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奪われたもの

 日が暮れて、そろそろ晩飯かな、という時間になってもミーシャは帰ってこなかった。

 宿の老婦人は心配そうにしていたが、俺はあまり気にしてはいなかった。なんせ、ルフリン拳闘界のチャンピオンが一緒に居るのだ。

 とはいえ、遅くなるようなら、迎えに行くべきかなと思って〈指揮〉スキルを発動。ミーシャの位置を確認したところ、妙な場所に居ることが分かった。しかも、一人でだ。ディアーネは自宅と思しき場所に居た。

 妙な胸騒ぎを覚え、俺はすぐに宿を出ようとして――。


「夜分に申し訳ありません、こちらにドラゴンスレイヤー……失礼、冒険者のジン・オガミ殿はいらっしゃるか?」


 宿に入って来たのは、衛兵隊の装備に身を固めた若者だった。

 まさに宿のエントランスで鉢合わせた感じだ。


「俺だが?」


 目をキラキラさせた若者が俺を見上げてきた。


「自分は、ルフリン衛兵隊の者です。バランスク隊長より、言伝があります!」

「バランスク……? 誰? てか、隊長だからエディオスか」

「はい。大至急、ダニエル・ヴィシンゼク様の御宅へと向かわれたし、とのことです!」

「ダニエルの家? エディオスもそこに居るのか?」

「はい!」


 エディオスとダニエルが同じ場所。そして、ディアーネも。何故かミーシャだけが別の場所に居る。そして、大至急来いと。

 ろくでもない事が起こったのだ。

 そう直感した俺は、すぐに宿を飛び出る――前に、俺のメインウェポンを取りに部屋に戻る。手ぶらでは駄目だろうという予感があったのだ。


「俺は直接向かう、ご苦労だった。隊に戻ってくれ!」


 そう俺が叫ぶと、若者は「ご案内します!」と真面目に答えたが、それは無理な話なのだ。

 俺は二階の自室から、向かいの建物の屋根へとジャンプ。さらに屋根伝いに走り、通りを飛び越えていく。道が入り組んでいるルフリンの街中は、屋根伝いが一番早いのだ。

 置いてけぼりを喰らわせた衛兵には悪いと思ったが、大至急なのだから仕方がない。


 ほんの五分ほどでダニエルのアパートについた。下からではなく、上からお邪魔しますになってしまったが。

 ダニエルとエディオスの挨拶もそこそこに、俺は奥の寝室に通された。

 そこでは、ディアーネがベッドに身を横たえていた。


「ごめんなさい、私が、ついて、たのに……」


 くぐもった声で、彼女はそう言った。とても言い辛そうにしながらも、これだけは言わねばならない、そんな気持ちがにじみ出ていた。

 ディアーネは、顔の下半分から首までを包帯でぐるぐる巻きにされていた。美しい顔が粗末な包帯に隠されて、痛々しさが倍増している。

 これほどの傷を負ったディアーネを見たのは初めてだ。


「……何が……何が、あったんだ……!?」

「ミーシャが誘拐されたんだ。妹は誘拐犯の一撃を喰らって、この通りさ」


 無表情のダニエルがそう言った。

 意識がフォーカスを失う。

 一瞬の空白。

 俺の……オレノ、モノガ、ウバワレタ!

 普段は押し込んでいる獣性が溢れだし、転狼してもいないのに牙が伸びる。そして、頭の筋肉が沸騰した。


「あ、おい、ちょっと待て!」


 エディオスの声が背後から聞こえたが無視をした。

 ダニエルのアパートを飛び出し、最短距離でミーシャの居る場所へと屋根上を走る。

 ものの三分でついた。

 貴族の屋敷に囲まれた、ひっそりとした一角だった。人の気配も灯りもまったく無い、寂寥とした場所だ。


 そこは、墓地だった。


 言いようのない不安が胸中を駆け巡る。死のイメージが苦みを伴って口中に満ちた。

 〈指揮〉スキルが指し示す場所へたどり着くと、そこは何もない苔の生えただけの地面だった。

 ここにミーシャがいる。

 ありえない――と頭のどこかが叫んだが、体が勝手に動いた。

 黒斧で地面を抉り、土くれを放り投げる。体中を駆け巡る怒りを燃料に、狂った犬のように穴を掘り進める。だが、いっこうに土しか出てこなかった。それでも俺の手は止まらない。


