こいつ直接脳内に・・・!
冒険者ギルドに駆け込んで、ミロと支部長にまずは話を通す。
俺の話を聞きながらも、目を白黒させていた二人には申し訳ないが、すぐにエディオスを呼んでもらった。
ギルドに呼びつけられたエディオスは、また面倒臭い話を聞かされると思ったようで、すごく嫌そうな顔をしていた。だが、俺たちがドラゴンを倒したことを聞き、さらに証拠として小ぶりな竜鱗を見せると、少年のように眼を輝かせていた。
少年エディオスにダニエルの目論見を伝え、領主との橋渡しを頼んだ。こっそりと小さな竜鱗を一枚握らせると、小躍りしながら領主の住まう城塞へと向かっていった。決して袖の下とか賄賂とかいうものではない。あくまで、貴族に橋渡しをお願いした「お足代」なので問題はないのだ。
さしあたっての話を付けて、大量の麻袋をダンジョンに持ち込み、四人で手分けして山のような竜鱗を運び出す。ミーシャに至っては、体より大きな麻袋を背負っていたものだから、道行く人に大そう驚かれていた。
支部長が手配してくれた冒険者ギルドの素材倉庫に、どんどこ運び込んだ。地味で大きめの木箱が用意されていたので、そこに麻袋ごと放り込んでいく。ご丁寧に、木箱には「侯爵邸向け陶器」と張り紙がされており、さらにその紙にはギルド支部長の印が押されていた。なかなか偽装が徹底している。
ちなみに、氷の塊であるアイスゴーレムの生首は、水が漏れない革袋に一個ずつ入れてある。溶けても安心だ。
支部長がかなり協力的なのは、ルフリン内部で冒険者が発端の事件を起こして欲しくないからだ。それに加えて、「地下四層の攻略情報を教える」という取引が背中を押している。身も蓋もない言い方をすれば、ただのバーターだ。
すべての戦利品を放り込んで一息つけたのは、陽が沈んでからだった。
地下四層と倉庫を何往復したか、もはや覚えていない。
「だーっ、やっと終わった……」
俺たちは倉庫の前に並んで座りこむ。
大きな倉庫だけあって、ルフリンの中央広場に向かう道路に面しているので、西門まで真っ直ぐ見通せる。
開け放たれた西門の向こうには、地平線まで続く街道。その両脇に広がる、なだらかな起伏を描いて敷き詰められた薄い緑の絨毯――冬小麦の畑だ。日本ではなかなかお目にかかれない風景だ。
太陽は完全に地平線の下に隠れたが、西の空はまだ茜色に染まっていた。
「なんかさ、ドラゴンの相手より、その後のほうがしんどかったんだけど?」
ディアーネのぼやきはもっともなものだ。
「ですよねぇ……皆さん歩くのが早くて、ついていくのが大変でした」
「ミーシャはちんまいからな」
「ていうかさ、治癒魔法を一番使ったのがドラゴンと戦ってるときじゃなくて、こけたミーシャってのがなんか納得いかないんだけど」
「ふぐぅ……すみません……」
鼻を赤くしたミーシャがしょんぼりしている。
とろくさくて、こけやすいのは種族特性だからね、仕方ないね。
もっとも、ディアーネは文句を言う割には、しっかり治癒魔法をかけているし、転んだミーシャをそのつど助け起こしたりもしている。
「うん、今日のところはお疲れ様、かな」
ダニエルが汗を拭いながら、そう言った。
我がパーティ内で唯一、普通の筋肉の持主ではあるが、もっとも負荷を受けた人物でもある。
俺やミーシャ、ディアーネは軽々と持てるが、大きすぎて歩くのが困難ってだけだったからな。体感的には発泡スチロールの空き箱を山ほど抱えてるようなものだった。
「ああ、皆、お疲れさま。とにかく無事でよかった。しばらくは、ゆっくり休もう」
「はいー。温かいお酒を飲みたい気分です」とは、言うまでもなくミーシャだ。
「んだね。しばらくはゴロゴロしてようっと」
「いやいや、明日は薬を見てもらうからね?」
ダニエルがそう言うと、ディアーネはハッとしてポンと手を打った。
「そうだった! なんのためにドラゴンやっつけたのか忘れてた」
「薬の鑑定か? ギルドじゃ駄目なのか?」
「うん。領主に筒抜けのギルドには頼みたくないかな。それに、伝手はあるんだよ。うちの領地出身の薬師なんだ」
「へえ、薬師さんか。俺も一緒に行こう」
ミーシャも無言で頷いている。
「なんだ、結局、明日もパーティ行動じゃん」
「嫌なら遠慮するが?」
「イヤだなんて、言ってないっしょ!」
ディアーネに腕をはたかれた。
くつくつとダニエルが笑う。釣られて俺も笑った。
気が付けば、皆が笑っていた。
「僕たち、ドラゴンスレイヤー、だね……」とダニエル。
「俺はドラゴンバスターのほうが好きだったな」
「え、何それ? アンタの国だと、そんな称号なの?」
「……すまん、忘れてくれ」
「ご主人様って、たまに意味不明なこと口走りますよね」
「そういうお年頃なんだよ……」
俺はいたたまれなくなって、視線を西の空に逃がす。
柿色の空と藍色の空が薄い雲で混ざりあい、美しい色合いが広がっていた。薄明――マジックアワーというやつだ。
