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黒歴史

「何を買ったらそうなるんだ……てか、金は足りたのか?」


 現金は昨日のうちに多めに降ろして全部持たせていたのだが、まさか芳野に借りたとかないよな。


「お金は十分足りたんですけど……」


 〈異次元収納〉スキルの便利っぷりに羽目を外してしまい、調子に乗った二人は色々と買いまくったそうだ。そして、買った物をいざ収納しようとして、入らなかったので慌てたとかなんとか。

 リビングに広げてる服は、手に持って運んだ物らしい。


「ほとんどが、調味料とか食材だよねー」と芳野。


 内訳を聞いてみると、半分以上が調味料だった。醤油、味噌、砂糖と香辛料。それと、玄米。

 もっとも、重量比で言うとだいたい砂糖だったわけだが……。


「ルフリンって、お砂糖が高いじゃないですか……でも、もっと、お菓子を作りたかったんですっ」


 と、ミーシャが己の欲望をゲロった。

 次に重そうなのが、琥珀色の濃い洋酒の類。あれも一本1キロあるからなあ。

 そして、大量の服と下着。ディアーネの分も買ったので、余計に重くなったそうだ。


「ウィスキーとかは置いてってもいいんじゃないか? ルフリンでも手に入るよな」


 ミーシャは腕を組んで唸りはじめた。


「え……うーん、うーーん、うーーーーん……」


 可愛い顔で悩んでいるのが、酒の処遇というのだから笑うしかない。


「この酒飲みドワーフめ……てか、俺の荷物も入れて欲しいんだが?」

「ぇ~……」


 ミーシャと粘り強い交渉を続けた結果、俺が買ってきた物はほぼすべて異次元収納に入れてもらうことになった。もっとも、瓶の醤油は何本か置いていくはめになったが。

 代わりに、ミーシャは砂糖と洋酒を吐き出すことになった。

 逆に、服や下着はすべて持っていく。置いていっても、芳野には使いようがないからだ。


「あの、ディアーネさんって、格闘家……? なんですよね?」と芳野。

「そうだぞー。俺の格闘術の師匠だ。俺と同い年なんだが、見た目はミーシャと同世代だぞ」

「ふぁ? 先輩と同い年で女子高生級……? ってまさか、吸血鬼とかって言わないですよね?」

「お前って、ほんと鋭いよな。半分吸血鬼のダンピールだ。そのせいだろうな、兄貴共々、年齢詐欺だ」

「うわぁ……見たいような、見たくないような……」

「すげー美人だぞ。背は高いけど、小顔だし足もウェストもお前より細いな。綺麗に筋肉がついた引き締まった体で、まさに格闘家って感じだ」


 何故か、ミーシャがドン引きしていた。


「ご主人様、無意識のボディブローを連打しすぎです」

「え?」


 芳野は打ちひしがれて、ブツブツ言っていた。


「ちびっ子グラマーに、モデル体型の格闘家ですかぁ……。ボリュームで負けて、スタイルで負けてる私の存在意義は……? すき間? すき間産業的ニッチな需要……?」


 そんな芳野の横で、ミーシャは異次元収納から酒や砂糖を出しては引っ込めるを繰り返している。

 どうやら、酒と砂糖の配分で迷っているようだった。

 なので俺も異世界に持っていく物を物色することにした。

 基本は異世界では入手しづらく、簡単には作れない物だ。とはいえ、実は持っていける物は多くない。

 合成重合体――プラスチックや化繊がNGというのは、とてつもない制限だ。現代日本で手に入る物で、それらを使っていない製品など皆無といっていいだろう。


「お……これは……」


 久しぶりに開けた物入れの中に懐かしい物が入っていた。

 ドラゴンの裁縫箱だ。

 小学生のころ、とても流行った。俺も欲しかったが、買ってくれと言うだけ無駄なので何も言わなかった。

 では何故ここにあるかというと、就職してから初任給で買ったからだ。

 独り暮らしをするうえで裁縫セットは必要なのだ。必要なんだって。

 実際買ってみて思ったのだが、意外とでかい。けっこう邪魔だったりする。

 ただ悲しいかな、箱はすべてプラスチックで、中身の裁縫セットもプラスチックがふんだんに使われている。これでは異世界に持って帰ったところで、バラバラに分解されるだろう。

