カチコミ
木片を見ながら腕を組んだエディオスは、難しい顔をしていた。
「……恐らくな。詳しいことはほとんど知られてねえんだが……何度も闇討ちや暗殺にあいながらも、傷一つ負ったことがないそうだ。ついたあだ名が『死なずのヴァリド』。滅多に表に出ることはないが、奴が動いて失敗したことはないって噂だ」
話を聞くだけなら、凄腕の冒険者だ。
「なんだそいつ……高ランクの冒険者なのか?」
「違う。完全な裏稼業の人間だ。ただまあ、その名前にひかれて、悪党が山ほど集まっててな……」
苦々し気なエディオスの表情を見て、かつてテンプレに絡まれた際に衛兵が言っていた言葉が思い出された。
「もしかして、所帯のでかいクズ共の集まりって、こいつらのことか?」
頷くエディオス。
「下手に手を出すと、衛兵隊の新入りが殺されたり脅されたりすんだよ。現場にとっちゃ地獄だろ」
「なるほどな。ルフリン衛兵隊だけで根絶するには、でかすぎる組織ってことか」
組織が大きいと厄介だ。情報を集める耳目が多い上に、当局の中に協力者がいたりもする。摘発に動いても、表層でちょろちょろしている下っ端が捕まるだけで、主だったメンバーはするりと逃げおおせる。そして、その後に当局の弱い存在に報復を行うのだ。たぶん、何度も煮え湯を飲まされてきたのだろう。
だがしかしだ。ミーシャとディアーネを傷付けた奴らを見逃す理由にはならない。
「止めるなよ。いや、止めても無駄だからな」
肩をすくめるエディオス。
「今のお前さん見て止めようなんて思わねえよ。それにな、こっちとしても止める訳にはいかなくなった。今回の事件、言ってしまえば侯爵さまがコケにされたんだわ」
ダニエルが頷き、
「そうなるだろうね。竜鱗の一切は侯爵が預かると明言した上で、討伐パーティのメンバーが誘拐されたわけだから」
泣きそうな顔でエディオスがぼそぼそと言った。
「まだ侯爵さまに報告はしてねえんだが……絶対どやされる。それはもう、泣いたり笑ったりできなくなるぐらいにはボコられる。なんでそんなクズ共をお前は放置してたんだ、ってな……」
「つっても、衛兵隊じゃ手に余る連中なんだろ?」
エディオスが苦虫を百匹ぐらい噛み潰したような顔をした。
「そうなんだけどさぁ……お前なら分かってくれるだろうけどよ、事が起こっちまった後で、うちらじゃ無理だったんでぇとか言えるか? 言えるわけねえって、言ったが最後、その場で首が飛ぶわ」
「中間管理職なんてなるもんじゃねえな……」
笑っているような、泣いているような、なんとも苦し気な顔をするエディオス。
今のうちに泣いたり笑ったりしておこうということなのだろう。
「なんか腹立ってきたな……ちくしょう。とにかくだ、ルフリン衛兵隊の隊長として、依頼する。ミーシャを誘拐して侯爵をコケにした下手人どもを捕縛せよ。なお、抵抗された場合は、殺害もやむなしとする。どうだ、受けてくれるか?」
「もちろん受けるさ。それと、ありがとな。この上ない援護射撃だ。心置きなく暴れられるよ」
「おお、頼んだぜ。ルフリンの大掃除だ。衛兵隊も可能な限り、協力する」
「それを言うために、わざわざここまでついてきたのか?」
「ちげぇよ! お前ら、全然足止めねえんだもん。結果的に、俺の目でクソ共の犯行だって確認できたからよかったけどよ」
