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マイ神様カード

 城壁の裏にくっつくように建てられている衛兵詰め所でいろいろと聞かされた。


 ――マイ神様カード。


 簡単に言ってしまえば、現代日本で言うところの住民カードと銀行クレジットカードが合体したハイテクなカードだ。

 文化的な暮らしをしている者なら、六歳になると教会で貰えるカードらしい。

 そのときにはじめて、自分がどの神から加護を受けているのかが分かるのだそうだ。人間であるかぎり、例外なく神の加護を受けているが、どの神から加護を受けるかは人には選べない。まさに天賦だ。

 どんな田舎の村にも教会はあり、大きな都市なら複数の教会がある。もっとも、「教会」とは言うが特定の神様を信仰する宗教施設ではない。八柱も神様がいる上に、マイ神様カードの管理やらで、関連業務は膨大だ。そのあたりを一手に引き受ける国際機関なのだそうだ。宗教色はまるっきりないので、「教会」というより「協会」と言ったほうがしっくりくる。

 カードを作ると、個人の国籍と住所、どの神さまに加護を受けているか、持っている資格や称号、所属組織のほか、犯罪歴まで記載されるのだという。まあ、六歳で犯罪歴はないだろうが。

 もっとも犯罪は当局に罪人として認定されないと記載されないので、追いはぎなどは露見しない限り犯罪歴に残ることはない。とはいえ、指名手配となると、あっというまに教会ネットワークで共有され、国家をまたいで御用となるそうだ。さすが神さま、容赦がない。


 さらに、マイ神様カードには「銀行&決済機能」が付与されている。

 ギルドや大店などではカード決済ができるうえに、入出金も瞬時に行えるそうだ。しかも、神さまが管理しているので、不正のしようがない上に間違いも起こらなければ、銀行強盗もやってこない。そもそも、神さま銀行の頭取は契約の神らしく、本店はこの世にないそうだ。

 なにそのチート銀行。ある意味、現代日本より進んでいる。


 カードを紛失しても、教会にいけば即座に再発行してくれるという。しかも、紛失したカードの自動失効つき。再発行とはいえ、なくしたカードと同じ情報が入ったものが出てくるのだ。

 あと、他人のカードを使おうとするとすぐにばれる。というか、機能しないらしい。しかも重罪になる。


 そして、「カード無し」という人間は稀にだが存在するのだそうだ。

 だいたいは、逃げた奴隷の子であったり攫われた子供、犯罪者を両親に持つ子供――いわゆるワケアリの人たちだ。

 そういう人は少ないながらも一定数はいるので、教会に連れて行きカードを新規に作るのだ。

 ただし、犯罪者の戸籍ロンダリングに使われる恐れがあるので、大人になってからの新規カード発行は、両親と生まれた場所、経歴から犯罪歴まで丸裸にされるのだ。

 この辺は、神さまが半自動でやってくれるらしいので、神官は出来上がったカードを治安当局に提出してチェックを受けさせて終わりだ。


 マイ神様カードの説明をしてくれた衛兵隊長のエディオスによれば、この後に教会に連れて行ってくれるとりう。


「お手数おかけしますが、よろしくお願いします」


 俺が頭を下げるとエディオスは笑みを浮かべた。


「見た目のわりにまっとうな奴で安心したよ。ま、俺としても初めてのことなんで、良い経験になる。気にしなくていい」


 見た目はしょうがない。

 追いはぎの荷物を物色して、唯一着れそうな大男の服をまとっているだけだ。洗濯が雑なのだろう、すえたニオイが鼻についたがマッパよりはましだ。鎧は血まみれなので捨てた。武器は唯一まともな形で残った大男の斧だ。弓は試しに引いてみたら、弦が切れたので置いてきた。


