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四層からの帰還

 氷の頭を粉砕したディアーネが、不満げな顔をして踵についた氷を払っていた。

 自分の火力不足で倒しきれなかったことが気に入らないのかもしれない。


「というか、ゴーレム倒すだけなら、俺もういらないな」

「最後はご主人様が首を刎ねたほうがいいと思いますよ。そこそこ大きな魔石が入ってますから、高く売れると思います」


 そう言いながらミーシャが寄ってきた。

 何やらバスケットボール大の氷の塊を抱えているなと思ったら、俺が刎ねたアイスゴーレムの首だった。

 造形がしっかりしている氷の彫刻だけに、生首感が半端ない。

 それを見た目カワイイ小柄女子が抱えてニコニコ笑っている絵は、なかなかにシュールだ。


「首を踏めばよかったのに、どうして頭を潰してしまったんだい?」

「それは……つい……」


 ダニエルに詰められたディアーネがそっぽを向いた。


「くちゅん!」


 そっぽを向いた瞬間、ディアーネが盛大にクシャミをした。

 ディアーネは一人でずっとアイスゴーレムの相手をしていたのだ。運動量も一番多いはずだ。よく見れば、ディアーネの首筋には汗の玉が浮かび、湯気が立ち昇っていた。ついでに、偽装メロンさんが、妙な位置に移動していて目のやり場に困る。


「引きあげるとするか。さすがに、この寒さは堪える」

「そうだね。偵察としては申し分ない成果も得られたし、早めに帰って準備にあてるとしよう」


 ダニエルは確かな手応えに満足げだ。

 俺は狼ヘッドを外して、ディアーネの肩にかけてやる。

 この被り物、頭に被らない限り大きさが変わることがないのだ。なので、今は俺のサイズ感を保ったまま。細身のディアーネがまとうと、腹のあたりまで覆ってくれる。さしずめ狼毛皮のコートといった趣だ。


「え? なに……?」


 いきなり毛皮をかけたからか、体をビクりと揺らしたディアーネが俺を見上げてきた。


「お前が一番薄着だし、汗もかいてるしな。ここは寒すぎる。体を冷やして風邪でもひかれたら、攻略が遅れるだろ」


 本音は、偽装メロンさんを視界から隠すためだ。

 ディアーネが動くたびに変な挙動を示して、目を奪われてしまうのだ。目ざといディアーネのことだから、俺の視線に気づいてすぐに偽装メロンさんの旅路に気づく。そうして「死ね」の言葉と共に鉄拳が飛んでくるのだ。


「そ、そう……それもそうよね……てか、犬臭い」

「そりゃ、狼の被りものだからな」

「アンタのニオイよ」

「……転狼して暴れたからなぁ。犬臭いのは仕様だ、仕様」


 文句を垂れながらも、ディアーネは何故かニヤニヤしていた。

 犬好きみたいだし、犬のニオイは嫌いではないのだろう。

 ミーシャがディアーネをジト目で見ているのは謎だが。


「へっぷち!」


 唐突にミーシャがクシャミっぽい謎の音声を発した。


「……ミーシャ?」

「ご主人様、わたしも寒いです。温かい何かを所望します!」


 なるほど。ディアーネに暖かい毛皮をかけてやったから、自分にも暖かくなるものを寄越せと。ミーシャのことだから、自分の欲望を織り込んでいるに違いない。


「すまんが、酒は持ってきてないんだ」

「そっちじゃないですっ。もう……もうっ!」


 何故か牛さんになった。

 解せぬ。


「とりあえず帰るか……」


 なんとも締まりのないグダグダな空気を振り払い、俺は踵を返す。


 地下四層から階段を上がり、地下三層の階段部屋まで戻ってきた。

 地上に戻る魔法陣に入ろうとしたところで、ダニエルが俺に手を差し出してきた。


「遅ればせだけど、妹を……いや、僕たちを受け入れてくれて、ありがとう」

「何をいまさら。俺だって、人狼だしな」


 手を握り返しながら俺がそう言うと、ダニエルは苦笑いを浮かべた。


「そうでもないんだよ。共に旅をして苦難を乗り越えた人でも、やはり吸血鬼の血は怖いらしくてね……ダンピールと知られると、パーティを解消されてきたんだ」


 この世界の人間の常識や心理は、ちょいと理解できないが、未知なるものへの恐怖という点では理解できる。それが噂にしか聞いたことのない吸血鬼がらみとなれば、なおさらだろう。