「そうか、悪かったな。後のことは、俺に任せとけ」
エディオスとがっちり握手し、俺の足元でお座りをしてハッハ言ってるアルバの頭を撫でる。
「アルバ、お前はディアーネについててくれ。彼女も怪我をして一人だと心細いだろうしな。頼むよ」
俺がそう言うと、アルバは「えー?」みたいな顔をして俺を見上げてきた。
どうやらこの小僧は、一緒に暴れるつもりだったようだ。そういや、こいつを拾った夜は一緒に(?)暴れたんだったな。
それでも、俺の言葉を理解してくれたようで「ワフン」と言って立ち上がり、エディオスの横に並んだ。聞き分けの良い子で助かる。というか、人間の言葉を完全に理解しているよな。やはり人狼は、人間に近い生き物なのだろう。
俺とダニエルは頷き合い、地下へと続く階段を降りていく。
階段は意外と長かった。体感的には、高層ビルの地下階ぐらいの深さだった。
「かなり深いね……」とダニエル。
「地下水路に繋がる隠し通路とかありそうだな」
階段を降りきった突き当りには、木製の扉。
ドアノブを捻ってみたが、きっちり施錠されていた。鍵穴が見当たらないので、内鍵オンリーなのだろう。
扉は分厚く、随分と頑丈な造りだった。カチコミ対策なのだろうか。
だが、無駄なことだ。黒斧でドアノブの根元を解体して、ヤクザキックで蹴り開ける。
「オラアァッ!」
手加減なしで蹴ったせいか、蝶番ごと外れて内側に扉が飛んでいった。鍵を壊す必要などなかった。
「ぐえっ!」
色んな物が粉砕される音と一緒に、カエルが潰れたような声が聞こえてきたが、構わず踏み込む。
部屋の中は魔灯がそこかしこに置かれており、地下のくせに意外と明るかった。
ぱっと見、酒場に見える。丸テーブルに椅子が四脚。突き当りの壁には酒棚。そして、高めのカウンターとスツール。
中に居る人間は、〈生命探知〉に引っかかる範囲で五人。カウンターの内側に一人、カウンターの前で固まってる奴が三人。そして、俺の足の下に一人だ。扉の下敷きになっており、かなり生命の炎が小さいので、そのうち死ぬだろう。
「ドワーフの娘さんを探してんだが、見たことねえかな?」
俺の問いかけに、呆けていた三人がナイフを抜いて飛びかかってきた。
無言ですぐさま殺しに来るってことは、普段からやり慣れてるんだろうな。
正面の奴は右の黒斧でナイフごと手首を粉砕した。
左に回り込んだ奴は、左の黒斧で頭を縦に二等分した。リーチ差を考えないバカだった。
右から低姿勢で迫ってきた奴は、顔に靴底をめり込ませてやった。
無くなった手首を抱えて蹲る男の首を刎ねて、カウンターに向かう。
「なあ、アンタは知らないか?」
カウンターの内側にいたバーテンダーっぽい男は、脂汗をダラダラと流しながら忙しなく視線を巡らせる。次の瞬間、カウンターの横手にあった扉に飛び込み、背を向けて逃げ出した。
「……〈瞬脚〉」
〈瞬脚〉で逃げる男の真後ろまで詰めて、足を引っ掛ける。
廊下をゴロゴロと転がって床に伏した男の顔の横に、黒斧を振り下ろす。
「ひっ……!」
男の手の甲を踏みつけ、床に指を開かせる。
「同じ質問をするごとに、指を一本ずつ落とす。嘘をついたら二本落とす。俺の質問に全部答えたら、殺さないと約束する。分かったな?」
俺の一方的な宣言に、男はガタガタと震えながら首を何度も縦に振った。
(ヒムロ、嘘をついたかどうか分かるか?)
