お買い物
あっさり「お礼」が済んでしまったので、手持ち無沙汰になってしまった。
重傷者多数を製造してしまったが、負い目や精神的な重荷はこれっぽっちもなかった。
我ながら、随分とケダモノになっちまったもんだと思う。後悔は一ミリもないが。
とりあえず、晩飯の買い物でもするかな。
そういや、ロン毛から奪ったスマホを使って、悪い買い物すればよかったなあと軽く後悔。
奴のスマホは三つ折りにして、家電量販店の店頭にあった小型家電回収ボックスに放り込んでしまったのだ。
「……ま、いっか」
スマホは持ってないが、クレジットカードは持っている。ミーシャ&芳野とは連絡はつかないが、日が暮れる頃には家に戻ってくるだろう。
スマホは無きゃ無いでなんとでもなる。ほんの十年前まで持ってなかったのだから。
なんだか無性に唐揚げが食いたくなったので、本日の晩飯は唐揚げに決定。
ルフリンで普通に鶏肉は食えてるのになんでだろうなぁと思って気が付いた。
「醤油だ、醤油を持って帰らねば!」
ミーシャの〈異次元収納〉スキル頼みになってしまうがが、醤油を山ほど買ってルフリンに帰ろう。
そういや、プラスチックはダメなんだったな。瓶に入ったお高い醤油を買うしかないか。でもなぁ、今どきのスーパーって、瓶入りの醤油なんかほとんど売ってないんだよな。
てか、異次元収納に入れてしまえば分解されないのでは?
「……ダメ元で買ってみるか」
ルフリンに帰ってから、瓶に移し替えればいいよな。
俺はブツブツ言いながら、デパートの地下に足を踏み入れた。
そこで俺は見つけてしまった。
根本的解決をもたらすアイテムを。
「種麹……」
さすがデパ地下。まさかの醤油作り用の種麹を売ってやがりましたよ。
ルフリンでうまく発酵できるかどうか分からんが、チャレンジしないわけにはいくまい。最低でも一年はかかるだろうし、手間暇もかかるだろう。というか、有り余ってる金で発酵食品の職人を雇って、醤油工房を立ち上げればいいのだ。これで勝てる。
もちろん購入。ついでに、お高い瓶入りの醤油も買う。
醤油を作る以上、マニュアルが必要だ。
プロでない俺がまともな知識など持っているはずはないので、そのまま上の階にある本屋に突入。
『醤油の作り方』系の本を物色する。
なるべくカラー写真を使っておらず、紙質が質素な本を買う。カラーインクや紙のコーティングに合成樹脂が含まれている確率が高いからだ。いざルフリンで読もうとした瞬間、本が分解されてしまっては目も当てられない。
内容は似たようなものだが、紙質や装丁が違う本を三冊ほど買った。あと、ついでに味噌と酒の作り方の本も買う。
これで、勝利は約束されたようなものだ。
浮かれた俺は、種麹と醤油、本を抱えてデパートを出た。
「あ、いけね……」
肝心の今日の晩飯……鶏肉を買ってなかった。
すぐさま百八十度回頭した。
○
我が家に帰り着くと、既にミーシャたちは戻っていたようだ。
本屋で資料を吟味するのに時間を食ってしまい、日はかなり傾いていた。
「ただいまー」
「「お帰りなさーい」」
なんということでしょう、お帰りなさいがステレオで聞こえてきたではありませんか。
生きててよかった……いや、死んでたわ。
そこはかとないハーレム感が漂っているが、どうせ今日で終わりだ。盛大に開き直ることにした。
ミーシャと芳野は買ってきたのであろう服をリビングに広げて、キャッキャウフフと談笑していた。
どうやら、異世界に持っていく物の品評会をしているようだ。
「先輩もなんだか大荷物ですねえ」
芳野は俺が抱えている荷物を見て、ニヤニヤしている。
「そりゃお前、異世界で新規事業を起こすからな。それなりの準備が必要ってもんよ」
「事業……? ご主人様は、何をされるつもりなんです?」
「醤油だ!」
と言って、俺はダイニングテーブルの上に醤油の瓶を置く。
「「ああ~」」
ミーシャと芳野が揃って声を上げた。
「まんま、異世界勇者の定番じゃないですかー」と芳野。
「なるほど……ご主人様は、醸造にチャレンジするんですね……」
ミーシャはウンウンと頷いている。
「ま、かなり時間がかかるけどな」
とりあえず、買ってきた物を広げて晩飯の支度を始める。
「そうだ、今日の晩飯は唐揚げだからな。異論は認めない」
俺がそう言うと、女子二人はペカーっと喜びの表情を浮かべた。
うん、みんな唐揚げ大好きだよな。
「まさか、先輩の手料理振る舞われるターン!?」
「ご主人様の作る料理、美味しいですもんね。楽しみです」
ミーシャがご機嫌でそう言うと、芳野は驚愕の顔でミーシャを見つめた。
「え、待って、ミーシャちゃん、いつも先輩の料理食べてたのっ!?」
「いつもじゃないですけど、よく作ってくれますし、一緒にお宿で作ったこともありますよ」
「ファー、なにそれ、もはや同棲じゃん!」
芳野は般若の形相で俺を睨みつけ、
「先輩、説明してくれるんですよねっ! 私という妻がありながら、こんなケシカラン系美少女と同棲してたなんて、裏切りにもほどがあると思うんですが、ですが!」
