第二形態
「仕切り直しだ」
水に落ちたせいで服が重くなったが、食われるよりマシだ。
俺は再びボスに肉薄する。
水玉による迎撃、噛み付きからの尻尾の薙ぎ払い。どれも一度見た攻撃だ。同じ轍は踏まない。
常にボスの目の前に陣取り、ひたすら戦斧を振るう。
俺の攻撃に合わせるように噛み付きをしてきやがるせいで、俺の刃はほとんどボスに届かない。切れて薄皮一枚だ。ぬるっとした体表の粘液のせいで鈍くなった戦斧の刃で切り裂くのが難しいのだ。
だが、黙々とやるべきことをやり続ける。
ディアーネは尻尾を警戒しつつ、側面と後方からヒットアンドアウェイ。彼女はボスとの戦闘が始まると、ガントレットに鉄の爪を装備している。打撃ではなく、斬撃と刺突による出血を強いるスタイルだ。
ダニエルとミーシャは遠距離から魔法をぶっ放す。氷の槍と石の槍がタイミングをずらせてビュンビュンと飛んでくる。ときおり爆発力を抑えた炎弾も飛んでくる。もっとも、体表を水っぽい粘液で覆っているボスに炎の魔法はほぼ効かない。あくまで、ボスの気を逸らすための牽制だ。
しばらく戦っているとボスは現状を嫌がったのか、噛み付きを控えて顔が引き気味になった。その代わりに、水玉の攻撃が増えたわけだが、脅威度は下がったと言える。噛み付きはともかく、水玉なら顔に直撃しない限りダメージは無視できる。
とはいえ、ボスの顔が遠くなったせいで、こちらの攻撃も届きにくくなった。
だったら、近寄ればいいじゃない。
「そこだっ!」
髭の先に水が集まり、水玉が俺に向かって飛んで来る。
あえて、水玉に突っ込む。
戦斧の刃で水玉を受けて飛沫に砕き、一気に間合いを詰めて髭を切り飛ばす。
返す刀で髭の根元を深く切り裂き、さらに左手の戦斧で同じ場所をえぐる。
ギョオオオォオォォォッ!!
初めて俺の攻撃で深手を与えることができた。
派手に血が吹き出て、ボスの顔が赤く染まった。
怒り心頭で、顔真っ赤にして噛み付きをしてくるボス。俺はすかさず後方に跳躍しつつ、宙を舞っている切り飛ばした髭を掴み取った。
「てめえのスキルを喰ってやるぞ」
切り飛ばしたボスの髭にかじりつく。
当たり前だが、クソ不味かった。
そういや、戦っている最中の相手からスキルを奪うのは初めてだ。
〈水砲 : 至近にある水を集め、任意の場所から投射する。大きさと速度を増すごとに消費体力が増加〉
奪えたスキルはこの〈水砲〉一つだけだった。
もっと持っているかと思ったが、奪えただけマシだ。何より、これからは水玉に悩まされることがなくなるのだから。
それに、待望の遠距離攻撃スキルだ。ただ「至近にある水」ってのがネックだな。水魔法のように、いきなり湧き出るものではないようだ。土魔法に特性が近いか。
「ボスから、水玉のスキルを奪った。もう水玉が飛んで来ることはないぞ!」
仲間にそう伝えた。
『『『え?』』』
脳内に「え」の三重奏が響く。
「俺のユニークスキルの能力だ。見てろよ……〈水砲〉!」
ボスに指鉄砲を向ける。
指先にモリモリと水が集まっていき、バスケットボール大の水玉ができあがった。
ちょっと強めに意識したので、かなり大きくなったようだ。
「今までのお返しだ……これでも喰らえっ!」
でかい水玉が、ボスに向かって飛んでいった。
気合を入れて飛ばしたので、かなりの速度が出た。ボスが放っていた水玉の倍ぐらいの速さだ。
水玉とは思えぬ爆裂音が轟き、ボスの頭が跳ね上がって飛び跳ねた飛沫が白い雲のように広がった。
〈水砲〉を放って気づいたのだが、べしょべしょだった服が一気に乾いていた。濡れてくったりしていた狼ヘッドの毛皮もフサフサに戻り、髪の毛もサラサラになった。
