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なんて?

 地下三層の階段部屋。というか、地底湖の一番奥にある洞窟だ。赤と青の魔法陣の光が岩壁を照らしていた。

 ボスとの死闘を勝ち抜き、俺たちは小休止をしていた。


「なるほどなぁ、ダンピールか……」


 俺の言葉に、背を向けて体育座りしているディアーネがビクリと体を揺らした。


「ところで、俺って吸血鬼になるの?」

「なんないわよっ!!」


 ディアーネが背中を向けたまま叫んだ。耳は先っちょまで真っ赤だ。耳は赤いが、目の色はアイスブルーに戻っている。髪の色はいつものステンレス色だ。

 ミーシャは俺の掌をこねくり回している。ディアーネに噛まれた痕を気にしているようだが、そんな傷はとっくに塞がっている。

 俺の漏らした言葉に、ダニエルが眉を上げる。


「へえ、知ってるんだ。意外だね。夜の住人の話には疎いのかと思っていたけど」

「俺の国……異世界にもそういうお話(・・)はよくあるからな。実際に会ったことはないというか、俺たちの世界には存在しない」


 ダンピール。人間と吸血鬼の混血。

 日の光の下を歩くことができ、人を軽く凌駕する身体能力と再生能力を持つ。吸血鬼を探し出し、退治する力を保持していることもある。だが、吸血衝動を抑えることができず人の血をすすってしまう場合があり、人間からは忌み嫌われる存在でもある。

 俺が読んでたお話だと、こんな感じだった。


「おおむね合ってるよ。でも、手を噛まれただけで、よく気づけたね」

「……いきなり血を吸われりゃな。親父さんが銀騎士ってことは人間だろ。日の光の下で普通に暮らせてたし。それに、血に眠る力って言ってたからな、ダンピールと考えるのが妥当だろう」


 俺の言葉にダニエルは目を丸くして、薄く笑みを浮かべた。


「すごいね、そのとおりだよ……」


 ダニエルによれば、この世界で吸血鬼と呼ばれる存在は大きく分けて三種類。


 一つは、始まりの吸血鬼である始祖と血の契約を結んだ「真祖」。

 正真正銘のバンパイアだ。その力は強大で不死身。たとえ劫火で焼き尽くされ灰になろうとも復活する。真祖を完全に滅するには、日光浴させるか、魔力の源となる真臓(しんぞう)を銀で貫かねばならない。


 もう一つは、真祖に血を吸われて吸血鬼となった「眷属」。

 真祖には及ばないものの、やはり強大な力と不死性を持つ。眷属の強さは、血を吸った真祖から分け与えられた(・・・・・・・)能力によって変わる。真祖は眷属を増やすほどに弱体化するとも言えるが、強い個体を眷属化できれば、決して裏切らない不死の戦士を得られるのだ。眷属の多寡は真祖の性格が出る。一人の場合もあれば、十人を超える場合もある。弱点は真祖と同じだ。ただ、眷属はさらに眷属を作り出すことはできない。


 最後の一つは、真祖に血を吸われながらも眷属化されなかった者、もしくは眷属に血を吸われた者だ。

 吸血衝動に負けて人の血を吸うことを繰り返すと、人間性が失われていき、ただの吸血モンスターと成り果てる。悪いことに、こいつに血を吸われた人は、さらに劣化した吸血鬼になってしまう。それなりに高い身体能力と再生能力を持っており、普通の人間にとっては脅威以外の何物でもない。とはいえ、日光や銀に弱いのは共通であり、真祖とは比べものにならないほど脆弱で、首をはねられたり心臓を潰されても死んでしまう。この世界の吸血鬼と言えば、もっぱらこいつらのことだ。真祖や眷属は、そもそも絶対数が少なすぎてまずお目にかかることはない。


「吸血鬼を倒すと言っても、真祖にはどうあがいても勝てないよ。猫と虎ぐらい力の差があるからね」

「ダニエルを猫扱いって、真祖こええ……てか、母親が真祖なんだよな?」


 ダニエルはゆっくりと頷く。


「そう……僕の母親は、ヴィシンゼク伯ユリアナ。連合王国よりもはるかに古い辺境の領主さ」

「ヴィシンゼク伯……? 伯爵様かぁ」


 やっぱ吸血鬼といったら、伯爵だよな!

