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棺桶に両足

 教会への道すがら、俺はダニエルとディアーネに「神さマイル」の説明をした。

 マイルを貯めれば、景品と交換できる――という話に、頭の上に「?」マークを山ほど浮かべていた。そりゃそうだわな。

 ヒムロの好きそうな言い回しだが、神への貢献に対して下賜されるものである、と言うとすんなり理解してくれた。その辺はまあ、育った環境の違いなんだろう。

 ついでに、白紙の神薬の効能も伝えた。


〈白紙の神薬 : 身体の状態を初期化する。後天的に獲得したスキルのすべてを消去し、生来のスキルのみを残してランクを1にする。また同時に、すべての付与と状態異常を消去する〉


 何に使うんだコレ――というのが最初の印象だった。ゲーム的に言うなら、キャラリセットの薬だ。わざわざこんなアイテムが用意されているということは、スキルを消したいという需要(・・)があるのだろうか。


「なぁ、ダニエル、スキルを消したいと思うことってある?」

「え……!? スキル? 消したいのかい??」


 珍しく挙動不審な様を見せるダニエル。

 そりゃ、いきなり「スキル、消したい」なんて言ったら驚くか。


「いや、俺じゃなくて、一般論として」


 首を傾げながらも、俺の言わんとすることをダニエルは理解してくれたようだ。


「あるないで言ったら、あるよ。スキルって数が多ければ良いってものでもないんだ。系統が違うと、お互いの成長を阻害してしまうんだよ。近接戦闘用スキルを高めると、魔法スキルの上がりが悪くなる。逆もまたしかりだね。僕の場合、あくまで片手武器は補助的なものにとどめてるから、さほど影響はないけど……」

「私は逆かなぁ。治癒魔法は専門の治癒師ほどじゃないから、腕なんかちょん切れたらくっつけらんないからね?」とはディアーネだ。

「わたしは魔法系統しか持ってませんから、特に心配はないですね。生産系のスキルはどの系統とも競合しませんし。むしろ生産系のスキルは相乗効果(シナジー)がありますから」とミーシャ。

「なるほどなぁ……もしかして、系統違いを同じように鍛えると、中途半端な能力になる?」


 俺の問いに、ダニエルとディアーネ、ミーシャが揃って頷いた。

 魔法剣士の器用貧乏感よ……。

 スキルビルド系のゲームでよくある話だ――「ファーストキャラはどっちつかず」。その局面に対応するための神薬なのだろう。何気に神さまは気が利いてる。


「そうは言っても、スキルを消そうなんて、まず思わないからね?」

「普通はそうだよなあ」


 有用なスキルを持っているのは二十人に一人と言われる世界で、せっかく生えたスキルを消そうなんて、よほど行き詰ってしまった人ぐらいだろう。やっぱ、これって転生時にスキルを入手できる召喚勇者向けのアイテムだよな。


「それで……神薬は、手に入りそうなのかな……?」


 どこか不安気な顔でダニエルが聞いてきた。


「今すぐは無理だな。神薬は一万マイル……えーと、神さまへの貢献度が一万必要だと思ってくれ。んで、今俺のポッケに入ってるのが、千五百マイルほどだ」

「ぜんぜん足りてないじゃん」


 ディアーネがジト目を向けてきた。

 これでもかなり増えたんだけどな……。


「現時点ではな。神殿で神さまに祈らないと、マイルは貰えないんだよ」

「ああ、だからこれから貰いにいくワケね。いきなり教会に行こうとか言いだしたから、何事かと思った」


 教会の奥にある神殿はいつものように、誰もいなかった。

 半円状に広がった祭壇は八つの区画に分割されており、それぞれに神の像が飾られているだけだ。装飾も質素で荘厳さは微塵もない。

 この世界、神さまが当たり前のようにいろんなことをやらかしてるくせに、熱心な信徒みたいな人に会ったことがない。身近な存在すぎるせいで崇め奉る精神が育たないのだろうか。暴君のように税を搾り取ることはないし、理不尽な暴力をもたらすこともない。恐怖の対象にはならないだろうが、お金を積んでなんとかなるような存在でもない。信仰する神の名においての弾圧も擁護も禁じられているので、宗教戦争なんか起こりようもない。

