灰になった。
本日は、二話掲載しております。
前話をお読みでない方は、前話もお読みいただきますよう。
皆で杯を打ち鳴らし、一息にあおる。
「……ビールって、スッキリしていて飲みやすいですね」
初めてビールを飲んだミーシャが目を丸くしている。
「だろ? 喉ごしがいいんだよな」
「分かります。汗をかいた日だと、美味しくいただけそうですね。でも、お酒としては、ちょっと物足りないというか……」
「ミーシャって、やっぱドワーフなんだね」
ディアーネが半眼でミーシャを見つめていた。
「そんで、四層の攻略はいつからやるよ?」
俺の問いに、ダニエルが頷く。
「そう慌てることはないだろうけども、悠長に構えてられないのも確かだね。ギルドに三層の階層主の情報はかなり詳しく伝えたから、噂を伝え聞いた王都のベテランがやってくると意外と早く撃破されそうな気はする」
「……だろうな。半年、いやもたないだろうな。三カ月がいいとこか」
ゲームでもよくある話だ。
攻略方法が確立されてしまったボスは、どれだけ強かろうが「大縄跳び」をこなせばいいだけの存在に堕ちる。もちろん、倒せるだけの実力は必要だが。
「うん、僕もそれぐらいかなとは思っている。確実に先頭を走るなら、一カ月だろうね」
「まずは防寒装備を整えて、しばらく通ってみるか」
「うん、いきなりボスに挑むのは無謀だろうね。極寒での問題点を洗い出してからのほうがいいと思う」
その後、細かなことを詰めつつ、ダニエルたちと共同で準備を進めることを決めた。
主に俺とダニエルが喋っているだけだったが、ミーシャとディアーネはどこそこのスイーツが美味しいとか、あそこの服がカワイイとか実に女子らしいトークに花を咲かせていた。俺にとっては馴染みのなかった景色だけに、どこかホッコリしたものを感じた。ちなみに、マスターはひたすらアルバを甘やかしている。
「そういや、欲しいモノがあるって言ってたよな。四層で手に入る物なのか?」
三層をクリアして地上に戻ったときに、ダニエルがポロっとこぼしていた。あの時は、そのままギルドに向かう流れになってしまったので、聞きそびれていたことだ。
ダニエルは少しばかり難しい顔をして、
「……おそらく、階層主が落とすはず。四層が氷の神殿だったから、たぶんいるだろうね。というか、いてくれないと困る」
「階層主のドロップ品なのか。てか、階層主がどんな奴か知ってるのか?」
「確証はないよ? 過去の記録からの予想でしかないけど、神殿の奥に居るのは――アイスドラゴンだね」
「ドラゴンかぁ……」
思わず顔がにやける。
きましたよ、ドラゴン! 異世界といえば、ドラゴンでしょうよ!
