金髪のエルフ
煉瓦の隠し通路を戻ってきた俺はセラーで転狼をした。
鋭敏になった嗅覚で、ミーシャの匂いを探る。
酒のきつい匂いで鼻が曲がりそうになったが、
「……ミーシャはこの部屋に入ってるな」
ミーシャの残り香を感じることができた。
このセラーを通って別の場所へ連れ去られたようだ。匂いはセラーの奥で途切れている。やはり、本命の通路がこの部屋にあるのだ。
「片っ端から、ぶっ壊すか!」
「いやいや、ここにあるのは酒だよ? 後が大変なことになるし、さすがに瓶の割れる音は響くと思うよ。もう少し考えようよ」
「はい……」
ダニエルの言葉で転狼を解除する。
やはり狼状態だと、脳みその筋肉率が跳ね上がってしまって駄目だな。
『左の奥にある瓶、中身が入っておらんぞ』
ヒムロの言葉に従って奥の棚を見てみると、確かに中身の入っていない瓶が一本だけあった。中身が入っていないのに、コルクの栓がしてあるし、封がされたままだ。実に怪しい。
その瓶を手に取ろうとしてみたが、棚に固定されているようで持ち上がらなかった。
「こっちが本命か」
瓶を掴んで手前に倒すと、棚の奥でガコンという音が鳴った。
たまには駄竜も役に立つ。
『吾輩、今日はかなり役立ってると思うんじゃが!?』
先ほどの男と同じように棚の柱を引くと、壁にぽっかりと開いた穴が現れる。その穴の先は、下り階段だった。
右側の落とし穴があった通路は、敵に踏み込まれた際のブラフであり罠、そして脱出路でもあったのだ。なかなか抜け目がない。
「ようやく見つけたね……」
階段の下は、煉瓦で覆われた地下下水道だった。
もっと狭い空間を想像していたが、思いのほか広い。幅は3メートルほどだろうか、三分の二ほどが水路で、残りは人が歩ける通路になっていた。
完全な地下世界だが、ぽつぽつと壁に埋め込まれた魔灯が光を放っており、完全な闇というわけではない。鼻が潰れそうなほどの臭さではあるが、悪臭に混ざって人のニオイも感じる。魔灯が点いていることもそうだが、人が頻繁に出入りしている証拠だ。
「……こっちの壁は、後から作ったみたいだね」
ダニエルが階段のすぐ横にある壁を触りながらそう言った。
その壁は、水路を跨ぐように作られており、水路部分には鉄の格子がはめられていた。煉瓦の大きさが他の構造物と微妙に違っていて、苔の生えっぷりも控え目だった。
「区画を囲って、他の場所から入れないようにしたのか……ますますもって悪の組織だな」
「さっきの罠のあった通路といい、周到なんだけど、どこか子供っぽいね」
ダニエルの評に、思わず苦笑いが漏れる。
「気持ちは分かるぜ。地下下水道って、秘密基地感が半端ないからな。やれるとなれば、やっちまうかもな」
「そういうもんなのかい?」
理解に苦しむといった顔で首を傾げるダニエル。
案外、お貴族様には「秘密基地」文化はないのかもしれない。
そこから狼ヘッドを深く被り、慎重に歩みを進めること五分。
迷うことはまったくなかった。そもそも、三つ角四つ角はそのすべてが一本の通路を残して壁で塞がれていたからだ。
だが、ここに来て初めて通路が分かれた。突き当りが左右に分かれていたのだ。
そして、左右の道の先には、煉瓦の壁に鉄製の扉が閉まっていた。
「……さて」
足を止めて〈生命探知〉を発動してみたが、近辺に人らしき反応はない。下水路の水の中に、微妙な大きさの反応があるが、謎の生物とご対面する気はないのでスルー。
竜眼で風の流れやマナの流れを視てみるも、これといった乱れはない。ヒムロの見立ても同じだった。
『見える範囲では怪しげな箇所はないな……』
「ミーシャは右側だね」とダニエル。
〈指揮〉スキルによれば、ミーシャの居場所はここから見れば右になる。〈指揮〉の影響下にあるメンバーは、全員が各々の位置を知ることができるのだ。ただ、定期的にミーシャに呼びかけてはいるものの、やはり返答はない。
「まずはミーシャを救出だな」
「うん。その後は、狩りの時間だね……」
ダニエルが冷たい声でそう言った。吐息に白い霧が混じっている。
彼も妹が傷付けられて、はらわたが煮えくり返っているのだろう。
お互いに頷きあい、右の扉に向かおうとしたとき、不意に左側の扉が開いた。
「――で、クソ生意気なあいつも、お宝を差し出すしかねえだろ。なんせこっちにゃ人質が…………誰だ!?」
扉から出てきたのは、一枚の紙を手にした冒険者っぽい男とチンピラ風の男二人。
