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血に眠る力

 それから何度かボスの電撃を避け、そのたびにボスがリングアウトすることを繰り返した。

 見るからにボスは動きが悪くなっている。かなりダルそうだ。あれだけ血が抜けたのだから、意識も朦朧としているのかもしれない。それでも撤退という選択肢を取らないのは、ダンジョンボスの悲しき性というやつか。


「押し切れそうだが……皆、まだ動けるか?」

『僕はまだいけるけど、魔力がかなり減ってきたね』

『まだ……いけますっ! うっぷ……』

『なめないでよねっ! これぐらい、どうってことないわっ! ふぅ、ふぅ……』


 ダニエルはまだ余裕がありそうだ。

 ミーシャは魔力回復ポーションの飲みすぎでキラキラいきそうだ。ポーション類って、クソ不味い上に腹に溜まるから、飲みすぎると辛いんだよな。

 ディアーネは強がってはいるが、息がかなり上がっている。あのディアーネが口で息をしているぐらいだ。

 かくいう俺は、特に問題はない。体力はほぼ満タンだし、傷も負っていない。強いて言うなら、戦斧の刃がナマクラになってきたぐらいか。


 〈生命探知〉でボスを見ると、最初に見たときよりもかなり生命の炎が小さくなっていた。間違いなく半分は切っている。


「……そろそろ転狼して一気に決めるか?」


 ボスもかなり弱っているが、ここから先はダニエルたちですら未知の領域だ。もしかしたら、隠し玉があるかもしれない。

 人狼状態だと確かに強いのだが、アホの子になるのが問題だ。

 つい攻撃を優先しがちになるし、衝動的に動いてしまうこともある。何より、イレギュラーへの対処が遅れるのだ。ボスが死ぬ間際に隠し玉でも持っていたら、モロに喰らう確率が跳ね上がる。転狼は強さと引き換えに、リスクが増すのだ。死んでもセーブ地点から再スタートできるゲームとは違う。致命傷を貰ってからでは遅いのだ。

 迷いが反応を遅らせた。

 ボスが顎を床につけていたのだ。


「! 電撃っ! よけろ!」


 俺は〈瞬脚〉で後方に下がることができたが、ディアーネの反応が遅れた。悪いことは重なるもので、跳ぼうとしたディアーネが足を滑らせたのだ。

 咄嗟に受け身をとって、後方にダッシュするが電撃のほうが早かった。


「はうっ!!」


 紫電がディアーネの足にまとわりつく。ディアーネはその身を硬直させ、糸の切れた操り人形のようにくずおれた。

 ボスはくるりと振り返り、麻痺したディアーネにターゲットを変える。

 マズい。俺が後退したせいで、ディアーネの位置まで〈瞬脚〉一回では到達できないほどの距離がある。

 ボスはディアーネに向いて大口を開いた。あのまま突っ込んでマルカジリするつもりだろう。

 だったら――。


転狼(へん・しん)!」


 俺は走りながら転狼をする。一気に体が膨らみ、黒い剛毛が身を包む。

 ボスはディアーネに向けて、突進した。

 間に合え!


「〈瞬脚〉っ!」


 目標地点は、ディアーネとボスの中間地点……よりも、ちょっと遠い場所。

 〈瞬脚〉は目標地点で速度がゼロになるが、その途中は恐ろしく高速で移動している。しかも速度が身体能力に比例するようで、転狼後は当社比約二倍だ。

 黒い矢と化した俺は、ディアーネに突進するボスの斜め後方から突っ込んだ。

 当然、目標地点に到着する前なので、トップスピードのままだ。


 ドッゴオオォォッ!!


