プランB
「……もっとこう、ぽっちゃりしていて、つぶらな眼をしているのかと思ったけど、違ったな」
「そんなドラゴンいるの?」とディアーネ。
「俺の世界の……まぁ、気にするな」
頭から尻尾の先までで、25メートル程だろうか。長い首をもたげた頭の高さは6メートルはあるだろう。とてもではないが、ぶん殴れる高さではない。背中にはドラゴンの証である二枚の翼。だが、体の巨大さに比べて随分と小さい。もしかしたら、長い地下暮らしで退化したのかもしれない。
「久々の来客だな……寝るのもいいかげん飽きていたのだ。少し話をしようではないか」
空間全体に、よく通るバリトンボイスが響きわたった。その声には気だるい雰囲気がある。
「こいつ、喋るぞ!」
くつくつと笑った渋いおじさん声が響く。
「神によって高度な知性とやらを持たされたのだ、喋ることなど造作もない。もっとも、穴倉の番人にそんなものが必要なのかと問われれば、無用であると言わざるを得んがな」
ディアーネが俺の背にさっと隠れる。
「……なんか、むっちゃ小難しい喋り方してるし」
言い回しはかなりもったいぶったものであるが、言葉の端々に皮肉めいたものを感じる。
「神さまに不満がありそうな物言いだな」
俺の言葉に、ドラゴンは嬉しそうに尻尾を床に打ち付ける。
ほぼ無意識に軽くやってるのだろうが、氷の床がえぐれて白い粉が巻き上がっている。
「然り然り。貴殿とは話が合いそうであるな。……ん?」
ドラゴンの眼が赤く輝いた。
「……ほう、召喚勇者か。なるほど、お互い神に振り回される身であるか。納得である」
なんか勝手に同類認定されてしまった。
「いきなり個人のプライバシーを暴露しないでもらえるかな……てか、なんで分かるんだ?」
「召喚勇者は神の紐付きであろう。まさにその繋がりが見えるのだ」
このドラゴン、いろいろと見えるようだ。
「鑑定……なのか?」
「否。鑑定は刻まれた過去――記録を読み取るものだ。竜眼は今を見る。風やマナの流れ、生命や魂の輝き。人の眼には見えぬ、あらゆるものを見通すことができるのだ」
ふんすと鼻息を出して、どこか自慢げに語るドラゴン。
「〈生命探知〉のすごい版みたいなもんか」
と言いつつ、〈生命探知〉を発動。
予想通りではあるが、激しく燃え盛っていた。言うまでもなく、過去最大。三層の階層主が中ボスに見えるレベルだ。見るんじゃなかったと軽く後悔した。
「見え方としては近い。しかし、あのような低劣なるものと比べられるのは業腹であるが……ふむ、召喚勇者よ我が竜眼を欲するか?」
「え、くれるの? じゃあもらいます」
「物怖じせん奴だな……だが、面白い。吾輩に打ち勝てば、竜眼を呉れてやろうではないか」
「選択肢は『たたかう』しかないのかな?」
「ないな。吾輩が神から与えられた命令は『ここに来たものを排除せよ』だからな」
「……お喋りはいいんだ」
ドラゴンがふっと笑った。
「禁じられてはおらぬからな。結果として、食い殺せばよいだけのこと。もっとも、言葉を交わすのは、貴殿が初めてではあるが。三百年ほど前にやってきた者は、問答無用で襲い掛かってきたのでな。話しかける暇すらなかった」
「三百年前? もしかして、女の召喚勇者か?」
「女ではあったな……そうか、召喚勇者だったのか」
ダニエルが目を見張った。ドラゴンの言葉は、女召喚勇者の伝説を裏付けるものだったからだ。
「なるほど……だとすれば、あの出鱈目な能力も頷ける。なにせ、この吾輩が一瞬で首を落とされたのだからな」
「……なんだそのチート」
俺の漏らした言葉に、ドラゴンがくつくつと笑った。
「ククク、確かにチートではあるな。貴殿がチートスキルを持っておらぬことを願うよ」
