おせっかいな再会
正面から激突――誰もがそう思っただろう。盾持ちは盾を前にかかげ、槍持ちは槍を構えた。
俺はトンと後ろへと跳躍。
そして、俺と入れ替わるように、黒い髪をなびかせたダニエルが正面へと躍り出る。
「絶対凍結!」
ピキッ――。
軽い音が響き、怒号や人いきれでむせ返っていた空間が静寂に包まれる。
ほんの一瞬で、集まっていたヴァリドの手下どもが氷の彫像と化したのだ。
初手で切り札を切る。
あらかじめダニエルと示し合わせていたことだ。切り札は、最も効果が高いタイミングで切るべき。それが今だ。
ダニエルが持つユニークスキルにして切り札である〈絶対凍結〉。
このスキルは、ダニエルの手を起点とした、前方円形範囲を凍結するスキルだ。
閉鎖空間での決定力はずば抜けている。特に、相手が多数の場合、効果は絶大だ。
どれだけ数が多かろうが、凍ってしまえばただの置物だ。アイスドラゴンのような相性最悪の相手には無力だが、普通の人間は凍結耐性など持っていない。
直後、キーンという甲高い音があちこちから聞こえてきた。
その音を聞いたダニエルが舌打ちをした。
「……破魔の指輪」
「防御アイテムか何かか?」
ダニエルの様子からそれっぽいモノがあるのかと思い、訊いてみた。
「そう。魔法や状態異常を一回は防ぐっていう、使い捨ての魔道具があるんだ」
「厄介だな……指に全部はめたら十回か」
「それはないかな。複数装備すると、お互いが反発しあって割れてしまうんだ」
そんなに万能なアイテムじゃなかった。
とはいえ、ダニエルの切り札で無力化できなかった奴らがそこそこ居る。
〈生命探知〉で辺りを見渡せば、それなりに燃え盛る生命の炎が六つ。凍った連中はロウソクの火ぐらいだった。凍ってはいるが死んではいないようだ。そういえば、三層のボスも解凍したら普通に暴れてたな。
不敵な笑みを浮かべたダニエルが、
「安くはないし、そんな備えをしている時点で三下じゃないね。楽しくなりそうだ……」
俺の視界の中、氷像たちの向こうで燃え盛る炎たちが集まりつつあった。
突然の雪祭りに動揺することなく、かたまって連携を取ろうとしているのだろう。
確かに場数を踏んでる雰囲気がある。
だが、その中にヴァリドはいない。召喚勇者の「紐」が見あたらないのだ。
「……やはり、ここにヴァリドは居ないな」
「ここでグズグズしていたら逃げられるかもしれないね。行ってくれ、ジン」
「私の分も殴っといて」
黒い兄妹に挟まれて、俺は頷きを返す。
ちらりと後ろを振り向くと、真剣な表情のミーシャと目が合った。
「終わらせてくるよ」
俺は真正面から氷の彫像の林に突っ込む。
氷の彫像を押しのけ、弾き飛ばし、粉砕して奥の部屋への最短を走った。
邪魔な氷像を蹴り砕いてさらに前進すると、弓を持った男が眼前に現れた。
男は弓をすぐさま手放し、腰裏から幅広の短剣を引き抜く。
いい反応だ。俺がこの世界で初めて目にした弓使いと比べると格段に動きがいい。
だが、遅い。
男の首を〈瞬脚〉ですれちがいざまに飛ばす。
振り向かずそのまま奥へと走る。
ミーシャの足だと追いつけないだろうが、かまわず前進。
彼女とて死地をくぐりぬけてきた冒険者なのだ。障害を踏み越えるだけの力は持っているし、場数も踏んできた。一人の冒険者として信頼している。それに、黒い兄妹が後詰めに居るのだ。余計な心配は不要だ。
一切を振り切って、奥の部屋に続く通路へと飛び込む。
ゴウゥッ!