 爆弾がさく裂したかのような轟音を響かせて、ボスは斜めにゴロゴロと転がった。どてっ腹に俺が突き刺さったまま。

 ダメ元で両足を揃えてボスに突っ込んだのだが、うまく決まった。いわゆる、ドロップキックというやつだ。


「必殺、瞬脚キーック! てか、痛ぇぇぇっ!」


 俺の足は両方とも、太もも辺りまでボスの体に突き刺さっていた。

 その状態で、ボスもろともゴロゴロと転がったのだから全身打撲だ。さらに悪いことに、両膝の骨が砕けていた。膝から下が言うことをきかない。さすがの人狼でも、あの速度でキックするのは無茶があったようだ。

 ボスはビクビクと横転したまま体を痙攣させていた。

 今のうちっと、両足を腹から引っこ抜いて匍匐前進でボスから遠ざかる。


 ギョボオォォォッ!


 俺が腹から抜けたせいで、口と腹から盛大に血を噴き出したボスがのたうち回っていた。

 なんとか横たわっているディアーネの元までたどり着く。


「ディアーネ、無事か?」

「アンタ、バカなの? 無茶やってさ、アンタの、ほうが死にそうじゃん……」


 まだ痺れが残っているのか、ディアーネの言葉は途切れがちだ。


「眩暈とかないか?」

「平気……なんか前喰らったときより、ぜんぜん楽」


 外傷は特にないようだし、きちんとしゃべれているので脳の方にも損傷はなさそうだ。

 もしかしたら、俺の〈統率〉スキルが良い仕事をしたのかもしれない。

 一安心といったところだが、まだ終わってはいない。

 ダニエルが慌ててこちらに駆け寄ってくる。

 だが、ボスの復活のほうが早かった。ダンッと四枚の鰭を地に打ち付け、顎を床につける。


「ヤベ……」


 再び電撃を放つつもりだ。

 立ち上がろうとしたが、膝がくにゃりと曲がった。人狼の再生能力をもってしても、砕けた膝は秒で復活はしないようだ。

 こりゃ、マジで駄目かもしれん。


絶対凍結アブソリュート・フリーズ!!」


 ダニエルが叫んだ。

 白い霧が一瞬だけ眼前にたちこめた。

 ダニエルの手はボスに向けられていた。心なしか、目が赤く輝いたように見える。

 そして、来るはずの電撃が来なかった。

 ボスを見ると、まるで氷の彫像のように固まっていた。いや、「ように」じゃない。まるっと凍結していたのだ。


「ジン、僕の切り札を使ってしまった。もう、すんなりと撤退はできないよ。ここからは、どっちが生き残るかの戦いだ」

「さっきのは……ダニエルのスキルなのか?」

「そう。一日一回しか使えない僕のユニークスキル。耐性のない対象を無条件で凍結する。でも、階層主には効きが良くない。もって三十秒だよ」


 なるほど、これが撤退するための切り札か。確かに、ボスが完全停止してくれるなら、逃げるのも楽だろう。


「そうか……すまんが、足が折れた。回復までしばらくかかる。時間を稼げるか?」


 ダニエルは俺の目を見て頷いた。


「やるしかないね。ここまで追い込んだのは初めてだ。このまま勝とう」

「もちろんだ」

「ご主人様っ! ……ひえっ!」


 ミーシャがテケテケと走り寄ってき――滑ってこけた。

 うんまあしょうがないね。水で濡れてるもんね。


「ふぐぅ……ご主人様ぁ……」


 なんで君まで匍匐前進なんですか。


「ミーシャ、すまんが引っ張っていってくれ、立てそうにない」

「はいっ!」


 俺の両手をむんずと掴んで立ち上がったミーシャが、力強いストライドでリングの端へと移動する。さすがドワーフ、力持ち。

 小柄な女子がデカい人狼をずるずると引きずる様はなかなか滑稽だ。引きずられているのが俺でなきゃ、無邪気に笑ってられるんだが。

 ディアーネを見ると、ダニエルの手を借りて立ち上がっていた。

 良かった。立てるまでは回復できたようだ。


