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竜眼

 黒い装いに変わった俺たちは、岩壁から躍り出る。

 そんな俺たちを見て、ドラゴンが首を傾げた。


「ぬ? 吾輩は人間を相手にしていたはずであるが……人狼と吸血鬼? いや、スキルによる変身か。面白い!」


 アイスドラゴンは俺たちに向け、氷の槍を放ってきた。

 俺は飛んできた氷の槍を、黒斧の一振りで弾き飛ばす。

 転狼状態なら余裕で対処できる。アホの子になるリスクを抱えてしまうが、これからの手順は既に頭に入っているから大丈夫だ。たぶん……。

 ジグザグにステップを踏みながらドラゴンに迫る。

 あと一歩、というところで踏みとどまり、半歩下がる。


 ズドン!


 目の前にドラゴンの爪が振り下ろされ、氷の床に深く突き刺さった。


「グルアッ!」


 動きが止まっている目の前の巨大な手に向けて黒斧を振り下ろす。


 ガギィン!


 生き物を斬りつけたとは思えない音が鳴って氷の粉が飛び散る。

 凄まじい手応えだったが、氷の鱗を弾き飛ばして手を覆っている竜鱗のひとかけらを切るにとどまった。

 すかさず斜めにバックステップ。

 目の前と横に、氷の槍が二本突き刺さった。

 まっすぐ下がっていたら二本目にザックリだったな。

 ドラゴンの追撃を警戒しつつ、黒斧の刃を見てみるが、血の一滴もついていない。

 転狼状態ですら、一撃ではドラゴンの防御を抜くことができなかった。


「やっぱ真っ当なやりかたじゃ、傷一つつかねえ」


 俺が小声で漏らすと、


『しょうがないね。僕の魔法も効果はないし、危険だけどやるしかないね』

『私の武器じゃ、どうにもなんないわ。剥がした氷の鱗はすぐに再生されてるし……』


 脳内にダニエルとディアーネの声が聞こえた。


「んじゃ、プランBの第二段階開始で」

「いきます!」


 ミーシャが叫んで、特大の石の槍が放物線を描いてドラゴンに飛んでいく。

 ドラゴンは氷の槍を何本も打ち出して石の槍を迎撃。半分ほど飛んだ辺りで失速して墜落、床に突き刺さった。

 それでもミーシャは石の槍の攻撃を続ける。ダニエルもミーシャに倣って、次々と特大の氷の槍を放つ。

 二人がドラゴンと魔法合戦をしている隙に、俺とディアーネは合流をして後衛を守るように布陣。

 一分ほどミーシャとダニエルが矢継ぎ早に魔法を放ったが、そのすべてをドラゴンは迎撃しきった。

 結果、俺たちとドラゴンの間に、石と氷の槍が何本も突き立つことになった。


「よし、いくぞ!」

「うん!」


 俺の合図でディアーネが先行、俺がすぐ後についてドラゴンに向かって駆け出す。俺たちの後ろには、ダニエルとミーシャが続く。

 一丸となって突っ込んでくる俺たちを見て、ドラゴンは怪訝そうに首を傾げた。


「……? 何がしたいのか分からぬが、ブレスの餌食であるぞ……」


 ドラゴンは大きく口を開き――。


「開いた!」


 と言ったディアーネが目の前の床に突き刺さっていた特大の氷の槍を蹴り飛ばす。

 怪力ディアーネの蹴りを受けた氷の槍は、床からすっぽ抜けて宙を舞った。


 大きく息を吸い込んだドラゴンの胸が膨らんで――。


「〈瞬脚〉!」


 俺はディアーネが蹴り上げた氷の槍を抱えて、〈瞬脚〉を発動。

 目標地点は――ドラゴンの口の中(・・・)だ。


「もがっ!?」


 まさにブレスを吐こうとした瞬間、口の中に特大の氷と人狼をねじ込まれたドラゴンは驚愕して身体を硬直させた。

 肺に貯めた吐息は風船から漏れる空気のように抜けていき、ブレスと共に放つ氷の礫を生成する魔力も霧散したようだ。


「クソ痛ぇ……!」


 巨体を誇るドラゴンとはいえ、2メートルの人狼が中で立てるほど口は大きくはないのだ。

 〈瞬脚〉は瞬間移動ではなく、途中にある物に衝突してしまう。体のあちこちがドラゴンの牙に切り裂かれ、それはもう血みどろだ。ただ、〈強靭外皮〉のおかげで深刻な傷には至っていないし、銀につけられたものではないので、すぐに再生が始まった。失われた血が戻ることはないが、気を失うほどではない。

