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 温もりを感じた。

 すべすべしていて、柔らかな感触。すぐそこにあるという確かな重み。

 感じたことのない安堵が胸中に満ちる。

 俺の胸の中にすっぽりと納まる温かい存在に手を伸ばす。さらりとした毛が指の間を抜けていった。

 ああ、アルバか。またこいつは俺の布団に潜り込んで……。


「んなわけあるか」


 ここにアルバがいるわけがない。一瞬で覚醒した。

 俺の胸の中には、毛玉ならぬ、肉玉……言ったら殺されそうなので言わない。生まれたままの姿のミーシャが、俺に寄り添うように丸くなって寝ていた。

 マッパですよ、マッパ。十八歳の娘さんが、裸で俺の胸の中ですよ。

 夢かな?


「……ミーシャなら俺の隣で寝てるぜ。って、あほか」


 スースー気持ちよさそうに寝ているミーシャを起こさないよう、そろりと抜け出す。

 リビングのレースカーテン越しに見える空は雲一つなかった。そして、ほぼ真上に輝く太陽。

 朝どころか、昼だこれ。

 冷蔵庫を開けてみたが、ほぼ空っぽだった。そもそも足の早い食べ物はあまり買わない。味噌とバター、細々した調味料ぐらいしか入っていない。あとは、缶ビールが四本……あれ、こんなに買ってたかな?

 ひとまず水をたんまりと飲む。失った血を少しでも戻さないとな。

 さすがに何か腹に入れないとマズいかと思い至った。

 米はある。とりあえず、飯でも炊くか。


「ご主人様っ!」


 全裸のミーシャが寝室から飛び出してきて、俺に全力で抱き着いてきた。


「こっそりいなくならないでください! ちょっと怖くなったです……」

「とりあえず、服を着ような……?」


 ミーシャに用意していた服を着せてみたが、インナーはともかく、スウェットは大きすぎてどうにもならなかったので、袖口を輪ゴムで軽く縛った。

 逆に俺は、着慣れたはずのジャージから手足がにょっきり出ていた。やはり、体が大きくなっていたのだ。


 ぶっかぶかで、裾がだだ余りの俺のスウェットを着たミーシャが、ソファでボヘーっとテレビを見ている。

 つけた瞬間こそ驚いたものの、召喚勇者の逸話によく出てくるモノらしく、感激しつつもすぐに慣れてしまったようだ。「箱の中に人がー!」のお約束を期待したのだが、叶わなかった。


「……こっちは十月なんですね」


 テレビを見ていたミーシャがボソッとそんなことを言った。

 その言葉に、俺はたいそう驚いた。


「なんでだよ……ルフリンで三カ月は過ごしたろうが……」


 テレビを見てみれば、確かに十月末の天気予報をしていた。

 俺が頭をホームランされたのは十月のはずだ。上期を終えてヤレヤレな職場の雰囲気は、昨日のことのように覚えている。

 だが、今が十月だと言われれば納得するしかない。かなり低めではあるが、とても真冬の気温ではないからだ。こっちと異世界で時間の流れる速度が違うのだろう。この部屋がそのままだったのも納得だ。行方不明とはいえ、一ヶ月も経たないうちに強制撤去することなどないはずだ。


 ともあれ、飯である。

 まともな食材は米しかないが、日本人は米を食ってればなんとかなるのだ。

 冷蔵庫内の敷物と化していた焼き海苔を大皿の上に広げて、ご飯を平たく載せる。その上に、鰹節パックを一パックどばっと。そこへ醤油をピッピッと振って、マヨネーズをニョローっとかけて、バターを薄くスライスしてポン。黒胡椒をガリガリと全体にふりかけ、さらにご飯を載っけて焼き海苔をパタパタとたためば、おかかマヨおにぎらずの完成だ。味変として、鰹節の上から醤油、みりん、ゴマ、黒胡椒を振りかけた、おかかゴマおにぎらずも作る。ゴマと胡椒を多めにしたほうが俺は好きだ。

