異世界に轟く咆哮
俺は見知らぬ大地に立っていた。
というか、闇に沈んだ草原っぽい地面以外、何も見えない。
光っているものは、空に瞬く星々だけだ。
空には、未だかつて見たことのない抜けるような星空がアホほど広がっている。
天の川っぽい星の連なりが見えるものの、見知った星座はまるで見つけられなかった。別の惑星感が半端ない。しばし、素晴らしい夜空に口を開けて見入っていた。
そういや、なんで上を見ると、口が開いちゃうんだろうな。
しかし、文明の灯のない未開の大地にいきなり放り出すとか、うちの神さまはかなりスパルタだ。いきなり試される大地ときたもんだ。
しかも、マッパ――全裸なのだ!
フルチンないしはフリチンですよ、奥さん。キャー!
そういや、「振る」なのか「振り」なのか、はたまた「フルオープン」なのか「フリー」なのか、議論の分かれるところだと思っていた。そもそも「振」という言葉に、下半身丸出しという意味があると知ったのは、大人になってからだった。間違えても女性に向けて放っていい言葉ではない。
死ぬほどどうでもいいことを考えていると、颯然と風が通り過ぎていき俺の愚息を優しく撫でていった。
「寒い!」
凍えるほどではないが、このまま草の上に転がっても平気かと言われると、ちょっと厳しい。
ひとまず、辺りを見渡せそうな小高い丘へと登ってみることにした。
ゆっくりと緩やかな坂を上りつつ、俺はいろいろな機能を試してみた。
神さまはゲーム世界と言っていた。ありがちな、それっぽいモノがあるのかと思ったからだが……。
「……ステータスウィンドウしか出ねえ」
アイテム、インベントリー、収納、スキル、魔法、クエスト、マップ、システム、オプション、ログ、その他いろいろ。
あれこれと脳内で叫んでみたり、口に出して言ってはみたものの、反応したのは『ステータスウィンドウ』だけだった。ステータスウィンドウは、脳内で出そうかなと思っただけで出た。明確な思念も、言う必要もなかった。
そうして表示された項目はひどくそっけないものだった。
最初に表示される『ステータス』には、氏名、年齢、性別、種族、加護神、称号、賞罰――それぐらいだ。
隣に『スキル』というタブがあるが、表示されるのは〈スキルイーター〉のみ。
レベルや職業、能力値といった具体的な数値は何も表示されない。
『スキル』タブの隣に、『神さマイル』というタブがあるのだが、灰色文字で表示されており、開くことすらできなかった。てか、神さマイルってなんだよ……。
「役に立たねえ……」
諦めの溜息をつきながら、俺はなだらかな斜面を上がる。
きらめく星たちのおかげか、意外と視界は悪くない。
辺りはステップもしくはサバンナっぽい大草原なのだろう、遠くまで見通すことができた。ぽつぽつとヒョロ長い木立があるぐらいで森っぽいものは見えないし、星空を反射するような水面をまったく見つけることができない。かなりの内陸であると思われた。気温と植生から予想するに、比較的高緯度で降雨量の少ない地域なのだろう。
水の確保が難しいな、と少しばかり不安になってきた。
小高い丘を上がりきり、反対側の斜面を見るとオレンジ色の光が見えた。
「愚息よ! あれが文明の灯だ!」
人が焚火を囲んで座っている様が見えたのだ。
かなり距離があるはずなのだが、よく見えた。もしかしたら、夜目が効いているのは恩寵のおかげかもしれない。
焚火を中心に、七人ほどの人間がいた。四人は横になっており、三人が火に向かって座っていた。少し離れた場所に荷車らしき物があるので、商人とその護衛といったところだろう。
愚息をフリフリしながら焚火に近づくと、ディティールが見え始めた。
座っている三人とも革鎧で身を固め、弓や長剣、大きな両手斧などが見える。
あれが噂に聞く「冒険者」という職業の人たちなのだろう。いかにもな恰好でちょっと心が躍る。
水の不安があっただけに、早々に人と出合えたことでかなり気分が楽になった。
俺は不必要に驚かせないよう、少し遠くから声をかけた。
「おーい!」
俺の声を聴いた瞬間、三人は一斉に立ち上がり、手近にあった武器を取り身構えた。
さすが冒険者。素晴らしい反応だ。
俺は感心しつつ、ゆっくりと近づいていく。
三人はしばし辺りを見渡していたが、弓を持った細身の人が俺に気づいた。
「あそこだ!」
