トラップ
「ほんとに、ここに居るの?」
ルフリンダンジョンの入口を前にして、ディアーネが疑いの眼差しを向けてくる。
「たぶんな、地下二層に居る」
「一層でも三層でもないのは、どうしてなんです?」とミーシャ。
「まず、三層は見通しが良すぎて隠れ潜むのに向かない。一層は冒険者以外の人も出入りしてて、意外と人の目が多いんだ」
一層は初心者パーティもさることながら、ダンジョンの内部を倉庫や発酵部屋として使っている民間の業者がそれなりに出入りしているのだ。もっとも、業者が使っている部屋は、入り口からすぐ近くに限られているし、人が常駐しているので魔物が沸くこともない。
ボス部屋に向かうルートと関係ない行き止まりの部屋はそれなりにあるが、誰も行かない方へ向かうパーティがいれば逆に目立ってしまう。
「もう一つは、城壁の内側に神さまとの繋がりを示す紐が見えなかったこと」
これはヒムロから聞いた話なのだが、ルフリンダンジョンは各階層が重なっていない。
階段を下るように、ひたすらルフリンから南に向けて広がっている。深く潜れば潜るほど、ルフリンを離れて深淵の森へと近づくのだ。地下三層がバカみたいにでかいので、地下四層のボス部屋の上は深淵の森のかなり深い場所だと思う。
逆に言えば、地下一層はほぼルフリンの城壁の中だ。
すべてを貫いて天に伸びる召喚勇者の「紐」が見えなかったということは、地下一層にはいない確率が高い。
地下二層は、地下一層よりもさらに南に位置するので、北門の塔からだと見えなかったと考えられる。
「意外と考えてんだ」とディアーネ。
「失敬な! いつもちゃんと考えてますけども!」
ダニエルがニヤつきながら、首を傾げる。
「考えてアレなのは、ちょっとどうかと思うんだけども?」
「……最初は考えてんだよ、最初は」
コロコロと笑うディアーネとミーシャの声を背に受けつつ、ダンジョンに足を踏み入れようとしたところで横合いから声を掛けられた。
「よう、ドラゴンスレイヤーが、いまさら一層から潜るのか?」
入口の脇にある赤い魔法陣から出てきた冒険者たちだった。
釣り具や網、麻袋を背負った「地底湖漁師」のパーティだ。
彼らは朝の暗いうちからダンジョンに潜り、昼には漁を終えて戻ってくる。なので、俺たちとは活動時間がまったくかみ合わず、最近まで顔を合わすことはなかったのだ。
「野暮用があってな。今日はいいの釣れた?」
「まぁまぁだな。最近、三層も人が増えてよ、漁場がちょいと騒がしくなってきたな。誰のせいとは言わねえが」
と言って、漁師が白い顔をほころばせた。
漁師なのにぜんぜん日に焼けてない。日本の漁師のイメージとまるで違う。そりゃ、日に当たらないのだから当然だろうが。
「ふーん、誰のせいなんだろうな?」
俺がすっとぼけると、漁師は軽く肩をすくめた。
「ま、悪いこっちゃねえよ。ダンジョンに人が増えりゃ、街も潤う。宿の客が増えりゃ、俺らの釣った魚も売れる。実際、引き合いが増えてきたしな」
「そりゃなによりだな。今度、うちの宿にも寄ってくれよ」
「おう、いいのがあがったら持ってくわ」
「そういや、見慣れない連中とか、三層で見たことある?」
「新顔は見たことないな。ほとんどが森で稼いでた連中が潜り始めたって感じだ。新しくルフリンに来た連中はこれからだろう」
俺の予想が裏付けられた感じだ。
「……やっぱそうか」
「そうそう、お前が助けたガキ共な、パーティ組んで二層に挑戦してるみてえなんだよ」
サガットとソニアのことだろう。
あの二人は、別の二人組とパーティを組んで、四人でルフリンダンジョンを攻略しているのだ。
「へー、あいつらも、ついに二層か」
「鉄級同士で上手くやれてるみてぇだな。余計な手出しは必要ねえけど、気にはかけといてくれ」
ルフリンに居着いている冒険者は総じて初心者パーティに優しい。
かつては自分たちも鉄級だった――それが合言葉だ。
実力のない冒険者でも、ルフリンならそれなりに食っていける。需要の多い木こりの護衛だけではなく、深淵の森でしか採れない植物も多いのだ。
ここに落ち着くことを決めた理由は様々だろう。所帯を持った、居心地が良すぎた、自分で自分の実力を見切った。
当然、さらなる冒険を求める仲間たちと別れ、その背を見送ってきたのだ。
「あの『好きバレパーティ』って、まだ続いてたんですねぇ」
ミーシャがニヤニヤしながらそう言った。
「……言ってやるな」
サガットとソニアは田舎から出てきた幼馴染の男女二人組――という銀騎士の設定なのだが、実際も似たようなものらしい。そんな二人が同じ境遇の男女とパーティを組んでいるのだ。
構図としては、同じようなペアが二つくっついた四人パーティ。好きバレしている男子二人が、まんざらでもなさそうな女子二人にコロコロ転がされているのだ。
大人たちから見ると、微笑ましくも楽しいエンターテイメントでもあった。
「好きバレ……?」
と言って、ディアーネが首を傾げる。
どうやらこのお嬢さん(二十九歳)は、この手の下世話な話題に疎いらしい。
ミーシャが声を潜めて、
「えーと、好きな相手に告白はしていないんだけど、相手からはとっくにお見通し……という状態ですね」