「うわあああ!」


 話を聞いている部屋の隣から、男の叫び声がした。


「どうした!?」


 青い顔をした衛兵が革袋を手にすっ飛んできた。

 見覚えのある革袋だ。


「隊長、く、首が!」


 エディオスが革袋を覗き込むと、盛大にのけぞった。


「おい、なんだこれは!?」

「ああ、それな。道中で追いはぎに襲われたから、お頭っぽい奴の首級持ってきた」

「は……? 追いはぎ?」

「結構プロっぽかったから、賞金でもかかってると思ったんだけど、知らない人?」

「首級て……いつの時代だよ……もしかして、お前って未開の蛮族?」

「失敬な!」


 こちとら、いんたーねっとを使っていたハイテク世代だぞう。と、言いそうになったが、口をつぐんでおいた。


 結論から言うと、マイ神様カードがすべてを解決してくれた。

 見た目は穴の開いたステンレスの小さな札。まんま、兵士が首から下げるドッグタグ。何かの紋様を刻印しただけの簡素な金属板だ。

 追いはぎの分と、死体となっていた人のものも合わせて七枚。

 それぞれが革ひもで首から下げたり、腰に吊っていた。

 全員が持っており、ドッグタグのイメージが強かったので、身元を示す何かだろうと思って持ってきていたのだ。そういえばミーシャも首から下げていたな。

 それこそが、マイ神様カードだったのだ。


 追いはぎから奪ったカードが俺の持ってきた首級を裏付けてくれた。というか、カードだけでよかったのだ。

 マイ神様カードが普及しはじめて百年らしいが、その機能のおかげで野盗の類は身元確認が各段に楽になったのだそうだ。

 なんで百年かというと、神さまが「文明レベルが上がったので解禁します」と神託を降ろしたのが百年前だそうだ。神さま、ぶっちゃけすぎです。

 エディオスが言った「いつの時代だよ」というのも頷ける。

 犯罪者共がカードを捨てないのは、悪は悪なりに身元の確認が重要らしい。むしろ、潜入捜査や裏切りのリスクを考えると、普通の人より重要度が高い。カードを持たないのは暗殺者かスパイの類なのだ。