 泣く泣く置いていくことにした。


「うわー、男子の黒歴史だー」


 芳野が俺の手元を覗き込んで失敬なことを言った。


「男子の夢を全否定するんじゃない。モテないぞ」

「はいセクハラー。責任取って、私も異世界に持ってってください。道具扱いでいいんでー」


 などと意味不明な供述を繰り返している芳野を無視して、


「これ、使えよ。まだ綺麗だし」

「え、いりません……」

「なんでだよ? ドラゴンだぞ!?」

「私は可愛い白犬の裁縫箱つかってるんでー」

「そうか、お前は犬派だったか……」


 それからいろいろと引っ張りだしてはみたが、ろくな物がなかった。


「うーむ、持って帰る物がまるでなかった……」


 プラスチックフリーとか、エコすぎるアイテムなんざ持ってなかった。

 余裕があれば、バイクのエンジンとか、発電機みたいな物を持って帰りたいところだが、転移できるのは生物オンリーなのだ。唯一の例外が、〈異次元収納〉スキルに収まっている物だ。それとて、100キロという制限にぶち当たって四苦八苦している。


「帰る……なんですね……」


 芳野が無表情でそう漏らした。


「そうだな。俺たちの帰る場所は、異世界のルフリンって街なんだ」

「もう、この部屋は帰ってくる場所じゃないんですね……」


 いろいろと芳野には面倒を押し付けることになってしまうが、俺たちに残された時間はもうないのだ。


「……すまんな」


 結局のところ、この部屋から持ち出すものは一つもなかった。

 逆に言えば、異世界はそれなりに暮らしやすいということだ。電気やネットこそないが、生きていく上で困るほどではない。ゲームという娯楽はないが、魔法もダンジョンもある。男子心を満たしてくれる場があるのは素直に嬉しいと思える。


 俺はお役立ちグッズの発掘を諦めて、飯を作ることにした。

 冷蔵庫に入れておいた鶏肉を出し、大きめのフライパンに油を二センチほど入れて、火をつける。

 揚げ物をするときの掟は二つ。

 その一、蓋をしてはいけない。

 蓋をすると油が飛び散らないというメリットがあるのだが、油の温度が上昇しやすく、中の状態が見えづらい。その上、酸素を遮断しているので、発火温度に達しても火がつかない。その状態で蓋を取ると一気に発火して、前髪チリチリになるぐらいではすまない大惨事になる。

 あと、素材から出た水分が蓋で結露しているので危ない。蓋を開けた際に水が油に落ち、水蒸気爆発を起こして高温の油が飛び散り、とってもアチチで痛いことになる。

 その二、目を離さない。

 特に、油を少なめで揚げ物をするときは温度が上がりやすいので、とにかくコンロから離れないことだ。家に火がついてからでは遅い。

 唐揚げを綺麗に揚げるポイントは、スピードだ。

 もたもたしていると、仕上がりにムラがでる。最初に入れた肉は硬くなり、後に入れた肉は身が赤いままという残念なことになってしまう。

 暇そうな女子二人を動員して、流れ作業でやっつけることにした。

 芳野が下味を付けたお肉を取り出してビニール袋に放り込み、ミーシャが小麦粉と片栗粉を入れてシャカシャカと振りまくり、俺が片っ端から揚げていく。

 二度揚げしたいところだが、腹を空かせた女子たちの目がギラついているので手早くすます。

 170度で薄いきつね色になるまで揚げて、ひっくり返す。時間というより、見た目だ。全体が薄いきつね色になったら、火を強めて180度まで上げる。さらに色が濃くなってきたな、ぐらいでサッと取り出す。しっかり色が変わるまで揚げると、硬くなってしまうので。