「……妻ってなんだよ、妻って」
「昨日、プロポーズしてくれたじゃないですかー。そんで、今日の24時に、私って未亡人になるって言ったじゃないですかー。ということはですよ、現時点では、私は先輩の妻――ということになりますよね!」
「なるかボケ」
論理的に言っているように聞こえるが、そもそもの前提をぶっ飛ばしすぎた。
こいつ、頭は悪くないのにな。むしろかなり良い部類だ。高性能CPUを搭載しているのに、変態OSのせいで妙な挙動を示すのだ。
「だいたいプロポーズなんかしてねえだろ。ミーシャとだって、宿が同じってだけだ」
「同じ宿……! それってまさか、異世界ラ○ホというやつですか……?」
「お前は頭に何を詰めてるんだ? 脳外科へ行け、脳外科へ。今すぐ!」
「うわー、どこぞの尼寺送りにする王子様みたいな突き放しされたー」
ピーピー鳴く芳野を放置して、晩飯の仕込みに入る。
まずは買ってきた鶏モモを広げて、ペーパータオルでしっかりと水分を拭きとる。実はこの工程はかなり重要だ。味の染み込みも、揚げあがりも断然良くなる。
お次は筋切りと余分な脂肪落としだ。これもやっておいたほうがいい。骨側の肉に深めに切り込みを入れて筋を切り、はみ出している筋もカット。皮と身の間の脂肪もこそげ取る。
そしてフォークを片手に二本握って、皮側から親の仇のように刺しまくる。
その後、肉を一口サイズより大きめに切り、ビニール袋にポイポイと放り込む。そこへ、醤油、酒、みりんをドボボーっと入れて、チューブのニンニクと生姜おろし、マヨネーズをニョローっと加える。胡椒もガリガリ入れておく。最後に、蜂蜜を甘くならない程度に垂らす。
空気を抜きつつビニール袋の口を締めて、こねこねしてから冷蔵庫にポイ。三十分ほど寝かせばいいだろう。
さて、下ごしらえは完了だ。
「「じー…………」」
ふと後ろを見ると、女子二人にガン見されていた。
「何だ?」
芳野は何故かハァハァしている。
「……料理を手際よく作る男の人って、なんかエロいですね!?」
「エロいかどうかはともかく……見入っちゃいますね」
「もう腹が減ったのか? しばらくかかるから、もう少し待っててくれ」
と言いながら、包丁やまな板、手をキッチリと洗う。カンピロバクターさんは厄介だからな。
「あの、それって、お酒、ですよね……?」
ミーシャがテーブルの上に置かれていた一升瓶を指さした。
「そうだぞ。おっと、米炊かないとな」
ぱぱっと米を研いで、釜に酒と少々の氷を入れる。
酒はニオイを抑え、甘みが増して粒立ちが良くなり、ご飯がふっくらする。氷はべとつきが抑えられ粒立ちが良くなる。どちらも似たような効果だが、両方やって悪いことはない。
炊飯器のスイッチを入れて二人を見ると、何故かニコニコしながらダイニングの椅子に座っていた。
特にミーシャは、一升瓶をじーっと見ていた。
「……飲みたいんだよな?」
「はい!」
ミーシャが実に良い笑顔で返事をした。
「まったく……ドワーフちゃんはしょうがないな。飯前だから、ちょっとだぞ」
コップに1センチほど注いでやる。
「これが、召喚勇者が追い求めた、お米のお酒……むほほほ……」
ミーシャがコップを掲げて面妖な笑い声を洩らした。
亜佳梨の記憶にありそうな気がしたが、あの子が日本酒を飲んでいたとも思えないので、初体験ということか。
しばらく透明な液体をうっとりと見つめていたミーシャが、一息にあおる。
「……スッキリしてて飲みやすいです。辛さの中にほのかな甘みがあって、とても清々しい後味です……これは、いいですね!」
なかなか飲ん兵衛なレポ、ありがとうございます。
「冷で飲むのが美味い酒だ。揚げ物にもよく合う」
「だから、これ買ってきたんですか?」
「それもあるが、俺の好みの酒だ。ダニエルやディアーネに飲ませてやりたくてな」
芳野が俺とミーシャをジトっとした目で見ていた。
「あのー、私には飲ませてくれないので? これって、何ハラ?」
「え? お前も飲みたいの?」
芳野はビールだのウィスキーだの、麦の酒ばかり飲んでいたので、てっきり日本酒は好みではないのだと思っていた。
「……仲間外れイクナイ」
「あーはいはい」
とりあえず、コップに5ミリほど注いでやる。
コップをあおった芳野は目を丸くして、
「うわー、辛い。でもすごくいい匂い。たしかに、揚げ物の脂っこさを綺麗に流してくれそうですね」
「だろ? てか、ミーシャは日本酒は買ってないのか?」
俺がそう訊くと、ミーシャと芳野は顔を見合わせて、苦笑いを浮かべた。
「実は、忘れてたというか、持てなかったというか……」
「え? 異次元収納って、100キロ入るんだろ?」
いくらなんでも、女子二人の買い物が100キロを超えるとは思えなかった。
「オーバーしたんです……」
ミーシャが恥ずかしそうに俯いた。
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