ディアーネは目を泳がせて小声で呟いた。
「ふ、ふーん、私には関係ないかなぁ~」
「そうですね、関係ないですね。これっぽっちも気づかれていませんから」
「僕も含めて、本人以外はだいたい気づいてるけどね」
「ぇ……? 嘘、ほんと?」
ミーシャとダニエルが無言で頷く。
「ヤダー!」
ディアーネが両手で顔を覆ってしゃがみ込んだ。
「よーし、行くぞー。ディアーネはそこでウンコすんなー」
なんかゴニョゴニョ言っていたが、どうせ大したことではないだろう。
俺は先頭に立って、ダンジョン入口の階段を下り始める。
「してないしっ!」
ディアーネにケツを蹴られた。
○
俺たちはルフリンダンジョンの地下二層をまとまって歩いていた。
もちろん先頭は狼ヘッドを深く被った俺だ。真っ暗な地下二層でも、こいつを被れば昼のようによく見える。
「ていうか、こっちのルートでいいの?」
「ああ、こっちのほうが人のニオイが濃い」
ルフリンダンジョンの地下二層はシンメトリーな構造になっている。
上から見ると、翼を広げた鳥のような形をしており、ボス部屋は最奥の中心に位置している。右回りでも、左回りでもボス部屋に行けるようになっているのだ。
そして、階層の右奥と左奥は行き止まりの大部屋が連なっている。
まず人が行かない場所だ。俺ですら行ったことがない。
ちなみにだが、サガットの匂いは反対側のルートに向かっていたので、俺たちとかち合うことはないだろう。
「え、そんなの分かるんだ……」
と言って、ディアーネが鼻をスンスンやって、首を傾げた。
「鼻じゃなくて目だけどな」
俺は自分の左目を指差す。
日本に戻って、ヒムロの手助けなしで色々と竜眼を使ってみて体得した技だ。
俺は「フィルター」と名付けた。
竜眼は単純に視ようとすると、問答無用で全部視えてしまう。昼間の街で電波を視ようとして視界が真っ白になったのは、人の目に見えない波長の電磁波まで全部可視化してしまったからだ。だから、必要なモノ以外をカット――フィルタリングすることで、視たい波長だけを残すのだ。
この階層はゾンビがやたら臭いだけで、ゴーストは無臭、スケルトンもほぼ匂いがない。それに、ゾンビが沸く場所はほぼ決まっている。
そして、人が頻繁に歩くルートは匂いが残りやすい。
俺も鼻がいいほうだが、犬のように混ざり合った匂いの中から人の匂いだけを辿ることはできない。人間はやっぱり視覚で情報を得る生き物なのだ。
すべての匂いを見えるようにすると情報量が多すぎてパンクするので、人の匂い以外をどんどんカットしていき、隣にいるパーティーメンバーと同じようなニオイだけを視えるようにしたのだ。
『吾輩に言えば、一瞬で望みのものを見せてやれるが……?』
ヒムロがわずかに不満の色をにじませた声色で言った。
(お前に頼りっきりはマズいだろ。日本じゃお前の声は聞こえなかったしな)
『ぐぬぬ、実際にその通りであったが……役立たずと言われているようでモヤるのだ』
(やっぱ、お前、メンドクサイ奴だな)
『うっせえわ、である!』
駄竜のぼやきを脳内で聞きつつ、骨だのゾンビだのを粉砕して暗闇の通路を進む。
予想通り、人のニオイが濃くなってきた。
目的地である行き止まりの部屋に続く通路に出たところで、ヒムロが声をあげた。
『む!? 止まれ……これは、縄か……?』
足を止めた俺の視界に、うっすらと筋が浮かび上がる。ヒムロが竜眼を調整したのだろう。
通路と直交するように、10センチぐらいの高さに張られた細いロープだった。しかも、ご丁寧に黒く塗られている。ロープを支える金具は、骸骨チックな壁の凸凹に木の楔で固定されていた。
狼ヘッドで見えなくもないが、床の石畳の規則正しい並びに紛れてほぼ認識できない。
「まさかのブービートラップか……当たりだと言ってるようなもんだな」
細いロープは壁際を伝って、すぐ先にある四つ角を右に曲がっていた。
「え、罠?」とディアーネ。
「ああ、ロープが張ってある」
ミーシャが手に持っていた魔灯を上下に動かすと、縄が落とす影が床の上で前後に動いた。
「ほんとですね……すごく見えづらいですけど」
「ジンの予想通りってことだね」
俺はダニエルの言葉に頷き、ロープ跨いで超える。
ロープが伝っている四つ角の右側を覗いてみると、ダンジョンの通路が板で塞がれていた。塞いでいるといってもガッツリ封鎖しているわけではなく、通路の上のほうはまるっと空いていた。単純に、戸板を立てている程度だ。
ただ、その戸板の向こうに、蠢くアンデッド共の頭が見えた。
「……アンデッドのお出迎えトラップってことか?」
ロープは戸板の上端に付けられているので、引っかかると視線を遮っていた戸板が倒れてアンデッドとご対面というわけだ。
地下二層のアンデッドは、生者を目視しないと襲ってくることがない。音でも匂いでも反応しないのだ。だからこそ、こんな雑な目隠しでも留め置くことができる。
ディアーネが首を傾げながら、
「でもさー、ダンジョンの中って、物置いてたら消えちゃうよね?」
「この近くに人間が居るってことさ」
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