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待ち伏せ

 向かうべき正面のルートは、10メートルほど先で右に折れている。

 たぶん、その先でクソ共が待ち構えているのだろう。

 仕掛けたトラップがダンジョンに吸収されず、かつ敵であるアンデッドが沸くギリギリの距離を保っているはずだ。


「アンデッドと戦闘になったら、その音を聞きつけて加勢するつもりなのかな」


 俺はダニエルの言葉に頷く。


「アンデッド側にな」

「うわ、やり口が汚い……」とディアーネ。


 俺は音をたてずにゆっくりと通路を進み、角から顔を半分だけ出して通路の先をうかがう。

 オレンジ色の淡い光が見えた。

 床の上に置かれたオイルランタンだ。

 そのまわりに、冒険者風の装束をまとった男が三人。

 一人は床に敷いた毛皮の上に転がっており、二人は樽と木箱のテーブルセットでカードゲームに興じていた。

 三人ともだらけており、緊張感はまったく感じられない。

 俺は狼ヘッドを後ろに跳ね上げて、あえて足音を立てて近づいていく。

 さすがに気づいたのか、警戒感をあらわにカードゲームをしていた男二人が立ち上がる。

 中年男と右目に眼帯をした男だ。

 眼帯男が寝ていた一人を蹴り起こしている。

 中年男が前に出てきて、気さくな冒険者といった感じで声をかけてきた。


「よう、こっから先は、俺たちの狩場なんだ。他所に行ってくんねえかな?」


 俺はごく自然に世間話をするように問いかけた。


「そうなのか……ところでよ、さっきアンデッドけしかけるトラップがあったんだが、アレはあんたらが仕掛けたんだよな?」


 目の前の男たちの雰囲気が変わった。

 剣呑な視線を俺に向けつつも、とぼけたように首を傾げる。


「……知らんな。何のことだ?」

『嘘だ』


 とヒムロの声が脳内に響いた。


「ふーん……じゃ、あんたらはヴァリドの手下なんだな?」


 俺がそう言うと、目に見えて男たちは殺気を放ち始めた。

 腰に吊った剣の柄に手をかけた男二人が、俺の前に並ぶ。


「ちげえよ……そもそもヴァリドって誰だよ?」

『嘘だな』

「そっかー、知らねえか……」


 罠を仕掛けたのはこいつらで、ヴァリドの手下なわけだ。

 〈瞬脚〉で二人の間をすりぬける。

 首が二つ宙を舞った。

 寝ぼけまなこでボヤっとしていた男の心臓を背後から一刺し。


「……ヴァリドの反射もたいがいだけど、アンタも十分、初見殺しよね」


 ディアーネが三つの死体をまたぎながら苦笑いを浮かべた。

 見た目女子高生な綺麗な女の子が、出来立てホヤホヤの死体をさも当然のように踏み越えてくる。

 その様に軽い衝撃を受けた。

 五秒前に三人ブチ殺した俺が言うのもなんだが、この世界は命の値段が驚くほど安いし、そのことを誰も気にしていない。

 身に染みて分かっていたはずだ。なのに、ショックを受けたのは日本に戻ったせいで、気が緩んでいたということか。

 俺は気を引き締めるべく、両手で顔を叩く。


「……? どうしました?」


 ミーシャが気遣わしげに俺の顔を見上げてきた。


「この先が本番だからな。気合を入れなおした」


 ダニエルとディアーネが無言で頷いた。

 目の前の通路は左に折れている。その先が目的地である大部屋だ。

 トラップを仕掛け、冒険者に扮した手下を配置していたのだ。間違いなく、ヴァリドはそこに居る。

 幸い、俺たちがすぐそこまで迫っていることに気づかれてはいないはずだ。

 俺たちは静かに通路を進み、角の手前で足を止める。

 真の暗闇であるはずの地下二層の通路が、かすかに明るくなっていたのだ。


「……当たりっちゃー、当たりなんだが」

「うーん、ここから先はこっそりってわけにはいかないね」


 俺とダニエルは小さな鏡に映った通路の先の様子に、軽く溜め息を漏らす。

 通路の手前から、鏡だけをちょいと出して、奥の様子をうかがったのだ。

 スパイモノや潜入モノでよく見る、曲がり角の先を鏡で覗き見するアレだ。ダンジョンという直角に曲がった通路が多い場所だと、使うこともあるだろうと思って用意していた鏡だ。大きいと相手からも見えてしまうので、ごく小さいものだ。歯医者で使っている口内ミラーに近い。ちなみに、懐中時計を売ってくれたコヴァルズヤの弟が作ったもので、無駄に意匠が凝っている。


