三行半
本日は、複数話投稿しております。
前話をお読みでない方は、前話もお読みいただきますよう。
「なんだー、つまんない。もっと探せば、ムフフな玩具とか出てくるかな」
芳野はアホなことを言いつつ、タオルターバンを外し、おもむろにドライヤーで髪を乾かしはじめた。
ドライヤーまで持ち込んでやがったのか。
「……そんなもんまで置いてたのかよ。てか、お前もうここに住めよ」
俺がそう言うと、芳野はドライヤーを動かす手を止め、
「まさかの、プロポーズ、キター!」
「……そうだな。俺は明日でお前を捨てていくけどな」
「秒で三行半、キター……」
「俺は死人だからな。頑張れよ、未亡人」
「でも未亡人って響き、いいですねー。イケナイ感じがします」
俺はアホな言葉に呆れつつも、少しだけ真面目な顔をする。
「冗談じゃなく、ここに引っ越してもいいんじゃないか。お前今一人だろ。実家のアパートは持て余してんじゃないのか?」
芳野の今の住まいは、かなり広めの2LDKだったはずだ。家族で暮らすにはいいかもしれんが、独り身には広すぎる。
芳野はふっと視線を下げた。
「……はい。部屋は余ってますね……家賃も独り身にはちょっと高いですし」
「ここに住めよ。大家さんから鍵を借りるぐらい仲良くなってんなら、問題なんかないだろうし。あと、たいした額じゃないが、俺の遺産も受け取って欲しい」
泣きそうな顔をした芳野が、
「え……いやです……いりません。そんなの欲しくないです」
「後のことを任せるお駄賃だと思ってくれ。異世界に金を持っていく意味はないからな。使ってくれよ」
芳野はポロポロと涙をこぼしはじめた。
「そんな話、聞きたくありません!」
そう言って、芳野は立ち上がってキッチンに向かった。
おもむろに冷蔵庫を開けて、
「……あれ? ビール減ってる」
「お前かよ、入れたのは」
ビールを三本抱えた芳野が戻ってきて、俺とミーシャに手渡す。
「んじゃ、再会を祝してカンパーイ!」
さっきまで泣いてたはずなんだが、もう楽しそうな顔でプルタブを引いていた。
喜怒哀楽がはっきりしているというか、切り替えが早いというか。バチンバチンと感情が切り替わる奴なのは相変わらずだ。感情をあまり引きずらない上に忘れっぽいので、うじうじ悩むこともない。
精神的にタフな奴ってのは、こういう特性を持っているんだろうな。
乾杯といってもビール一本の質素なものだったが、少しばかり楽しい時間を過ごせた。
芳野のアホ話が大半だったが、ルフリンでの冒険話をしてやると、たいそう喜んだ。
とはいえ、飲み始めたのが深夜だ。ビールが空になった頃には三人ともぼんやりとしはじめ、真っ先にミーシャが船を漕ぎはじめた。大人と言い張ってはいるが、所詮は十代の小娘だ。
「芳野、ミーシャを頼むよ」
「はいはーい、ミーシャちゃんをベッドに放り込んで、私と先輩がソファーですねー」
俺は寝落ちしたミーシャを抱え上げて寝室へと向かう。
「お前もベッドで寝ろ。セミダブルだし、ミーシャはちんまいから問題ない」
「えー、だったら、ミーシャちゃんをソファに寝かせて、私と先輩がベッドで寝ましょうよー。私はここのベッド寝慣れてるんでー」
「いちいち問題の出そうな言い方するんじゃない」
「許しません……」
俺に抱えられていたミーシャがボソッと言った。
「あ、起きちゃった……」
「さすがに起きますよっ」
ピーピー言ってる女共を寝室に詰め込んで、俺はいつものようにソファに横たわる。
「ふーっ」
今日は、いくら何でもいろいろありすぎた。
まさか最後の最後に芳野の襲撃を受けるとは想定外にもほどがある。
ただ、芳野のことは気にはなっていた。上司なのにいきなり放り投げていなくなったのだ。悪いことしたなーっと思っていたのだ。
とにかく、伝えるべきことを伝えられてよかった。
ミーシャ、というか亜佳梨の最後のお願いには参ったが、芳野のおかげで事なきをえた。
助かった――こんなことを思ってしまう俺は、甲斐性のない男なんだろうな。
○
ミーシャは芳野共々、ご主人様のベッドに押し込まれてしまった。
「……ふぅ」
溜息をつきつつ、ミーシャはベッドに腰を下ろす。
仕方がないとは思う。女子二人がベッドで寝て、男のご主人様がソファで寝る。この組み合わせしかありえないというのは理解できる。できるが、押しかけてきた芳野こそがソファで寝るべきなのだ……と思いもする。