至近にある水を集めるって、そういうことかぁ。もし近くに水が無かったら、体の水分を抜いたりしないよな? ちょっと怖いんですけども。
一瞬、どうでもいいことを考えてしまったが、仲間たちはボスが動きを止めたことを見逃さなかった。
ダニエルとディアーネ、ミーシャが一斉に攻撃をしかける。
ボスは水玉で魔法を迎撃しようと髭を伸ばすも、当然のように水玉は出ない。
どうやら、スキルを奪われた方は、すぐには気づかないようだ。
魚のくせに戸惑った表情を浮かべたボスの顔に、氷と石の槍が突き刺さった。ディアーネは横っ腹に鉄の爪を突き立てていた。
『本当に奪ったんですね……』
『いやはや、すごいねえ』
『召喚勇者って、ほんとデタラメよね……』
三人の声が脳内に響く。味方も戸惑っていた。
「よし、このまま……うおっ!」
血まみれのボスが、俺を轢き殺さんばかりの勢いで突っ込んできたのだ。
横っ飛びで回避すると、ボスは脇目もふらずに通り過ぎ、そのままリングの外へとダイブした。
「なんだ? 逃げたのか??」
「そうじゃないよ。だいたい五分ぐらいかな。水の外で戦ってると、定期的に水に入るんだ」
しばらくして水面に顔を出したボスは、俺をギロッと睨んで再びリングに上がってきた。
「このまま押し切るぞ!」
俺はボスに向かって突っ込む。
水玉がなくなったおかげで、噛み付きを警戒するだけでいい。かなり楽な戦いになった。
攻撃を喰らうたびに、ボスは血しぶきをあげる。すぐに傷は塞がってしまうが、相当な量の血が抜けたはずだ。
誰も水に落ちることはなく、定期的にボスが自分から水に落ちるだけだ。
明らかにボスはジリ貧だが、逃げることはなかった。
『そろそろだよ……』
ダニエルがそう言った。
ボスが突然、その場でグルグルと回り始めたのだ。
左右の鰭を逆方向に動かしている。いわゆる、超信地旋回というやつだ。
しばらくすると、ボスの色が変わった。
褐色だった体表に紫色の筋が何本も走り、全体的に黒くなったのだ。
「第二形態ってやつか」
ゲームでよくあるアレだ。ある程度ダメージを与えると、ボスの姿や攻撃方法が変わるっていう。
ダニエル兄妹は、この第二形態に移行してからなかなか攻略できなかったそうだ。
ボスの動きが激しくなり、今まで使わなかった攻撃を行うようになるのだ。必然的にディアーネの回避が増えて、ボスの体力の減りが遅くなる。そうこうしている間に、ディアーネの体力とダニエルの魔力が尽きる。残された手段は撤退のみだ。
よくも無事に撤退できたものだと思ったのだが、ダニエルには撤退するための切り札があるそうだ。なので、今回の攻略が失敗したとしても全滅することはないだろうと言っていた。
『ジン、特殊攻撃のタイミングは事前に教えた通りだよ。一番よく見えるのは君なんだ。頼むよ』
「任せとけ」
回るのをやめたボスが俺に向かって突っ込んできた。
速い。今までの動きはなんだったんだ、と思えるほどの速さだった。
大口を開けたボスの頭が迫る。
「〈瞬脚〉!」
視線を横にずらして、斜め前方にすっ飛ぶ。
回避を優先したので、すれ違いざまに斬るなんてことはできなかった。
とはいえ、カウンターとしてはアリだと思うので意識して使ってみようと思った。
一秒ほど前まで俺が居た場所を通り過ぎたボスは「あれ?」という顔をして振り向いた。
魚のくせに表情が豊かだな、おい。
「それじゃ、第二ラウンドといこうか」
ボスは動きが速くなり、さらに攻撃の頻度も上がっていた。アグレッシブになったと言うべきか。
