召喚勇者が集い
『む! こやつ、召喚勇者だぞ!』
ヒムロの言葉に、思わず声が漏れる。
「……なんだと!?」
俺の視界に、ヒムロの視ている世界が薄っすらと映りこむ。
様々な色と粒子、流れが見え始めたが、あまりの情報量の多さに脳が筋肉痛を起こしそうになる。
『すべてを見ようとするな。奴の頭を見ろ。天に向かう、一筋の光が見えるであろう』
ヴァリドの頭だけを凝視する。
確かに、白と黒を縒り合わせた糸のような光が真上に伸びていた。
光の糸はヴァリドの真上にある石のアーチを突き抜けて、さらに天井へと吸い込まれている。物質の中を通るときは見えなくなるが、何物にも干渉しない光のようだ。
『そうだ。あれが、神との繋がりを示す筋。紐付きと言われる所以だ。あの色が示す神は……混沌の神だな』
いつかは会うだろうと思っていたが、まさかここで殺し合うことになるとは。
しかも、我が神の同盟者である混沌の神の使徒だ。
後で神さまに怒られるかもしれないが、このクソ野郎を殺さないという選択肢はない。
一気に勝負を決めようかとも思ったが、ちょっと危険かもしれない。
召喚勇者であるなら、スキルは最大で三つ。俺のように特殊能力を得ているかもしれない。いずれにせよ、世に二つとないユニークな勇者スキルを確実に持っている。
ミーシャは精神系の魔法を持っているようだと言っていた。勇者スキルにしては地味だが、恩寵によるスキルなのかどうか判断はつかない。見た目がエルフということは、「転生」もしくは、恩寵の一つを使って種族を変えたことになるが、これは本人に聞くしかないだろう。
(ヒムロ、奴のスキルって分かるか?)
『分かるわけがなかろう。使えば分かるであろうが、それとて予想でしかない。今の吾輩は世界の知識に触れることができぬのでな』
(やっぱそうか……)
駄竜に期待はしていなかったので、落胆はない。
『吾輩ちょっぴり傷ついたのである……』
ヴァリドの身体を観察する。
長身、痩躯。長い手足と耳。金髪碧眼のイケメンだ。まさに、ザ・エルフ。殺意が少しだけ加算された。
とても腕力がありそうには見えない。エルフにドワーフのような「剛力」の種族特性があるとも思えない。むしろ、ドワーフの種族特性とは逆パターンな可能性が高いだろう。
〈生命探知〉による生命の炎は、さすが召喚勇者と言うべきか。ダニエルには及ばないものの、ディアーネに匹敵するほどの勢いがあった。ただ逆に言えば、その程度の大きさでディアーネをワンパンできたということだ。
直接的な武力ではない何か……目が異様に良いか、手の速さが神がかっているか、その両方か。『死なずのヴァリド』と二つ名がつくぐらいだ、防御系、あるいは回復。もしくはなんらかの無効系スキルを持つのだろうか……。
うむ、分からん。分からんから――ぶっ殺そう。
「なあ、どうやってドラゴン倒したんだ?」
仕掛けようと思った矢先、ヴァリドが口を開いた。
思わず足が止まる。先の先を制された気分だ。もっとも、このクソ野郎にまともに答える気もないが。
「……斧でぶっ殺した」
「つまらん答えだな、おい。もっとこう、ドーンとかバーンとかワクワクする系の話できねえの?」
頭にクソでも詰まってそうな言葉遣いだ。転生前はさぞ頭が緩い奴だったのだろう。
これで「勇者」だというのだから、混沌の神もたいがい人を見る目がない。いやむしろ、クソをこの世界に放り込んで、世を混乱せしめようとしているのか。
ヴァリドがしゃべくってる間に、じりじりと間合いを詰めつつ隙を伺う。だが奴もさるもの、常に俺とミーシャを視界に入れながらも剣先を俺の胸に向けていた。
「てかよ、なんでここにいきなり来れたんだ?」
「てめえらの臭いニオイがプンプン漂ってたからな」
「げははは! 犬かよ!」
大口を開けて笑ったヴァリドが、すっと目を細めた。
「……おかげで計画が全部パーじゃねえか。脅迫状は受け取ってねえのかよ?」
「あのクソ虫は、下水の謎生物の餌になった」
「ッチ、使えねえ奴だな。美味い話があるとか言うから乗っかってやったのに、てめえがウマウマされてどうすんだっつーの」
仲間が死んだというのに、悼む様子は1ミリもない。「他人とは、自分の利益を生み出すための機械」ぐらいにしか思っていないのだろう。
しかし……なんでこいつはずっと喋ってんだ?