冒険者っぽい男には見覚えがある。
「テンプレ……」
かつて衛兵が言った言葉が脳裏によぎる。
――街の悪いのと組んで、せこい真似ばっかやってるクズだ。
俺の中でいろいろと繋がった。
ドラゴン討伐の話が早い段階で悪党に伝わっていたこと。もっとも誘拐しやすいであろうミーシャに狙いを定めたこと。その根底には、俺に対する恨み。それらをこいつ自身の言葉で裏付けたと言える。
「てめえはっ!」
テンプレが驚愕の目で俺を見つめ、半歩下がった。
すぐに、いやららしい笑みを浮かべ、
「へへっ、おい、お前の女はこっちの手――」
〈瞬脚〉ですれ違いざま、テンプレの首を刎ねた。
こんな奴の言葉など聞く必要はない。
声を発することのない口がパクパクしながら首が下水に落ちた。後を追うように、体が下水に滑り落ちる。
「わあああああ!」
テンプレの後ろにいたチンピラの一人が腰を抜かして床に這いつくばった。
藪を払うように黒斧を一閃。チンピラの頭の上半分が反対側の壁に張り付いた。
「ひぃ、ひぃぃ……ゴゲ!」
背を向けて逃げ出したチンピラの背中に氷の槍が突き立った。そのまま前のめりに倒れ、床に汚い染みを広げる。
「……くだらない連中だ。全員、下水に流してしまったほうがいいね」
ダニエルの手には一枚の紙。テンプレが持っていた紙切れだ。
「今更の脅迫状か? ミーシャと竜鱗を交換だ、とでも書いてたか」
「まさにそのとおりが書かれているね……見るまでもないよ。脅迫状を届ける前に、当事者が押しかけてくるなんて想像もしていなかったんだろうね」
面白くもなさそうに紙を握りつぶして、下水に放った。
「おい、どうした、何が……って!」
間の悪いことに、テンプレたちが出てきた扉の向こうから、さらに別のチンピラがやってきていた。
咄嗟にダニエルが氷の槍を放ったが、チンピラは壁の背に隠れてやりすごし、甲高い音の鳴る笛を吹いた。
「……ジン、君はミーシャを。僕は退路を確保する」
扉の奥から、様々な音が迫ってきているのが分かった。
「すまん、頼む!」
無言で頷くダニエルをその場に残し、俺は右の扉へと向かう。
頑丈そうな鉄の扉ではあるが、蝶番の軸が見えている。その軸を黒斧で粉砕して手前に引けば、派手な音を立てて扉が倒れた。
開いた空間に身体を滑り込ませ、煉瓦の道を走る。
いくつもの扉をくぐり、角を曲がり、部屋を通り抜けていく。
途中で何人もの盗賊ファッションに身を包んだ男たちがいたが、もれなく首を刎ね飛ばした。
どの部屋も樽や木箱が積まれており、倉庫のようだった。それらを抜けるたびに、ミーシャの居場所にどんどんと近づいている。
この扉の向こうに、ミーシャが居る――そこまで近づいたところで、ダニエルに現状の確認をした。
「ダニエル、そっちはどうだ? これからミーシャが居る部屋に入る」
『ちょっとお客さんが多いかな? そこそこ腕の立つのがいてね、なかなか楽しいことになってるよ』
「分かった。もう少し頑張ってくれ」
減らず口を叩ける余裕はあるが、楽観視できるほどではない。そんな状況か。
ミーシャを救いだして、ついでにヴァリドとかいう野郎の頭をかち割ってから戻ろうと考えていたが、さっさと合流して三人で蹂躙したほうがよさそうだ。
そう思って、ゆっくりと目の前の扉を開くと、雰囲気ががらりと変わった。
大きな空間が広がっていたのだ。
高さはそれほどでもないが、広さだけなら小学校の体育館ほどはあるだろうか。部屋の中央には大きな水路が流れている。幅は10メートルほどで、かなり深い。水路の上には丸太を橋桁にした板組の粗末な橋が架けられており、行き来ができるようになっていた。
橋を渡った先には、水路への侵入を阻止するための鉄格子で囲われた檻のような一角があった。
「おい、起きろ! こっち来い、早くしろ!」
「んぇ……? 誰です? え? どこなんですか、ここ!?」
「うるせえ、いいからさっさと立て! 殺すぞ! カチコミ喰らってんだよ!」
檻の中で、知らない男とよく見知った少女が押し問答をしていた。
言うまでもなく、少女はミーシャだ。そして、男は金髪で耳が長い――エルフだ。エルフ男は幅広の剣をミーシャに突き付けており、ミーシャは金属ミトンと手枷をはめられた状態だ。
怒りで視界が赤く染まった。
半ば反射的に〈瞬脚〉を発動、エルフ男の真横に迫る。
頭をかち割るつもりで黒斧を振り下ろした。
ガギンッ!