飛び込んだ瞬間、特大の炎の槍が飛んできた。直径が30センチぐらいある。
避けられはする。だが、避けてはいけない。後ろのミーシャに当たってしまう。
黒斧を横にして、二つ重ねにして顔の前に掲げる。
息を止め、覚悟を決めて真正面から突っ込む。
消防車の放水を受けたかのような重い衝撃が黒斧から伝わってきたが、さすが魔法絶対通さないマンの黒鋼だ、轟炎の槍を受けてもびくともしなかった。
とはいえ、熱は別だ。未だかつて経験したことのない灼熱が体全体を覆った。
魔法の直撃は防げたのだが、死ぬほど熱い。
柄を握ったグローブが燃え上がり、燃えにくい麻のキャンパス生地で作られた服が煙を吹き出す。ただ、狼ヘッドは小揺るぎもしなかった。さすがのユニークアイテム。魔法ダメージ半減も良い仕事をしているのだろう。あのレベルの魔法を食らって、この程度のダメージですむはずがない。
気が狂いそうなほどの熱さと激痛が押し寄せてくるが、根性で耐える。
そのまま炎の槍を押しのけ、踏み越える。
杖をこちらに向けたまま愕然としている女の魔法使いが正面に見えた。
「嘘でしょっ!? 直撃したはずな――」
「〈瞬脚〉っ!」
すれ違いざまに、女魔法使いを杖ごと両断する。
女魔法使いの斜め後方にいた盾持ちの大男が慌てて盾を構えた。
まさか10メートルを超えた距離を、一瞬でゼロにされるとは思っていなかったのだろう。
俺はそのまま突っ込む。
グローブは燃え尽きて、もはや握り手の内側の皮しか残っていない。体中から煙を引きながら斧を振り上げて盾持ちの男に真正面からぶち当たる――直前に、ひょいと頭を下げる。
俺の頭のすぐ上を、特大の石の槍がうなりをあげて飛んでいった。
ミーシャが放った魔法だ。
盾持ちの男は、すかさず盾を掲げて石の槍を受け止めた。
すさまじい轟音が響く。
完全に魔法の発動をブラインドしていたはずなんだが、あれに反応できるとはかなりの強者だ。
しかもあの魔法を受けきった盾は傷一つついていない。スキル、もしくはマジックアイテムの類か。
だが、関係ない。
「オラァッ!」
俺は黒斧を上段から振り下ろす。
盾の上端を杭打ちをするかのごとく打ちすえた。
ドギャン!
俺の全力と黒斧の重さが合わさった一撃。岩ですら両断するほどの衝撃を受けてなお、盾は歪みもしなかった。
だが、持ってる人間は別だ。
盾に引きずられるように前につんのめった。
待ち構えていた俺の左手がひるがえる。
黒い光が煌めき、頭をカットされた男が床にくずおれた。
直後、倒れた男のすぐ後ろから白刃が迫る。
難なく黒斧で弾き返し、バックステップ。
ひょろりとした長身で耳の長い男――ヴァリドが現れた。
「おいおいおい、この二人、高い金払って雇った金級なんだぞ。このバケモンめ……」
「よう、地獄から戻ってきたぜ」
「やっぱ生きてたかぁ……あれで生きてるとか、人狼ってパねえな」
「人狼じゃないんだがな」
「ッハ! あんな毛むくじゃらな人間がいるかよ。ていうかよ、来るのが早すぎなんだよ、手前にいた連中は昼寝でもしてたのか?」
「俺の仲間が地獄へ発送中だ」
ヴァリドはニヤリと笑った。
「へぇ……だったら、さっさとオメエ始末してトンズラしねえとな」
こんな行き止まりの部屋からどう逃げようというのだ。何か秘策でもあるのか。
いやまあ、ここでぶっ殺すから関係ないのだが。
俺はじっとヴァリドを見据える。
「……お前に訊きたいことがあるんだよ。というか、確認なんだがな」
「あん? 食ったパンの数なんか覚えてねえぞ……くへへっ」