 おまけとして、インスタントの味噌汁も付けた。ミーシャが味噌の味をどう感じるかは未知数だが、不味いとは言わないだろう。たぶん。

 結局、二人してモフモフと食いまくり、追加でさらに作りつつ、炊いたご飯を食い尽くしてしまった。

 四合も炊いたんだけどな……。お互い、ほぼ丸一日何も食べてなかったから仕方ないね。


 腹も膨れて、人心地ついたところで、俺は最初のミッションをこなすことにした。


「よし、ミーシャ、服を買いにいこう」

「服、ですか?」

「いくらなんでも、その恰好は駄目だろ」


 ミーシャは、ダボダボの衿ぐりを上げてスーハーしながら、


「…………着心地いいですよ。良い匂いもしますし」

「ダメダメ、そんな恰好じゃ外に出れないぞ」


 サンダル二足を手にして、ぐずぐずしているミーシャを小脇に抱え、リビングの掃き出し窓から外に出る。

 一階の部屋だけに、ちょっとした庭がある。低めの柵の向こうはこの辺の人しか歩かない、細い生活道路だ。軽く柵を飛び越えて、手を引いて歩きだす。

 ミーシャは最初こそ渋っていたものの、一緒に歩けばすぐにご機嫌になってくれた。


 やってきたのは、幹線道路沿いにある赤レンガの壁をした大規模服飾店だ。

 大きな店なので、服の種類もサイズも豊富だ。

 最初こそ怪しげな二人組ということで店員の注意を引いたが、恰好が変なだけで普通に買い物をしていると理解されてからは特に視線は感じなくなった。もっとも、ミーシャの顔を見て振り向く客のほうが多かったが。

 当のミーシャはと言えば、そんな視線などお構いなしに、目をくわっと開いていろいろと物色していた。

 さすがに一人にするわけにもいかないので、ずっと一緒について回ったが、下着コーナーで「どっちがいいですか?」と訊かれたのには参ったが。もちろん、ミーシャに似合いそうな方をチョイスした。こういうときに「どっちでもいい」は禁句だと会社の後輩から教わったからな。

 ちなみに、俺の服はミーシャが選んだ。

 ミーシャの隣にいても、おかしくない恰好で頼むと丸投げした。ふんすふんすと鼻息も荒く、あれやこれやと服をひっ掴んでは、俺の体にペタペタしていた。

 そうして、籠に山と積まれた服を買い、試着室の前で店員に着て帰る旨を伝え、タグを取っ払ってもらって、いざ変身。

 着て来た服はリユース箱に放り込む。そもそも、全部ここで買った服なので何の問題もない。


 そして、試着室から出てきたミーシャは、軽くヤバかった。


「こりゃイカン……」

「え!? 駄目、でした……?」

「ああ、ごめんごめん、そうじゃないんだ。あまりに可愛いすぎてな……」


 ツイードのキュロットスカートに、厚底で重めの印象を受けるショートブーツ。スカートと靴の間に挟まれた肌色空間が眩しい。狙ってるのかと言わんばかりの、タートルネックのニットに軽めのアウター。それらを暴虐なマシュマロさんが、押し上げていた。

 ミーシャは満面の笑みを浮かべた。


「でへへへ」


 笑顔が可愛くて大変結構。


「むしろ、俺が職質受けそうだなって」

「ああ……幼女略取でタイーホってやつですか?」

「もしかして、そんな召喚勇者がいたのか……?」

「……いたそうです」


 召喚勇者って、ろくでもないのしかいないのな……。

 まあ、ミーシャに関して言うなら、このリトルダイナマイツなスタイルで幼女は無理だ。


「ご主人様も、素敵ですよ」

「ありがとう。ミーシャが選んでくれただけあって、バランスいいな」


 薄茶色のチノパンにスニーカー。シンプルなカットソーに薄手のジップアップジャンパー。目立たないよう地味目にしてもらったが、とてもまとまりがいいし、ミーシャの服との色合いも揃っている。

