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祭りの兆し

「ドラゴンスレイヤー!」


 冒険者ギルドのいつものカウンターで、カードリーダーを見ていたミロが驚きの声を上げた。

 その声に、いつもざわついている冒険者ギルドのホールが静寂に包まれる。


「おいミロ、マジの話なんか?」


 年かさの冒険者がミロに訊いた。


「本当よ。カードに称号が記されてるの。倒したとは聞いてはいたけども……カードに載る称号なんて初めて見たわ……」


 ミロの言葉の数秒後、どっと歓声が沸き上がった。

 俺は馴染みの冒険者からバシバシ背中を叩かれながら、やれどう倒しただの、やれドラゴンの大きさがどうだのと質問攻めにあった。それはダニエルやディアーネも同じで、冒険者たちに取り囲まれていた。ただ、妙に女性が多かったが。

 その騒ぎの中、ギルド支部長が出てきて、ルフリンダンジョン地下四層の階層主であるアイスドラゴンが倒されたことを皆に伝え、ルフリンダンジョンが踏破されたことを正式に宣言した。

 その日、ルフリン冒険者ギルドはかつてないほどのお祭り騒ぎとなり、ギルド酒場が半額で酒の提供をはじめたせいで、ルフリンの中央広場は酔っぱらい冒険者で死屍累々となった。


 それからの数日間、ルフリンの街はどこか浮ついた雰囲気に包まれていた。

 切り拓いた深淵の森からダンジョンの入り口が発見されて百年。その入り口に蓋をするように作られた城塞と、そこを起点に大きく発展したルフリン。長らく停滞の時を過ごしたが、ついに街の発端となったダンジョンが踏破されたのだ。


「我らが侯爵閣下より重大な発表がある。心して聞くように」


 俺たちがドラゴンを倒して数日後、中央広場の演壇に身なりの良い役人が立って声を張り上げた。

 もっとも、声が聞こえてくるのは彼の脇に置かれたスピーカーからだが。

 この世界、マイクとアンプとスピーカーが普通にあるらしい。お安いものではないらしいが、魔石をポンとはめれば、声を大きくしたり録音した円盤から音楽を聞けるのだ。そう、この世界、レコードが既にある。レコード盤の材質はエボナイトで、針はサボテンの棘だそうだ。とある召喚勇者が人生の大半を費やして完成させたのだという。召喚した神さまはそれで良かったのだろうか……。


「まず、長らく冒険者を拒んできたルフリンダンジョンの踏破を、ここに宣言するものである。最下層の階層主であるアイスドラゴンは討伐され、その身より数多の竜の鱗がもたらされた」


 集まった人々の反応は様々だった。

 ダンジョン踏破のことを知らなかった人もかなりいたようで、あちこちでざわめきが起こった。それ以上に皆が驚きを示したのはドラゴンという単語と、それを倒したという事実だった。ざわめきが、どよめきに変わった。

 そして、ごく一部だが「竜の鱗」という単語に過剰に反応した界隈があった。商人たちだ。

 商人たちが口々に問いかけの言葉を役人に投げるも、それらの一切は無視され、


「竜の鱗は、鑑定によって本物であり、品質が『優』であることが確認された。なお、竜の鱗は討伐したドラゴンスレイヤーたっての願いにより、一切が侯爵閣下により管理されることとなった」


 その宣言に、商人たちが悲鳴に近い溜息を洩らした。

 まあ分からんでもない。竜鱗という激レアアイテムが転がり出たと思ったら、はなっから領主が握っていたのだから。

 茶番ではあるが、侯爵預かりになったことを宣言してほしいと頼んでいたのだ。言ってしまえば、侯爵を弾避けに使ったわけだが、特大の竜鱗を献上したことで、二つ返事で了承してもらえた。

 ちなみに俺は領主には会っていない。

 ダニエルが「ジンは侯爵の目にとまらないほうがいいと思う。取り込まれるよ?」と怖いことを言ったので、一任することにした。

 今のところは、貴族や国に縛られる気はさらさらないしな。

 そもそも、ダニエルは伯爵家の長男っていう、れっきとしたワドワ連合王国の貴族だ。

 実際、ここの侯爵と面識があるようで、エディオスもダニエル一人のほうがすんなり謁見できると言っていた。そうして、初めて見るお高い服を着たダニエルが、エディオスと連れ立って城塞に赴いたのだ。途中、すれ違った女性たちが例外なく振り返り「ほぅ」と溜息を洩らしていた。さすが氷の貴公子。