「チートって知ってるんですね……」とミーシャがボソッと呟いた。
「死んでも記憶は残るんだな」
「うむ。吾輩の魂はダンジョンそのものに保管されておるのだ。肉体が滅んでも、ほんの一月で蘇る。因果なものよ。何故、そのような存在に知性を持たせるのか理解に苦しむ」
「なるほどな……この世界の神さまって、やることがテンプレ的なんだよなあ」
ドラゴンだから頭が良い、ってことなんだろうが、こいつが神さまに不満を抱くのも分かる。
何回死んでも、記憶を保ったまま同じ場所に蘇る。そのくせ、高度な知性を持たされているのだ。普通の人間レベルの精神ならとっくに狂っていただろう。強靭な精神ってのも考えものだな。
「もう少し会話を楽しみたいところではあるが、我が本能が五月蠅いのでな。早く食い殺せと……では、参る。簡単に死んでくれるなよ」
そう言って、ドラゴンが地面を揺らせて迫ってくる。
俺たちはすかさず散開した。
基本はいつも通りだ。俺が正面から受け止めて、ディアーネが近接遊撃。ダニエルとミーシャが広く距離をとって魔法による十字砲火だ。
ドラゴンの頭の周りの空中にいくつもの氷の棒が並んだ。ダニエルがよく使う氷の槍とそっくりだ。アイスドラゴンというぐらいだ、氷魔法はお手の物なのだろう。
散開しようとした俺たちに向けて、氷の槍が放たれる。
その数は四本。一人につき、一本ずつ飛んで来る。緩いカーブを描いて、外側から内側に向けて斜めに飛んできた。
軌道が大きく弧を描いているので、避けるのは容易い。皆が難なく避けると、それを待っていたかのように、再び氷の槍が飛んでくる。
同じような速度、同じような軌道。強いて違いをあげるなら、より内側に切りこんでくるぐらいか。そして、同じく全員が難なく回避。
そして俺は気づいた。
全員がほぼ一直線に並んでいることに。
「そういうことか……ミーシャ!」
俺が叫ぶと同時に、ドラゴンが俺たちに向けて大きく口を開いた。
一瞬だけ、大きく息を吸ったドラゴンの胸が膨らんだ。
ゴアァァァッ!
ドラゴンの口から、白い吐息――ブレスが放たれた。
吐息というには、あまりに暴虐。こちらに向かって伸びてくる竜巻のようなものだ。
俺たちは一瞬で白い渦に飲み込まれた。
「なんとか間に合いました」
ミーシャがほっと息をつく。
俺たちは揃ってミーシャが作り出した岩壁の陰に隠れていた。
ブレスはドラゴンの十八番だ。「ドラゴン」を名乗る以上、必ず放ってくると思われたので、事前に役割分担を決めておいた。
今回の戦いにおけるミーシャの優先行動は、ブレスを防ぐ岩壁をいつでも出せるように準備しておくことだ。
おかげで、初手全滅は避けられたようだ。
「あの氷魔法はブレスの射線に追い込むためのものだったんだね」
ダニエルの呟きに俺は頷く。
「四人を一塊にして、ドーンってな。高度な知性ってのは嘘じゃないらしい」
まわりを白い奔流が通り過ぎていき、岩壁に当たった氷の礫がガリガリと砕け散っていく。氷の床は絶え間なく氷の礫にえぐられて、細長い溝を無数に刻んでいた。
こんなものまともに喰らったら、即ミンチの冷凍肉だ。
極低温の吐息だけでも生物にとっては危険極まりないのに、さらに氷の礫という運動エネルギー弾付きだ。性質の悪さにうんざりするが、直撃を喰らわなければ致命傷にはならないのが救いではある。炎や毒だと、また違う厄介さがあるだろう。
「ブレスがやんだら肉薄する」
俺の言葉に、皆が頷く。
そして、ブレスが止まった。
岩壁から体を出して、
「〈瞬脚〉!」
一気にドラゴンの懐、胸の前へと迫る。
ドラゴンが迎撃行動を起こすよりも早く、黒斧を振り下ろす。
バガンッ!
