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襲撃

 突然のチャイムの音に、文字通り二人して飛び上がった。


 こんな夜更けに呼び鈴を鳴らすような知り合いなど居ない。

 冒険者を三ヶ月もやっていたからか、体も心もすぐさま「戦闘モード」に入った。

 ミーシャには寝室に潜んでもらい、何かあった際には援護(物理)をするよう伝えて、そっと戸を閉じる。

 俺は何か武器になるものを探したが、そもそもそんな物はあるわけがなかった。というか、徒手でも十分な殺傷能力はある。日本なら無双できるレベルだ。

 警戒レベルを最大に上げて、ゆっくりと玄関に向かう。

 ドアにはまっているピープホールを覗こうとして――。


 ガチャリ。


 ドアのサムターンが回った。外から、鍵で開けられたのだ。

 そこで俺はハッと気づいた。

 まさか、大家さんなのか。灯りが点いているのを見られたのかもしれない。だとすると、どう言い訳をすべきか……。

 そんな俺の迷いなどお構いなしに、ドアが開いた。

 眼鏡と長い黒髪が見えたと思った瞬間、


「先輩っ!」


 と言って、ドアの外に立っていた人が俺に突っ込んできた。

 思わずカウンターを出しかけたが、すんでのところで拳を引っ込める。

 この声は聞いたことがある。いや、そんなレベルではない。ほぼ毎日聞いていた声だ。


「……芳野、か」


 会社の後輩であり、部下でもあった、芳野涼香(よしの すずか)だった。


「ああっ、本物だぁ……! 良かった、良かったぁ! ふええぇぇぇ……」


 芳野は俺に抱き着いて、泣き始める。

 艶のある長い黒髪の隙間から見える端正な顔が、涙に濡れていた。


「あれ? なんか、でっかくなってません? 心なしか、イケメンになってるような……」


 涙を流しながらも、俺の胸にすがりついて顔をじっと見上げてくる芳野。

 なんか近くないですかね。というか、俺たちってそんな仲だったっけ?

 真面目で根性のある部下だったので、何かと面倒を見たし、助言を与えてきた。もっとも、それ以上に叱りつけたことのほうが多い。さすがに、クソ部長のように人格否定するような叱り方はしてないつもりだが、ギャン泣きとまではいかないまでも、涙目にしたことは数知れずだ。嫌われこそすれ、好かれるような要素はなかったはずなんだが。

 それよりも、だ……。


「何でお前、うちの鍵持ってんの?」

「それは……恋人だからです!」

「なんて?」


 俺の耳がおかしくなったのかと思った。

 意味が分からないにも程がある。俺がいつお前の恋人になったというのだ。まったくもって、記憶にございませんだ。

 そもそも、好きとか嫌いとか、そんな話をしたことすら無かったろうが。好きな食い物とか、好みの女性のタイプとか、休日に何やってるのか訊かれたぐらいだぞ。それぐらいで、こいつ俺に気があるのか――なんて、中学生じゃあるまいし。中学生ならまだいい、会社でそれやったらセクハラだ、セクハラ。


「……端的に説明しろ」


 いつものように、会社の上司口調で芳野に訊く。

 芳野は俺の言葉が気に入らなかったのか、眼鏡を指で押し上げながら唇を尖らせた。


「捜索願い、出すのに必要だったからです。私から名乗り出たんですよ」

「ああ、そういうことかぁ……」


 捜索願いは基本的には近親者しか出せない。

 友達や後輩では駄目なのだ。例外は、恋人や後見人といった、縁の深い他人だ。


「……それなら、おやっさんのほうが、よかったんじゃないか?」


 おやっさんは会社の取締役でもあるし、俺の身元保証人でもある人だ。既成事実すらない恋人なんかより、よっぽど説得力がある。

 芳野はさらに唇を尖らせて、


「よかぁないです!」


 何が気に入らないのか、俺の胸をポカポカ叩きはじめた。


「なんでだよ……てか、口からでまかせで、大家さんから鍵を借りたんだな?」


 むっすうとした顔で、芳野は頷いた。


 ミシ、ミシミシ……。


 背後から、木が潰れるような音が聞こえてきた。

 ちらっと後ろを振り向くと、寝室の引き戸から顔を半分だけ出したミーシャが、ガラス玉の目でこっちを見ていた。ミシミシいってたのは、ミーシャが引き戸を握り締めている音だった。さすがドワーフ、合板なんか目じゃないぜ。