弓使いはどうやら女性のようだ。そこそこ声が若い。
こちらからは焚火に照らされた彼らは良く見えるのだが、暗闇に沈んでいるはずの俺を見つけたのは大したものだと思う。
斧を持った大男が、腰を落としこちらを向いた。長剣を構えた若者がじわじわと焚火から離れつつも俺の横に回り込んでいた。
「なんだてめえは!」
大男がドスの効いた声をあげる。
そりゃまあ、夜中にマッパの男が寄ってきたら怖いわな。
ただちょっと違和感を感じた。
そういや、寝ている四人は起きてこない。
「なんだこいつ、裸じゃないか!」
焚火に近づいたことで、俺の姿が良く見えるようになったのだろう。
長剣を持って、俺の側面に回りこもうとしていた若者が驚いている。
若者の持つ長剣は、ちょっとばかり色がくすんでいる。柄の根本には随分と濃い色の赤。
かなり違和感を感じてきた。
寝ている四人はピクリとも動かない。
「気狂いか? まさか、吸血鬼!?」
そう言いながら、弓使いが矢をつがえて俺に向ける。
へえ、やっぱ吸血鬼が居る世界なんだ。
かなり近づいたので、焚火の周りがはっきりと見える。
うん、寝ている四人は、死体だ。
不自然な姿勢のまま転がっている体の下には、黒い染みが広がっている。
「人間だろうが吸血鬼だろうが、かまうこたあねえ。見られちまった以上……」
訂正――この人たちは、噂に聞く「追いはぎ」という職業の人たちだ。
「ぶっ殺せ!」
大男が叫び、弓使いが弦を引き絞り、若者が剣を下段に構え腰を落とす。
こっちの事情はお構いなしで殺しにくる手合いか。しかも、連携が取れている上に躊躇がない。こいつら、プロの追いはぎだわ。
今気づいたが、大男と視線の高さが同じだ。もしかして、俺の体って大きくなってる?
恩寵に合わせて、体形が変化しているかもしれない。
「話し合いって、無理っぽい?」
俺がそう言うも、彼らからの返事はまったくない。というか、弦が弾ける音が鳴り矢が空を切り飛んできた。
ひでえ返事もあったもんだ。
夜だというのに、飛んでくる矢が良く見える。鏃は錆が浮いた質の悪いものだ。あんなの突き刺さったら破傷風で死んでしまうじゃないか。
矢はしっかりと俺の胴体の中央目掛けて飛んでくる。
確実に命中させるためだろうが、いい腕だと思う。
足を半歩引きつつ体を捻る。
半身になった俺の腹の前を矢が通り過ぎた。
ちょっとばかり鏃が俺の皮膚を切り裂いた。
痛い……が、それほどでもない。
「嘘でしょ!? なんでこの距離で!」
弓使いが甲高い声で叫んだ。
いや俺も驚いてますとも。まさか十メートルの距離で放たれた矢を避けられとは思ってなかった。思ってなかったけど、やったら出来た。
それに、鏃に切られた腹の傷はもう塞がりかけている。神さまから貰った恩寵の効果だろう。こういう体を欲したのだが、いざ目の当たりにしてみると凄まじいものだと感じる。
「うおおおおお!」
正面の大男が雄たけびをあげながら、両手斧を振りかぶる。
と同時に、側面に回り込んでいた長剣を持った若者が一気に距離を詰める。まるで風に乗って飛んでくるかのような勢いだ。
大男の雄たけびで注意を惹き、側面から剣の突きで一刺しというつもりなのだろうが、全部見えているぞ。
突風のように迫った長剣の切っ先が俺の腹に迫る。
相変わらず殺意百パーセントの攻撃だ。
軽く体を逸らして半歩下がりながら、つま先を残す。
くすんだ鉄色の切っ先が俺の腹筋の産毛を散らして通り過ぎる。
若者は俺のつま先に躓いて、派手にすっ飛んでいった。なまじ速度があるせいでゴロゴロと転がり、ようやく止まった。長剣は途中の地面に突き立っていた。
「は……?」
雄たけびを上げた大男が口を開けて固まっていた。
たぶん、今までは弓射からの雄たけび、側面からの刺突攻撃でほぼケリがついていたはずだ。
それらがすべて不発に終わったことで、思考が停止したのだろう。
よく見れば、大男は金髪で顔があばただらけだった。つい最近お世話になったクソ野郎によく似ていた。
なんだか無性に腹が立ってきた。
世の中は理不尽な暴力とクソ野郎だらけだ。
俺が弱いままなら、この場で血まみれの肉塊になっていただろう。
ふざけんなー! と叫びたい。
転生してまで、この手の連中にからまれるとか運が良いんだか悪いんだか。
とにかく腹は決まった。
暴力には――暴力で応える!
