぎたせいで、判断力が落ちていた。
血まみれの左手から、黒斧がすっぽ抜けて床に転がった。
ヴァリドがニヤついた笑みを浮かべ、俺の腕に手を伸ばす。
これこそが奴の狙いだったのだ。剣を犠牲にして、俺の体に触れるチャンスを作り出したのだ。
奴に触れられた瞬間、ピリッと電気が走ったような感覚を受けた。
一瞬で意識が希薄になり、視界が急速に黒く覆われていく。
体がぐらりと揺れた。
重力に逆らうことを諦めた膝が折れ、握力を失った右手から黒斧が滑り落ちる。
かすかに残った視界の中央に、ヴァリドのニヤついた口元が見えた。
「この……クソ野郎が!」
猛烈な怒りが体の芯から沸き起こった。
こんな奴に負けてたまるか。こいつにだけはもう負けることは許されないのだ。
半ば無意識に、右の拳が奴の顔面めがけて飛び出した。
最短の距離を、何の力みもなく、ただ真っ直ぐに。
「ぐはっ!」
俺の拳がヴァリドの顔面を正面から捉えた。
カウンター気味の右ストレートを綺麗に食らったヴァリドは、ゴロゴロと転がって床に伸びた。
そして、同じように俺も床の上に倒れた。
「ご主人様っ!」
ミーシャの声が遠い。
石の床が冷たくて心地良い。このままここで寝るのは、さぞ気持ちがいいことだろう。
深い海に沈みゆくような、ゆったりとした下降感が身を包んでいく。
「クソがっ……! ハァハァッ……けどよぉ、俺の勝ちだぁ! ひははっ!」
ヴァリドのゲロのような声が頭の中に木霊して、意識がかすかに浮上する。
「次はテメエだ!」
ゆらりと立ち上がったヴァリドが、半分に折れた剣を手にミーシャに迫る。
ミーシャが咄嗟に石つぶてを放つが、剣で弾かれた。
「死ねや!」
一気に踏み込んだヴァリドがミーシャの頭に向けて剣を振り下ろした。
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