 実態としては、大雑把な日本人の宗教観に近いのかもしれない。


 俺はいつものように、破壊の神の像の前に跪いて祈りを捧げる。

 なんだかんだで、ダンジョンに潜るようになってから、あまり来ていなかったと気づいた。

 神さまがご立腹でなければよいが……。


(神さま、おかげさまでルフリンダンジョンを踏破できました。スキルがいっぱい増えてウハウハです)


 脳内に我が神のハスキーボイスが響く。


(この短期間でよくぞダンジョンを攻略した。しかし、汝ほど足繁く神殿にやって来る使徒は初めてであるな)


 神さまと俺の時間感覚はかなり違うようだ。

 てか、五千年をワンゲームと言っちゃうような存在なのだから、そんなものか。


(鬱陶しいですかね? あまり来ない方がいいですか?)

(そんなことはない。我々はすべてを知る立場にあるが、人の頭の中を覗くことはルール違反になるのでな。使徒との対話は貴重な体験なのだ)


 それって、その気になれば、覗けるってことですよね。というか、最初に会ったときに思考は読まれてた。この世界に放り込む前ならルールに抵触しないということか。


(ありがとうございます。それでですね、マイルなんですが……)

(うむ、ルフリンダンジョンの階層主を多数撃破し、三百年ぶりに踏破したことで、それなりに加算されておる。もっとも、停滞したルフリンダンジョンの状況を打破したことのほうが加点は大きいがな)

(状況の打破、とは……?)

(ルフリンダンジョンの攻略は、長らく地下三層で止まっていたであろう?)

(そのようですね)

(秩序の神からすれば「安定」という状態だそうだが、我に言わせればただの「停滞」だ。それをぶち壊した。ダンジョン踏破の報は広く喧伝され、数多の冒険者がルフリンにやってくるだろう。状況が流れ始めたのだ。いわば、事象の堤防を破壊(・・)したことになる)

(ははぁ……そういう形而上的な破壊でもいいんですか)

(極端な話をすれば、汝が人妻を誘惑して相手の夫婦関係が破綻すれば、マイルが加算される。そこいらの民草であれば1マイルがせいぜいだろうが、どこぞの王妃ともなれば莫大なマイルが稼げるだろうな)


 と言って、我が神がクスクスと笑った。

 王妃と不倫て……どこの円卓の騎士だよ。


(勘弁してください……)

(フフ、期待しておるぞ。話は変わるが……ダンジョンから面白いものを持ちだしたようだな?)

(持ちだす……? 戦利品でしょうか?)

(目だ)


 突然、俺の左目がバチコンと閉じられた。

 頭の中に、誰かの感情が流れ込んでくる。それは、とてつもない焦りと恐怖。

 氷の穴倉で、脂汗をだらだらと流すアイスドラゴンの姿が脳裏をよぎった。


(目を開けよ。我をしかと見よ。二度は言わぬ)


 神さまのいつになく冷淡な声が響く。

 左の瞼が痙攣したようにプルプルしながらゆっくりと開くと、目の前にすらりとした美しい生足が見えた。艶のある漆黒の肌に、うっすらと筋肉が浮かび上りつつも女性らしい柔らかさを感じさせる絶妙なバランスを保った脚だ。言うまでもなく、我が神だ。

 久しぶりに見る破壊の神は、相変わらず目のやり場に困る装束をまとっており、腕を組んで彫像に背を預け、俺の目の前に立っていた。


(上手くシステムの穴をついてやった、とでも思っておるのか?)


 燃え盛る炎のような赤い髪を払い上げた神さまが、ジト目で跪いた俺を見下ろしてくる。

 俺に向けた言葉ではないのだろうが、その圧に冷や汗が吹き出る。


『めめめ、滅相もございません! あくまで、わたくしめの望みと、そこな召喚勇者の欲望が合致したにすぎません。召喚勇者が欲しがらねば、わたくしとて与えはしません!』

(あ、てめえ、俺のせいにするんじゃねえよ)

『うるさい、貴殿が欲しいと言ったのだ! 吾輩の目を貴殿が食ったのだから、一蓮托生であろうが!』


 ヒムロの醜態を、神さまはフンと鼻で笑った。


(曲がりなりにもシステムに繋がった個体が召喚勇者に与するなど、許されるとでも?)