 不意に、凍えるような冷風に全身が包まれた。一瞬、体が凍結した気がする。それほどの冷気だった。


「ジン、少しは頭が冷えたかい?」


 すぐ後ろに、息を切らせたダニエルが立っていた。


「ミーシャが、ミーシャがここにいるんだ!」


 穴を指さして俺が叫ぶと、ダニエルは首を横に振った。


「もう少し頭を冷やしたほうがいいかな……」


 ダニエルが掌を俺に向けると、白い霧が俺の頭に向かって放たれた。


「冷たいって……」


 俺がしゃべると、パリパリと音を立てて顔の表面を覆っていた氷が剥がれて落ちた。

 肩を軽くすくめたダニエルが、


「地下だよ。位置は合ってるけど、もっと下だと思う」


 ダニエルの言葉で我に返った。そうだった、〈指揮〉スキルで高さは分からないのだ。

 氷漬けにされて、ようやく脳の筋肉が冷えたようだ。


「すまん、取り乱した……」


 俺の言葉にダニエルが苦笑いを浮かべて頷いた。


「君が暴走してくれたおかげで、少し冷静になれたよ。僕も今すぐ走りだしたい気分なんだけど、走るだけじゃあ駄目みたいだね」

「地下、と言ったよな。何があるんだ?」

「下水道だよ。ルフリン百年の歴史が絡まった、ダンジョンと呼んでもいいほどの地下水路さ」


 下水ダンジョンか。

 なんというか、ゲームの定番マップだよな。


「入り口はどこなんだ?」

「そこが問題なんだ。点検用の入り口は無数にあるんだけど、それらすべてが繋がっているわけじゃない」

「繋がってない……? 下水道なんだろ?」

「水路は繋がっていても、人が通れない場所が多いんだよ。ルフリンの街が広がるにつれて、下水道も拡張していったんだけど、そのたびに増築や廃止があったらしくてね、全容を把握している人はたぶんいないんじゃないかな」

「厄介だな……」


 もどかしさに、土くれを蹴っ飛ばす。

 すぐ下にミーシャが居るのが分かっていながら、その真上で足踏みをするしかない。

 〈指揮〉スキルを使って、ミーシャに問いかけをしてはいるが、返事はまったくない。うめき声すら聞こえないので、気を失っているか眠っているか、どちらかだろう。死んではいないはずだ。もしそうなら、〈指揮〉によるマーカーの表示が変化するはずだからだ。


「ダニエルは下水道に入ったことはあるのか?」

「あるよ、何度かね。地下下水道に潜む盗賊なんてのもいたから」


 軽く驚いた。後ろ暗い連中の巣窟となっていたとは。


「まさか、下水道の先に、盗賊ギルドのアジトがあるとか?」

「……? いや、それはなかったかな。しかし、どうしようかね。片っ端から潜るのも時間がかかりすぎるし……」

「位置は分かってるのに、そこに向かう道が分からねえか……どうやって追跡を……あ!」


 追跡で思い出した。ちょっと前に夜盗のアジトを胡椒の匂いで見つけ出せたじゃないか。

 転狼した俺なら匂いを辿れるはずだ。


「ミーシャの匂いを辿る!」

「良い考えだね……でも、ジンは変身してはいけないよ?」

「なんでだ、ってそうだった、町中だ……」


 いくらなんでも、ルフリンの中で転狼はさすがにまずい。マントとフードで誤魔化せるか、いや苦しいな。大きなお耳やお口を隠せない。


「アルバがいるじゃない」


 ダニエルの言葉に、俺はポムと手を打った。



    ○



 フンフンとアルバが石畳の上を鼻息で掃除しつつ、トコトコと歩く。

 その歩みは確かなもので、確実にミーシャを追跡できていると思う。アルバは「ミーシャが攫われた」と言った俺の言葉を理解しているようで、真剣な眼差しで脇目も振らず匂いを辿っていく。いつもなら、あちこちフラフラする落ち着きのない歩きっぷりなのだが、やるときはやる子のようだ。