とはいえ、迫っておきながら、中断というか終わったというか、立ち消えになった状態で、同じベッドに入ってそのまま寝られるかといえば、たぶん無理だ。早く朝になれ、と念じながら朝まで寝られないことになる。
「うん、しょうがない……」
ミーシャは自らの結論を口に出した。
「まぁ、しょうがないよねぇ」
隣に腰掛けた芳野も同じように溜息混じりでそう言った。
黒目がちで切れ長の目が伏せられ、黒くて長いまつ毛が良く見える。日本人にしては珍しく、横顔がとても綺麗だった。
ディアーネをフランス人形とするなら、芳野は日本人形だ。顔の造形が派手目なディアーネに対して、芳野は日本人らしいスッキリとしたパーツで構成されている。どちらにも共通して言えるのは、顔面偏差値がとても高いということだ。
ご主人様は、よくもこんな美人に言い寄られて平気でいられたものだと思う。
というか、あれだけあからさまに好意を向けられているのに、一向に気づいていないのはある種の才能だ。
「近くでガン見すると、めちゃくちゃカワイイね、ミーシャちゃん」
「ふぁ?」
いつの間にか、芳野と見つめ合っていた。
眼鏡をかけていないからだろう、目をすがめて、まるで睨みつけるような表情だった。
「ちょっと日本人離れしすぎじゃないかな?」
「えっと、もう日本人じゃないですし……」
ミーシャがそう言うと、芳野はケタケタと笑った。
「そんなに日本語上手なのにねー、笑えるー。はー、私もエルフとかに転生したいわー」
「芳野さん、十分エルフっぽいですけど? 耳を長くするだけでエルフで通じますよ」
「ほーん? 見たことあるんだ」
「はい、細くて背が高くて綺麗ですよ」
少しばかり考える顔をした芳野が、
「……んーと、やっぱ、ここは小さいのかな?」
と言って、ミーシャの胸をモミモミした。
「うわ、やべー、あれで着痩せしてやがりましたよ、このケシカラン奴は!」
「ちょっ、やめてくださいっ!」
ペシっと芳野の手を払う。
ディアーネといい、芳野といい、どうしてこう細い女の人は自分の胸を触ってくるのだろう。肝心のご主人様はチラチラ見るだけで、手を伸ばそうともしないのに。
「ああん、もっと堪能させてよー」
「ご自分ので堪能してください」
「自前のはちょっと物足らないんだよねぇ……」
「胸の筋肉を鍛えるといいんじゃないですか?」
と言いつつも、鍛えに鍛えまくっているはずのディアーネのミカンちゃんを思い出し、無責任なことを言ってしまったなと軽く後悔した。
「話を戻すけどさー、エルフってやっぱ小さいの?」
「そうですね、大きい人は見たことないですね」
「なんだー、じゃあエルフやめー、私もドワーフにする。オッパイ大きくして先輩をメロメロにするんだ」
まるで胸を大きくすればご主人様を籠絡できると言わんばかりの口ぶりに、ミーシャはカチンときた。
「それぐらいじゃ、メロメロになってくれませんからっ」
とぼけた顔で芳野は首を傾げた。
「そうかなあ? 先輩って、ミーシャちゃんを見るときすんごい優しい目をしてたし、いっつも気にかけてる感じがする」
「そうですね。いつも優しいですし、気にかけてくれます。でも……女としては、見てくれません……娘か、せいぜい妹です」
妹といえば、ディアーネも同じような立ち位置だ。彼女は彼女で素直じゃない所があるが、傍から見ればご主人様に好意を寄せているのはバレバレだ。ただやはり、ご主人様からの扱いは「親友の妹」とか「同級生」レベルではある。
もっとも、当のディアーネも自分の気持ちを理解していない節がある。気づくのは時間の問題ではあるだろうけども。
ミーシャの言葉を受けて、芳野が苦笑いを浮かべた。
「あー、分かる……私もずーっと、後輩で固定だったからさ……一応聞くけどさ、ミーシャちゃんって、先輩に惚れてるよね?」
「それは……はい、ほ、惚れてます……」
ミーシャは自分の頬が熱くなるのを感じた。
他人に正面からはっきりと言ったのは初めてのことだ。
追いはぎから助けられ、召喚勇者であると教えてもらった時から、淡い恋慕は抱いていた。
幼いころからの憧れであった召喚勇者に命を救ってもらったのだ。しかも、その勇者様は下品な視線を寄越すこともなく、ただ純粋に気にかけてくれた。そのことにどれほど救われたことか。
