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お礼

 今のマンションに暮らし始めて、かいだことのない匂いで目が覚めた。

 どこか郷愁を誘う香りと……焦げ臭いニオイ。

 すわ、火事か!?

 一気に覚醒した俺は、跳び起きる。


「……!?」


 ソファの上に立ち上がると、キッチンに並ぶ二人の後ろ姿が見えた。

 小さいのと大きいの。ミーシャと芳野だった。


「あれー? なんか焦げてるんですけど……」

「火が強すぎますよっ」


 言うまでもなく、焦がしたのは芳野で、コンロの火を弱めているのはミーシャだ。

 予想通りではあるが、微笑ましいやりとりに頬が緩む。


「おはよう」


 ダイニングの椅子に座る。


「おはようございまーす」

「おはようございます、ご主人様。ちゃんと眠れました?」

「ああ、二人がキャッキャウフフしてんなーと思ってたら、すぐ寝たみたいだな」


 昨晩は二人を寝室のベッドに放り込んで、ソファに転がってすぐに寝てしまった。さすがに疲れていたようだ。


「えー、女子の内緒話を盗み聞きするなんてー、キモーい」

「聞かれたくないんなら、もっと小さい声で喋れよ……」

「むりー。女子は話し始めると、周りの世界は消失しちゃうんでー」


 心なしか、芳野の俺に対する当たりがきつくなったような気がする。

 もはや俺が会社に行くこともないから、遠慮しなくなったということか。

 俺的には明け透けに言ってもらったほうが楽なので大歓迎ではある。


「あの……どんなことを、聞きました……?」


 ミーシャが不安気に訊いてきた。


「エルフがどうとか、大きいとか小さいとか言ってたか? そもそもちゃんと聞き取れてないし、それぐらいしか覚えてない」

「なんだー、さわりだけかー」と芳野。


 どこかホッとした顔をするミーシャ。


「……そうですか」


 まぁ、女同士の会話を男に聞かれたくはないよな。

 その後、綺麗な卵焼きと、こんがり焼き過ぎた鮭、味噌汁という定番の朝食を皆でいただいた。

 体感時間で三カ月程度しか経っていないのに、懐かしさに涙が出そうになった。


 ミーシャと芳野は妙に仲良くなっていた。ギスギスされるより、百倍マシではある。

 可愛いと綺麗が仲良くしている様は、見ていて和む。

 綺麗といえば、ディアーネはもう回復しただろうか。ダニエルによれば、ダンピールは傷の治りが早いらしく、力の強い真祖を親に持つ兄妹は特に早いらしいので、俺たちが戻るころには綺麗に元通りだろう。たぶん、こっちの五倍ぐらい時間が経ってるだろうし。うん、帰ったら絶対殴られるな。