派手にオレンジ色の火花が散り、鉄の格子が寸断された。
頭に血が昇ったからだろう、大振りになってしまい鉄の格子に当たってしまったのだ。そのせいで斬撃が逸れ、エルフ男の金の髪を風圧で揺らすことしかできなかった。
「うおっ!?」
エルフ男が咄嗟に身を翻して飛び退る。さらに後方に跳躍し、大きく距離を空けた。
「ひょぇっ……って、ご主人様っ!!」
ミーシャが俺に向かってタックルをかましてきた。
両腕で抱きつくつもりだったのだろうが、手枷をはめられているので鉄のミトンによる両手突きだ。
「ぐぼっ……」
思わぬところでボディブローを喰らったが、そのまま抱きしめてやるわけにもいかない。
すかさずミーシャの手を取り、両の手首を戒めている枷に黒斧を当て、
「ミーシャ、じっとしてろよ」
「はい!」
斧頭の背にもう片方の黒斧の背を打ち付ける。鏨の要領で、手枷を叩き割るのだ。
キンと軽い音を立てて、手枷が中央から真っ二つに割れた。随分と硬い金属を使っていたようだ。
「オイオイ、その魔封じの手枷、高ぇんだぞ……」
エルフ男が、こちらに剣の切っ先を向けて文句を言ってきた。あの手枷、魔道具の類だったらしい。
自由になった手で金属ミトンを外したミーシャが、俺の背後にさっと回る。
「ていうかよー、ドワーフの奴隷が欲しかったんだが、アンタが横からかっさらったんだな?」
ドワーフの奴隷が欲しかった……?
ミーシャを買い付けた商人に話を持ち掛けたのはコイツだったのか。
「……違うな。追いはぎ共から、助けただけだ」
「くへへっ、なるほどな。アンタが噂のドラゴンスレイヤーか」
「そうだ……お前がヴァリドか?」
俺の問いに、エルフ男はニヤリと笑った。
「違うなぁ」
『嘘だな』とヒムロ。
このエルフ男が、ヴァリドで確定だ。
「そうか……まぁ、誰だろうと関係ない、ここに居る奴は鏖殺だ」
「へっ、こわいこわい。しっかし、ドラゴンスレイヤーともなると、パンチも得物も半端ねぇなあ」
ニタニタ笑いながらヴァリドは寸断された鉄の檻、俺の黒斧と視線を巡らせた。だが、言葉とは裏腹にその表情には恐れや緊張感など微塵も感じられなかった。
ヴァリドはこちらに向けた剣をゆらゆらと揺らしている。
得物はショートソードに見えたが、妙に幅広だ。両刃で刃渡りは40センチほどか。鎬は低い、というかほぼフラット。鍔は小さく、握り手を少し隠せる程度。俗に言う、グラディウスという剣だろう。
リーチはこちらに分があるが、取り回しはあちらが圧倒的に有利だ。
ダニエルとはタイプが違うが、かなりの使い手に見える。へらへらしているように見えて、踵は薄っすらと浮いているし、不規則なリズムで体重移動をしている。
「ご主人様、気を付けてください、この男、精神系……気絶か睡眠の魔法を使います。この男に触られた瞬間、意識がなくなったみたいなので」
「魔法か……」
ミーシャにいくら呼びかけても返答がなかったわけだ。
「おいおいー、ネタバレすんなや。ご主人様殺した後で、犯して切り刻んじゃうぞ」
ヴァリドがヘラヘラと笑いながら、汚物のような言葉を吐く。
さらなる殺意がわいたが、どっちにしてもこいつをぶち殺すことに変わりはない。
「死ぬのはてめえだ……ミーシャは少し離れて牽制に徹してくれ」
ミーシャは俺の背から離れ、二歩ほど引いた。
俺は両手の黒斧を握りしめ、ゆっくりと歩みを進める。
ヴァリドが大きく後退したせいで、間合いまではまだまだ距離がある。
『む! こやつ、召喚勇者だぞ!』
脳内に、ヒムロの慌てたような声が響いた。
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