「ディアーネ、もうカードを温存する余裕はない。開放、するよ」


 ダニエルのそんな言葉が聞こえた。


「ぃゃ……」

「ディアーネ!」


 子供のように首を横に振るディアーネ。


「イヤよ、イヤイヤ!」

「今までのように撤退という選択肢はもうない。勝つか負けるかだ。敗北は死だ。僕やディアーネだけじゃない、命をかけて君を救ったジンも死ぬことになる」

「……ぅ」


 ディアーネが振り向いた。俺と目が合うと、慌てて顔を逸らした。

 ダニエルはディアーネの肩をポンと叩いて、


「さあ、ディアーネ、今度こそ勝利を掴むよ」


 苦渋の表情で頷くディアーネ。

 そして、兄妹は声を揃えて朗々と言葉を紡いだ。


「「ほの昏き夜の貴族にして原初の祖よ、古の契約にもとづき我が血に眠る力を呼び覚ましたまえ!」」


 途端、兄妹の周りに黒い霧がかかった。その霧が渦を巻き、赤い稲妻をまとって竜巻のように天へと延びていく。

 銀色に輝いていた二人の髪が末端から黒く変わっていく。わずか数秒で、夜よりも深い黒に染まった。アイスブルーの瞳が血のような赤に染まり、青緑の光を打ち消すように強く輝いた。


 ちらっと俺を見たディアーネが、小さく呟いた。

 その声はか細く、普通の人間ならば聞こえないほどのものだ。


「……見ないで……お願い」


 髪を黒く染めたダニエルが、ダンっと力強く踏み出してボスへと迫る。

 あまりの速度に、俺ですら一瞬見失うほどだった。


「ディアーネは鰭を!」

「うん!」


 ダニエルは凍結したボスの頭部に特大の氷の槍を叩きつける。槍というか、アレは電柱だな。

 ボスは凍結しているせいで、生モノと違ってすんなりとは刺さらない。それでも、氷の電柱がぶち当たった場所は、大きく欠けていた。

 ディアーネは高く飛び上がった。それはもう本当に高い高い。10メートルは飛んでるんじゃないだろうか。それぐらいの高さから斜め下に急降下。ボスの鰭の根元に鋼鉄の蹴りを喰らわせた。パキャンッと魚らしからぬ音を響かせて鰭が根元から折れ飛んだ。


「ご主人様、口を開けてください!」


 ミーシャの声に振り向くと、口に何か硬いものをねじ込まれた。


「うわ、クソ不味ぃ……」


 薬瓶だった。

 中身はポーションの類だろうが、ここまで不味いものは初めて飲んだ。


「もしもの時に備えて買っておいた中級ポーションです。全部飲んでくださいね。ポーション類は効果が高いほど美味しくないらしいですから」

「んなもんいつの間に買ったんだ。お高いんじゃないの?」

「お小遣いを貯めて買いました! 金貨二枚しました! でも、ご主人様の役に立てるなら、お安いものですっ」


 宿の下働きの駄賃と俺から貰う日々のお小遣いなんて、たかが知れてるだろうに。そもそも、必要な物があればすぐに金は渡していたはずなんだが。まあ、そういうんじゃないんだろうな。


「ありがとう、助かったよ」

「わたしの役目ですから! しばらく休んでいてください」


 良い笑顔でミーシャが笑って、ダニエルたちの加勢に向かった。

 その笑顔に、不味さをしばし忘れることができた。というか、ポーションって効果が高くなるほど不味くなるのかよ。上級ポーションとかどんだけ不味いんだ……。


 ボスを見ると、ダニエルの氷の電柱に頭部をボッコボコにされ、ディアーネに鰭を四枚とももがれていた。

 あの兄妹、普段からかなりの強者だが、髪を黒く染めた今の姿は格が違った。

 俺の転狼に近い能力なのだろうが、あの姿はまるで――。


「凍結が解ける! 下がって!」


 ダニエルが叫んだ。


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