 役人によるお達しはしばらく続き、最後に爆弾を投下した。


「――この竜の鱗は、侯爵閣下主催による、公開オークションにてお披露目される。開催地はこのルフリン、城塞の大ホールにて。参加資格は特に設けてはおらぬ故、我こそはと思う者は領主府にて販売している参加票を購入するように。なお、慈悲深き侯爵閣下の御厚意により、オークションによる利益の半分は、このルフリンに投じて下さることとなった」


 中央広場を埋め尽くした人々から、歓声が上がった。

 分かりやすい人気取りではあるが、直接自分たちの街に金が落とされるとなれば、喜ぶしかないだろう。もっとも、目に見えてそわそわし始めたのは商人たちだったが。

 役人が両手を上げると、波が引くように声が収まっていく。


「オークションの開催は……二か月後である! 我が国のみならず、近隣諸国からも参加者が集うであろう。ルフリンに住まう民よ、我が街を知らしめるまたとない機会である。侯爵閣下は皆の働きに期待しておられる。その想いに応えようではないか。侯爵閣下のために、ルフリンのために!」


 熱っぽく役人が語ると、群衆がどっと沸いた。

 なかなかあの役人、役者だなあ。そういう人を選んだのだろうか。

 沸きかえる群衆の中から、商人っぽい人はもう走り出していた。あちこちから、店を開くだの、屋台を出すだの気の早い声が聞こえてきた。


 俺はミーシャと共に、沸きかえる中央広場から退散した。


「侯爵は、ご主人様が考えられたことを採用なされたんですね」

「だな。でもまさか、全部載せとは思わなかったよ」


 ダニエルが侯爵に竜鱗を預かってもらう交渉を持ちかけるついでに、俺がいくつかアイデアを出したのだ。

 簡単に言えば、日本であった「町おこし」の取り組みみたいなものだ。

 竜鱗のオークションをルフリンで開催すること。参加にあたっては貴賤も国籍も制限しないこと。地域全体を巻き込むこと。そして、住人全員に分かりやすい還元をすること。

 それらは最終的に、ルフリンの発展という成果となって返ってくるだろうとも伝えた。

 また、派手にやることで、ルフリンのダンジョンが踏破されたことが周知されるし、人の手でドラゴンを倒せた(・・・)という事実が広く伝わる。その後は、王都周辺に集中しがちな冒険者たちが、ルフリンに押し寄せて来るだろう。

 そのあたりのことを、デメリットも含めて正直にプレゼンするようダニエルに頼んだのだ。


 わざわざこんなことを侯爵に提案した理由は「共犯者」となってほしかったからだ。頼まれたから預かってやった――だけでは、何かあったときに掌クルーされそうだと思ったのだ。実際、日本で手首がよく回る取引先に酷い目にあわされたからな……。