そのための恩寵なのだ。それにこいつらの吐息の臭さに、少々イラついてもいたのだ。
幸いにして、辺りに人の目はない。この三人がおしゃべりできなくなれば、これから俺がやることは誰にも知られることはない。
ふつふつと破壊衝動が胸のあたりから満ちてくる。これも使徒補正なのかな、とかすかに残った冷静な俺が胸中で呟いた。
ともあれ、試運転にはもってこいの条件だ。
「……転狼」
俺の呟きと同時に、心臓がドクンと大きく鼓動を鳴らす。
筋肉が隆起し、体中を黒い体毛が覆い始める。口元がバキバキと音を立てて前に突き出し、耳は鋭角に尖っていきながら頭上へと至る。
手は大きく、爪は鋭く。牙は伸び、白く輝く。
体中が漆黒の剛毛に覆われ、狼の頭に金色の目が光る。
破滅をもたらす膂力と強靭な肉体。生半可な攻撃は通用しない剛毛と再生能力。
これこそ、俺が求め神様が俺に与えてくれた「力」だ。
どうしようもないほどの破壊衝動と溢れんばかりの力がこの身に湧き上がる。
「オオオオオオオオォッ!」
腹の底から雄叫びが溢れ出た。
「人狼かっ!?」
大男が驚き叫んだ。
「銀……銀の矢っ!」
弓使いが慌てて後ろに置かれている荷物へと駆ける。
「おらあああ!」
大男が気合を入れ、両手斧を振り下ろしてきた。
弓使いが銀の矢をつがえるまでの時間を稼ぐつもりなのだろう。
鈍く光る斧の刃が、ひどくゆっくりと俺に向かってくる。
俺は軽く手を伸ばす。
両手斧の柄の中ほどを掴み、そのまま引っ張る。
「うおっ」
振り下ろす勢いと合わさって、大男が前につんのめる。
大男の腕力を余裕でねじ伏せる圧倒的なパワー。
笑いが腹から湧き上がる。
「クハハハッ!」
殺そうとしたんだから、殺されても文句はねえよなあ。
そのまま両手斧を奪い取り、木の棒を振り回すような気軽さで大男の首に打ち付ける。
「ちぇぶっ!」
世紀末モヒカンがあげるような声を出して、大男の頭が宙を舞う。
暴虐なる力の行使に心中で喝采の声をあげる。
神さまをして「恩寵の範囲を超えている」と言わしめるだけのことはある。もっとも、その代わりに軽くない「呪い」を受けてはいるのだが。破壊の神の使徒として暴力に酔いしれるのは宿命らしく、「呪い」がそれを増幅するとも言われた。
それとて、俺にしてみればロールプレイの範疇と思えるものなので、代償としては安いものだ。
飛び散った血が俺の手を濡らした。
――相手の血をすすればスキルを奪える。
俺の勇者スキル、〈スキルイーター〉は相手の血を口にすることでスキルを我が物とできるのだ。
甘美な血の匂いが俺の理性を溶かす。
めいっぱい血の匂いを嗅ぎ、血濡れの指を口に入れた。
芳醇な血の味が口腔に広がる。
〈強靭外皮 I :皮膚の強度が上昇する。使用中は体力を消耗〉
頭の中にスキルの知識が流れこんだ。
なるほど、防御系のスキルか。体力を消耗とあるが、俺の得た「力」――転狼は腕力と体力が猛烈に増加するので、少々の消費なら問題ないと思える。
試しに頭の中で「強靭外皮!」と念じてみる。
ほんのりと皮膚が温かくなったような気がする。というか、スキルかける前と後で比較しないとなんとも言えないな。さすがに矢を弾くほどの強化ではないと思うのだが。
「おっと……」
咄嗟に半歩下がる。
横合いから突きこまれた長剣の切っ先が俺の腹をかする。
ジャリッという硬い音がして、切っ先が逸れた。
「くそっ、硬ぇ!」
若者のわめき声が聞こえた。