 10メートルほどまっすぐな通路の先に、大部屋が見える。

 煌々と魔灯が灯されており、ダンジョンとは思えないほど明るい。

 大部屋の入口にはバリケードが築かれており、その後ろに数多の男共が屯していた。


「ざっと見えるだけで、十二、三人は居るな」

「クロスボウ持ちが六人、槍持ちに盾持ち。剣士風の男もいたね。奥には魔法使いもいそうだ」

「とんだ隠し砦だよ……」


 この部屋に入ろうとする奴は絶対殺す――そんな布陣だ。

 〈生命探知〉で壁の後ろから確認したところ、十五人居ることが分かった。

 そして、もう一つ分かったことは、この先の大部屋にヴァリドは居ないということ。

 腐っても召喚勇者だ、そこいらのドングリとは比べ物にならないほどの炎の大きさを誇っていた。その炎が見えないのだ。


「……奴の生命の炎が見えないな」

「だとすると、さらに奥の部屋ですかね」


 ミーシャが地下二層のマップを見ながらそう言った。

 大勢が屯している大部屋のさらに奥、中部屋と呼べるサイズの部屋があるのだ。その部屋は本当に行き止まりで、他の部屋に繋がる通路はない。

 とはいえ、そこに行くためには、目の前の大部屋を強行突破するしかない。


「どうします?」とミーシャ。

「どうもこうも、突っ込んでまとめてシバキ倒すしかないでしょ」


 ディアーネがさも当然のように言った。


「すまないが、ヴァリドとの決着は俺に任せてもらえないか」


 俺の言葉に、ダニエルとディアーネが顔を見合わせた。

 この兄妹もヴァリドにはどでかい借りがある。ディアーネは顎を砕かれ、ダニエルは大事な妹を血まみれにされたのだ。

 それでも、俺はヴァリドとはサシで対面したかった。

 ミーシャをさらったことと、俺を殺しかけたことだけじゃない。個人的に確かめたいことがあるのだ。

 ディアーネが唇を尖らせながらも、


「……ヴァリドのクソ野郎は、アンタに譲ったげる。そのかわり、逃がさないでよね」


 ディアーネがそう言うと、ダニエルが頷いた。


「ジンとミーシャはまっすぐ奥に突っ込んでくれ。他の連中は僕たちが引き受けるよ」


 本当に、この兄妹には甘えてばっかりだな。


「すまんな。この埋め合わせはいつか必ず。てか、借りばっかり増えてんな」

「そうかな? 薬を取りにいくのを手伝ってくれたよね」

「手伝ったとは思ってないけどな。俺が行きたかっただけだ」


 ダニエルはふっと笑って、


「だったら、お互い甘えっぱなしでいいんじゃないかな?」

「そりゃ楽でいいな」


 男二人で笑いあう。


「よし、しょっぱなからとばしていくぞ」

「僕も手加減するつもりはないよ……最初から全力だ」


 ダニエルがそう言ってディアーネを見ると、彼女は頷きを返した。

 兄妹がそろって静かな声で朗々と古の言葉を解き放つ。


「「ほの昏き夜の貴族にして真なる祖先よ、古の契約にもとづき我が血に眠る力を呼び覚ましたまえ……」」


 兄妹の周りに黒い霧がかかる。霧が渦を巻きはじめ、ダンジョンの天井へと音もなく吸い込まれていく。

 物理的な霧ではなく、あくまでそう見えているだけのナニカなのだろう。

 間近で初めて見たが、なんとも神秘的な変身シーンだ。かつて罹患した病気のせいで、左腕が疼く。