 油をピッピとふるい落とし、皮を上にしてバットに並べる。

 油をきっている間に、インスタントの味噌汁を作り、付け合わせに買ってきた柴漬けを小皿に出す。

 飯もちょうどいい時間に炊けたので、器にどんどこ盛っていく。


「唐揚げ定食のかんせーい」

「「わー」」


 野菜などない。

 言うまでもなく、器もバラバラだ。独り暮らしの野郎の家に、お揃いの器などない。

 唐揚げの相棒はビールが定番ではあるが、今回はせっかくなので買ってきた日本酒にする。


「「「いただきまーす」」」


 組み合わせ的にはメタボ一直線だが、たぶん今日で最後だ。遠慮なくいく。

 ルフリンで醤油の醸造が上手くいって、白米を輸入できれば再現は可能だろうが、何年先のことになるやら。

 先のことはひとまず忘れて、出来立ての唐揚げにかぶりつく。


「「美味しい~」」


 女子二人もお気に召したようだ。


「どうして、他人の作る料理って美味しいんでしょうねえ?」と芳野。

「お前、料理下手だろ」

「そ、そんなことないもん!」

「……黒焦げの鮭」

「キオクニゴザイマセン」

「どこの政治家だよ」


 唐揚げとご飯の組み合わせは凶悪だ。いくらでも飯が食える。

 三人で唐揚げとご飯を黙々と食った。


「うっぷ……食い過ぎた」


 調子に乗ってご飯を食べ過ぎて、お腹がポンポコリンだ。


「ご主人様は、休んでてください」

「後片付けなら、お任せてー」


 女子二人が良い子すぎて、お父さんはちょっと嬉しい。

 日本酒をチビチビやりながら、二人の背を眺める。

 背の高い芳野はコンロ周りをゴシゴシ。ちんまいミーシャは潰した段ボールの上に乗って洗い物だ。

 唐揚げは、とにかく後片付けが大変なんだよなあ。

 油の処分が面倒だし、油がべっとりついた鍋や食器、跳ねまくった油でコンロ周りはベトベト。だが、面倒だからといって、綺麗にするのを後回しにするととんでもないことになる。油と埃が悪魔合体して「ねっとりスライム」が爆誕するのだ。油は柔らかいうちにやっつけるに限る。

 自炊を続ける秘訣は、キッチンを綺麗に保つことだと俺は思っている。

 ドロドロのシンクと溜まりに溜まった洗い物を見ると、料理をする気がシオシオと失われていくからな。シンクの中で泥人形が不思議な踊りを踊っているようなものだ。


「ご主人様、お風呂沸かしておいたので、お先にどうぞ」

「お、了解。ありがとな」


 いつのまに風呂掃除をして沸かしていたのだろう。

 さすがミーシャ、ポンコツ芳野とは気の利き方がちがう。


「へぷっし!」


 芳野が盛大にクシャミをした。


「……なんか嫌な波動を感じました」


 妙なセンサーを搭載しているようだ。

 ダル絡みされる前に、さっさと風呂に入ってしまおう。


 うちの風呂は1LDKのくせにちょっと広い。いわゆる一坪風呂というやつだ。

 浴槽が大きく、男の俺が足を伸ばせるので気に入っている。

 ざっと体を流して、ボエーっと湯に浸かる。

 そういや、日本で風呂に入るのもこれで最後だ。どうせなら、でかい銭湯にでもいけばよかったかな。

 ぼんやりとしていたからか、いつの間にかウトウトしていたようだ。

 脱衣場から聞こえてくるミーシャの声で我に返った。


「さっきまで、あんなにノリノリだったのに急に怖気づいて……もしかして本番に弱いタイプですか?」

「だって、だって……男の人に裸なんか見せたことないもん。ミーシャちゃんは恥ずかしくないの?」

「恥ずかしいですよ。でもこのチャンスを逃すとかありえませんから」

「うわぁ、重い子が動きだすと、止まらないんだ……慣性の法則ですね」

「重いの意味っ! ……さあ、実は重い芳野さんも、腹を括ってください」

「ううう……」

「お風呂ランドはっじまっるよ~!」

「こうなりゃヤケです……わぁい!」

「のりこめー!」


 のりこまれた。

 女子二人が風呂場に乱入してきたのだ。


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