 口に飛び込んだのは、仕留めるためじゃない。事実、氷の槍を口の中から奥に向けて突き立てはしたものの、ほとんど刺さっていない。

 真の狙いは別にある。


竜タン(ドラゴンの舌)の踊り食いだぁ!」


 抱えていた氷の槍を縦にして、つっかえ棒とする。噛み砕かれるまでのわずかな隙に、俺は長いドラゴンの舌に齧りつく。

 芳醇で濃厚な血の味が口中に満ちる。今まですすった血の中で最高の味わいだ。それ以上に竜タンは旨みといい歯応えといい、経験したことがないほどの美味だった。

 俺の頭の中に、奪ったスキルの知識が流れ込んだ。


〈氷魔法 I :氷の魔法を発動できる。発動するためには魔力が必要〉

〈魔力回復向上 : 魔力の回復を早める(パッシブ)〉

〈氷鎧 I : 体表を氷の鎧で覆うことができる。再使用待機時間60秒。使用するたびに体力を消耗〉

〈体力回復向上 : 体力の回復を早める(パッシブ)〉


 さすがドラゴン、スキルを四つも持っていた。最初の二つは俺にとっては無意味だが、〈氷鎧〉と〈体力回復向上〉は有用だ。特に今の俺にとって体力の回復が早くなるのは大いに助かる。

 何より、今まさにドラゴンから、これらの能力を喪失させたことがでかい。

 ちょっと残念だったのは、ブレスを奪えなかったことだ。いやまあ、種族特性だろうとは思っていたけども、ちょっと期待してしまったのは事実だ。ブレス、撃ってみたかった。

 メキメキと音を立て始めた氷の槍を残して、俺はドラゴンの口から飛び降りる。


「おのれっ、小癪なっ!」


 口から血を滝のように流しながら、怒り心頭でドラゴンが爪を振り下ろす。

 〈瞬脚〉でドラゴンの脇下をすり抜けた俺はドラゴンに言ってやった。


「いいのか? 敵は俺だけじゃないぞ」

「なに……?」


 ドラゴンの頭の上に、狼の頭がちょこんと乗った。俺の頭じゃない。俺の愛帽、狼ヘッドだ。もちろん、俺は被っていない。

 大きなドラゴンの頭に合わせて、狼ヘッドがボフンと膨らんだ。


「あんたも漏らしちゃえ」


 漆黒の髪を風に揺らせたディアーネが小声でそう言って、ドラゴンの頭を蹴って空中に舞った。それはジャンプというより、飛行に近い。

 人間の血の制限を解放したダニエルとディアーネは、真祖とほぼ同じスキルを持つ。ただし、ランクは1相当。同じようなことはできるが、出力は十分の一がいいところらしい。

 それでも、ごく短時間なら空を飛べるし、落下速度を羽毛のようにできる。しかも、ある程度の空中機動が可能なのだ。

 ちょっと羨ましいなと思ったのは秘密だ。


「? ……何のつもり……ゴハッ!!」


 ドラゴンが盛大に嘔吐した。もはやキラキラなどというカワイイ言葉で表してはならない量の吐瀉物がまき散らされた。

 どうやら、ドラゴンをもってしても、狼ヘッドの代償は踏み倒せないようだ。

 ドラゴンはふらふらと頭を揺らし、そのままぶっ倒れそうになりながらも、四肢を踏ん張ってなんとか持ちこたえていた。

 その振動で、氷の鱗がバラバラと剥がれ落ちてくる。スキルを奪ったことで、鎧としての効果を失ったようだ。


「くぅっ! 魔力を奪う呪いかっ!」


 さすがドラゴン、すさまじい精神力だ。呪いじゃないけどな。

 だが、そこに意識を奪われてしまっている。大きな隙だ。


「グルアァァッ、喰らえ、〈空震〉!」


 俺はがら空きの横っ腹に黒斧を横薙ぎに放つ。

 まるでダンプがビルに突っ込んだかのような轟音が響きわたる。

 衝撃波を生み出すほどの斬撃をその身に喰らったドラゴンは、全身を波打たせた。体を覆っていた氷の鱗は、波うつ外皮に跳ね飛ばされるように散り散りとなり、体内を巡った衝撃波が内側から竜鱗を弾き飛ばす。ついでのように、狼ヘッドが遠くへ飛んでいった。

 黒斧が通った痕は竜鱗もろとも一文字に切り裂かれていた。

 黒鋼の武器が間に合って良かった。こいつじゃなきゃ、このスキルを受けきれなかったろう。


「ガアァァッ!」


 ドラゴンが血反吐を吐きながらも、俺を睨み付けて尻尾を振るう。

 俺は迫りくる尻尾をジャンプで避ける。

 空中でドラゴンと目が合った。


「……? 何故だ……? 何故、魔法が出ぬ!?」


 ドラゴンが戸惑っていた。

 やはり、〈スキルイーター〉を喰らった方は、奪われた感覚がないのだ。

 魔力がゼロになったはずだが、ドラゴンともなれば氷魔法を飛ばす程度の量ならすぐに回復してしまうのだろう。なのに、息をするように使えていた魔法が発動しない。かなりの混乱をきたしているはずだ。

