タイムリミット
しばらくエディオスは世界を呪っていたが、ダニエルが肩をポンポンと叩いて、
「エディオスの苦しさは分かったから、現状をジンに説明しようか?」
「……そうだな。ケツは拭いてもらわねえとな」
半分キレながらエディオスがこの十日間のことを説明してくれた。
あの夜、俺とダニエルが地下下水道に入ってすぐ、衛兵隊は非常呼集をかけて、ルフリンのすべての門の出入りを厳格化した。
ただ、その夜のうちに門から外に出た者は一人もいなかった。
翌日、エディオスの報告を受けた侯爵は、コケにされたとガチギレして領兵を動員。
大規模なローラー作戦――城郭内部の貴族屋敷を除く一般家屋を、しらみつぶしに捜索するという力技に出た。
いくつかの家屋や倉庫で地下下水道に繋がる隠し通路を発見したものの、その先にネズミ以外の生物は発見できなかった。
そして、今に至る……。
「正直、もう無理なんだわ……」
エディオスが憔悴した顔でそう洩らした。
それはそうだろうなと思う。
ただでさえ人の出入りが多い門で、すべての人のマイ神様カードをチェックしていては、流通が滞るし一般住民の反発も大きいはずだ。
領兵の動員も莫大な費用がかかっているだろうし、きな臭い西の国境を手薄にしていては要らぬちょっかいを掛けられる確率が高くなる。さらに言うなら、ナポサ村と隣接する他領への遠征も計画しているのだ。それらをほったらかして、下水道の捜索をし続けるのは無理がある。
「ヴァリドの行方は、まったくか?」
「手掛かりどころか、目撃情報すらない。下水道の捜索も、ぶっちゃけ手詰まりだ」
下水道の捜索はかなり進んでおり、もはや人が潜めそうな空間はないだろうという見解が出ているそうだ。
「秘密の下水道があるのか、それとも、とっくにルフリンから逃げ出したのか……」
ダニエルが思案顔でそう呟いた。
「ルフリンから出てる可能性はないと思うぞ。カードの全数チェックは欠かしていないし、買収のことも考えて、ヴァリド商会に恨みのある奴で門は固めてる」とエディオス。
「下水道は外に繋がってるんだろ。そこから逃げられないのか?」
俺がそう問うと、エディオスは首を横に振る。
「下水から外に出るのは無理だぞ。そういう構造になってる。この街は、中から外に出るのが難しいんだ」
エディオスによれば、ルフリンの生い立ちによるものらしい。
ダンジョンから魔物が溢れた際に、城郭の外に出さないようにするためだ。
下水の排出口は幅広だが異様に背が低く、ネズミぐらいでないと通れない。さらに排出口の手前は、垂直に立ち上がった流路となっており人間がすり抜けることは不可能だ。
外壁に上がるための階段は、各門のゲートハウスの中にしかない。しかも、今は領兵が常に外壁の上を巡回しており、人目に触れず城壁を超えることはまず無理だ。
「だとすると、どこかにかくまわれているのかな?」とダニエル。
「侯爵さまも、貴族の屋敷に捜索の範囲を広げるべきかどうか迷ってるな……」
「最後の手段だね、それは。何も出なかったら、侯爵の権威に傷がつく」
エディオスが渋い顔で頷く。
「それと、ルフリンの犯罪発生率が妙に上がってるんだわ。明らかに、ヴァリドの子分どもがやらかしてるんだが、門に人を張り付けてるせいで、まったくおっつかねえ」
「地味だけど、効果的な嫌がらせだね……」とダニエル。
「となると、ヴァリドはルフリンの中に居るってことだな」
俺の言葉に、二人は頷く。
構造的にこっそり外に出るのが難しい街。その上で、治安を乱すような嫌がらせ。既に逃げているのなら、こんなことをする必要はない。
「もう一つ、変な噂が広まっててな……」
そう言ったエディオスは、懐から一枚の貨幣を取り出し、俺に放った。