 ちなみに、竜眼で匂いを可視化できたのだが、そもそもどれがミーシャの匂いなのか判別がつかなかった。役に立たない駄竜である。


『吾輩、匂いの知識など、ほぼ無いのであるが……』


 ディアーネが襲われてミーシャが誘拐された場所は、例の下着屋のすぐ横の細い道だった。

 事の起こりは、こうだ――。

 下着屋から買い物を終えて出てきたミーシャの荷物を、何者かがひったくり逃走。

 犯人をディアーネがすぐさま追跡し、店の横にある道に飛び込んだところ、剣を抜いた金髪エルフの男が待ち構えていた。

 目を合わせた瞬間、ディアーネは金髪エルフを敵と認識、顎を砕いてやろうと拳を振りぬいた。

 だが、顎を砕かれたのはディアーネの方だった。

 そして、ディアーネの後を追ってきたミーシャは、金髪エルフの男に連れ去られてしまったのだ。


「ディアーネが、カウンター取られたってのか……?」


 俺が信じられないとダニエルに訊くと、彼は渋い顔をしながらも頷いた。


「僕もね、そんなバカなと思ったよ。でも実際、ディアーネは顎を砕かれ、道に倒れていた」

「……ミーシャは抵抗できなかったのか」

「うん……ディアーネはすぐに意識を失ってしまって、ほんの少ししか覚えていないらしいんだけども、連れ去られるミーシャはぐったりとしていたらしい。魔法か、あるいは、薬か……唯一の救いは、ひったくりの現場を見ていた女性冒険者のパーティが、すぐ後に来てくれたことかな。おかげでディアーネは命を失わずにすんだ……」


 ギリッと奥歯が鳴った。

 俺の大事な存在を奪った奴らが、傷付けた奴らが憎い。腹の底でふつふつと煮えたぎったマグマが、口から溢れ出そうになる。

 己の欲望を満たすために、暴力をもって無辜の人を踏みにじる奴ら。

 本当に、本当にどこにでも湧くクソ虫共だ。こちらを害することを目的に近づいてくる奴らに、話し合いなど無意味。付け入る隙を与えるだけの愚策だ。


 ――暴力には暴力で応える。暴力に負けない暴力を身につける。


 俺が死をもって獲得した、「マイルール」だ。

 心の片隅に、「竜鱗なんか持って帰ったからだ」と囁く俺がいる。だが、それこそ負け犬の言い訳だ。仮に俺が竜鱗を持って帰らなかったとしても、別の誰かが、未来の俺たちが、クソ虫に噛まれることになるのだ。

 だから、俺は決めた――奴らは鏖殺(ミナゴロシ)だ。


「明らかに、ミーシャ狙いだよな。しかも、突発的な犯行じゃあない」


 俺たちの後ろをついてきているエディオスがそう言った。


「僕もそう思う。少なくとも、今日より前から動いていたと見るべきだろうね。狙いすましたように、ジンが居ないタイミングで仕掛けてきている。ずっと監視していたんだよ」

「……ドラゴンの鱗が狙いじゃないのか?」


 俺はてっきり、おおやけになった竜鱗を狙った犯行かと思っていた。身代金(みのしろきん)ならぬ、身代鱗(みのしろりん)だ。

 エディオスは頷きつつも、


「狙いはそうだろうよ。だが、今日の発表を聞いて、即座にミーシャを誘拐するなんざ、さすがに無理だ」

「うん……? もっと前から狙ってたって?」


 俺が首を傾げると、ダニエルが神妙な顔で、


「冒険者だよ。ギルドで僕たちがドラゴンスレイヤーだと知られたのは、けっこう前だから。その時から目を付けられていたんだ」


 確かに、ミロが俺のカードを見た時、かなりの数の冒険者がギルドには居た。

 その中に、ろくでもない冒険者モドキが居てもおかしくはない。


「ドラゴンを倒したんなら、お宝が出たはずだってか……」


 眉間に皺が寄ったのが分かる。


「欲の皮が突っ張った、クソ虫共が……さっさと地獄送りにしないとな」

「ワフン!」


 アルバが返事をしたのかと思ったが、そうではなかった。

 足を止め、俺の顔を見上げて尻尾を振っていた。


「……ここか?」

「ワウ」


 そこは、繁華街の場末も場末。いつも通っている酒場の通りから一本入った、街灯がまったくないうらぶれた場所だった。目の前には、古く手入れがされていない三階建てのアパートのような家屋。

 アルバが足を止めたのは、その家屋の片隅に口を開けている地下への階段の前だった。

 階段の手前には樽が据えられており、上に火の入ったランタンが置かれていた。


「やっぱ、こいつらだったか……」


 エディオスがランタンの前に置かれていた木片を見ながら、そう言った。


「こいつら? 何か知ってるみたいだな」

「ヴァリド商会……商会と名乗っちゃいるが、ルフリンに寄生するろくでなし共の寄り合い所みたいなとこだ。ここ二、三年で一気にでかくなってな」


 確かに木片には「ヴァリド商会 三番会館」と書かれている。


「ディアーネを襲ったのが金髪のエルフだった、って聞いてピンときてな。そこの会頭が、ヴァリド……金髪のエルフだと言われてる」

「まさか、商会の会頭がディアーネを殴り飛ばして、ミーシャを攫ったってのか?」


 エディオスはゆっくりと頷いた。


お読みいただき、ありがとうございます。

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