 などと、伯爵家の子息を前に口走るわけにもいかず。心の中でヒャッハーするにとどめておく。


「やっぱり、お貴族様だったか」


 俺の言葉に、ダニエルは苦笑いを浮かべた。


「貴族っぽいかな? そんなつもりはまったくないんだけども……」

「エディオスなんかよりよっぽどな。てか、ダニエルは家は継がないのか?」


 微妙な表情を浮かべるダニエル。


「ヴィシンゼク伯は、六百年前からただの一度も代替わりしていないよ。表向きは、ずっと長女が継承していることになっているけどね」

「え? あ、そういうことか……」


 当主が不死者なら、代替わりなんかしないよな。

 長女というのは、たぶん本人が娘と偽って数十年ごとに継承を繰り返しているのだろう。写真も動画もないこの世界なら、辺境に住んでいる貴族の顔など細かく覚えている者などそうそういないだろうし。

 しかし、六百年とかすごいな。日本で言ったら、室町時代か? 一休さんも真っ青だな。


「もしかして、ダニエルも不死者なの?」

「違うよ。ダンピールは人間なんだ。というか、吸血鬼も変質した人間(・・)だからね。後天的に不死性を獲得したにすぎない」

「獲得……神さまに頼み込んだのか? 人狼みたいにさ」


 一瞬だけ言い淀んだダニエルだが、はっきりとこう言った。


「……始まりの吸血鬼である始祖は、召喚勇者だったんだ」

「ああ……」


 納得できてしまった。

 俺と同じように望んだのだ。こうなりたい、と。日の光の下を歩くことができなくなろうとも、超絶なる力と不死性を欲したのだ。


「でも、始祖は滅んだ。別の神に召喚された勇者によってね」

「……召喚勇者同士の戦いか」


 すっかり忘れていたが、俺も破壊の神の使徒だった。

 当然、他の神の使徒もこの世界に居るのだ。ちょっと他人事とは思えない。俺もいずれ、召喚勇者と戦うことになるのかもしれない。


「始祖は滅んだけど、始祖の眷属――真祖は始祖のはからいで、事前に逃がされていてね。一人も滅んでないんだ」

「ダニエルの母親も、そのうちの一人なんだよな?」


 ダニエルは無言で頷き、


「まあ、そのおかげで、世界中に吸血鬼が拡散しちゃったわけなんだけどね」

「普通の人間にとっちゃ、迷惑な話だなあ。そういや、人狼だけじゃなくて、吸血鬼も保護してるんだよな?」

「そうだよ。さっきジンが言ってたみたいに、ダンピールだからって吸血鬼を探し出す能力なんてないからね。地味な作業だよ。それに、厳密に言うと、吸血鬼になっていない(・・・・・・)人を保護しているんだ」

「なってない、人……?」

「完全に血の渇きに呑まれて人間性を失ってしまった人は、残念だけど土に還ってもらってるよ。でもね、吸血衝動を抑えることができる人もいるんだ。日の光に耐えられない身となっても心を失わず、人間として生きようともがいている人。だけど、銀騎士は問答無用で狩ってしまう……」

「なるほどな。吸血鬼に堕ちてない人を保護してるわけだ。ダンピールはどうなんだ?」

「困っているようなら、手を差し伸べようとは思っているけど、ほとんどの人はダンピールっていう自覚がないんだ。真祖ほどの力を持つ親を持たない限り、ちょっと強い人ぐらいにしかならないからね。再生能力もないし、契約を受け継いでもいない」


 ダンピールは本質的に吸血鬼ではないそうだ。

 相手の血を吸っても、吸血鬼化しないことがその証だ。しかし、真祖が親の場合、始祖と結んだ「契約」を受け継いでおり、人の血による制限を開放することで親から受け継いだ能力を行使できる。その代償が吸血衝動として現れるのだが、精神を鍛えることで克服することが可能ではあった。


「だからね、ディアーネは修業が足らないんだ」


 ダニエルのからかうような声を背に受けて、ディアーネは「ぅぅ」と唸る。


「きちんと謝ったのかい? ディアーネ?」


 ディアーネはダニエルの言葉に、肩をちぢこませる。

 おずおずと振り向いた顔は真っ赤だ。


「ごめんなさい……勝手に血を吸っちゃって……」


 上目遣いで、どこか怯えをはらんだ顔は初めて見るものだ。

 そんないつもと違うディアーネの顔を見て、ちょっとした悪戯心が芽生え、からかってみたくなった。

 まあ、どうせすぐに右の拳が飛んでくるだろうが、それもいつものことだ。

 あえて表情を消し、何も言わずにじっと見返す。


「…………」


 俺の顔を見て、ディアーネは目を大きく見開く。

 赤かった顔から一気に血の気が引いていき、顔を白くした。


「……私のこと、嫌いになった? まともな人間じゃないし、血を吸うような女だし……ひぐっ……ふえぇぇぇぇ」


 顔をくしゃくしゃにして、涙をポロポロと零しはじめた。幼子のように。


「え……?」


 想定していた反応とあまりに違ったことで、俺の脳も少々バグった。

 俺がオタオタしていると、ミーシャが俺の耳を強く引っ張った。その顔は怒りに染まっている。


「ご主人様は、ほんとに、ほんっとうに、女の子の心をこれっぽっちも理解できてませんね。ご主人様の血を勝手に吸ったことは許せませんけど、それとこれは別問題です。いますぐディアーネに謝って、ちゃんと本当のことを言ってあげてください」