〈強靭外皮〉をかけておけば軽い斬撃なら防いでくれそうだ。もっとも、俺の黒い剛毛の防御力も高そうなので、相乗効果といったところだろうか。
相手はさらに剣を横に払ってきた。
慣れない両手斧ではさばききれないと判断した俺は、鋭く伸びた爪で弾く。
派手に火花が散った。転狼すると爪が鋼鉄なみに硬くなるようだ。
今度は斜め下からのすくい上げをしてきた。剣を弾かれても体が流れず、すぐさま切り返してくるあたり、剣術の心得があるのだろう。
もっとも、俺から見ればひどく緩慢な動きに見えるのだが。
速度が乗る前に、剣の中ほどを掴む。
〈強靭外皮〉のおかげか、掌が切れることはなかった。このスキルの良いところは、皮膚の柔軟さを保ったまま、防御力を付加できることだろう。
「なっ!?」
いきなり剣を止められ、若者が焦っている。
ベキンッ!
剣を握ったまま手首を回すと、硬い音が鳴って折れた。
慌てて剣を手放して後退る若者だが、俺のほうが速い。
「死ねぃ!」
爪を振り下ろすと、若者は三枚おろしになって体中から血を噴き出し倒れた。
濃密な血のニオイに、酔っ払いそうになる。
血を浴びても忌避感はまったくなかった。血の温かさが心地良いとすら感じる。
転狼することで、精神も五感もケダモノに近づくのだろうが、悪くない。むしろ、心おきなく暴れられるというものだ。
顔についた血を長い舌でなめとる。
〈瞬脚 I :するどい踏み込みが可能となる。使用するたびに体力を消耗〉
若者の踏み込みが風に乗ったかのように鋭かった理由が分かった。このスキルのおかげだったのだ。
これはなかなか良いスキルだと思う。名前も大変結構。若かりし日の血が騒ぐ。
弓の弦が弾ける音が鳴った。
星の光を受けた銀色の輝きが視界に入ってくる。銀の矢なのだろう。
俺はすぐさま〈瞬脚〉を発動。音が鳴った方向へとすっ飛んだ。
顔の横を銀の矢が通りすぎていく。一気に景色が流れ、小さかった弓使いの顔が大きくなる。
瞬き一つの時間すらかからず、弓使いの眼前へと至ったのだ。
これはすごい。
スキルを奪った若者にはこれほどの速さはなかったことを考えると、身体能力に比例して速度が上がるものなのかもしれない。
目の前には、射た矢の行く末を見つめる眼差しの弓使い。俺が眼前に居ることを未だ認識できていなかった。
使いこまれてはいるが、きちんと整備されている弓が目についた。ひょいと手を伸ばして奪い取る。
「うわっ! え……?」
ようやく、毛むくじゃらで二足歩行な黒い狼が目の前にいることに気づいたようだ。
戯れに顔に向けて息を吹きかけてやった。
「ひっ!」
慌てて後退る弓使いが腰裏から短剣を引き抜いて、突き出してきた。さすがと言うべきか、判断が早い。荒事に慣れているのだろう。
だが、避けるまでもない。
後退しつつ腰の入ってない女の手で突き出されただけの短剣など、〈強靭外皮〉がかかった俺にとっては蚊に刺された程度でしかない。
短剣の切っ先が俺の剛毛をかき分けただけで止まる。
軽く振った両手斧の一閃で、女の首が飛んだ。
斧の刃についた血を舐める。
〈生命探知 I :近辺の生命を感知できる。使用中は体力を消耗〉
なるほど、と思った。
弓使いが暗い荒野で俺を見つけられたわけだ。
試しに〈生命探知〉を発動してみると――。
「……何も感じないし、何も見えないな」
体力を消耗と書いてはあったが、疲れるといった感覚はまるでない。今の俺の体からすれば、微々たるものなのだろう。