パシッと手で掴むと、それは銀貨だった。
「……? 金なんか貸してたっけ?」
俺がそう言うと、エディオスは安心したような顔をして、ダニエルは苦笑いを浮かべている。
膝上のアルバが銀貨をクンクンやると、盛大にクシャミをして、嫌そうに鼻に皺を寄せた。
ああ、アルバは人狼だもんな。銀は嫌いだよな。
ポテッと床に降りたアルバはテーブルの下をくぐって、対面に座っているエディオスの踵に噛み付いた。
「いてぇし! なんだよ、俺がなんかしたのかよ……」
本気で噛んではいないだろうが、まだまだ若いアルバの牙は細いので噛まれるとそれなりに痛いと思う。
「アンタの手汗が染み込んだお金が臭かったんでしょ。アルバかわいそー、加齢臭漂うオッサンのニオイなんか、かがされてー」
とディアーネが自分の年齢を棚に上げて、アルバを撫でていた。
「まだそんな歳じゃねえよ! え、マジ……? におう……?」
エディオスは不安そうに自分の袖をクンクンやった。
「で、この銀貨はなんなんだよ?」
俺が訊くと、エディオスは苦笑いを浮かべる。
「お前が人狼だっていう噂が地味に広まってんだよ」
一瞬、ヒヤリとした。
そうか、ヴァリドに転狼した姿を見られたからか。たぶんだが、奴が吹聴させているのだろう。
ルフリンでは人狼は駆除対象だ。自分の手を汚さず、社会的に抹殺できればこれほど楽なことはない。
「……そういや、人狼って銀貨触っても火傷すんの?」
「お前みたいに触ってりゃ、紫色の煙がモクモク上がってるだろうな」
「なるほどな」
ダニエルがフッと笑って、
「冒険者たちには、僕が銀反応を試して『白』だったと言ってるから大丈夫だよ」
「衛兵隊のほうでも同じ話をしているから、普通にしてるぶんには問題は起こらないはずだ。ただ……そういう情報に疎い平民連中は信じちゃうかもな」
まるっきり嘘じゃないのが、厄介だ。
「やっぱ、早いとこヴァリドの首はねじ切らないとダメだな……」
エディオスは渋い顔で頷き、
「その通りなんだが……現実問題、限界がきてんだよ。カードの全数チェックは明日で終わりだ。商人の突き上げが激しくてな……領兵も半分が引き上げて、元の任務に戻る」
「……ヴァリドの粘り勝ちだね」
ダニエルとエディオスは諦め顔だ。
「諦めるのはまだ早い。明日一日あるんだろ?」
俺がそう言うと、エディオスは目をむいた。
「もしかして、お前、何かやらかすつもりか……?」
不安な顔をしているエディオスに笑いかけてやる。
「人聞きの悪いこと言うなよ。心当たりがあるんだ。まぁ、任せとけって」
何故かダニエル兄妹とエディオスが微妙な顔をした。
エディオスが不安を滲ませながらも宿を去った後、俺はダニエル兄妹にミーシャの秘密を打ち明けた。
ミーシャが忘却の神の使徒であり、召喚勇者であるということを。
元の世界に戻ったのは、ミーシャの〈転移〉スキルのおかげだということを。
兄妹はそれはもう驚いていたが、ミーシャが〈異次元収納〉スキルや〈鑑定〉スキルを披露したおかげか、いくつか質問を受けたぐらいですんなりと納得してくれた。ポンコツ芳野と違って、二人とも異世界の住人だけに理解が早かった。
「なるほど……忘却の呪い、か。自分も含めて誰も認識できないっていうのは、まさに神の御業だね。〈転移〉スキルはミーシャの記憶が戻ったから使えたんだね」
「え、じゃあ、さっき裸だったのって、転移のせい?」
ディアーネの言葉に、俺とミーシャが頷く。
「なんだぁ……てっきり、二人が…………」
ディアーネは途中からモニョモニョと言い始め、顔を赤くして黙り込んでしまった。
そんな妹に苦笑いを浮かべて肩をすくめたダニエルが、
