殺してでも奪い取る
本日は、二話掲載しております。
前話をお読みでない方は、前話もお読みいただきますよう。
竜眼を飲み込んだ俺は、立ち上がって転狼を解除した。
服はズタボロだが、深刻なダメージはない。ドラゴンの口に飛び込んだ際にあちこち切り裂かれたが、傷はすべて塞がっていた。
俺の目の前でドラゴンの死体が白く変色し、氷の彫像となった。すぐにひびがはいって割れていき、細かな氷の粒に砕け散っていく。どこからともなく風が吹き込み、白く輝く粒子がさらさらと舞い上がって天井のドームへと吸い込まれていった。
ほんの十秒ちょいで、あれだけ大きかったドラゴンはその姿を消してしまった。
ふと思った。先に尻尾を切り飛ばしておいた方が良かったかもしれない、と。
後に残ったのは、氷の床に深く突き刺さった黒斧。そして、宝箱だった。
宝箱をまじまじと見つめるダニエルがふらふらと寄っていき、蓋に手をかける。
そこで我に返った様子で、
「……開けてもいいかな?」
「もちろん」
俺が頷くと、ダニエルは恐る恐る宝箱の蓋を開けた。
そして、そっと取り出した物は、小さな瓶だった。八角形をしたシンプルな化粧品のボトルみたいな瓶の中には、薄い緑色の液体。
「それが目当ての薬なのか?」
そう訊くと、ダニエルは首を傾げる。
「……そうあって欲しいけど、鑑定してみないことにはね」
「それもそうか」
ミーシャがテケテケと走り寄ってきて、
「ご主人様、大丈夫ですか?」
「ああ、問題ない。また服を直してもらわなきゃだけどな」
ふふっと笑ったミーシャが、
「ご主人様が無事なのが一番です。服なんていくらでも縫えますから」
「てか、アンタ、傷はもう治ってるわけ?」
銀の髪のディアーネが俺の体をしげしげと眺めている。黒変身は解除したようだ。
体をあちこち触ってみるも、特に痛むような場所はない。
「治ってるな」
かなり回復速度が上がっている気がする。今までなら、あれだけ傷だらけだともう少し時間がかかったはずだ。ドラゴンから奪ったスキルで、再生速度向上なんてなかったはずなのだが。
「……生意気ね。せっかく治癒魔法かけてあげようと思ってたのに」
何故かディアーネはぷりぷりしていた。
「そういや、ディアーネは大丈夫なのか?」
「え? 傷なんてないわよ。解放状態だと、すぐ再生しちゃうし」
「そっちじゃないよ。ほら、吸うか?」
と言って、俺はディアーネに手を差し出す。
ディアーネは「あ」と言って俺の手を取ろうとしたが、
「いらないから!!」
と叫び、顔を真っ赤にしながら俺のボディに右ストレートを放ってきた。
「ごふっ!」
カウンター気味の不意打ちに、回避は間に合わなかった。
「……何故だ」
腹を押さえてうずくまる俺に、ミーシャの冷ややかな声が降り注ぐ。
「ご主人様、あれはちょっとどうかと思いますよ……」
ダニエルは首を横に振りながら苦笑いだ。
どうやら俺は間違いを犯したようだ。何が不味かったのか分からないのが駄目なんだろうな。後でこっそりミーシャに教えてもらおう。
とりあえず、部屋中に散乱している竜鱗を皆で集めた。とても高く売れるらしいので。
ドラゴンにくっついたままの鱗は死体と一緒に消えてしまったが、戦闘中に剥がれたものは、そのまま残っていたのだ。俺の〈空震〉を二発も喰らったせいだろう、かなりの数の鱗が散らばっていた。
あと、どっか行った狼ヘッドは無事に回収できた。こいつを被ってないと、なんとなく落ち着かないんだよなあ。
「こんな完全な形の竜鱗はなかなか見ないよ……」
ダニエルが竜鱗を手に取って眺めながら、しみじみと言った。
さすがに黒斧でぶった切られた鱗は原形をとどめていないが、衝撃波で飛び散った大小様々な鱗は綺麗な形を保ったままだ。角の取れた六角形みたいな形で、色は水色に近い白。プラスチックぐらいの軽さだが、驚くほど硬い。
「俺はドラゴンの鱗って、初めて見たんだけどな」
「ドラゴンなんて、引退した冒険者ですら見たことがない人がほとんどだよ。もっとも、見たことを誰にも言えなかった人が多いんだけどね」
「ははっ、生きちゃいねえってか」
「うん、それぐらいレアなんだ、ドラゴンって魔物は。さらに、その鱗ともなると、まずお目にかかれないよね」
「だろうな。でも、さっき完全な形って言ってたよな。不完全な形の鱗ならあるのか?」
「たまに見るぐらいだけどね。ただ、どれも欠けたり潰れたり、焦げたりしてるんだ。軽くて利点の多い素材ではあるけど、鋼よりも少し硬い程度だから。そもそも、ドラゴンは膨大な火力を投入しないと倒せない」