 食後のお茶を飲みつつダラダラしていたら、いい時間になっていた。

 日本に帰ってきて慣れ親しんだ自分の家に居たせいだろう、慌てて会社に行きそうになった。


「……習慣って怖いな」

「社畜精神、ここに極まれりですね」


 呑気に芳野がそんなことを言う。


「てか、お前もう遅刻だろ」

「今日はお休みにしました!」

「しました、て……大丈夫なのかよ」

「無駄な足掻きはしないことにしたんでー」


 いつぞや俺が言ったことだ。


「そこまで俺の教えを守らんでもいいぞ。しかし、よく休み取れたな」


 ニヤァっと芳野が面妖な笑みを浮かべた。


「女には伝家の宝刀があるんですよー。というか、もう抜いたんですけどね」

「なんだよそれ……」


 芳野は腹を押さえて、


「生理がきつくってー、アイタタタ……」

「えっ!?」とミーシャが驚く。

「あー、そりゃ男所帯のうちの部じゃ、それでも来いって言える人いねえな……」


 むしろ、女傑課長が幅をきかせている経理なんかは、逆に取りづらいと聞いたことがある。


「でしょ?」


 と芳野はこともなげに言って、茶をすする。


「芳野さん、大丈夫、なんですか?」


 ミーシャが心配そうに芳野に訊いた。

 俺は思わず吹き出してしまった。


「仮病だぞ、仮病」

「え……?」

「あは、ミーシャちゃん、可愛いー」


 どこか納得していない様子のミーシャがチラチラと俺の顔を見ながら、


「……そうだとしても、男の人に生理だって言うの、恥ずかしくないですか?」

「恥ずかしいとは思わないかな。キモい上司に知られるのはシネってなるけど、それでスムーズに休めるんだから、別にいいかなーって」

「いつの間に、こんなに強かになったんだか」

「先輩のおかげですよー。入ってすぐの頃に教えてくれたじゃないですか。聞かなきゃ教えてくれない制度が実はいっぱいあるから、上手く使えよって」

「……ああ、言ったな。というか、新人には必ず言ってるわ」


 俺と芳野は笑い合った。

 思えばこいつとは付き合いが長かったな。配置換えなしで、隣に座ってる長さは一番だった。

 ミーシャはそんな俺たちを見て、羨ましそうな顔をした。


「わたし、会社で働いたことがないので、ちょっと興味があります……」


 悪戯心が出た俺と芳野は、会社員残酷物語をとつとつと語った。

 ミーシャが会社員にはなりたくない、と言ったのは当然の流れだ。


「「ですよねー」」


 俺と芳野はそろって苦笑いを浮かべた。

 そんな他愛のない会話を三人でした後、俺たちはそれぞれが別行動をとることになった。


 女子二人は川に洗濯……ではなく、街におでかけ。

 俺は――狩りの時間だ。



    ○



「か、勘弁してくれっ! マジで知らねえんだよ!」


 繁華街の裏通り沿いの駐車場に、カラフルな頭をした若者たちが何人も寝そべっていた。

 お昼寝というわけではない。

 俺が膝を砕いたり、脛をへし折ったからだ。


「だったら、どこに居るか聞いてくれよ」


 俺がこいつらに訊いているのは、ニキビ跡とヒョロ長の居場所だ。

 ニキビ跡とは、俺から金を巻き上げた亜佳梨の義兄。ヒョロ長は、俺の頭をホームランして異世界送りにしてくれたバッターだ。

 ミーシャ――というか亜佳梨の記憶から名前や屯している場所を聞いて、それっぽい奴らに聞き込みをしたのだ。

 そして、聞き込み開始をして早々に、ここで寝そべっている奴らに囲まれたというわけだ。

 てか、こういう昼間っから街をぶらついているどうしようもい手合いって、実は結構居るんだなあ。リーマン時代は意識して視界に入れないようにしていたが、その気になって探すと出てくる出てくる。

 当然のように躊躇なく暴力をふるってきたわけだが、異世界仕込みの暴力で応じてやると、あっさり片が付いた。


「こいつで連絡とれるだろ?」


 うずくまっている茶髪でロン毛の若者の前にしゃがみこみ、相手の上着の内ポケットに収まっているスマホをコツコツとつつく。

 日本に戻ってきて、竜眼の使い方のコツをかなり掴めた。ヒムロに頼ることができないので、自力で試行錯誤を繰り返したおかげだ。

 マナがない世界ではあるが、それ以外のものならほぼ何でも見えるようになった。その気になれば、X線すら見える。一度、電波を視ようとして、視界が真っ白に染まったのはご愛嬌だ。