「しかしまさか、ハズレだと思っていた解呪の妙薬がねぇ……」
「すまんな、妙薬を勝手に使ってしまった」
ダニエルはフッと笑って、
「まったく問題ないよ。役に立てて何よりだ」
「忘却の神がかけた呪いが解けたってことなんだよね? そんなことってあるんだ……」とディアーネ。
「神さまも驚いてたぐらいだから、たぶん史上初なんじゃないかな」
俺がそう言うと、兄妹はケラケラと笑った。
「いやー、君と一緒に居ると、驚きの連続だね」
その後、夜も遅いのでお開きにしようとなったところで、ディアーネがどこで寝るのかひと悶着あった。
ディアーネはアルバと一緒に俺の部屋で寝ると駄々をこねたが、ミーシャはアルバともどもミーシャが借り受けている部屋で寝ればいいと譲らなかった。
「いやいや、ディアーネは家に帰ろうよ……本来の借り主が戻ってきたんだから、今まで通りの生活に戻らないと」
ダニエルの至極真っ当な言葉に、ディアーネはぐうの音も出なかった。
そうして、ディアーネはダニエルに引きずられて帰っていった。
アルバはもちろん俺と一緒に寝た。
ディアーネがきちんと世話してくれていたのだろう、ラベンダーの石鹸の香りがした。そもそも、アルバはお風呂が大好きだしな。
いい匂いがするモフモフの抱き枕、最高。
○
翌日、俺たちは日当たりの悪い薬屋に来ていた。
以前訪れたマルギッタの店だ。
軋む扉を押し開けて中に入ると、様々な匂いが押し寄せてきた。
「……やっぱりか」
「何が? てか、薬でも買うの?」とディアーネ。
俺は何とも応えず、脳内で駄竜に語り掛ける。
(ヒムロ、聞こえてるよな)
『よかったー! 我、忘れられてるのかと思って、枕を涙で濡らしておったのだぞ!』
(嘘こけ。それより、俺が居ない間に、何かあったか?)
『びっくりするぐらい何もなかったな。地下四層に入ってくる客もゼロだ。それより、元の世界に転移したのであろう? その話を詳しく!』
そういや、こいつは俺の耳に入った音は拾えてるんだったな。
声がかかるのを今か今かと待ち構えていたのだとすると、ちょっと笑いそうになってしまった。
(そのうちな。今日は目開けてろよ。お喋りも解禁する)
『心得た』
店の薬棚の間をすり抜けつつ、奥へと向かう。
さまざまな薬の匂いが混ざり合って俺の鼻をくすぐる。
(いまさらだけどさ、俺が『解呪の妙薬』飲んだらどうなってたんだ? 満月の呪いとか解除できたのかな?)
『あの薬はダンジョン産のアイテムだからな。言うなれば神の手によるものだ。なので可能だ。しかし、変身能力も失うぞ。貴殿の能力と呪いは不可分なのだ』
(マジか……あぶねー。物は試しで、とかやらなくてよかったな)
『思い付きを即実行は控えたほうがいいと思うぞ。特に貴殿は……』
(うっさいわ。というか、呪いを解除する魔法とかで消されたりしないのか?)
『それは無理だ。神の手による祝福や呪いは、同じく神の手によるものでなければ干渉できぬ』
変身能力が消される、ということはなさそうなのでひと安心だ。
俺は店のカウンターに近づき、部屋の奥に声をかける。
「マルギッタさん、生きてるかー?」
しばらくして、店の奥から薄い灰色の髪をしたダークエルフっぽい婆さんが出てきた。
「朝っぱらから五月蠅い客だねえ……っと、坊ちゃんと人外の仲間たちかい」
「よう、元気そうでなによりだ。困ったことはないか?」
「余計なお世話だよ……で、薬かい? 鑑定かい?」
相変わらず矍鑠とした姿勢の良い婆さんだ。
「ヴァリドのことを教えてくれ」
俺の言葉に、その場の全員が動きを止めた。
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