 あとは、伊達メガネで軽く変装気分だ。


「うん、これで普通の日本人に……見えねえ……俺はともかく、ミーシャがやべえ」

「ご主人様も、かなり目立ってますけど?」

「190あるもんな……」


 ここのメジャーで計ったが、190センチもあった。転生前と比べると、15センチは伸びてるのだ。そりゃ、ジャージから手足が飛び出しますよ。


「わたしは、すこし厚底の靴にしましたから、身長の差はちょっと縮まりましたね」


 と言いながら、ミーシャが手を上げてピョンピョンしていた。

 ちょっとカワイイ。


「身長差は、50センチ超えてるもんな」

「超えてませんってば!」


 身長140センチとミーシャは言い張っているが、実は139センチしかないことを俺は知っている。

 ぷりぷりしているミーシャの頭をヨシヨシと撫でる。とても撫でやすい位置にあるので、つい撫でくりまわしてしまう。

 ミーシャの恰好は、装飾の少ないありふれたシルエットのシンプルな服だし、地味目の色をチョイスしているので華やかさはない。だが、素体が良すぎて全体からキラキラオーラがにじみ出ていた。

 てか、この子、無茶苦茶カワイイんだな。

 ルフリンだといつもやぼったい冒険者スタイルだったから、ここまでキラキラするとは思ってもみなかった。そして俺は自分の落ち度を思い知らされた。せっかくの花を、花と認識していなかった唐変木野郎だということを。

 ミーシャにカワイイ恰好をして街を闊歩する自由を与えていなかった。異世界とはいえ、やらかしまくりの召喚勇者のおかげで、服飾関連は意外と現代に近いのだ。年齢はともかく、見た目の印象が近いディアーネという友人もいるのだから、もっと年相応の娯楽を満喫させるべきだったのだ。


「……よし、せっかくだし、どっか遊びに行こう!」


 平日の昼間なら、会社の元同僚とばったりなんてこともないだろう。


「え? いいんですか!?」

「どうなるか分からんし、遊べるうちに遊んどいた方がいいかと思ってな。嫌か?」


 ミーシャは全力で首を横に振った。



    ○



 現金もスマホもないので、幹線道路をテケテケと歩いてショッピングモールへとやってきた。

 いやしかし、日本人離れした美少女にピンクブロンドの髪と菫色(バイオレット)の瞳は目立ちすぎるね。

 男女問わず振り向き率が百パーセントだったわ。もっとも、隣に立ってる俺を見上げてすぐに視線を逸らしたけども。

 各種テナントにスーパー、映画館まである巨大な施設だが、平日の昼間ということもあり、客足はまばらだった。


「映画!? 映画を見たいですっ!!」


 ミーシャの猛烈なリクエストにより、映画を見ることに。

 夏休みは終わってるし、年末まで日があるということで、超大作的な映画はなかったが、ミーシャの選んだ映画は、青い猫型ロボットが出てくるアニメ作品だった。もっとも、29年日本で生きた俺だが、この猫型ロボットのアニメを映画館で見たことはなかったので、お互い初体験だった。

 腹は膨れていたので、ドリンクと小さめのポップコーンを買う。


「ふおぉぉっ。これが、ポップコーン!」


 目をギラつかせ、ポップコーンを頭上に掲げて雄たけびをあげるミーシャがオモシロカワイイ。

 館内はガラガラだった。ほぼ貸し切りで、ど真ん中に陣取った。

 映画の内容はまあ、可愛い話だった。ミーシャは何故かボロボロ泣いていたが……。俺の感性がオヤジ化してしまったということなのだろうか。微妙にショックを受けた。


 映画を観終わって、あてもなく店を冷かしているうちにいい時間になったので、ミーシャのたっての希望により金色アーチのファーストフード店に入る。


「これがファーストフード! ハンバーガーとフライドポテト! コーラ!」

「うん、そうだな……」


 せっかくなので、サイドメニューも盛大に頼んだが、ミーシャはそれらをすべて食い尽くした。

 今日ぐらいはいいか、と生暖かく見守ることにした。


「そうだ、ミーシャ、晩飯は何がいい?」


 空になったポテトの紙の器を名残惜しそうに眺めていたミーシャが、パッと明るい表情を浮かべた。

 まだ食う気満々だな、このお嬢さん。

 しばし考えを巡らせたミーシャは、


「…………オムライスが、いいです」


 と言って、何故だか泣きそうな顔をした。


お読みいただき、ありがとうございます。

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