 俺としては、パーティメンバーがダンピールとか小躍りして喜びたい気分なんだが。

 いやまあ俺の危機感が薄いのかもしれんけど。つっても、人生二周目だ。ビクビクするこたあねえ。

 そもそも、ダニエルのことは友人だと思っている。ここで掌を返す理由などない。


「ダニエルはダニエルだろ? それに俺は召喚勇者だしな。この世界の人とはちょっとずれてるのは分かってる。なんでまあ、そのへんを教えてくれると助かる」


 ふっと笑ったダニエルは、何かを思い出したように、


「そうそう、教えるというか、余談でしかないけども、サガット君だったかな。彼のニオイを覚えているかい?」


 一瞬、何のことか分からなかったが、そういえばサガットもダニエルやディアーネと同じニオイをまとっていたな。


「死んだ人間のニオイによく似たアレか?」

「そう、アレが吸血鬼の血のニオイだよ」


 血のニオイでピンときた。


「もしかして、銀騎士の斥候って、人狼と吸血鬼の両方をおびき寄せるのか?」

「そう、人狼と吸血鬼、両方に対応するのが斥候の定石なんだ。そもそも吸血鬼って、縄張り意識が強くてね。他の吸血鬼が入ってくると、ほぼ間違いなく接触してくるんだ」

「俺の縄張りだから、出てけってか」

「そのとおり。今はもうほとんどないらしいけど、昔は真祖同士で壮絶な縄張り争いをしていたらしいよ」


 超絶能力を持った真祖同士の喧嘩とか、怪獣大決戦だよなあ。


「……はた迷惑な」

「そのせいで、普通の人たちは危機感を持ってしまってね……文化や国を超えて、とある団体を結成したんだ」

「まさか、それが銀騎士団か?」

「ご名答。吸血鬼の傲慢さが、見下していた人間たちの団結を促し、自らを狩られる立場に追いやってしまったわけだね」

「実際に、銀騎士団は真祖を狩れたのか?」

「みたいだよ。そもそも団の創設者が召喚勇者だしね。かなりの犠牲を出しつつも、何人かの真祖を滅ぼしたらしい」

「また召喚勇者かよ……しっかし、やっぱ人間って群れるとすごいな」


 戦いは数だよ兄ちゃん、ってどっかの将軍も言ってたし。アルバの実家の人狼も人間には関わらないようにしてたし、やっぱ最大の敵は人間なんだよなあ。かく言う俺も、普通の人間から見たら駆除対象だしな。怖い怖い。


 青い魔法陣に乗っかると、一瞬でダンジョンの入り口へと戻った。

 見慣れた景色にホッと息を吐きつつ、腰裏の小物入れから懐中時計を取り出して時間を確認すると、まだ午後の一時すぎだった。


 この懐中時計、コヴァルズヤの弟の彫金師から買ったものだ。当然、その彫金師もドワーフであり、ドーヴァの出身だ。なので、ミーシャを見るなりひと悶着あったのだが、コヴァルズヤの紹介状のおかげで大ごとにならずにすんだ。

 ただ、俺は姫に仕える最後の騎士(・・・・・・・・・・)という扱いになっており、上下関係がひっくり返っていた。

 あのオッサン、どういう紹介状を書いたんだか。

 そもそも騎士じゃなくて、ご主人様なんですが……と訂正しそうになったが、当の姫様がことのほかお喜びで「騎士さま、騎士さま、わたしの騎士さま~♪」と小躍りしていたので口はつぐんでおいた。

 そのおかげかは謎だが、その店で最高の一品を破格の値段で購入できたのだ。

 時計のデザインはシンプルながらも、緻密な工作で一分の隙も無く、驚くほど滑らかに研磨されたサファイアの風防は歪み一つない。風呂程度の深さなら水没させても水は入らないというのだから、その精度は恐るべきものだ。裏面にはでかでかとドーヴァの国章が掘られているのはご愛嬌だろう。

 機構はゼンマイ式で、きっちり巻き切れば二日はもつ。刻む時は正確そのもので、ゼンマイが緩んでいないかぎり、ルフリンの時計台が鳴らす昼の鐘の音と12の文字を指す針がぴたりと重なる。


 購入価格は金貨五十枚。庶民の感覚からすれば、時計一個に百万円を出すのは尻込みしてしまうのだが、実は店頭価格は金貨二千枚。日本円換算で四千万から六千万円ぐらいの価値だ。ヤバいね、家建つね。実際、それだけあれば城壁の内側の一軒家を買えるらしい。

 そもそもこの時計は売るつもりで造ったものではないそうだ。あくまで店頭で技術を示すデモンストレーション用のワンオフ品なのだ。

 以前、この時計を目にした侯爵から引き合いがあったのだが、裏面のドーヴァの国章に難色を示したという。裏蓋を侯爵家の紋章に作り直したものを納品すれば金貨三千枚と提示されたのだが、その話を蹴ったそうだ。もっとも、作り直しは蹴ったものの、新規での作製依頼は受けたようで、絶賛製造中だそうだ。

 それほどのモノを金貨五十枚で買ってしまっていいのか、と少々不安になった。


「懐に収めるべき者が現れたのだ。作り手にとってこれ以上の喜びはない。ドーヴァの灯は未だ消えず……姫を頼んだぞ、騎士よ。死んでもお守りするのだぞ。お前は死んでもかまわん」


 兄弟揃って同じことを言われた。

 もっとも、言われるまでもなくミーシャは命をかけて守るつもりだ。救えず後悔するぐらいなら、死んでも守りきる。ミーシャはそんなことを望んではいないだろうが、この世界での俺のありようなのだ。俺自身が、そう決めたのだ。


「ご主人様、どうかしました?」

「なんで時計相手に、キメ顔してんの?」


 ミーシャの心配そうな声と、ディアーネの呆れたような声で我に返る。


「ん、案外早く戻ってこれたなって」

「だねえ……あんなにてこずった階層主に一発で勝っちゃったもんね」

「てか、今までよく二人でアレに挑んでたよな。むしろそこに感心するわ」

「どうしても欲しい物があるからねえ」


 ダニエルがそう言いながら、俺の肩を叩く。


「それじゃ、まずはギルドに報告に行こうか」

「報告? そんな義務あったっけ?」

「ないよ。ないけど、今までいろいろと便宜をはかってもらったからね。筋を通したいんだ。それに、四層に到達したパーティは十年ぶりなんだ。ギルドも情報を欲しがってるはずだよ」

「それもそうか」

「情報は欲しがる者に与えてこそ、価値を生むしね」

「もしかして、攻略情報を売りつける気か?」

「十年前の物量によるゴリ押しと違って、僕たちは四人で打ち勝った。どうやって勝ったのか、知りたいと思わないかい?」


 そう言ってダニエルは悪そうな笑みを浮かべた。

 やっぱこいつ強かだわ。


お読みいただき、ありがとうございます。

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