ヴァリドは自分の発言が面白かったのか、ニヤニヤと笑っていた。
「転生前に、妹がいたんじゃないのか? 義理の妹が」
俺の言葉にヴァリドがピタリと動きを止め、すぐ後ろまで追いついたミーシャが「えっ」と漏らした。
「……何の、話だよ?」
ヴァリドはすっとぼけていたが、俺ですら分かるほどの動揺を示した。
「無駄な御託はいらねえんだよ。俺には見えるんだよ、お前が召喚勇者だってな」
「んな与太話を信じろってか?」
「なんせ、俺も召喚勇者だからな。金髪男に強請られて、ひょろ長に頭をホームランされた間抜けな男さ」
俺がそう言ってヴァリドの目を見据えると、奴はギョッとした表情を浮かべた。
「……ご主人様……どういうことなんです? 鑑定しましたけど、エルフでヴァリドという名前だし、混沌の神の使途なのは分かりましたけど……」
ミーシャの絞り出すような小さな声が聞こえてきた。
俺の服の裾をギュッと握るミーシャの手が白くなっている。突然のことで、彼女も衝撃を受けているのだろう。
ハッと何かに気づいた様子のヴァリドは、目と口を大きく開き俺の顔を指差して、
「……おい、マジか、お前……妹食って、頭カチ割られたあのオッサンか!?」
「食ってねえよ!」
名誉毀損も甚だしい。
だが、これではっきりした。こいつは、亜佳梨を酷い目にあわせて、俺を地獄に突き落としたニキビ跡の金髪男だ。
半分はカマかけだったが、もう半分は確信に近い予感があった。
――ちょっとしたお節介を焼いてるんだ。
忘却の神の言葉がずっと頭に残っていた。俺とミーシャが出会い、共に旅をすることが分かり切っていたかのような口ぶりもそうだ。
俺とミーシャ――亜佳梨をことのほか気にかけていたあの神さまの仕込みなのだろう。混沌の神とも仲が良さそうだったから、巻き込んで役者を揃えたに違いない。
神さまが寄ってたかって、お節介の椀飯振舞だ。
俺の後ろでミーシャが「ひゅっ」と息を呑み、裾を握る手がぷるぷると震えている。
震える小さな手を柔らかく握り返す。
「大丈夫。ここで終わりだ。亜佳梨の仇は俺がとってやるからな」
俺の呟きに、ミーシャは俺を見上げてゆっくりと頷きを返す。
ヴァリドに黒斧を突きつけ、俺は奴に問うた。
「お前は、妹を――亜佳梨をどう思ってたんだ?」
ヴァリドはニヤァとイヤらしい笑みを浮かべた。
「んだよ、名前まで知ってんのかよ。やっぱヨロシクやってたんじゃねえか。アイツは、大事な妹だったぜぇ。なんせ、パンチ一発で金をいくらでも持ってきてくれるからなぁ。なのによぉ、あのバカ、勝手に死にやがってよ、使えねえ。もっと稼げたはずなのによぉ。そのせいでケチがついちまった。だから俺が死んじまったんだ。アイツのせいだな」
倫理も論理も遥か彼方に置いてきた奴の物言いに吐き気を催し、どす黒い怒りが噴き出てくる。
今ほど目の前の人間を殺したいと思ったことはない。
「お前が殺したんだろう、その妹を!」
「ああん? 人聞きの悪ぃこと言うなよ。間抜けなあいつがすっ転んだだけだ。俺はちょいと躾けただけよ」
こいつは人間の心なんか持っちゃいなかった。
少しでも、妹を殺めたことを後悔しているのなら、妹に対する自責の念があるのなら、すぐに殺してやろうと思っていたのだが……。
四肢をもいでエディオスに引き渡し、侯爵の鬱憤を晴らしてから死んでもらう。
「……テメエは俺が躾けてやるよ」
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