 銀の髪はダンジョンの闇に溶け込みそうなほどの黒に変わり、氷瀑のごとく薄い水色だった瞳は血の赤を思わせる深紅に変わった。

 普段とは色が反転したような姿だが、美しさに深みが増す。闇の魅力とでも言おうか、引き込まれそうな危うさが醸し出されるのだ。

 元から美青年であるダニエルはもとより、年齢のわりには可愛く見えるディアーネはより顕著だ。

 健康的なカワイ子ちゃんから、危険な雰囲気を纏う美女にクラスチェンジだ。鋭くも美しく、赤に輝く瞳が妖しげな色香を放っている。長い黒髪という共通点はあるものの、芳野とは印象がまるで違う。例えるなら、こん棒と抜き身の刀。言うまでもなく、芳野はこん棒だ。


「……なによ、そんなにジロジロ見ないでよ」

「いや、前も思ったけどさ、その姿ってすごくいいよな」

「え!? そうなの……? 黒くて赤いから、気持ち悪くない?」


 どこかオドオドした様子のディアーネがチラチラと上目遣いで俺を見てくる。


「とんでもない。黒に赤なんて、男子憧れの組み合わせじゃないか。むちゃカッコイイぞ」

「かっこ、いい……?」

「うむ」


 とたん、スンとした顔になったディアーネに脛を蹴られた。

 何故かミーシャも呆れ顔だ。

 解せぬ……。


「これで最後にしよう」


 俺たちの漫才に微塵も反応せず、ダニエルが黒い髪をなびかせて言った。

 俺はダニエルに頷き、


「最初に俺が突っ込んで、敵をまとめる。そっから後は任せる。ミーシャは俺の後ろをついてきてくれ」

「はいっ!」


 狼ヘッドを深く被り、黒斧を両手に持つ。

 大部屋へと続く回廊へと出て、まずは姿をしっかりと見せる。

 すぐさま反応があった。

 バリケードの向こうで慌ただしく人が動きはじめ、目ざとい奴はクロスボウを構えた。

 俺は一気に駆け出す。

 俺の姿を見て、奴らは軽く混乱をしたようだ。両手に黒光りする斧を持った人狼みたいな奴が、正面から突っ込んでくるのだから、さもありなんだ。

 怒声が前方から降り注ぎ、ついでにクロスボウのボルトも三本ほど飛んできた。

 とはいえ、タイミングはバラバラだ。

 ヤクプの部下ほど統率は取れていないし、ボルトも黒く塗られてはいない。所詮は寄せ集めの冒険者崩れだ。

 しっかり撃つところまで見えているので、集中すれば避けるのは簡単だ。

 順番に一本二本と避けていき、三本目は黒斧の腹で弾き飛ばす。

 クロスボウ持ち六人のうち、残り三人はそれなりに練度は高いようで、俺に狙いを定め一斉に引き金を引いた。

 だが、その時点で俺はもう回廊にはいない。

 〈瞬脚〉で一気にバリケードの内側に飛び込んだ俺は、クロスボウを構えていた三人の首を飛ばし、次弾装填のためにハンドルをギリギリ回している三人の頭をカチ割っていった。

 あたりに怒号が響きわたり、ヴァリドの手下どもがこぞって集まってきた。

 正面から槍を持った四人、左右に分かれ側面を突こうとする剣士風の連中。槍持ちの横から前に出てくる盾を持った大柄な奴ら。

 俺は両手の斧を構え、ゆっくりと腰を落とす。



お読みいただき、ありがとうございます。

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