体表を覆っていた透明の鱗が弾け飛び、さらにその下にある青白い鱗で刃が止まった。
「ッ!?」
首筋に冷やりとするものを感じて、すぐさま後退。
俺が立っていた場所に、鋭い爪が振り下ろされる。
派手に氷の破片が飛び散り、白いもやが立ち昇る。あまりの衝撃に、氷が瞬時に溶けて蒸発したのだろう。
二度三度と爪を振るわれ、そのたびに後退をよぎなくされる。さらに距離が開いたところで、氷の槍が飛んできた。
ダニエルやミーシャが放つ魔法はことごとく氷の槍に迎撃され、一発もドラゴンに届いていない。ディアーネも側面からドラゴンの腹を狙っていたが、尻尾の振りを跳んで避けたところに氷の槍を合わされ、弾き飛ばされていた。
そうしてあっという間に、全員が元居た場所に押し返されてしまった。
「鎧の重ね着とか、寒がりなんだな……」
ドラゴンの体表を覆っていた透明の鱗は氷だった。その下にさらに硬い竜鱗が待ち構えていた。
ただの氷とはいえ、攻撃時のエネルギーをかなり奪われてしまう。しかも、ガラスのように透明だったので不純物のない純水の氷なのだろう。硬いわけだ。
俺の渾身の一撃をもってしても、その下の竜鱗もろとも切り裂くのは無理だ。同じ場所に何度も攻撃を叩きこむ必要がある。問題は、それを許してくれそうにないということだ。
俺の言葉に、ドラゴンが含み笑いを漏らした。
「知性ある者としては、裸という状態は恥であると思うのだがね。貴殿の世界の書物にも、それが知性の芽生えであると書かれているのであろう?」
「どこでそんなネタ仕入れてきたんだよ」
返事は、氷のブレスだった。
俺たちは再び岩陰に隠れることになってしまう。
「……振り出しに戻ってんじゃん」
ディアーネが自己治癒しながらぼやいた。
三層のボスと比べれば戦いやすいフィールドではあるが、攻撃力も防御力も桁違いだ。
「このままじゃジリ貧だな。ドラゴン相手に息切れを待つとか無謀だろうし、こっちが先に凍えて動きが鈍くなる」
ダニエルが頷く。
「うん、やっぱり短期で決めるしかないようだね。僕の絶対凍結は効きそうにないし」
「アイスドラゴンだもんねえ……」とディアーネ。
「わかった。じゃあ、プランBでいこう」
あ?ねぇよ、んなもん――とはならない。ちゃんと考えてあるのだ。
というか、そもそもプランBが本命である。ちなみに、プランAは「普通に戦う」だった。
「幸いにして、ドラゴンはまだ舐めプ状態だ。一気にたたみかけて、そのまま決めてしまおう」
「なめぷー??」
ディアーネが怪訝な顔をして、ミーシャが人差し指をピッと立てた。
「舐めくさったプレイ――余裕を見せて、こちらを侮っている状態のことですね。召喚勇者の語録によく出てきます。たいがいは、自信満々な強敵が勇者を舐めプしてやられちゃうんですけどね」
「あー、舐めプしてるしてる。あのドラゴンちょっとムカつくよねぇ」
などとアホっぽい会話をしている横で、白い竜巻が通り過ぎていく。
決して楽観できる状況ではないが、まだ仲間には余裕がある。〈統率〉が地道にお仕事をしているのかもしれない。
「よし、全力でいくぞ!」
俺の声に、皆が無言で頷く。
ドラゴンの攻撃手段はだいたい目にできたはずだ。こっから反撃だ。
ブレスがやむと同時に、俺は転狼をする。ダニエルとディアーネも、血の制限を「解放」した。
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