ふと頭の中に「時間稼ぎ」という単語が思い浮かんだ。援軍を待っているのか、それとも、スキルの制限なのか。一向に攻めてくる気配がないことからも、こいつは筋肉が少ない男なのだと思い至った。
勇者スキルが不明ではあるが、仕掛けないことには始まらない。
「……次は、お前の――番だよ」
俺は喋ってる途中で〈瞬脚〉を発動、すれ違いざまに奴の右腕を飛ばす、
キーン!
――つもりだったが、狙いが外れて奴の剣に当たってしまった。
「瞬脚斬り」は狙いをつけづらいのが難点だ。そもそも超高速でぶっ飛んでるので、途中で軌道修正なんてできないんだが。
一瞬だけオレンジ色の火花が散って、折れ飛んだ奴の剣身が宙を舞う。ついでに柄も舞っていた。衝撃で、手から離れたのだ。
「……へ?」
何も持ってない痺れた右手を呆けた顔で見つめるヴァリド。
奴はまったく反応できなかったのだ。
決定的な隙だ。
――獲った。
俺は振り向きざま、奴の斜め右後方から、首を狙って黒斧を横に振るう。
ちらりと振り向いたヴァリドと目が合った。
奴は――ニヤリと笑った。その瞳には、勝利を確信した者が浮かべる愉悦の色。
怖気が走った。嗅覚、あるいは本能か、電撃に等しい悪寒が全身の神経を逆撫でる。
どうしようもなくマズい、そう直感した俺は黒斧を止めようとした。
だが、黒斧の質量が災いした。慣性力が高すぎたのだ。
ヴァリドの首に黒斧が吸い込まれる。
そして、俺の首筋から盛大に血が噴き出した。
「ッ!? ぐばっ……!」
口からも首からも鮮血が迸る。
獣の生存本能からか、俺は無意識のうちに転狼をした。
ヴァリドの横を〈瞬脚〉ですり抜け、茫然としているミーシャを抱えて水路にかかる橋へと向かう。
俺は即座に理解していた。
このままでは、俺は――死ぬ。失血死か、ヴァリドに止めをされるかのどちらかだ。
『反射かっ! 奴のスキルは、ダメージをそのまま相手に返すものだ! というか、貴殿、かなりヤバいのではないか……? 頼むから死んでくれるなよ?』
脳内に駄竜の慌てたような声が聞こえるが、返事をする余裕などない。
奴のスキルがどういうものかなど、聞くまでもない。身をもって知ったのだから。あのディアーネがカウンターを取られたわけではなかった。ただ跳ね返されたのだ。
「おうっ!? マジか、人狼だったのかよ! いやマジスゲー。イイ音が鳴ったのになあ。あれで死んでねえとか、人狼パネーな」
心底驚いた様子で、ヴァリドは中ほどで折れたグラディウスを拾い、ゆっくりとこちらに向かってくる。余裕の歩みだ。
奴も理解しているのだ。俺には既に反撃能力はないと、そう長くは持たないと。
俺はふらつく体に鞭打って、板組の橋をなんとか渡りきる。
その間も、裂けた首からは血が流れ、橋の上に赤い線を残していく。
ミーシャは俺に抱えられたまま、大きく目を見開き、顔を真っ白にして俺の首筋に手を押し当てている。小さな手では塞ぎきれない傷なのに、ただひたすらに血を溢れさせまいと。手も腕も、顔すらも俺の血にまみれながら。
橋を渡りきった俺はミーシャを降ろし、残された力をすべて使いきる勢いで、橋桁である二本の丸太を叩き切った。
バキバキと音を立てて、板組の橋がこちら側から崩れ、下水へと流されていく。
本当に、ギリギリだった。
渾身の力を込めて黒斧を振るったからだろう、かなりの血が噴き出してしまった。視野が狭くなり、手足の感覚が怪しくなってきた。
足がふらつき、精も根も尽き果てた俺は、その場に仰向けに倒れた。
転狼をしたおかげか、あれほどの深手だった傷が、ほぼ塞がりかけていた。咄嗟に黒斧を止めようとしたこともプラスに働いた。あのまま振りぬいていたら、回る視界の中で自分の身体を見つめていただろう。しかし、裂けた場所が悪すぎる。既に大量の血液を失っている。一瞬でも気を緩めれば、意識を手放しそうなほどだ。