いやまあ、食い殺されるかもしれないっていう不安はあるけど、やっぱり見てみたい。転生前の日本で聞かされたなら、100%お断り案件だろう。だが、せっかくの異世界での人生二周目なのだ、楽しまねば損だ。
ダニエルは俺の顔を見て、自嘲気味の笑みを浮かべた。
「笑うしかないよね……それでも、僕は挑むつもりだよ。気軽に言えないのは理解しているけども、一緒に戦って欲しいんだ。どうかな?」
ダニエルが不安に揺れる目を向けてきた。珍しい、というかそんな目をしたダニエルを初めて見た。俺の浮かべた笑みを、苦笑いの類だと受け取ったのだろう。
「楽しみだな。ドラゴンなんかそうそうお目にかかれないだろうし」
一瞬だけポカンとした顔をしたダニエルがふっと笑った。
「……召喚勇者は頭のネジが外れているというのは、本当だったみたいだね」
「失敬な!」
男二人でゲラゲラ笑った。
ディアーネは安心したような微笑を浮かべ、ミーシャは何か言いたそうに俺を見ていた。
俺はミーシャの目を見つめて、
「……ミーシャには残って欲しい」
俺の正直な気持ちだ。
ここまではミーシャの希望をくんで一緒に潜ってきた。
地下一層、二層は事前の情報で苦労はしないだろうなという予想があった。地下三層のボスにしても、ダニエルが「安全に離脱できる」と言っていた。実際は切り札を使った上での辛勝だったが結果論だ。
だが、相手がドラゴンとなれば話は別だ。
「ルフリンの宿で――」
「もし、ご主人様がダンジョンで死んだと聞かされたら、わたしは自害します。それでも、わたしを置いていきますか?」
俺の言葉を途中で遮ったミーシャが、ニコニコしながら物騒なことを言った。
顔は笑っている。だが、眼はガラス玉で、瞳の奥に昏い情念が熾火のようにくすぶっていた。
そういや、この娘も境界線の上をふらふらしていたんだったな。
絶望に囚われ、崖っぷちから谷底を覗き込んで初めて分かることがある。
それは、死への誘惑。
闇から這い出る黒き腕に魅力を感じてしまうのだ。あの腕に抱かれれば、すべてから解放される。そんな悍ましくも魅惑的な幻想。
絶望は生きようとする意思を奪う呪いだ。呪いを解くには、生き続けるしかない。
生きるためには――希望が必要だ。人が自らの命を絶つのは、未来に希望を見いだせないからだ。
どうやら、まだまだミーシャには希望が足らないようだ。一人でも生きていけるようになるまで、手を離すわけにはいかない。それが、崖っ縁でダンスを踊る少女の手を握った者の責務だろう。
「……悪かった。一緒にいこう」
「はいっ」
「安心しろ。ミーシャが生きる希望を抱けるまで、手は離さない。だから、二度と言わないでほしい。自害なんて言葉は……」
ガラス玉に色が戻った。菫色の瞳を涙の膜で覆ったミーシャが頷く。
「分かりました……わたしは希望を抱かないように頑張ります!」
「……? 俺の話、聞いてた??」
ダニエルとマスターがニヤニヤしながらこっちを見ていた。ディアーネは何故か半眼で俺を睨んでいたが。
「ちょっと解せぬが……四人でドラゴンに挑戦といこうか。てか、何をドロップするんだ?」
「『白紙の神薬』と呼ばれている薬さ」
ダニエル曰く、召喚勇者の伝説に出てくる薬だそうだ。
カエルに姿を変えられてしまった王子様を救うため、女の召喚勇者が森の奥深くにあるダンジョンに乗り込んで、氷の神殿に巣くうアイスドラゴンから薬をぶんどるという話だ。最後は人間に戻った王子さまと女召喚勇者が結ばれてめでたしめでたし、という鉄板オチ。
「伝説上の話でしかないけども……王都のはるか南の森の中にあるダンジョン。最下層は氷に閉ざされた階層で、迷路状になっていない一本道の回廊。そして突き当りに巨大な氷の神殿――という記述があるんだ」
ルフリンダンジョンはほんの百年前まで深淵の森の中だった。そして、ルフリンは王都からかなり南に位置している。
少しだけ足を踏み入れた地下四層の景色を思い出す。
「まんま、ルフリンダンジョンの地下四層だな」
「そう。ここまで特徴が一致しているなら、階層主も同じだと思うんだよね」
「確かにな……」
「召喚勇者の伝説には薬に関しての記述はほぼないんだけども、時が巻き戻ったかのように王子が元の姿を取り戻したとある。それとは別の本に、スキルも含めてあらゆる状態を元に戻す白紙の神薬というものが存在する、という記述があるんだ」
「ほーん……病気になる前の体に戻すって感じか」
俺の言葉に、ダニエルが頷く。
「たぶん、そういう効果なんだと思う」
わずかな手がかりからルフリンのダンジョンに目的の薬があると当たりをつけて、何年も折れずに挑み続けたのだ。生半可な想いではないだろう。
「……家族が、病気なのか?」
首を横に振るダニエル。
「そうじゃないんだ……使うのは僕の母親ではあるけども……母はね――死にたくなったんだ」
一瞬、ダニエルが何を言ったのか理解できなかった。
時を巻き戻す効果のある薬を使って……え? 母親を死なせるの?