 それを裏付けるように、尻尾や爪の攻撃が単調になっていた。魔法の牽制もないので素直に回避できる。


 俺の〈空震〉を合図に、ダニエルやミーシャも魔法を放ち始めた。

 重ね着をしていた氷の鱗はすべてなくなっているし、竜鱗もかなり剥がれ落ちている。

 次々と氷と石の槍がドラゴンに突き刺さっていく。


「氷鎧も出ない、だと……!?」


 ドラゴンの心中をお察しして余りあるが、こっちも命を賭けてるので恨みっこなしだ。

 ディアーネは今までの鬱憤を晴らさんと背中に乗って大暴れしている。


「おのれっ、ならば!」


 大きく口を開いたドラゴンが、首を後衛のダニエルとミーシャに向けた。


「させるかよっ! 〈瞬脚〉っ!!」


 ドラゴンの胸の前まで一気に詰めた俺は、黒斧を振りかぶり、


「オラアァッ、死ねぇっ、〈空震〉!!」


 縦に振り下ろした。


 ドギャンッ!


 衝撃波が、胸から腹、尻尾へと抜けていき、竜鱗をまき散らした。切り裂かれた胸から、大量の血しぶきが噴き出す。


「ゴブッ……!」


 口を開いたままのドラゴンが、血をまき散らしながら俺に向かって倒れてくる。


「あ、ヤベ……」


 黒斧が氷の床に深く突き刺さったままだ。

 それを引っこ抜こうとしたが、俺の腰のほうが抜けてしまった。俺の体力も底をついたようだ。

 〈空震〉は体力を猛烈に消耗する。ドラゴンに挑む前に限界を調べてみたのだが、連続で撃てるのは二発。三発目は出なかったのだ。単純に考えて、四割ぐらいは使っているか。凄まじい勢いで体力は回復するものの、連続での行使は無理なスキルだ。

 その上、〈瞬脚〉もそこそこの体力を使うので、今回はマジでギリギリだったのだろう。ドラゴンから〈体力回復向上〉を奪ったおかげで、撃てたと見るべきか。

 しょうがないので黒斧を手放し、四つん這いで逃げ出す。だが、どう考えてもドラゴンの体が倒れてくるほうが早い。


「アンタって、いっつも死にかけるよね……ほんっと、世話の焼ける弟だわ」


 空からふわりと黒い髪のディアーネが降りてきて、俺の後襟を掴んでぶん投げた。

 さすが黒ディアーネ、怪力に磨きがかかっている。

 氷の床をゴロゴロと転がった俺のすぐ横に、ドラゴンの首が倒れてきた。

 血まみれのドラゴンと目が合った。


「……貴殿の、勝ちであるな」


 かすれた声には、もはや覇気の欠片も感じられなかった。


「おう、俺たちの勝ちだ。ギリギリだったけどな……お行儀よく戦ってくれて助かったよ」

「ふん、そんな覚えはないがな」

「その巨体と頑丈さでゴリ押しされたら、人間なんかじゃ勝てないさ。損害を無視して、ひたすら一人ずつ捻り潰せばいいだけだ」


 正直、口に飛び込んでスキルを奪うことが成功しなければ、勝てる相手ではなかった。短期決戦がたまたま上手くいったにすぎない。

 ドラゴンはぶすんと鼻息を出して、


「それは美しくない。吾輩はケダモノではないのでな」

「ケダモノですみません……」

「ふん、負けは負けだ。約束を果たそう……貴殿は竜眼を受け入れるか?」

「受け入れる」


 ドラゴンがニヤっと笑ったような気がした。


「ここに契約はなされた。我が左眼は貴殿のものとなる」


 そう言うとドラゴンの眼が小さくしぼみ、眼窩からこぼれ落ちて俺の手元に転がってきた。

 それは虹色に輝くビー玉のようだった。


「食え。そして、己がものとせよ」

「……そうきたか」


 ちょっと抵抗はあるが、そうなんだろうなという気もする。相手の力を得るために食う。実に俺らしいじゃないか。

 俺はビー玉を口に放り込み、一息に飲み込んだ。


 竜の眼は、特に味はしなかった。


 これ以降、ルフリンダンジョン地下四層の階層主は「隻眼の氷竜」と呼ばれるようになるのだが、俺にはあまり関係のない話だった。氷竜と戦うことは、もうなかったからだ。


 完全に余談だが、この後氷竜はとある書物を遺した。もっとも、実際に書いたのは、話を聞いた別の人間ではあるが。

 召喚勇者の目を通して垣間見た事実と、竜眼を通して見た「人では不可視」の事象は、小説という体をとりながらも、歴史的真実を探求する史学家にとってこの上ない資料となった。

 その書物の名は――『吾輩は竜である』。


お読みいただき、ありがとうございます。

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