今までは使ってこなかった、大きな鰭を振り回すようになってきたのだ。鰭とはいえ、全長10メートルの魚だ、俺よりでかい。そんなもんにしばかれたら、痛いではすまないだろう。
とはいえ、攻撃手段は近接物理攻撃のみだ。
早々に〈水砲〉を奪っておいて正解だった。この状態で、さらに水玉を駆使して襲い掛かってこられたら、事故が起こっていたかもしれない。
水玉の迎撃がないおかげで、ダニエルとミーシャの魔法が面白いように刺さっている。
このまま押し切れるかと思っていたところ、不意にボスが動きを止めた。
四枚の鰭を床に押し付け、さらに頭を下げて顎も床につけたのだ。
「これか……特殊攻撃くるぞ! 避けろ!」
ダニエルが言っていた特殊攻撃だ。彼の言った通りの動作をしたので、すぐに気づけた。
「〈瞬脚〉!」
俺はすぐさま振り向き、後方に向けてすっ飛ぶ。
視界の隅で、ディアーネが大きくジャンプする様が見えた。
ボスが紫色に発光した瞬間、
バチンッ!
と、床につけた鰭から紫電がほとばしった。
リングの表面を蛇がのたうつように、紫色の光が走り抜けた。
雷にそっくりだ。というか、雷だよな。
「電気ナマズかよっ!」
かなり距離をとっていたおかげで、足先がピリッとするぐらいですんだ。だが、アレを至近で喰らったら、痺れる程度ではすまないだろう。
特設リングは氷と岩の混合物なので電気を通しにくいとは思うが、湖水で濡れているせいで絶縁体とは程遠いはずだ。
雷は直撃すればただではすまないし、間接的な被害もバカにならない。特に人間だと、歩幅電圧と誘導電流が厄介だ。歩幅電圧は地についている足の間に電流が流れることで、痛みや痺れ、火傷を負う場合がある。誘導電流は落雷時の電磁誘導によって発生するもので、人体に流れた場合は意識喪失や頭痛、めまいが起こることもある。さらに、体表に電流が流れれば、火傷だけにとどまらず汗や水が瞬間的に蒸発して水蒸気爆発を起こす。下手をすれば、骨折をするほどだ。
どれも即死するほどのものではないが、目の前にこちらを食い殺そうと狙っているボスがいるのだ。その先にあるのは、やはり死だ。
この電撃だけは喰らうわけにはいかない。
「皆、無事か?」
『問題ないわよ。慣れたもんだしね……』
ディアーネは大丈夫そうだ。
『はいぃぃ、ちょっとピリピリしましたけど、大丈夫れふ』
ミーシャはちょっと心配だ。とろくさいからなあ。もっと距離をとったほうがいいかもしれん。
『僕は大丈夫だけど……デンキ、って何だい?』
この世界、やはり電気は一般的じゃないようだ。
「雷の素だ。冬の日に毛皮を触るとパチンってするアレと一緒だ。このナマズ、体内で電気を作ってるんだよ」
『なるほど。スキルじゃないから、君も奪えなかったんだね』
「そのようだな……」
身体の特徴だから、種族特性みたいなものか。
そりゃ奪えそうにない。
ひとまず味方に被害はなかったので一安心だ。
このまま続行して――と思っていたら、ボスがリングから湖にダイブした。
「ん? 早くないか?」
さっきまで、五分ぐらいはリングの上にいたはずだ。第二形態になってから三分ぐらいしか経っていないと思うのだが。
『あの形態になると、水に戻る時間が短くなるんだよ』
「……酸素の消費量が増えたってことか」
魚は空気中から酸素は得られないからな。鰓だけに。
などと脳内でお寒いことを言っていたら、ボスが再びリングに上がってきた。
ミーシャをもう五歩ほど下がらせ、俺たちは再びボスと対峙した。
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