 というか、何故に引き戸を粉砕しようとするのだろう。


「えっ!?」


 さすがに、芳野も気づいた。

 俺とミーシャの顔を三往復ほど見返して、


「まさか……あの子を買いに、海外に行ってたんですか!?」


 すごい発想してんなあ、とちょっと感心してしまったが、こいつは俺を何だと思っているのだ。

 とはいえ、微妙に合ってるのが心臓に悪い。俺が「買った」し、異世界という「日本じゃない」場所に行ってたからな。


「ちげえよ。ちょっと複雑な事情があってな」


 さて、どう説明したものか。

 ぶっちゃけ、洗いざらい正直に話すしかないとは思っている。

 俺たちは死人だし、あと24時間でこの世界から消え去るのだ。後を託すことを考えれば、嘘偽りなく伝えたほうがいいだろう。

 芳野は穴を開ける勢いでミーシャを見つめていた。


「……背が高くなくて、ふんわり可愛い系の顔で、黒髪じゃなくて、髪が長くなくて、眼鏡かけてない。まさか、アレ、ほんとだったんですかっ!?」

「何言ってんの、お前?」

「先輩、前言ってたじゃないですか、そういう子が好みだって」

「んなこと言ったっけ……?」


 言ったような気がする……。

 というか、それ訊かれたときに、目の前に居る芳野の逆パターンを言っただけなんだよな。

 芳野はディアーネやミロほどではないが、日本人女性にしては背が高い。びっくりするぐらい整った顔に、黒くて長い綺麗な髪。お洒落な眼鏡が端正な顔によく似合っていて、INT値の高さを想像させる。

 要するに、眼鏡美人だ。

 社内でも屈指の綺麗所に、滅多なことは言えない。ちょっとでもセクシャルな事を漏らそうものなら、「はいセクハラー」って言われて針の(むしろ)に座らされるに違いないのだ。それに、芳野を狙っている男が多かった。そんな男たちの足の引き合いレースに参加する気など、毛頭なかった。


「ていうか、あの子、子供ですよねっ!? まさか……そんな……」

「違うから、違うからな!」


 イエスでノータッチな手合いと一緒にされてはかなわん。俺にその気はない。

 俺が手招きすると、ミーシャは恐る恐る寝室から出てきて、俺の斜め後ろに立った。半分ぐらい、俺の背中に隠れているが。


「この眼鏡っ子は、俺の部下だった芳野涼香な」


 芳野がピコっと頭を下げると、ミーシャも同じようにチョコっと頭を下げた。


「んで、このちんまい子は、ミーシャな。これでも18歳だぞ」


 俺がミーシャの頭にポンと手を乗せて紹介すると、芳野はミーシャの胸をガン見していた。


「で、でかい……身長で圧勝してるのに。なんか、とてつもない敗北感に襲われるんですがっ?」

「ああ、負けてるな」


 ミーシャがさっと俺の背に隠れた。


「なるほど、先輩が幼女趣味でないというのは良く分かりました。オッパイなんですね? やっぱり、男ってオッパイなんですねっ!?」

「ああ、オッパイだな」


 俺の背に張り付いているミーシャが、ビクリと身を揺らした。


「先輩、前から思ってるんですけど、受け答えが雑じゃないですか?」

「お前に合わすとこうなるんだよ……」

「なんでっ!?」


 愕然とする芳野に肩をすくめていると、ジャージをちょいちょいと引っ張られた。

 いつのまにかミーシャの瞳は、ガラス玉から綺麗な菫色に戻っており、むしろキラキラと輝いていた。頬もほんのりと赤い。


「……あの、わたしって、好みのタイプなんですね?」


 「ですか?」ではなく、「ですね?」と確認の問いときたもんだ。

 まったく、ダメな部下のせいで、あらぬ勘違いをさせてしまった。


「違う」

「ぇぇぇ……さっき、芳野さんが、そうだって……」

「こいつの言うことを真に受けるな。薄々勘付いてるとは思うけど、切れ者っぽい見てくれに反して中身はポンコツだからな」

「うっわ、酷くないですか!?」


 芳野が異議申し立てをしてきたが、棄却する。

 一言で言うなら、こいつは「抜け作」だ。整った顔と眼鏡だけでINT値が高そうとか判断してはいけない。「見た目詐欺」なのだ。それでも、性格は前向きだしタフな精神を持っていたので、有能(・・)ではないが部下としては優秀(・・)だった。

 ミーシャは、しゅんとして、


「……やっぱり、そうでしたか」

「あるえ? わずか数分で、私の株価ストップ安?」

「いや、芳野株に値幅制限はない」

「紙屑になるじゃないですかー、ヤダー!」

「な……?」


 俺が呆れ顔でそう言うと、ミーシャは無言で頷いた。


「てか、先輩、私のブラックマンデーはどうでもいいんで……どうしていなくなってたのか、説明してくださいよ」


 芳野はそう言って、俺を見上げた。


お読みいただき、ありがとうございます。

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