足元に転がっているのは生命活動を停止した連中だけなので、何も見えないのも当然といえば当然なのかもしれない。
まだ温かい死体が三つ。冷たくなっている死体が四つ。
これだけの死体に囲まれながらも、俺の心にはさざ波一つ立たない。人を殺した嫌悪感など一ミリもわいてこない。
むしろ、狩りを楽しんだ余韻すら感じている。この血なまぐさい精神性は、転狼によるものだろう。
もっとも、転狼していなくとも「殺しにきた相手を返り討ちにしてやったのだ、せいせいしたぜ」ぐらいの感想になるとは思う。
異世界でやりなおすと決めた時点で、現代日本で培った事なかれ主義とは決別したのだ。
目には目を、歯には歯をだ。
古の偉大なる大王の法典に書いてあるように、シンプルにいこう。
もっとも、法典の後書きには、強い者が弱い者を虐げないよう、孤児と未亡人に正義がもたらされるようにとも書いてある。過剰報復の禁止と弱者救済の意図があったんだろうな……と思うことにした。
偉大な大王にならうわけではないが、無意味にこの力を振るわないと心に誓った。獣のように生きるだけでは、あのクソ共と同じになってしまうからだ。
〈生命探知〉をかけたまま辺りを見渡すが、特に何かが見えたりはしなかった。
昆虫や小動物はいるはずなんだが、そういう小さすぎるものは引っかからないんだろうな。
すぐ近くにある荷車を見る。
四輪の荷車だ。今気づいたが、荷車の前に矢の刺さった馬の死体が転がっていた。追いはぎ共は馬を仕留めてから襲撃したのだろう。
ちらっと視界の隅に火の揺らめきのようなものが見えた。
荷車の上に乗っている荷が燃えているのかと思ったが、火が付いているわけではなかった。
もう一度目を凝らして見ると、麻布がかけられた大きめの箱から、柔らかな火のような揺らめきが立ち昇っている様が見える。
もしかして……と思った俺は、〈生命探知〉を切ってみた。
すると、今まで見えていた火の揺らめきのようなものは見えなくなった。
その箱からは、糞尿の悪臭が漂ってくることから、動物でも入っているのだろう。
「なるほどな……生き物の生命力が見えるってことか」
視界に火の揺らめきがオーバーレイ表示されるのなら、暗闇に隠れている存在でも察知できるはずだ。なかなか良いスキルだと思う。
俺は好奇心から、箱にかけられていた麻布を取っ払う。
それは、箱ではなかった。四方を板で囲われ、天板が金網となった檻だったのだ。
檻の中には、弱弱しい生物が一匹。
最初に目に飛び込んできたのは、くすんだ赤色をした毛玉。その毛玉の正体は、膝を抱えて何の感情も感じさせない顔を上に向ける「少女」だった。
箱の底に敷かれた雑巾とも毛布ともつかないボロ。そのボロと同じような麻の貫頭衣をまとっただけの貧粗な姿。
やせ細った体に、くっきりと浮き上がった鎖骨。くすんだ赤髪はヨレヨレだった。
紫に見える瞳にハイライトはなく、ガラス玉のような胡乱な目が俺を見上げてきた。
脳裏に自動販売機の横に座り込んでいた女子高生の姿が浮かんだ。
――つくづく、こういう手合いを引き寄せるんだな、俺は。
神の恩寵か。それとも、呪いか。
いっそのこと、何も見なかったことにして、麻布を被せなおそうか。
そう思った俺の動きよりも早く、少女が口を開いた。
「狼さん……わたしを……食べてください」
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