ご主人様に「買い取り」という救済を受けてからは、一生この人についていくのだと心に誓った。
むしろ、奴隷という立場は、一緒にいる理由としてはかなり強いものだ。下手な恋人関係などより、よほど別れるのに手間がかかるし、精神的なハードルも高くなる。奴隷と別れるということは、物理的に「捨てる」か「売る」しかないのだ。
打算と言われれば、そのとおりだ。計算の上での奴隷なのだから。もっと言うなら、あのご主人様なら奴隷だからといって非道な扱いをするわけがない、という確信もあった。事実、冒険をするようになっても、雑な扱いを受けたことはただの一度もなかった。自分が奴隷身分であるということを忘れるほどに。
共にすごせばすごすほど、恋慕はつのっていった。
ただ、それは体の芯が疼くような、身を焦がすような恋慕ではなかった。ほぼ憧れ成分で出来た、色の薄いお子様の恋。まさに、淡い恋心。
だが今は――違う。亜佳梨の記憶が戻ってから、文字通り色がついた。ついてしまった。
「でゅふふー、ミーシャちゃんって、実はムッツリさんなんだねえ」
芳野が探るような視線を向けてきていた。
頬どころか、顔全部が熱くなった。
「……い、いけませんか?」
「いいよー、いいよー。その色気は男を狂わすと思うよー」
「芳野さんだって、素敵じゃないですか……」
ミーシャがそう言うと、芳野は微妙な表情を浮かべた。
「男をその気にさせる色香って、実は、綺麗とか素敵じゃないんだよねぇ……上手く言えないんだけど、欠落? アンバランス? そういう非対称性が必要なんじゃないかなーって」
「すごく……難しいことを言うんですね」
「一応これでも大卒なんですけども……」
「えっ、うそっ!?」
素直なミーシャの反応に、芳野は噴き出した。
「あは、ミーシャちゃんって、素でナイフ刺してくるタイプー。おもしろー」
「ごめんなさい……」
「うーん、カワイイ。素直で可愛くてエロいかー。強敵だなー」
ぐりぐりと頭を撫でてくる芳野に、ミーシャはご主人様とは違う暖かさを感じた。ご主人様の無骨な手と違って、細くて柔らかかった。
もし、姉がいたら、こんな感じなのだろうか。
「あはは……もうちょっと時間があったら、私でも先輩をその気にさせられたのかなぁ……」
どこか哀愁を漂わす芳野に、ミーシャは思い切って聞きたかったことを尋ねた。
「芳野さんは……わたしを、恨んでいないんですか?」
キョトンとした表情を浮かべた芳野は、
「へ、なんで?」
「わたしに――亜佳梨に関わったばっかりに、先輩が……死んでしまったんですよ?」
芳野はぐっと奥歯を噛みしめ、
「……そんなことしたら、私は先輩を好きって言えなくなる。だって、あの先輩だよ。可哀想な子を見つけちゃったら、放っておけないよ。だからね、死んだのは先輩のせい。脇の甘い、先輩の自業自得」
泣きそうな顔で芳野はそう言って、凍えたように自らの体を両腕で抱きしめた。
「もし、私が先輩をさっさと押し倒してれば……もし、私がちゃんと仕事が出来て、あの日先輩が終電のがさなければ……先輩は今も私の隣にいたのかな」
「芳野さん……」
「私のせいなのかなって、不安になるんだ……もしかしたら、私って、死を運ぶ悪い女なのかなって。だって、私の大事な人がポンポン死んじゃうんだもん……」
ミーシャは心臓を冷たい手で触られたような気がした。
この人も同じだ。同じように思ってしまったのだ。
でも、それは違うのだ。半歩を踏み出せなかった、ボタンを一つかけちがえた、そんな些細なことで人は後悔を抱えてしまう。そう思ったところで、苦しさはなくならないし、何も解決しないのに。なにより、相手はそんなこと微塵も感じていないのだ。
「ダメ……それは思っちゃダメなことなんです……ご主人様は、そんなこと思いもしません。だから、その考えは捨ててください」
ミーシャは、芳野をギュッと抱きしめた。
「……でゅうへへへ、オッパイやっこくて気持ちいいー」
「もうっ」
ミーシャはペイっと芳野を突き飛ばす。
芳野はベッドに仰向けに倒れ、目元を腕で隠した。
「ありがとう、ミーシャちゃん……」
その声は少し涙声になっていた。
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