てか、ダニエルの母親ってマジもんの吸血鬼だよな。
「ちょっと待ってくれ、理解が追いつかない」
ダニエルがふっと笑って、
「そうだね、僕も自分で言ってて、オカシイと思ったよ。すごく簡単に言うと、吸血鬼をやめて、ただの人間に戻るってことさ」
「……それ、言っていいのか?」
ちらっと、アルバとまったりしているマスターに振り返る。
「大丈夫だよ。実はマスターの弟さんが、吸血鬼に噛まれてしまってね。僕たちが保護をしたんだ。弟さんは、今はヴィシンゼク領で暮らしてるよ」
「なんだ、元から関係者だったのか」
ダニエルもマスターも頷いている。
「んじゃ、ダニエルのお母さんは、その……普通の人間のように、年を取って死にたくなったってことなんだよな?」
俺の問いに、ダニエルが頷く。
「……ノスフェラトゥは時計を持っていないんだ。時間の矢に乗って生きていない。時に置き去りにされる者たちと言ってもいい。母にとっての十年は一瞬だけど、僕たちダンピールは違う。定命の者なんだ」
低い声でディアーネが語る。
「私たちが老いて死んでも、孫が生まれ、ひ孫が生まれたとしても、お母ちゃんは若いままなの」
「僕たち兄妹が大きくなってからかな、母が死にたいとこぼすようになったのは」
家族ができてしまったからだろうな、と親の縁が薄い俺ですら想像できる。
六百年もずっと独り身だったのに、不死者じゃない子供ができてしまった。しかも、その子孫たちは、代を重ねるにつれて普通の人間になっていく。そして、時の流れに置き去りにされた真祖は、そのすべてを看取っていくことになるのだ。
うん、キツイわ。
「……どうしても耐えられなくなったら日光浴でもするわーって、冗談みたいに言ってるけどさ、そんなのダメよ。悲しすぎるじゃない」
ディアーネが、グラスにひびを入れながらそうこぼした。
この兄妹が、ルフリンダンジョンに拘る理由がよく分かった。そして、この兄妹が母親を愛しているということも。
正直、俺は母親と言われてもピンと来ない。
顔すら思い出せないのだ。思い出せることは、ごくわずか。波打った長い茶髪と「ごめんね」という言葉。俺に背を向けて去っていく母と、知らない男。それだけだ。そして、そのすぐ後に父親が壊れて、ただの暴力装置になったのだ。
「……理解した。てか、吸血鬼って、ただの人間に戻れるんだな」
「吸血鬼はあくまで召喚勇者のスキルによって変質した人間だからね。強烈な状態異常といえなくもないんだ」
「んじゃ、アイスドラゴンを倒してその薬が出たら、ぜひ持ってってくれ」
「家庭の事情みたいな理由で、すまないとは思ってる」
「気にしなくていい。むしろ、攻略する意味ができて嬉しいよ」
俺は単純に攻略したいってだけだったからな。
友人の家族の手助けができるというのは、とても新鮮だ。ネトゲでクランの仲間の手伝いとかしてたが、あれはあくまで遊びでしかなかった。なんというか、リアルに冒険者をやってるって気になれる。
ダニエルが笑みを浮かべ、
「ジンが、いい人で助かったよ」
「男に向かって、いい人って褒め言葉になんないぜ」
「違いない」
くつくつと笑う男二人に首を傾げるミーシャとディアーネ。
「え? そうなんですか?」
「なんで??」
このお嬢さんがたは純真で無垢な存在のようだ。
男を評するときに「いい人止まり」とか言ったことないんだろうなあ。
「今日のところはこれぐらいか?」
「そうだね。明日はギルドに集まって、装備品をどうするかを詰めていこうか」