 目の前のロン毛のスマホの位置が分かったのは、電気の流れを見たからだ。


「………………」


 ロン毛はかなり迷っているようだ。

 後でニキビ跡やヒョロ長に、酷い目にあわされるとでも思っているのだろう。


「そうか、んじゃ居場所を聞きたくなるまで、数を数えるかー」


 ロン毛の右の小指を掴んで、軽く力を入れる。


「いーち」


 ペキャ。


「うぎゃぁぁ! ……聞く、聞くからっ!!」


 一しか数えられなかった。


 居場所が分かったのは、ヒョロ長のほうだった。

 ロン毛からスマホを奪い、SNSで連絡を取り合いつつ移動をする。

 まさか今やり取りしているのが、異世界帰りの殺した相手だとは思わないだろうなあ。

 いい話があるんで、人目につかない場所で二人っきりで話したいと伝えると、ヒョロ長はのこのこやってきた。

 そこは雑居ビルの隙間。

 リーマン時代なら、絶対に足を踏み入れなかった領域だ。

 落書きだらけのコンクリートの壁が向かい合い、エアコンの室外機が隙間を埋めるように並んでいた。様々な配管が壁をのたくり、換気扇のフードから油が垂れている。

 危険で暗く、汚くて臭いのまさに4Kな現場だ。ヒョロ長にとっては「きつい」ことになるだろうから、5Kでビンゴだ。


「……誰だ、テメエ?」


 向こうから歩いて来たヒョロ長が、俺の顔を見るなりそう言った。右手には金属バットが握られている。

 こいつ、普段からバット持ち歩いてんのかよ。危ねえ奴だなあ。職質受けたら、野球しに行くんですとでも言う気か。


「殺した相手の顔すら覚えてねえのかよ。頭ん中にボールでも詰め込んでんのか?」

「ああ? テメエみてえなデケぇ奴なんか……」


 俺の顔を睨みつけていたヒョロ長の目が大きく見開かれた。


「……!? 嘘、だろ……ありえねえ……!」


 そう言って、目をしばたたきながら後退る。

 そりゃ、自分が殺した相手が、真っ昼間から地面に足つけてコンニチワしてくりゃ、目を疑うってもんだ。


「なあ、俺をどこに埋めたんだ? 教えてくれよ。あの世から帰ってきたら、街中でよう……」


 半歩詰めると、半歩下がる。

 歯をガチガチと鳴らしていたヒョロ長が、思いっ切りバットを振り下ろしてきた。

 相変わらず、フルスイングに躊躇のない奴だ。

 軽く手で受け止める。

 金属バットなので、コンと音が鳴った。

 そのままグッと力を入れると、ベキャっと鳴ってバットが割れた。硬いアルミなので、潰れつつも割れたようだ。

 驚愕に目を見張ったヒョロ長は、慌てたようにバットを手放し、背を向けて逃げ出した。


「〈瞬脚〉」


 逃げるヒョロ長の横を〈瞬脚〉ですり抜け、


「忘れもんだぞー」


 振り向きざまに割れたバットを打ち付ける。

 左の肘を砕かれ、壁に叩き付けられたヒョロ長がコンクリートの地面を舐める。


「ぎぃゃあああ!」


 腕を抱えてのたうち回るヒョロ長を踏みつける。


「自首して、俺の死体を掘り返してくれよ。そうすりゃ、お前の頭を潰さないでやるからよ」


 口から泡をこぼしながら振り向いたヒョロ長の目には明確な恐怖の色。


「できないと思うか? 俺は地獄から帰ってきたんだよ」


 と言って、俺は手に持っていた金属バットを腕の力だけでへし折る。


「じ、自首します、自首しますから、殺さないで、殺さないでくださいっ!」


 殺しはしない。殺してしまったら、俺の埋まった場所や、亜佳梨のことが明るみにならないからな。


「よし、約束だぞ。契約成立だ。お前は自首する、俺はお前を殺さない。立派な取引だ」


 ヒョロ長の右手をとる。

 握手のついでに、握り潰す。


「ひぎゃああああ!」


 バットのグリップぐらいの細さになった。

 もうバットは振れないだろう。

 のたうち回っていたヒョロ長を壁に蹴り飛ばし、


「ところでよ、ニキビ跡の金髪野郎は、どこにいるんだ?」


 俺がそう訊くと、ヒョロ長は呆けた顔を俺に向けてきた。

 脳内麻薬が出過ぎて、ラリったかな。


「あ……あいつは……事故って死んだ……」

「は……?」


 ニキビ跡は泥酔状態で車を運転、川と道路を間違えて車ごと川にダイブしたらしい。

 間抜けな上に、はた迷惑な死に方だ。

 クソ野郎にはお似合いの死に様か。


お読みいただき、ありがとうございます。

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