『ち、違うんです、違うんです……』

(秩序、知識、契約の神はカンカンでな、いますぐ貴様を消去せよと言っておる……)

『しょ、消去!?』


 ヒムロの首が断頭台にかけられた。刃を吊っている縄を神官っぽい人が切ろうとしている。台の横で官吏っぽい人が罪状を読み上げ、その後ろで商人っぽい人が怒り心頭で「早くやれ」と指さしていた。

 そんな俺の想像世界がヒムロに流れてしまったのか、


『ひぃっ……』


 と、竜らしからぬ悲鳴を洩らした。


(だが、混沌と娯楽の神は面白がって、豊穣の神は同情的だ。忘却の神はまぁ……どっちでもいい、だそうだ。見事に意見が二分したのでな、当事者を召喚した我に裁定が任されたのだ)


 断頭台に(かお)のない男とチャラい男がやってきて、まぁまぁと神官っぽい人をなだめている。豊満な女性がヨシヨシとヒムロの背を撫でている後ろで、杖をついた婆さんがボーっと見ていた。

 それらを一歩引いた場所から冷ややかに眺めている赤髪の美人。その手には、一振りの斧が……。

 まさに土壇場。ヒムロの運命やいかに。


『その想像をやめてくれぬか……』


 不意に、目の前の神さまがしゃがみ込み、橙色の瞳で俺の目を覗き込む。そして、底冷えのする声で言った。


(……よくも我が使徒を巻き込んでくれたな)


 赤髪の美人が、斧を振り上げる。

 俺の脳裏に「チーン」という音が鳴り響いた。


『後生です! 勘弁してください、もう二度としませんから! 消さないでくださいっ!!』


 ヒムロの恐怖が伝わってきて、俺の体がプルプルと震えだす。俺自身も神さまの圧に押さえつけられ、身動き一つとれない。


(ふん、駒ですらない貴様にかける情けなどないわ!)


 神さまの手が、俺の顔を鷲掴みにした。

 その手から、言いようのない波動が迸り俺の目を揺らす。


『アッー!』

(神さま、ちょっと、ちょっと待ってください!)


 俺の脳内の叫びを聞いた神さまが手を止める。


(どうした、我が使徒よ? 脳が痛みでもしたか?)

(いえ、そうではなく……この駄竜を許してやってもらえませんか。言動はアレですけど、俺の役には立ってくれてるので)

『立ってます! むちゃ役に立ってますから!』

(ふぅむ……)


 と言った神さまは、俺から手を離して腕を組んだ。


(こいつから奪った竜眼も、俺の戦利品みたいなものですし)

(むぅ、そう言われてしまうと、無下に取り上げる訳にもいかぬな)


 少しだけ考えた様子の神様が口を開いた。


(……神々の了承を得た。我が使徒が竜眼を行使するだけなら許す。だが――)


 神様が、俺の左目を指さして、


(貴様は、世界の記録へのアクセスを禁ずる。今後は己が目で見たもののみをその知識とせよ)


 俺の脳裏に「ひゅっ……」という息を飲む音が聞こえた。


『……謹んでその裁定に従います』

(結構。今回は我が使徒のたっての頼みということで、我がとりなした。次は、消すなどという生易しい罰は与えぬ……ルフリンダンジョン入り口の階段下に、最底辺スライムとして配置転換を行う。記憶を保ったままな)

『…………金輪際、御手を煩わすことはせぬと誓います』


 ヒムロの言葉に、神さまは何とも応えず、


(これでよいか、我が使徒よ?)