「おいマジかよ。まさかと思ったが、ボイム一家じゃないか……」


 追いはぎのカードをカードリーダーの台座に差し込みながら、エディオスがそんなことを言った。

 カードリーダーという名前の割に、占い師が使ってる水晶玉にしか見えないんだが。

 エディオスは水晶玉に浮かぶ文字を読みながら、万年筆で紙になにやら書き留めていた。

 万年筆も紙もあるんだな。

 紙は薄い茶色をしていたが、どう見ても羊皮紙ではない。パルプ紙だ。

 意外と文明レベルが高い。

 ただ、電気を使っている様子はない。電化製品のような物や電線の類が一切目に入らないからだ。


「ジン、お前一人でやったのか? 三人ともスキル持ちって噂だったんだが、どうだった?」

「そうだが……カードにはスキルは載らないのか?」

「スキルは載らんな。称号や資格、犯罪歴ぐらいしか記載されないんだよ」


 神さま謹製のカードとはいえ、運転免許証に毛が生えた程度のものだった。意外とプライバシー保護がなされている。

 ということは、奪ったスキルの名前を馬鹿正直に答えると面倒なことになりそうだ。


「そうだなあ、大男は硬かった。若い剣士風の男は異様な踏み込み。弓使いの女は暗闇にいる俺を見つけたな」

「防御系ってのはボイムだな。踏み込みは……縮地か瞬脚だな。弓使いは生命探知らしいから、情報どおりか……」


 エディオスはさらさらと紙に書きながらそんなことを言った。


「いやしかし、すごいなお前。スキル持ち三人相手に一人で、しかも無傷で勝てるとか、どんなスキルを持ってんだ?」

「言わないと駄目か?」

「……すまん。忘れてくれ。無作法だったな。ともかく、こいつらは俺の頭痛の種だったんだ。始末してくれて感謝する」


 そう言って、エディオスは頭を下げた。

 なかなか筋の通った人物で好感が持てる。真面目な人が対応してくれて助かったというべきだろう。


「どういたしまして。俺も行きがかり上、やるしかなかったからな」


 エディオスが追いはぎ連中のことを教えてくれた。

 ボイム兄とボイム妹。そして妹の旦那である剣士。その三人組。

 もともと王都界隈のダンジョンに潜る冒険者だったが、戦利品の分配で揉めてパーティリーダーを殺害。指名手配がかかり、そのまま追いはぎに堕ちた典型的な頭の緩い人達だ。

 ただ、全員が貴重なスキル持ちで、ダンジョンで鍛えた連携と慎重さを併せ持っている。しかも三人という少人数ゆえの神出鬼没さ。

 街道を行きかう商人たちに注意喚起を出してはいるものの、生半可な護衛では太刀打ちできない。しかも、ボイムたちは勝てる相手しか襲わない用心深い性質だった。

 確実に倒すためにはそれなりの戦力が必要だが、侯爵の私兵を使うにしても部隊単位で動かざるを得ず、そんな大所帯で動けば身軽な奴らには軽く逃げられる。

 冒険者に依頼を出してはいるものの、確実に勝てる魔物のほうがマシと相手にされない。そもそも、人間相手に切った張ったの盗賊討伐は不人気なのだそうだ。

 まあ、分からんでもない。

 そんなワケで、街道の治安を維持する警邏騎兵隊と城郭都市ルフリンの衛兵隊にとっては、まさに癌細胞そのものだったのだ。


「スキル持ちって珍しい存在なのか?」

「は……? ああ、そういや未開の蛮族だったな。いや、蛮族のわりには言葉遣いがちゃんとしているな……マジで何者なんだ……」


 エディオスは失礼なことをブツブツ言っていたが、聞こえないフリをしておいた。


「大雑把に言うと、スキルを持ってる人間は十人に一人。そのうち役立つスキルは半分ってところか」

「役立たずなスキルってあるの?」

「笑い話になってるぐらいだと、強制睡眠――ただし、自分のみ」


 思わず笑った。さすが笑い話になるだけのことはある。完全にネタスキルだ。これが、触れた対象とかに拡大されると、ヤバいスキルになるとは思う。

 とはいえ、スキル持ちが意外と少ない。使えるスキル前提なら、単純計算で二十人に一人だ。

 そう考えると、あの追いはぎって結構な奴らだったんだなあ。


「冒険者はスキル持ちが多いな。というか、スキル無しで冒険者は無謀だ。やったとしても、上にはいけん。まあ、それでも冒険者になっちまう奴が後を絶たないんだが……実戦でスキルが生えることがたまにあるから、夢見ちまうんだろうなあ」


 この世界の冒険者は、なかなかしんどそうだ。

 エディオスの口ぶりからも、厳しい世界なのがうかがえる。


「スキルって生えるのか?」

「生えるぞ。つっても、結局才能がある奴だけなんだけどな」

「現実……」

「甘くはねえよ。あとスキルを持ってんのは、貴族だ。両親がスキル持ちだと、二つのスキルを持った子供が生まれることがある」

「へえ、それはすごいな。なるほど、貴族同士でやり繰りしているわけか」

「そういうことだ。場合によっては、平民からスキル持ちを養子にする場合もあるぐらいだ。それぐらい、貴族でスキル無しは下に見られる。もっとも、役立たずスキル持ちも同じような扱いだが……」


 そう言ったエディオスは苦虫を噛み潰したような顔をした。

 何やら思うところがありそうだ。


「あとは、召喚勇者だな。あいつらは別格だ。ユニークスキルを必ず一つ持っている。場合によっては、さらに二つのスキル。しかも、役立たずスキルを持つこともない」


 召喚勇者ね。俺もそうです。

 神さまからもらえる恩寵二つをスキルにすれば、そうなるか。自分で選ぶわけだから、役に立たなさそうなスキルを選ぶわけもない。


「召喚勇者か……会ったことは?」

「ないな。そこそこ居るらしいんだが、召喚勇者だと明かさない奴も多い。明かしている奴はたいがいが雲の上の存在だ。どっかの国の将軍であったり、神剛級(アダマンタイト)冒険者であったりな」

「この国にはいないのか?」

「少なくとも国家公認の召喚勇者は今のところいないな。過去にはいたらしいが。もっとも、王は個人的に把握しているかもしれん」


 召喚勇者という存在はあまり表に出てこないようだ。

 それもそうか……。

 権力者の目にとまれば、囲い込みされるのは間違いない。確固たる足場を固めた上でなければ、明かすことは得策ではないな。当分の間、秘密にしておこう。

 この世界で今のところ俺の秘密を知る人間はミーシャだけだ。一応、命を助けたお礼というか、お願いとして「誰にも言うな」と言ってはある。もっとも、面倒なことになれば、別の街に逃げればいいだけのことだ。


 それからエディオスと事務的なことをいくつか話した。

 俺が追いはぎに遭遇した場所や、始末するに至った経緯などだ。

 マッパで荒野に放り出されたところは端折って適当に話した。

 追いはぎから奪った物品については、すべて俺のものにして問題はないそうだ。正直、助かる。没収とかされると、マッパになってしまうので。


 俺が持ち帰った商人と護衛のマイ神様カードは、縁者に返還されるそうだ。

 そのつもりで持ち帰ったので、むしろ手間が省ける。

 商品や遺品は追いはぎから奪った物と同じ扱いだそうで、俺の「戦利品」扱いになるそうだ。ただ、例外規定があって、持ち主が明確な場合は「購入価格の半額での買い戻しに応じなければいけない」だそうだ。半返しなのは、取り返した手間賃みたいなものなのだろう。

 俺としては、遺品なんて只で返してもいいのだが、法の番人たる衛兵隊的には規則は守って欲しいという。

 当然、ミーシャも商人の商品だったので、今のところ俺の戦利品ということになる。


「あの奴隷はいったんこっちで預かるぞ、いいな? お前の言っていることが本当なのか、裏を取らんといかんからな」


 いきなり面倒みろと言われても困ってしまうので、渡りに船だった。


「頼む」

「悪いようにはせんから安心しろ。お前にとっても、あの子にとってもな」


 ひとまずは、ミーシャを衛兵隊で預かってもらうことになった。

 もっとも、奴隷を衛兵のベッドで寝かすわけにもいかないので、空いている牢屋で寝てもらうことになるそうだが。まあ、箱の中よりはマシだろう。



お読みいただき、ありがとうございます。

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