 いつもより一オクターブ低い声で、そう囁いた。

 耳の痛みそっちのけで、俺の背筋に冷たい汗が滴る。

 俺はミーシャの視線から逃れるように、泣きじゃくるディアーネに顔を向ける。


「ディアーネ、俺は大丈夫だぞ。別に嫌いになったりしないから。お前も頑張ったもんな」

「え、ほんと……? 嫌いにならない?」

「あれぐらいでなるもんか。どうしても辛かったら言えよ。少しぐらいなら吸ってもいいからさ」

「え……それって…………これからも血を吸っていいってこと?」


 途端、涙を引っ込めて、再び顔を赤く染めるディアーネ。

 顔色が変わりすぎて、ちょっと心配になるレベルだ。


「いいぞ。吸血鬼化しないんだろ? それに、生きるために必要なものじゃないだろうし、大した量じゃないよな」

「う、うん…………」


 ディアーネは一瞬だけ目を泳がせ、顔を真っ赤にして俯いてしまった。


「良かったね、ディアーネ。嫌われなくて」


 ダニエルがそう言うと、ディアーネはおずおずと顔を上げて、


「どうしよう、兄ちゃん……プロポーズされちゃった……」


 俺の耳が聞き慣れない言葉を拾った。


「ディアーネさんや、なんて?」


 ミーシャもギョッとしていることから、俺の聞き間違いではないだろう。

 しかし、いきなり何を言い出すんだ、この娘は。今までの会話で、どうしてプロポーズなんていう言葉が出てくるんだ。文脈どこいった。


「それはよかった。それで、祝言はいつにしようね?」


 ダニエルがさらっと聞いてきた。

 だが、その顔は悪いことを企んでいるときのニヤニヤ顔だ。


「……ダニエル、説明を要求する。お前、この状況を楽しんでるな?」


 くつくつと笑ったダニエルは、肩をすくめて語り始めた。


「ま、簡単に言えば、うちの地元の風習みたいなものだね。ダンピールの吸血衝動を受け止めてくれた異性が、これからも血を吸ってもいいって言ってくれたら……それは、生涯を共にしようという意思表示となる」

「聞いてねえよ!」

「言ってないしね。それで、ジンはディアーネを娶ってくれるんだよね?」

「いやいや待ってくれよ。俺はそんなつもりで血を吸っていいって言ったんじゃない。てか、分かってて言ってるよな?」


 ダニエルは爽やかな笑みを浮かべながらも、その目には真剣な色がある。


「うん、そうだよ……それで、返事は?」

「……なんでそんなに妹を嫁がせようとすんだ?」

「ディアーネは普通の人には耐えられない乱暴者だし……」


 それは間違いない。

 カワイイけど、酔った勢いで背骨を粉砕する骨折り姫とか、嫁さんの候補にすらならんだろう。すぐに治癒魔法で治してくれるとはいえ、下手したら手遅れ(・・・)の可能性もあるし。うん、普通の男には無理だ。自殺志願者でもない限り。

 俺だって〈強靭外皮〉かけてないと、背骨の一本や二本……いや、大丈夫か。死ぬほど痛いだろうけども、それだけだ。


「それに、もういい歳だしね。いいかげん片付いてくれないと……」

「いい歳?」


 赤い顔で俯いてモジモジしているディアーネを見る。

 どう見ても、十代なんだが?

 この世界って、大昔の日本みたいに十八歳で行き遅れとか言われちゃうのかね。


「慌てるような年齢か?」

「こう見えてディアーネはにじゅ……」

「ア゛ー! ア゛ア゛ーッ!!」


 突然、ディアーネが獣の咆哮をあげ、俺の胸倉を掴んでガクガクと揺さぶりはじめた。

 やばい、脳がシェイクされて筋肉痛になってしまう。


「聞いてないよねっ!? 聞いてない、アンタはなんにも聞いてないっ!! 聞いてたら、殺す!!!」

「オ、オレハ、ナニモ、キイテ、イナイ……デス」

「ヨシッ!」

「はぁ……本当にディアーネは乱暴者だなあ。そんなだから……」


 ダニエルが溜息混じりにそう漏らすと、ディアーネの拳が彼に向いた。


「死ね、兄ちゃんもアンタも死んじゃえ!」

「あっはっは」


 ダニエルは笑いながら、上体だけをうまく逸らせてディアーネのパンチを軽々とかわしている。さすが兄ちゃん、妹の暴力に慣れきっている。

 ちなみに、俺は流れ弾をボディに喰らった。やっぱ痛い。が、いつものディアーネに戻ってくれたようで一安心だ。


「ご主人様って、勝手に自爆して心理的に外堀どんどん埋められて、にっちもさっちもいかなくなる男ですね……優しさの副作用なんでしょうけど、これはちょっと対策を考えないと……」


 何やらミーシャが妙なことを呟いた。


「ミーシャさんや、なんて?」

「ご主人様は、心配しなくて大丈夫ですよ」


 そう言ってミーシャは俺に輝くばかりの笑顔を向けた。

 慄く要素などまったくないはずなのだが、ミーシャの背後に蜘蛛の糸を張り巡らす絡新婦(じょろうぐも)がちらっと幻視できてしまった。

 何故だ。


お読みいただき、ありがとうございます。

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