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潜伏

 マルギッタは素知らぬ顔で肩をすくめた。


「……誰だい、そりゃ?」

『嘘だな』


 正直、白を切っているのか、本当に知らないのか判断に迷った。ヒムロの助言がなければ、確信は得られなかったろう。

 なかなかに肝の据わった婆さんだ。


「薬の匂いって、作った人で違うんだよな。ここの匂いと、ヴァリドから漂ってきた匂いが同じだったんだよ」


 そう言って、じっと目を見つめると、マルギッタは諦めたように特大の溜息をついた。


「ハァァ……そうかい。人狼の鼻は誤魔化せないってか」

「すまないが、洗いざらい話してもらうぞ。こっちも余裕がないんでな」


 片頬を歪めてマルギッタは笑みを浮かべた。


「洗いざらいもなにも、大したこたぁ話せないよ。アイツのことで知ってることなんざ、ごくわずかだ。アイツがどうしようもない、屑だってことぐらいさ」


 俺の当ては少々外れたようだ。


「ん? もしかして……被害にあったほうか?」


 てっきり、裏で繋がってると思っていたのだが。

 マルギッタは苦笑いを浮かべて、肩をすくめた。


「三年ほど前かねえ……ウチの裏で死にかけてたエルフの小僧を拾ったのさ……」

「それが、ヴァリドだったのか」


 頷くマルギッタ。


「珍しい森エルフだったからね、何かよほどのことがあったんだろうと思ったのさ」

「森エルフ? エルフってそもそも森の住人じゃないの?」


 俺が問うと、マルギッタはハッと笑った。


「ここいらの連中は、そう思ってるみたいだけど、違うよ。エルフはそもそも、南大陸のサバンナの民なんだ」

「え、サバンナなの?」


 なんか思ってたんと違う。

 エルフのイメージって、森に暮らして木の中に住んでる弓の名手ってイメージだったんだが。


「長い耳は遠くの音を聞くためだし、風をよく受けて頭を冷やすためさ。弓の腕がいいのは、遠くの獲物を一撃で仕留めるためさ」

「……そうだったのか」


 温暖で平坦なサバンナに適応したのなら、耳が長いのも納得だ。まんま兎だよな。

 それに、言われてみれば、森に住んでて弓の名手ってのも変だ。そもそも、遠射をする必要がないし、できない。森に適応したのなら、槍か斧がメインで弓は補助的な位置づけだろう。


「森エルフってのは、南大陸からこっちに渡って、北の森林に暮らし始めた連中のことさ。かなり昔に分かれたからね、肌の色なんか全然違うのさ」

「森エルフってのは、この辺りにはいないのか?」

「いないね。そもそもワドワ連合王国にゃ、森エルフが集落を作ってる森はないはずだよ」


 なるほど、マルギッタからしても珍しい存在だったわけだ。


「ヴァリドはどこから来たんだ?」


 マルギッタは難しい顔をして、


「そのあたりのことはあんまり喋らなかったね……遥か北の森で生まれて、流れ流れてルフリンに来た、ぐらいしか分からないよ。城門は普通に出入りできてたようだから、おおかた裏の世界で下手を打ったんじゃないのかねえ」

「じゃあ、マルギッタさんは、奴に何をやられたんだ?」

「怪我の手当をしてやって、寝る場所も食い物も与えてやったのに、一週間と経たずに何も言わずに、店の薬をかっさらってトンズラさ。まったく……恩を仇で返すたぁエルフの風上にもおけねえクソ野郎だよ!」


 当時のことを思い出したのか、マルギッタは怒り心頭だった。

 エルフは種族的にマイノリティで、美男美女ばかりなのも相まって、何かと酷い目にあうことが多いらしい。そういう背景があって、同族の助け合い精神は特に高いのだという。


「かなりの数を盗まれたのか?」


 ヴァリドを拾ったのが三年前だとしても、今でもここの薬と同じ匂いをまとっているということは、常に携帯しているということだ。


「毒消しや麻痺耐性を上げるようなものを山ほどね」

「毒消し? その薬は長持ちするのか?」

「薬としては単純なものだからね。蓋さえしっかり閉めときゃ、何年でももつよ」


 何かを思い出した様子でマルギッタが顎をさする。


「そういや……妙に毒消しのことを聞いてきたね。毒殺でも恐れてたのかねぇ」

「ほう……他にも何か気になる言動はなかったか?」

「暗くて狭いところが大好きだったね。安心できるんだとよ。まあ、あいつら森エルフは暗い森に適応した連中だから、夜目が利くし、ジメジメした場所でも平気なんだろ。私ら草原エルフは、広くて日当たりのいい場所が大好きだから、まったくの逆さね」