「倒したあとは、ズタボロってことか。今回は内側から衝撃波で吹っ飛ばしたからだろうな」
四人総出で部屋からかき集めた竜鱗は、ちょっとした小山になった。軽トラの荷台に山盛りって感じだ。軽い素材ではあるが、この分量を持ち帰るのはしんどそうだ。
もっとも、夜行猟団は怪力パーティ(ダニエルは除く)なので、なんとかなるだろう。
「しかし、すごい量だね……いくらになるか見当もつかないよ」
「やっぱ、お高いの?」
「傷のない竜鱗って、希少なんだ。とくに大きいほど価値が高い……しかもこの量はちょっとした騒動になりそうだ……」
「さくっとギルド買い取りでいいんじゃないのか?」
ダニエルは渋い表情で首を横に振る。
「……ギルドで買い取れる額面じゃないんだ。たぶん、国家間の競りになってしまうよ。とにかく、金に換えるには時間がかかる」
「え、そんな大金になっちゃうの?」
地下二層のボスから引っこ抜いた魔石すらまだ現金化できていないというのに、それよりも手間がかかりそうだ。
無言で頷いたダニエルが、しばし考えを巡らせて、
「……一番大きくて綺麗な竜鱗を、領主に献上しよう」
本来なら、ダンジョンで得た物は冒険者の財産だ。領主といえど不可侵で、唯一かかわれるのが売買時の税金だ。下手に横から手を突っ込むと、冒険者ギルドそのものを敵に回す。イコール神さまの敵認定だ。
「何か考えがあるんだな?」
「うん。このまま持ち帰ってもどこかに保管することになるだろうけど、たぶん盗まれる。下手をしなくても、血が流れるだろうね。最悪は、悪党共が大挙して押し寄せてくる」
「……殺してでも奪い取る、か。だから、まとめて領主に預かってもらおうって魂胆なんだな? 手数料として、竜鱗一枚」
「そのとおりだよ。宿に保管は論外だし、倉庫もだめだろうね。異次元収納持ちを雇うにしても一人じゃ持ちきれないし、複数人に分散するのはリスクが高すぎる。ルフリンで一番安全な場所に保管してもらおう」
そういや、異次元収納スキルってあるんだったな。重量制限100キロまでだけど。
「その案でいこう」
ひとまず、集めた竜鱗を片っ端から麻袋に詰め込んだ。それでも袋の数が全然足らなかったので、入りきらなかったものは、マントを広げてその上に載せて引きずって運んだ。
さらにアイスゴーレムの生首を山盛りにした橇もあるので、ちょっとした隊商状態だ。むしろ、床が氷でかなり助かったと言える。
ゲームの重量無視のインベントリが、いかにチートか身をもって思い知った。
氷の神殿の最奥にある扉を抜けると、毎度お馴染みの階段部屋だった。
作りは地下一層や二層とほぼ同じ。違いは、壁の素材が氷というぐらいだ。
中央に下り階段があり、部屋の隅にはダンジョンの入り口に戻る青い魔法陣。
もっとも、部屋の中央にある階段は、ほんの数段しかない。すぐ下は氷のブロックを敷き詰めた床だ。お湯が入っていない旅館の大風呂に見えなくもない。
「地下五層はまだ出来ていないようだね。赤の魔法陣がないから、ここが最下層ということになるね」
「そういや、赤いのがねえな……」
ダニエルが言うには、ダンジョンというやつは時間と共に成長するのだそうだ。
成長スピードは、階層あたりの広さや中で死んだ人間の数で変わるらしい。狭いダンジョンほど深くなりやすく、人の血を吸うほどに早く成長するのだ。
ルフリンダンジョンは階層あたりの面積が広いし、人もあまり来ないので深くならないだろう――とはダニエルの談だ。そりゃ、あんな巨大な地底湖があればなあ……。
「まずは、この大荷物を外に運び出さないとな」
俺がそう言って振り向くと、竜鱗と氷の生首に埋もれたミーシャとディアーネが心底嫌そうな顔をした。ダニエルは疲れた顔で、床の上に体育座りだ。
「ちょっと休憩しませんか……」
「アンタ、なんで平気な顔してんのよ……体力バカなの? バカだよね!」
「……謂れのない誹謗中傷を受けた」
体力が多いのは自覚しているが、バカは酷いと思う。
ただまあ、冷静に考えてみれば、人間離れしているなとは思う。元々体力モリモリな上に変換魔道具で底上げされている。さらに、ドラゴンから奪った〈体力回復向上〉で疲れ知らずになったし、体の損傷は自動再生ですぐに元通りだ。
「しょうがない、皆は休んでてくれ。俺がひとっ走りしてくる」
俺だけが青い魔法陣に入って、外に出た。
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