(はい、感謝します、神さま)


 神さまはニッコリと笑い、俺の頭をそっと撫でた。


(汝は、我が召喚した勇者の中ではかなり優秀だ。わずか数カ月で、これほどのスコアを稼いだ者はそうおらぬ。今後の働きに期待しておるぞ)

(は、死なない程度に頑張ります)

(うむ。死ぬなよ、我が使徒よ)


 そう言い残して、神さまはふっと消えた。

 十秒ほどして、ヒムロの声が聞こえてきた。


『ぶっはーーっ! 死ぬかと思ったわ!!』

(いやおまえ、実際、棺桶に両足入ってたから。そっから引っ張り出してやったんだからな)

『うむ、感謝してもしきれぬ。やはり神を甘く見てはいかぬな……おかげで、世界の記録との繋がりが切れてしまった』

(でもお前は、今のほうがよかったんだろ。俺の目で世界を見れるからな)

『うむ、相違ない。知識は引き出せなくなったが、竜眼で見えるものなら吾輩が解説してやろう』

(ああ、頼む)

『では――コンゴトモ、ヨロシク……だな』


 世界の記録から切れてるはずなんだが……。

 自前の記憶ということか。


(……さてはお前、オタクドラゴン――オタゴンだな?)

『異議アリ!』


 俺が脳内で漫才をやっていると、神殿の入り口で待っていたダニエルたちが近づいてきた。


「ジン、大丈夫かい? 随分と長いこと祈ってたみたいだけど……」

「大丈夫だ。ちょっと居候(いそうろう)のことで神さまから物言いがついただけだ」

「居候って、なんですか……?」


 と、ミーシャが首を傾げる。

 左目をちょいちょいっと指さすと、ディアーネが肩をすくめた。


「ああ、竜眼っていうか、アンタに寄生した変な喋りするドラゴンね」

『吾輩、パーティメンバーからも寄生扱いであるか……』

(間違っちゃいないだろ)


 どこかそわそわした感じのダニエルが訊いてきた。


「それで、どうだった? 神薬は、下賜されるのかな?」


 そういや、そうだった。駄竜のせいで、ここに来た目的を失念していた。

 俺はステータスウィンドウを開いて「神さマイル」のタブを開く。


「……すまん、足らないようだ。七千まで増えてるが、一万まではまだまだかかりそうだ」


 現在のマイル数は七千と少々。ここに来た時は千五百ほどしかなかったので、相当に増えたことになる。だが、神薬のコストは一万マイル。ちょっと足らない……と言うには苦しい。

 ダニエルは残念そうに肩を落としたが、すぐに気を取り直したようで、


「それでも、かなり増えてるよね。破壊の神の使徒だから、壊せばいいのかな? ルフリンを火の海にしたら、どれくらい増えるかな?」

「……冗談だよな?」

「もちろんだよ……」


 その割には目がギラついてるんだが……。

 エディオスに火の用心を徹底させたほうがいいかもしれない。


「まあでも、ダンジョン一つ攻略したぐらいで、いっぱい増えたんだからさ、もう一つ攻略したら、届くんじゃない?」


 ディアーネが兄貴よりまともなことを言った。


「そうだな。ダンジョンに限らず、停滞した状況を打開するだけでもマイルを貰えるらしいぞ」

「人助けになるようなクエストを受ければいいんでしょうか? でもそれって、普通の冒険者なのでは?」とミーシャ。


 全員が顔を見合わせた。


「……そうとも言うな」

「うん、それじゃ、竜鱗の件が片付いたら、旅に出るとしようか。なんだか、前向きに冒険できそうだよ」

「ルフリンで足踏みしてた時間考えたら、全然ましよね。何年もかかるって感じじゃなさそうだし」


 ウンウンと頷く兄妹の顔は明るく、希望に満ちていた。


「他の国とかも行ってみたいなぁ」


 とディアーネが言うと、ミーシャがにへらっと笑った。


「いいですね! お米のお酒がある国に行ってみたいです」

「あー、そこなら味噌や醤油があるかもなー」

「なにそれ? 美味しいもの?」

「僕は暖かい国がいいなぁ……」


 それぞれが欲望の赴くままに好き勝手言いながら、俺たちは神殿を後にした。


お読みいただき、ありがとうございます。

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