 なので、侯爵の懐に入る手数料の料率は少し高めに設定した。俺たちの取り分がちょっと減ってしまうが、侯爵にも旨みがあるほうが本気になってもらえるからだ。


「なんだか、皆さん嬉しそうですね」

「そりゃ、降って湧いた祭りだからな」

「お祭り、いいですね。とっても楽しみです!」


 ミーシャが屈託のない笑みを浮かべる。

 釣られて俺も笑みがこぼれた。


「あ、来てたんだ。ちょうどいいや、アンタたち探してたんだ」


 野生のディアーネが現れた。珍しく一人だ。


「ん、ダニエルは?」


 俺がそう訊くと、ディアーネは遠くに見える城塞を指さした。


「侯爵とその手下どもと悪巧みの相談」

「そうは言うが、俺たちが悪巧みの言いだしっぺだろう?」

「俺たち、じゃないっしょ。アンタが言い出したの」

「そうだっけ?」

「しらばっくれんなー。でもさ、兄ちゃん、アンタの悪巧み聞いてからノリノリでさぁ……すんごいヤル気出してんだよね」

「そりゃアレだろ、派手に状況が動けば、マイルが貰えるからだろ」


 ディアーネが首を傾げる。


「なんで? アンタがやんなくてもいいの?」

「俺が出したアイデアで、停滞してたことが打開されたんなら、加算されるはずだぞ」

「ふぅ~ん?」


 あんまり分かってない感がアリアリだ。

 見た目通りなら、ちょっと頭の緩めな女子高生ってことで、生暖かく見守れるんだが……このお嬢さん、これで人間を二十九年もやってるんだよなぁ……。


「痛いんですけども……?」


 突然、ディアーネに脛を蹴られたのだ。


「なんか、すっごいムカつく視線を感じた!」

「……冤罪だ、冤罪」

「今、目逸らしたよね!?」


 目と身体能力だけは恐ろしく良いのが厄介だ。


「ヒムロが勝手に俺の目を動かしたんだよ。アイツ、いろいろ見るのが好きでさぁ」

『いきなり吾輩のせいにされたんじゃが!?』


 今日はヒムロには自由に見させている。なので、役だってもらうことにした。

 3ミリぐらいの薄目でディアーネが俺を見つめてくる。口は見事な「3」の形だ。

 俺はしれっと気づかないフリをして、


「……で、これからどうすんだ? 探してたって言ったよな」

「あ、そうだった、アンタに用はないんだった」

「ないんかい」


 ディアーネは俺の隣でぽやんとしていたミーシャに向いて、


「ね、ミーシャ、買い物いかない?」

「お買い物、ですか? 何を?」

「下着。ギルドの裏通りにある下着屋さんがさ、ダンジョン踏破セールやってんの」

「ああ、あそこのお店ですかぁ……」


 と言ったミーシャが、俺をちらりと見上げる。


「いいよ、行っといで。さすがに俺は入り辛い」


 ていうか、下着とダンジョン踏破の関連性を問い詰めたい気分なんだが。


「あの店って、冒険者用の下着もあるし、カワイイ下着もあるしで、半日ぐらい潰せるよねぇ」


 むちゃ関連企業だった。

 冒険者用下着って、現代日本で言うスポーツブラとかそんな感じなんだろうか。

 ちなみにだがこの世界、ブラもパンツ――ショーツと言うんだっけ、も普通に買える。言うまでもないだろうが、召喚勇者関連企業の製品だ。素材は綿か亜麻、絹といった天然由来のものだけ。化繊どころか合成樹脂すら見たことがない。アセチレンガスが使われているぐらいなんだから、ポリエチレンやポリ塩化ビニルぐらい合成できそうな気がするのだが、神さまが何か制限をかけているのかもしれない。エディオスの万年筆はエボナイト軸だったので、天然素材ベースならオッケー牧場ということなのだろうか。


「そうですね、あそこってサイズのバリエーションが多くて、助かってます。普通のお店だと、なかなか合うのがなくて……」

「……こいつか、こいつのせいか!」


 と言いながら、ディアーネが憎々し気にミーシャの特大マシュマロさんをつんつんしていた。


「ひゃっ! ちょ、やめ、ディアーネ!」

「アハハハ、じゃ行こっ!」

「え、でも……」


 ディアーネが戸惑うミーシャの手を引いて歩き出す。ミーシャは行くとも行かないとも言っていないのだが、相変わらず突っ走るお嬢さんだ。

 とはいえ、ミーシャも嫌がってる様子はなく、むしろ俺から離れるのを気にしている程度だ。

 そうだ、大事なものを渡さないとな。


「ほら、ミーシャ、気を付けてな」


 俺はミーシャに金貨二枚を放る。

 とろくさいとはいえミーシャも冒険者だ。パシッと空中で金貨を掴んだ。


「あの、えっと……」

「経費だ、経費。冒険者用も、普段用も、必要なだけ買ってきな。お釣りは小遣いにしろ」

「はーい!」


 ニッコリ顔のミーシャが、ディアーネに引きずられていった。

 俺が「買ってこい」と言ったので命令扱いになり、〈隷属の呪い〉がイイ感じに作用したのだろう。さっきまで見せていた躊躇が綺麗さっぱりなくなっていた。

 なんだかんだであの二人は仲が良い。最近は、俺やダニエル抜きで、二人して甘い物を食べに行ったりしている。ちょっと前までのミーシャは、俺か宿の老婦人が一緒じゃないと街に買い物に出るのすら渋っていたのだから、いい傾向といえる。

 ミーシャの成長というか、回復が見えて、嬉しいやら寂しいやら、なんとも言い難い気持ちになる。

 これが、世のお父さん方の気持ちなのだろうか。娘が欲しくば、俺を倒してみせよ……とか言う日がくるのだろうか。


『ついていかなくてよいのか? あのドワーフの娘は、貴殿の(つがい)であろう』


 ヒムロがいきなりとんでもないことを言いだした。


(どこをどう見たら、そう見えるんだよ……)

『どこからどう見ても、そうとしか見えないのだが……?』

(そんなんじゃないって。言ってしまえば、ただの保護者だ。あの子が自由になりたいって言えば、すぐにでも解放するつもりさ)

『なるほど……不憫なことよ。貴殿、生物としては欠陥品だな』

(失敬な!)


 それから俺は一人、ルフリンの街をぶらぶらした。

 脳内であれこれ喋りまくるドラゴンの声をBGMにしながら。


 そして、その日――ミーシャは帰ってこなかった。


お読みいただき、ありがとうございます。

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