「テメエ、何やらかしてんだよ! クソッ、面倒くせぇ……おら、死にぞこない、そこで待ってろよ!」
ヴァリドの悪態が聞こえてきた。
声が遠くなりつつ足音も聞こえてきたので、この部屋から出ていくのだろう。どうやら、反対側のルート、ダニエルがいる方から回ってくるつものようだ。幸いにして、奴の身体能力はここの水路を飛び越えられるほど高くはなかったのだ。
ふと気が抜けたからか、一瞬だけ意識が飛んだ。
「ああ、ああっ、ご主人様が死んじゃう、死んじゃう!」
ミーシャは涙をぼろぼろとこぼしながら、俺の首を必死に押さえていた。
ヴァリドの追撃を免れたとはいえ、グズグズしている暇はない。
途切れがちな意識を奮い立たせ、ミーシャに言うべきことを言う。
「ミーシャ……俺を、おいて、行け。この先に、ダニエル……が居る。あいつと、合流……してから、戻ってきてくれ」
「嫌です、イヤ、イヤッ、イヤッ!!」
ミーシャは完全に錯乱していた。
主人の命の保全が最優先事項だからか、命令として作用するはずの言葉がまるで届いていない。
『ジン、何があった? ミーシャは助けられたんだね? ジン!』
〈指揮〉スキルを通じて、こちらの声が聞こえたのだろう、ダニエルの慌てた声が脳内に響く。
ミーシャは俺にすがりついて「いやいや」と言いながら、それでも首を押さえる手に力を込めていた。〈隷属の呪い〉のせいなのだろう、普段から俺と離れることに抵抗があるのに、状況がさらに拍車をかけているのだ。
俺は震える手で、ウェストバッグから小ぶりな瓶を取り出す。
「ミーシャ、これを飲め……命令だ」
「え……?」
解呪の妙薬だ。ダニエルから預かったまま、ウェストバッグにしまい込んでいたいたものだ。
この薬が、どんな呪いすら解除できるのなら、ミーシャをこの場に釘づけている〈隷属の呪い〉も解けるはずだ。
解呪の薬が効いてダニエルと合流できたなら、運が良ければ俺も助かる。本音は、ミーシャだけでも助けたい――なのだが言うわけにはいかない。
ミーシャは命令されるまま、「いやいや」と口走りながらも、震える手で薬を口に運んだ。
途端、体から黒い霧と灰色の霧が立ち昇り、混ざり合いながら天井に吸い込まれて消えていった。
ガタガタと震えだしたミーシャは、限界まで目を見開き、ピンクブロンドの髪を両手で鷲掴んだ。
「あ、ああ、ああああああああっ! わたし、わたしはっ……!」
滝のように涙を流し、倒れた俺の胸に顔をうずめた。
「……もう、離れたくない!」
ミーシャがそう言って俺の服をぎゅっと握り、口の中で何かを呟いた。
次の瞬間、視界が白い光に満ちた。
一瞬、体が浮いたような、重力の束縛を振り切ったかのような解放感を感じた。そして、心地よい温かさにくるまれて、俺は意識を手放した。
――それは一瞬だったのか、あるいは長い時間だったのか。
ガタンガタンと鉄橋を渡る電車の音が聞こえ、さらに遠くから救急車のサイレンが風に乗って聞こえてきた。
鼻をくすぐる懐かしい匂いに、意識が浮上してくる。
「…………っ」
目を開けると、星空が見えた。それと、電線。
下水ダンジョンで、死にかけてたはずなんだが……。
自分の手を見てみると、血がべったりとついていた。というか、狼の手だった。
身を起こそうとすると、俺の胸の上にピンクブロンドの髪が乗っかっていた。もちろん、ミーシャだ。
身の回りの状況としては直前までの記憶と同じだ。だが、俺の記憶と見える景色が、齟齬をきたしすぎている。
ふと視線を横に向けると、くすんだオレンジ色が目に入った。妙に見慣れた感じがした。
それは、オレンジ色に塗られた怪しげなヤツだった。あの、自動販売機だったのだ。
「……嘘だろ……まさか、日本に帰ってきたのか!?」
お読みいただき、ありがとうございます。
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