『黄昏時とは、かくも美しいものであったのだな。まさに百聞は一見に如かず』
脳内に、どこかで聞いたことのあるバリトンボイスが響いた。
地下四層階層主のアイスドラゴンの声だ。
「……ちょっと待て、あんた死んだろうが」
『体は滅んだな。だが、魂はダンジョンに保管されていると言ったであろう』
唐突な俺の独り言に皆の視線が集まるが、今はそれどころではない。
俺は皆に、ちょっと待ってくれと掌を向けつつ、
「……それが何で、俺の頭の中に話しかけてんだよ」
『我が竜眼をその身に宿しているからだ。貴殿の左眼は吾輩の左眼でもあるのだ』
「俺の眼を盗みやがったな!?」
『そうではない。あくまで、繋がっているにすぎないのだ。眼としての機能は損なわれていない。むしろ、眼の能力は向上しているはずだ』
「特に何か違うものが見えたりしないんだが?」
『それは貴殿が見ようとしていないからだ。試しに風を見たいと念じてみるといい』
言われるままに、風を見たいと意識してみた。
いきなり目の前に、渦を巻く緑の波が見えた。中央広場の辺りでは、様々な波が混ざりあって空へと昇っている様が見えた。
「……うお、マジだ」
『見えざるを見る。それが竜眼の力だ。ただし、何を見るかは最小限にすべきだ。見ようと思えば、すべてを見通せるが、貴殿の筋肉化した脳では処理しきれまい』
「ほっとけ……てか、最初から俺の目に寄生するつもりだったな?」
『ククク、寄生とは人聞きの悪い。ギブアンドテイク、ウィンウィンの関係というやつだ』
「なんでそんな言葉知ってんだよ……」
『吾輩は世界の根幹――基幹ネットワークと言った方が貴殿には理解しやすいか。それに繋がっておるのだ。閲覧レベルは最低のものではあるが、世界に記録されたものであるなら、あまねく知ることができる』
それって、この世界の住人には知りようのないことも含まれるってことだよな。召喚勇者が漏らした独り言なんかも収録されてそうだ。
「なるほどな……だが、それらは知識でしかない。あんた、穴倉暮らしに飽き飽きしてたんだろ?」
百聞は一見に如かず――さっきこいつが言った言葉だ。
早い話が、外の世界を見たかったということなのだろう。
『……そのとおりだ。神に縛り付けられた我が身は、此処から動くことができぬ。吾輩は見たかったのだ。空の青さを、大地の豊かさを』
情報を理解できる頭脳がなければ、知ることはなかったろう。知らなければ、見たいとは思わなかったろう。求めても、得られないと分かるからこその渇望か。
「まあ分かるよ、あんたの気持ちは……」
『やはり貴殿とは話が合うな。それに、誰でもよかったわけではない。すぐに死んでしまうような個体では、長く楽しめないのでな』
「せいぜい長生きするさ。ところで、あんたの名前は何ていうんだ?」
『……名前はまだない』
さらっと文豪から引用してんじゃねえよ。
俺様のネーミングセンスを炸裂させてやる。
「……ごんべ――」
『拒否する』
言わせてすらくれなかった。
「んー、氷の穴倉の主だろ……そうだ、ヒムロってどうだ? 俺の国の言葉で、氷の倉って意味だ」
『なるほど、名は体を表すか。よかろう、受け入れる。吾輩はこれよりヒムロだ』
「んじゃこれからよろしくな、ヒムロ。俺の名は――」
『オガミ・ジン。破壊の神の使徒。つい最近、この世界に召喚された異世界人であろう』
「なんだ、知ってたのか……というか、世界の記録から引っ張ったな?」
『無論だ』
「そういや、いつから覗いてたんだ?」
『つい先ほどだな、意識が覚醒したのは。物理身体はもう一月ほどかかるがな。ふむ、言いたいことは分かる。四六時中覗かれていたのでは、落ち着かぬというのであろう?』
「ああ。真剣に眼帯をしようかと思ってる」
慌てたようなヒムロの声が脳内に響く。
『……それはいかん。いかんぞ。貴殿に眼を呉れてやった意味がなくなってしまう。分かった、貴殿が竜眼を行使するときと、貴殿が呼びかけたときのみとしよう。この条件でどうだろう?』
随分と下手に出たもんだ。
まあ、ヒムロにしてみれば、せっかくの地上世界を視るチャンネルなのだ。眼帯されてしまったら、景色なんか堪能しようがないものな。
「分かった。それでいいだろう」
『感謝する……ドラゴンにとって、約束は絶対である。安心するがいい。それと、今更ではあるが、吾輩との対話は口に出して喋る必要はないぞ』
「ほんっとに、今更だなっ!」
ヒムロとの会話を終えた俺は、押し黙ってこちらを見ている仲間たちに事情を話した。竜眼の機能と、脳内でしゃべるアイスドラゴンのことを。
俺が説明するまで、「見えない妖精さんとお話している既知の外に居る存在」を見る目だったのは忘れないからな。
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