 そう言ってマルギッタはカラカラと笑った。


「いやいや、この店、日当たり悪いだろ……」

「店はね。一番上の階は一日じゅう陽が当たって気持ちいいよ」


 意外とそのへんはちゃんと考えられていたようだ。

 その後は特に役立ちそうな情報が出てくることもなく、気が付けば世間話になってしまった。


「たまには、この婆の話し相手になりにきなよ」

「薬を買いに来いじゃないんだ」

「アンタ、薬使わないだろ?」

「……使わんな」

「ああ、でも、アンタが使わなくても、大事な人のために薬は揃えときなよ」

「そうだな、そうさせてもらうよ」


 何故かミーシャとディアーネが薬瓶を持ってチラチラと俺を見てきた。

 俺はマルギッタに礼を言って店を出た。


「毒は反射できないようだね」


 ダニエルが思案顔で言った。


「みたいだな。常に毒消しを携帯しているようだし、直接的なダメージ以外は跳ね返せないんだろうな」


 もっとも、毒矢は普通に反射されるだろうし、毒を口にねじ込もうにも、奴は精神魔法を使えるっぽいので簡単にはいかないだろう。


「だとすると、仲間が減ったから撤退したというより、僕との対戦を避けたと考えるべきかな」


 俺はダニエルの言葉に頷く。

 氷の槍はともかく、じわじわと凍らせてくる氷結攻撃は反射できないと思える。

 最初こそ、「反射」とかチートオブチートなスキルだと思ったが、意外とデカイ穴が開いている。

 勇者スキルは効果としては常軌を逸しているが、制限や仕様で単純な無双はできないようになっているようだ。

 俺の〈スキルイーター〉にしてもそうだが、ミーシャの〈転移〉スキルもかなりきつい制限がついている。行ったことがある場所、最大八人で生物のみ。特に生物のみというのはキツイ。どれだけレアな装備を持っていても、役に立たないのだ。ダンジョンボスに直接アタックとか考えていたのに、夢で終わったな。


「でさ、どこに向かってるわけ? あのクソ野郎の居場所はわかんないんでしょ?」


 ディアーネが唇を尖らせながら言った。


「たぶん、街中には居ないんだろうな……まぁ、それをこれから確かめるわけなんだが」

「なによそれ……」


 俺はそう言いながら、城壁の下を歩いて馴染みの北門へとやってくる。

 警備の衛兵に話を通して、外壁のさらに上、ゲートハウスにくっついてる塔の最上部に上がる。


「わー、ルフリンの街が一望できるんですね」


 ミーシャが吹きすさぶ風に目を細めながら、眼下に広がる市街地を眺める。


「初めて登ったけど、いい眺めだね」とダニエル。


 正面の大通りの先に、領主の住まう城塞がデデンと鎮座しており、通りを中心に市街地が左右に広がっていた。

 まさにルフリンの背骨を見下ろしているわけだ。


(ヒムロ、召喚勇者の頭から出てる『紐』って、強調表示できるか?)

『ぬ……? 強調? よくわからんが、隣のドワーフの娘っ子を見るがいい』


 俺は竜眼を発動して、ミーシャの頭を見る。

 頭の中心から、天に伸びる細くて光る線が見える。意識して視ないと、気づけない。それぐらい細い線だ。ミーシャの「紐」は灰色をしており、余計に見えづらい。


(そういや、ミーシャの紐って初めて見たな。お前、気づいてたか?)

『忘却の呪いは竜眼をもってしても回避できない。認識できないのだ……で、どうだ? 神との繋がりを明るくしてみたが』


 昼間の市街地が背景だと、明るい線は視認性が悪い。


(背景に溶けてダメだな……そうだ、逆にしてくれ。紐以外を暗くしてくれ)

『なるほど……』


 視界全体が暗くなっていくと、ミーシャの頭から出ている「紐」が明るくはっきりと見えるようになった。


(よしよし、これならバッチリだ)


 俺は右目を手で塞ぎ、竜眼の左目だけで街並みを眺める。


(紐の長さってどれくらいあるんだ?)

『見ようと思えば、どこまでも見える。なにものにも遮られず、空の彼方を超えて、この世の果てまで伸びておるぞ』

(さす神……そのへんは大雑把だな)


 竜眼を望遠モードにして、正面の城塞を見る。

 どんどんズームしていくと、日当たりの良い一室の窓の向こうに、ソファに伸びている大きくて白い猫が見えた。

 どうやら領主は白猫を飼っているようだ。しかし、大きい猫っていいよな。モフりがいがありそうだ。

 いかんいかん、下らないことをしている場合ではなかった。

 城塞の麓に広がる貴族の屋敷を順に見ていく。

 大きな屋敷の部屋の中に、細くて小顔のお嬢様を発見。

 おっと、ドレスをお脱ぎになり、コルセットをお外しになられたぞ。

 これはいかんですね、いかんですぞ。

 そして、お腹のお肉がボヨヨンとお垂れあそばした……。

 重力にお肉を引かれた人々を粛清すべきではないか、そんな危険思想が脳裏に浮かんだ。

 うん、見ないほうがよかったな。また一つ、男子の夢が死んだ。


「ねぇ、何を見てるワケ……?」


 ディアーネの冷ややかな声で我に返る。


「……竜眼で、ヴァリドを探している。残念ながら、まだ発見できていないが」

「「ふぅぅぅん」」


 右手を外して、ちらっと横を見ると、ディアーネとミーシャが半眼で俺を見上げていた。

 なんでかな……なんで女子って男子の邪な波動を検知してしまうのかな。


 俺は心を無にして、ひたすら竜眼で街並みを見つめた。

 ないだろうなと思っていたが、やはり貴族の屋敷から伸びる「紐」は発見できなかった。そしてそれは平民の暮らす下町でも同じだった。


「……結論から言うと、奴は街には居ない」


 俺がそう言うと、ダニエルは首を傾げた。


「ん……? それは、既に逃げられてるってことかな?」

「違う。ルフリンの中には居るとは思うんだ」


 ディアーネが「解せぬ」という顔をした。


「?? そういうナゾナゾはいいから、ちゃんと説明しなさいよっ」


 脇腹をパンチされた。


「ダンジョンだよ。奴はダンジョンに潜んでるんだ」


 エディオスの説明が真実なら外に出ることは不可能だし、未だに三下どもの嫌がらせが続いていることも、奴が未だにルフリンを脱出できていないことを示している。

 ルフリンにいながらも召喚勇者の「紐」が見えない場所――ダンジョンしかありえないのだ。



お読みいただき、ありがとうございます。

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