「ああ、そうだ……忘れてた」
俺はカウンターの裏にある冷蔵庫のドアを開ける。
冷蔵庫と言っても、上段に氷を置いておくだけの原始的なものだ。ドワーフの木工職人が作った断熱性の高い二重構造の箱は、現代日本でいうクーラーボックスに近い。ちなみに、この店の氷はダニエルが定期的に補充している。
ディアーネの前に、冷蔵庫から取り出したガラスの器を置く。器の中には白とオレンジが混ざり合った丸い塊。小さくカットされたミントの葉が綺麗な模様を描いている。
盛り付けはミーシャにやってもらった。見栄えよく整えるのはどうにも苦手なのだ。
「柿のマスカルポーネあえでございます」
「へー、カワイイ……」
マスカルポーネは俺のお手製だ。というか、マスカルポーネと言い切るにはちょっと手抜きが過ぎる。生クリームにレモンを絞り入れて混ぜ混ぜ。その後、厚手の綿生地を何枚も重ねて、怪力にまかせて絞っただけだ。
出来たマスカルポーネに蜂蜜と塩胡椒、シナモンをパッパッと。塩と胡椒を少し入れることで味に厚みが出る。
絞ったあとのホエーは牛乳と蜂蜜を混ぜて、ミーシャが美味しく頂きました。
「冷たくて甘くて美味しいー!」
「美味しいでふね……」
女性陣には好評のようで、一安心だ。
「ねえ、また御馳走してくれる? イヤなら別にいいんだけどさ……」
あっという間にデザートを食い尽くしたディアーネが、どこか名残惜しそうに銀のスプーンを咥えながら、上目遣いで言ってきた。
超絶美少女のくせに食いしん坊なのが、俺的にツボなんだが。
「……ああいいぞ。食材はそっち持ちだかんな」
「なんで笑うワケ?」
「なんでだろうな」
チビチビとデザートをつついていたミーシャも完食したようで、
「とても美味しかったです。でもこれ……ご主人様は簡単に作ってますけど、絞るの大変ですよね?」
「まぁ、そこは恩寵のおかげだな」
「このイカサマ野郎……」
ディアーネは口で笑みを浮かべつつも、眉根は寄っている。なんとも面妖な顔をしていた。
「……なんだ、その変顔は」
「だって、悔しいんだもん……アンタ、なんでこんなに料理が上手なの?」
「趣味みたいなもんだ。男一人で二十九年も生きてりゃ、それなりの腕にもなるさ」
ディアーネが驚愕の表情を浮かべ、
「えっ! タメなの!? もっと年下かちょぉぉぉ…………ぁぁぁ……」
と言いながら、声がフェードアウトしていった。
小さな酒場に静寂が訪れる。
そんな時の刻みを忘れてしまった凪を打ち破ったのは、アルバの「くあぁ~」という欠伸の声だった。
「……そうか、ディアーネは俺と同い年か」
驚きはした。だが、少々でしかない。
なんとなく、そういう予想はあった。半分吸血鬼――ダンピールだもんな。
「……………………」
ディアーネはスツールの上でガックリと項垂れ、息をするのも忘れて固まっていた。
長い銀の髪が垂れさがり、血の気のない顔はいつにも増して白い。その姿はまるでヴェスヴィオ火山の噴火に巻き込まれたポンペイの犠牲者のようだった。
ふと俺の脳裏に、昔やったゲームでの苦い思い出が蘇る――ディアーネはもはやカドルトをつかわねばならない。
ミーシャがボソッと余計なことを言った。
「えっと……ディアーネさんって、呼んだほうがいいですよね?」
「やめてよっ!」
悲痛な叫びが狭い店内に木霊した。
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