『いきなりであるな……だがまあ、ほぼ分かる。嘘をつけば気が乱れるし、吐く息の色が変わるのだ。例外は、本人が信じ切ってる場合だな』
(十分だ。こっから先は、気づいたことがあったらすぐに知らせてくれ。頼むぞ)
『任せておけ。大船に乗ったつもりでいるがよい』
視るしかできない奴が、何を言っているのやら。ただ、ドラゴンのナビ付きだと思えば悪くはない。
俺は踏みつけた男の目の前で黒斧をブラブラさせながら、男の目を見て訊く。
「では、質問その一。ドワーフの少女を見たか?」
答えを聞くまでもなかった。男の体が強張ったからだ。
それでも男はすぐに答えることはなかった。
「…………」
「もう一度聞く……」
と言いながら、相手の人差し指を床に押し付けて黒斧を振りかぶる。
「み、見た! 今日だ!」
男は何度も首を縦に振りながら答えた。
「質問その二。地下の下水道への入り口があるな?」
またしても答えを聞くまでもなかった。男の体が強張ったのだ。
一瞬躊躇したものの、男は頷いた。
「……ある」
「よし、立て。案内しろ」
ノロノロと立ち上がった男は、怯えた表情で俺とダニエルを見やり、諦めたようにトボトボと歩き始めた。
廊下の突き当たりの扉を開け、中に入る。
そこはセラーだった。壁を埋め尽くす酒瓶の並んだ棚。そして樽。アルコールの匂いが充満していた。
男はセラーの右奥に向かい、一本の瓶を掴んだ。そして、手前に倒す。棚の奥で、ガコンという音が鳴った。棚の柱を掴んだ男が力を入れて引くと、棚そのものが扉のように開いた。その奥に小ぶりな扉が見える。
まさに、ザ・隠し通路だった。ちょっと楽しくなってしまった。
「ほう……なかなか……」
『嘘ではないが、何かを隠しておるぞ、この男……気を付けろ』
ヒムロの言葉に脳内で頷きつつ、
「……お前が先に入れ」
罠を警戒して、男を先行させる。
小ぶりな扉の先は、煉瓦で覆われた通路だった。床も壁も、アーチ状の天井もすべて煉瓦だった。下水道らしいといえばらしい見た目だ。
天井には、ほんのりと光る常夜灯のような魔灯が点々と埋め込まれている。
男はチラチラと背後を振り返りながら、ゆっくりと進み――突然、走りだした。
『む……この先、床がおかしいぞ。風がにじみ出ておる』
ヒムロの声が頭に響き、俺は追いかけようとした足を止める。
足を止めた俺の横を氷の槍が飛んでいった。すぐ後ろにいたダニエルが放ったものだ。
氷の槍は、前を走る男の膝裏に命中。男は斜めにすっ転んだ。
「ぐあっ……! あ、しまっ……」
転んだ男が床に手をつくと、煉瓦の床が軽い音を立てて崩れたように見えた。だが、実際は崩れたのではなく、下に向けて開いたようだ。下開きのトラップドアといったところか。
男はそのままするりと床下へと落ちていき、煉瓦の床は何事もなかったかのようにカラカラと音を立てて元の位置へと戻った。
竜眼で見てみると、四角く枠を切り取ったかのように微かな風が床下から立ち昇っていた。
「落とし穴か……しっかし、殺意が高いくせに、さらっとしてんな」
落とし穴の縁でかがみこんで床を押してみた。
軽い力で押しただけで、煉瓦の床が下へと開く。かなり絶妙なバランスで水平を保っているようだ。煉瓦の床に見えていたが、正体は薄くスライスされた煉瓦を張り付けた木の板だった。
「真ん中に落ちない場所があるみたいだね」
ダニエルが指さした部分は、床に擬態したドアが下に開いても床として残っていた。「凹」形の穴だったようだ。
「なるほどなぁ。踏める場所が分かってる奴ならそのまま行けるが、知らない追っ手は間違いなくドボンだな」
「しかも、落ちた先は、スライム溜まりだね。かなり深そうだ。そのまま飲み込まれて、声を上げることもできない。蓋の戻りも早いし、単独で落ちてしまったら後続も気づけないね」
ダニエルが穴の底を覗き込んで、そう言った。
スライムで溺死って嫌な死に方だな。
「……かなり手が込んでるな。この先が本丸かもしれん」
俺とダニエルは、警戒しつつ落とし穴の先へと進む。
だがしかし、煉瓦の回廊の先にあったのは上り階段で、その先は地上だったのだ。
夜のルフリンの街路に出てしまった俺たちは首を傾げた。
「なんでだよ……」
「……騙された? それとも、ここじゃなかったのかな?」
「アルバが間違えるとも思えんし、さっきの男はミーシャを見たはずだ。そもそも、こっちのルートはあいつらの脱出路だったんじゃねえかな。正解の隠し通路は別にあるんだろ」
頷いたダニエルと共に、煉瓦の回廊を引き返すことにした。
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